第19話 バーサーカーな心が隠せない
反射的に思い浮かんだのは、極限まで魔力を練り込んで放つ一撃必殺の大魔術。
戦いながら、私は上空へ探りを入れた。
はるか高空から放つつもりでは……? と思ったが、なんの反応もない。
そもそも空は晴れている。雲ひとつない。上空にいるなら、もっと前に気づく。
透明化? なんらかの方法で偽装している?
私は距離を置いて、陣形を立て直そうとする勇者たちを追った。瞬間、自分のミスに気づいた。
誘導された……!
勇者たちが勝利を確信した笑みで、私に突進してくる。攻撃ではない。私の動きを止めるつもりだ。
地響きとともに大地が割れた。足場が崩れ、私は一瞬、空中に放り出された。そして真下から巨大な光の龍が迫る。大口を開けて、私を飲み込もうとしている。
地下だ。上ではない。ずっと下にいたのだ。
空中の魔術使いも、地上の武芸者たちも、すべてが囮! 私の注意をそらし、指定の位置まで誘導するために……!
――勇者たちが邪魔! 回避できない! 自爆覚悟! いいわ、受けてあげる!
私は黒龍を連発し、片手だけで斬撃を幾重にも放った。勇者たちがつかみかかってくる。私は無視して光の龍に攻撃した。
だが、相殺しきれずに喰らった。光の龍は、神々しい光を放ちながら私を飲み込む。一瞬、世界から音が消えた。
閃光が辺りを満たし、純白の空間に放り出されたかのようだ。
つづいて、強烈な衝撃が体を襲った。反射的に、私は黒龍を自分の体から放出した。刃を幾千と振り、白い空間を黒く引き裂き染めていく。
私は自分自身を爆発させるように魔力を解き放った。自分の口から、すさまじい咆哮が響き渡る。
ふと気づくと、まわりがもとの景色に戻っていた。ただし、私につかみかかっていた勇者たちはどこにもおらず、地面に巨大な、直径が何キロもあるクレーターができていた。
ゆっくりと塵が舞い上がっている。
クレーターの中央で、女たちが唖然とした顔をしていた。
一人ではなかったのだ。おそらく聖王国が使った儀式魔術と同じものだろう。
大魔術使いを何十人も集めて儀式を行ない、魔力を高めて一撃を放った。リーダー格らしい女が悲痛に言った。
「そんな……! 効かないなんて――!」
「効いてるでしょ? 十分すぎるくらい」
ゆっくりと歩みながら私は言った。
私は全裸になっていた。衣服は一瞬で消し飛ばされ、皮膚や肉も裂けて、あちこちから血が吹き出ている。
もっとも、すぐデイジーの治癒魔術で治っていくのだが。無事なのは聖剣くらいだ。
「さすがに……これが切り札ってことでいいのよね? もう一つあります、とか言わない?」
女たちは構えた。震えている。
先程までの、地上の武芸者たちとは違う絶望の表情だ。どうやら私は本当に勝ったらしい。が、あまり実感がなかった。
昂揚感もなく、むしろこれで本当に終わりなのかと心の底から疑っていた。
「お疲れさまでした」
私が残りを仕留めようと剣を振り上げたとき、ひょっこりデイジーが顔を出して、服を持ってきた。
私は残る勇者たちをあごで示した。
「まだ終わりじゃないわよ」
「すでに戦意喪失してるじゃねぇか」
シスルが空から降ってきて着地し、勇者たちに目を向けた。
「これ以上の追撃は無意味だろ。つーかこっちの勝ちだぜ。ぶっちゃけお前が勇者どもを殺しまくってるのを見て、帝国軍は逃げ出しちまったからな。ガンマ帝国は終わりだよ」
「えぇー……? 本当に終わり?」
「まだ戦い足りないのか、この戦闘狂は……」
シスルはげっそりした様子でため息をついた。私は慌てて手を振った。
「違うわよ! ただ、なんだか実感がわかなくて……!」
「お前ほんとアレだよな。平穏な生活望んでるくせして心の奥底にある『戦うの楽しいぃー!』っていうバーサーカーな感情を消せてねぇよな」
「バーサーカーな感情ってなに!?」
「戦ってるとき、 すげぇ楽しそうだったよな? めっちゃいい笑顔浮かべてたよな?」
「浮かべ――てない、と、思い、ます……!」
「そこは断言しろよ……」
シスルは呆れ顔だ。
「いや、事実として超上機嫌な顔だったし、ぶっちゃけ否定されても困るんだけどよ。特に勇者たちの切り札が決まって大ピンチのときとか、追いつめられてるのにめちゃくちゃ昂揚した顔だったし」
「えぇー……? いやいや、見間違いじゃないかなー……?」
「目ぇ見て言えや」
リリーがやってきて、私たちのあいだに入った。
「とりあえず服を着て服を。マーガレット閣下が『さすがに全裸で戻ってくるのはまずい』って言っていたからね」
私は口を閉ざし、素直にデイジーから服を受け取って着替えた。
生き残った勇者たちは降伏し、もちろんガンマ帝国も白旗を上げ、私たちは完勝した。
戦いで死んだ勇者たちは、デイジーによって一人ずつ蘇生された。
その際、恭順か死かの二択を与えると、全員が恭順を選んだ。蘇るとは思っていなかったようだが、彼女たちは敗北を素直に受け入れるつもりであるらしい。
私たちはアルファ王国に凱旋した。
私はほっと息をついた。これで、ようやく私は安穏とした日々に戻れるのだ。