第22話 まわしたのは頼まれたからだが、やっているうちに楽しくなってしまうタイプ
「なんでだよ?」
「反乱分子が育たず、支持もされないからです」
ああ、なるほど、とリリーがうなずいた。
「圧政に苦しんでいれば、人々は侵略してきた側を憎む。祖国を取り返そうと意気軒昂になるし、結果的に支配から逃れようとする人だらけになってしまう」
「そういうことですね。実のところ、反乱分子にとっては悪政より善政のほうが厄介です。苦しめられていれば反乱を起こそうという気概も持てますし、正当性も訴えやすい」
ですが、とデイジーは肩をすくめた。
「平穏な暮らしをさせてもらっていれば叛意も育ちませんし、なにより反撥を招きやすい――なぜ今の平和な生活を捨てなければならないのか? と」
「マーガレット閣下はそのへんがわかってるから、善政を敷いてんのか」
「そういう意味ではとても狡猾です。いえ、彼女の場合は天然というか、言葉の端々に『自分が統治したほうが絶対いい国になる』という確信が感じられます」
デイジーは思案するように顎に手をおいた。
「彼女は侵略を正当化しているというより、そうしたほうがいいと本気で思っていますね。ある種の狂人ではあるのでしょう。たまたまうまく行ったからよかったものの、もし彼女に統治者としての才覚がなかったら、今頃世界はめちゃくちゃになっていたでしょうね。しかし凄惨な結末にはならなかった……」
デイジーはしみじみと語った。
「彼女は勝ったのです。勝ったからこそ勧悪懲善を体現した。別にいいんじゃないでしょうか? 彼女は自らの野望と正義感で世界すべてを巻き込みましたが、結果として人々は幸せに暮らしているのですから」
そう言ってから、彼女はにっこり笑ってこう付け加えた。
「それに、戦争なんて突き詰めれば勝ったか負けたかがすべてです。マーガレット閣下が言うように『歴史は勝者に味方する』ものですからね。どんな非道な行ないも勝ちさえすれば正当化され、どんな崇高な志も負けてしまえばゴミ同然です」
デイジーはいたずらっぽく笑って、片目を閉じてみせた。
「勝った我々はどう足掻いても英雄であり偉人ですよ」
「しれっととんでもないこと言ってるな」
「シスルさんが言いますか? 勝ち馬に乗った側でしょうに」
「人聞きの悪いこと言うなよ。無駄死にする気がなかっただけだ」
シスルはため息をついた。
「お前らがあっさりマーガレット閣下についた時点で、選択肢なんてなかっただろ。勝てもしない戦いに挑む馬鹿なんかどこにいるんだよ? いや、あの勇者どもは負け確定の戦いに挑んでたけどさ」
「つまり、勝ち馬に乗ったわけでしょう?」
デイジーはからかうように言った。
「あの時、あちら側に行く選択肢だってあったんですから」
シスルは目をそらし、ごまかすようにこう言った。
「まぁ結果的にうまくまわってんだから、それでいいんじゃねぇの? 経緯はどうあれ」
「そうね。確かにうまく回転してるわ」
私はタービンの回転数を上げた。タービンはうなりを上げている。
「そっちの意味じゃねぇよ! つか、いつまでまわしてんの!?」
「なんか癖になっちゃって……。意外と面白いわよ、これ」
「タービンまわしてる皇帝とか、間違いなく前代未聞じゃねぇか……」
「斬新でいいじゃないですか」
「それ別に君主に求められることじゃねぇだろ!?」
確かに、と私は笑った。
「でも私は君主のお仕事なんて、まともにやるつもりはないからね」
「いきなり政治を放り出す宣言したぞ、この女帝さま」
「だってそういうのはマーガレット閣下がどうにかする、って約束だもの。第一、向こうも私が口出しするのは想定してないでしょ?」
むしろ逆だ。私があれこれと手出しを始めたら、間違いなく現場が混乱する。
「だからこれでいいの! 私は今日も明日も明後日も、こうやって無為に過ごすの。毎日のんびりお茶して、たまにラオカさまとか、恭順した勇者たちとかに遊んでもらう。それが理想の日々!」
「さらっとバトルやりますって宣言してるな、この戦闘狂。巻き込まれる側の気持ちも考えてやれよ」
つーかさ、とシスルは頭に両手を載せた。
「結局、こいつなんであんなに魔王討伐いやがってたんだよ? とんでもない戦闘狂で、神竜に喧嘩売ったりしてんだから喜んで闘いに行きそうなもんだが」
「お嬢さまはエンジョイ勢ですからね。『人類の存亡』とか『世界の命運』とか背負って戦いたくないんですよ。おまけに勝ったら間違いなく英雄扱いです。そういうの求めてないんで、お嬢さまは。もっとお気楽バトルがしたいんです」
「要するに責任を負いたくないだけかよ。ますます最悪だな。しかも命が大事で死にたくないー、とか言いつつ平気で殺し合いするし」
「私と戦った人は一人も死んでないでしょ?」
私は慌てて弁解した。
「それに命は大事よ? だって死んだら戦えないじゃない!」
「死んだら戦えないから死にたくない、って完全に理由がバグってんだけど」
「え? そ、そう……?」
呆れ顔のシスルに、「そんなことないでしょ?」と私は言いわけを口にした。タービンをまわしながら。(了)