第12話 露天風呂(ただし景色は物騒)
回復薬など使う暇がなかった。
私の場合、荷物ごと破壊されて使用不能だった。自分よりも強い相手と戦うとき、回復薬を使う余裕はない……貴重な教訓を得たのだった。
そして、私の懸念もまた、事実だと思い知らされた。武器も防具も、真の強者を相手にした場合はなんの役にも立たない。すぐに破壊されて終わる。
ところが、少なくとも貴婦人は武器については否定した。
「もっと強力な武器がいるな。噂に聞く聖剣のような……」
貴婦人は倒れた私たちを抱きかかえ、ぼやくように言った。それから彼女は、私たちを花園まで運んでくれた。
屋敷の一階、玄関ホールに叮嚀に横たえられる。貴婦人は姿を消し、すぐに戻ってきて、息も絶え絶えの私たちに回復薬をかけた。
「一本で足りると思うが……どうだ?」
「素晴らしい効果ですわ、老竜さま。感謝いたします」
「ラオカだ」
体を起こした私に、貴婦人は愉快そうにほほえんだ。
「我のことはそう呼べ。親しいものは皆そう呼ぶ。いつまでも『老竜』と種族で呼ぶのも変であろう?」
「お心遣いに感謝を、ラオカさま。そういえば、名乗っておりませんでした」
私としたことが迂闊……そう恥じ入りながら立ち上がった。一礼して名乗り、隣にいたデイジーのこともきちんと紹介する。ラオカは鷹揚にうなずいた。
「気にするな。さて、風呂でも入るか。ちょうどよく、我がお主を裸にしてしまったことだしな」
「竜も入浴するのですか?」
私は首をかしげた。ラオカは微笑した。
「竜は意外ときれい好きな種族だぞ?」
彼女は私に背を向けると、
「こっちだ。案内しよう」
と歩き出した。ついて行くと、屋敷の裏手に露天風呂があった。
見晴らしがよく、辺りを一望することができた。もともとそうだったのか、先ほどの戦いで山を砕いてしまった影響なのかはわからなかった。
あちこちで黒煙が立ち上っている。森や山や平原の一部が、黒焦げになっていた。お世辞にも、景色がいいとは言えない光景だった。
「本格的ですね」
デイジーが浴場を見回しながら言った。ラオカは楽しげに笑う。
「我らにとっては娯楽でもあるからな。食事と一緒だ。竜にとっては、生きる上で絶対に必要というわけでもない。ただ、楽しみの一環として行なっている。むろん、汚れを落とすという意味もあるが」
ラオカは服を脱ぎ、デイジーも裸になった。私は最初から全裸だったのでそのままだ。露天風呂は広く、数十人が一度に入ることができそうだった。シャワーもたくさんあって、多くの来客を想定した作りになっていた。
が、疑問だった。ここをたずねてくる客人があるのだろうか?
「客は滅多にない。だが、まったく来ないというわけではない。なにより、わざわざここを訪ねるものがいた場合、風呂がなくては大変だからな。備えあれば憂いなし、だ」
「読心術もお使いに?」
「そんな真似はできん。だが、これを見てなにを思うかくらい、予想がつく」
ラオカはそう言って口許を隠し、控えめに笑った。私たちは体を洗い、それから露天風呂に入った。ぬるめの温度だったが、長湯をするにはちょうどよさそうだった。
私たちは並んで、いささか物騒な景色をながめた。
「しかし、生まれて十数年でよくぞここまで鍛え上げたものだ。もっと強力無比な武器を持っていれば、あるいは我を倒すこともできたかもしれんな」
「ご冗談を。私たちの実力では無理でしたでしょう」
「そうでもなかろう。現に聖剣は使い手の力を何倍にも高めると聞くぞ。そういった武器があれば、どうにかなったのではないか?」
「聖剣……ですか。ラオカさまは魔王のことは?」
「むろん知っている。一〇〇〇年ほど昔、我もやんちゃをしていた時期があってな。その頃は色々なやつに喧嘩を売っていたものだ」
ラオカは私を見てほほえんだ。
「お主と同じよ。我も腕試しに魔王やら何やらと喧嘩していたのだ……もっとも、期待外れもいいところだったがな。ああ、もしかして魔王を倒すためにそれほどの力を得たのか。明らかに過剰だが」
「いえ、逃げるためです」
私は素早く訂正した。ラオカは私を見た。
「来るべき魔王との決戦のために――」
「いえ、逃げるためです」
ラオカは黙った。黙って、デイジーを見た。デイジーは無表情に力強くうなずいた。上体ごと動かした動作だったため、湯に浮いた大きな胸も揺れた。
私はデイジーを引き寄せて膝の上に載せた。