第20話 タービンまわしてる皇帝
日常とはなんと素晴らしいものであることか。
やりたくもない戴冠式をやらされ、謁見の間で色々な人たちに挨拶され、即位記念のパーティに参加させられ、馬車に乗って王都を一周して、ひたすら人々にむかって笑顔で手を振る。
私は実に荒んだ日々を送っていた。
だが、今はすべてから解放されていた。もう手を振らなくていいし、愛想笑いもしなくていいし、誰かにいちいち挨拶されたり、パーティに出たりしなくていい。
自由だ。
私は学園の――そう、求めてやまなかった魔王討伐に出向く前の学園生活に戻っていた。
私は、デイジーやシスルやリリーと一緒に空き部屋に陣取っていた。メンバーとして、新たにマリーゴールドが加わって、たまにウェデリアやラオカや凛ちゃんがやってくる。
マーガレット閣下も来るが、彼女はいつも忙しそうだ。
だいたいは「これに御璽と署名をしておいてくれ」と書類を渡しに来るか、回収に来るかだった。
私たちはいつもの部屋でココアやコーヒーを飲み、お菓子を食べ、好きなようにおしゃべりを楽しみ、時には外に出て鍛錬し、そして今は学園に建てられた倉庫で、タービンをまわしている。
充実した日々だ。
「いやマジで何やってんのお前?」
シスルは半眼になって訊いた。
「タービンをまわしているのよ」
私の前には、試作されたタービンがあった。
それほど大きなものではない。隣には凛ちゃんの姿もあった。デイジーの推測どおり、施術によってあっさりと魔力を獲得した。もちろん肉体も強化されたため、今は魔術や武術の特訓をしている。
見た目も当然、美少女だ。
顔のそばかすが消え、肌や髪がこの上なく美しくなっている。ムダ毛も消え、顔立ちもかわいらしくなり、体型も見事なものに変化していた。といっても、まだ子供なので胸のサイズは控え目だった。
シスルが強硬に反対したため、彼女と同じくらいのサイズになったのだ。
地球人からすればこれでも十分に大きいためか、凛ちゃんは満足げだった。あるいはデイジーから、成長したらもっと大きくしましょう、と確約が得られているせいかもしれない。
ただ、今の凛ちゃんは釈然としない顔つきをしていた。
「この世界に電気ってないの? って凛ちゃんが言うから……」
「それでタービンまわしてんのかよ……」
私は魔力を使って、タービンを回転させていた。もちろん、タービンは発電機とつながっている。回転によって電気が生まれているのだ。
「つーか魔法ある世界で意味ある? これ?」
「何を言っているんですか、シスルさん」
デイジーが笑った。
「水力でも火力でも原子力でもない、魔力を使った発電ですよ? とってもクリーンなエネルギーですよ?」
「でもやってること同じじゃん! タービンまわしてるだけじゃん! ほら、凛ちゃん見ろや! 期待外れだって顔してんぞ!?」
デイジーは目をそらした。
「仕方ないじゃないですか……。雷って、特殊属性だから使える人ほとんどいないんですよ。ラオカさまくらいですかね?」
「だとしてもな!? せめて、せめてもうちょっと魔法っぽい感じにできなかったのか!? そりゃこれが一番効率いいのかも知んねぇけどさ! あの顔は!」
シスルは凛ちゃんを指さした。
「もっとファンタジー的なの想像してた顔だろうが!」
「それは、そうなんですけど……」
「じゃあ期待に応えろよ!? これ地球と何も変わらねぇじゃねぇか! マジでタービンまわしてるだけ! 地味! ものすげー地味! はたから見たら、ただタービン回転してるだけにしか見えねぇよ!」
「でも、無理やり雷雲を作って雷を発生させて……とかやってると、ものすごく非効率な感じに――」
「いや、別に常用するわけじゃねぇんだろ!? この世界、魔力で直接動く洗濯機とかエアコンとかライトとかいっぱいあるじゃん! わざわざ魔力から電気に変換する意味ねぇだろうが!?」
「ないですけど――まぁ、もしかしたら魔王軍を傘下に収めたことで、魔物や魔獣の討伐がとどこおり、魔石の供給に問題が……」
「出るわけねぇだろ!? 魔王関係なしに魔物や魔獣は繁殖しまくってるし! つーか今は人工的に魔石作れるじゃねぇか! しかも魔族から本格的な技術提供されたって新聞に載ってたじゃねぇか! だいぶ前に!」
「知ってました!」
「少女のロマンぶっ壊しただけじゃねぇか! マジでなんで作ったんだよタービン!」
「魔が差したんですよ」
デイジーが私の背後に隠れながら言った。私は肩をすくめた。