第21話 悪を勧め、善を懲らしめる巨悪
「まぁいいじゃない。おもちゃとしてはそれなりに上出来だと思うし……。それに、何かの役に立つことがあるかも?」
「何に役立てるんだよ? ってか皇帝がこんなとこでタービンまわしてていいのか?」
「即位はするけど仕事はしない。私はそう心に決めてるの。せいぜい書類にサインするくらい。それだってマーガレット閣下に、どうしても私じゃないとダメなものだけ、ってお願いしてあるから。ほら『君臨すれども統治せず』って言うでしょ?」
「明らかに意味ちげーだろ、それ」
リリーがくすくす笑った。
「どちらかというと傀儡政権だよね。マーガレット閣下が事実上の支配者で、プリムさんは権威を利用されているだけというか」
「私は支配者とか興味ないからそれでいいわ。さすがに私やデイジーたちに被害があったり、国を荒らしまくったりするようだと困るけど」
マーガレット閣下はきちんと善政を敷いているので、文句のつけようがないのだった。彼女は入念に準備を進めていた。
世界を支配したあと、どうやって統治するか、しっかりと決めていたのだ。
閣下自身、それなりに強い権威を持っていた――私に超長距離マラソンで三度も勝ったことがある、ということで。
マーガレット陛下に言わせると、あの三連覇こそが自分にとって絶対に必要なことだったらしい。
「当時は必死だったよ」
と、あるとき彼女は笑いながら語った。
「なにせ天下のプリムローズ・フリティラリアに勝利しなくてはならない。しかも一度や二度ではなく最低三度……なぜなら、一度だけでは悪意あるものに『偶然勝った』と言われてしまう。二度でもケチはつく。だが三度勝てば、もはや偶然では片づけられない」
彼女は誇らしげに言った。
「私の実力で勝利をもぎ取ったのだと、認めさせることができる。私がプリムローズ陛下の側近として実権を握るには、それ相応の『すごさ』が必要なのだ。それもできるだけ『わかりやすいもの』でなければならない」
彼女は人差し指を立てる。
「余人が『なるほど、これなら納得だ』と思わずうなずくような、理解しやすい『すごさ』……。そういう意味で、あの国内一周マラソンは渡りに船だったよ。まぁ大変だったがね。こちとら一日中、ずっと走る訓練だけをやり続けていたんだから」
閣下は苦笑いを浮かべてそう言った。
各国には総督府が置かれていた。事前に閣下が育てていた総督と官僚たちが赴任している。彼らが閣下の意を受け、各地を治めるのだ。
もっとも、魔王や聖王や皇帝、あるいは諸国の王たちが、そのままお役御免になったわけではない。
彼らは州知事として、それなりの権限を有していた。いきなり変えては反撥を招くとの懸念と、さすがにすべてを一新するには人手が足りない、という二つの事態が重なってのことらしい。
もちろん、ガンマ帝国や聖王国といった名前も変わっている。
今はそれぞれガンマ州とか聖オミクロン州とか呼ばれていた。暇な日常に戻ったあと、私たちは観光がてら、ラオカと一緒にあちこち見てまわった。
特に変わったところは見受けられない。
住民らにとって重要だったのは、今までどおりの日常を過ごせるかどうからしい。統治者がまったくの別人に変わっても、それで生活が悪くなったり、不本意なことをやらされたりしないなら、さして気にしないようだ。
少なくとも、現時点ではなにも問題は起きていない。ちょっと心配だったメーちゃんたちのいる集落も、普通に仲良くやっていた。
メーちゃん自身も回復したらしく、まだびくびくした様子だったが、普通に会話できるようになっていた。
「なんかいい感じにハッピーエンドっぽくなってるけどよ……これ、要するに世界征服が成功しちゃってねーか? 世界中がアルファ王国に侵略されてんだけど?」
「勧悪懲善ものとしては最高の結末ですね」
「せめて勧悪懲悪にしてくれよ! 善が懲らしめられてどうすんだ!?」
「最初はきれいに勧悪懲悪だったじゃないですか。少なくともお嬢さまが魔王討伐しているときは。そのあと、お嬢さま以上の巨悪が出現したというだけで」
「私、けなされてない?」
「超強ぇくせに押しに弱い戦闘狂とか災害以外の何物でもねぇだろ。『あいつ気に入らないんですよぉ。お願いです。倒してください!』って頼み込まれたら、『しょうがないなぁ……。本当はやりたくないんだけど、どうしてもって言われたから――』とかグチグチ言いわけしながらぶっ殺しに行くんだろ? ただの超危険人物じゃん」
「ひどすぎない!?」
しかし、私の悲痛な訴えは無視された。
「つーかやっぱマーガレット閣下って控えめに言っても巨悪だよなぁ……。『侵略行為は絶対に許さない!』って魔王軍を蹴散らしといて、『アルファ王国の侵略はいい侵略! だから世界全部を支配します!』だろ? よくみんな普通に受け入れてんな」
「善政の効果ですね。侵略を正当化する上で、一番手っ取り早いのが善政を敷くことですから」