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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第1章 聖なる乙女の学園
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第8話 だから食べるつもりはない

 外には跳ね橋がある。


 巨大な、二〇〇メートルにわたって続く橋だ。都市を囲む水堀は深く大きい。遠目から見ると、王都は湖に浮かんでいるかのようだった。


 私たちは橋を渡り、舗装された街道を走った。


 草原を駆け抜け、森を突き抜け、山を突っ切って走る。途中、人力車と何度か行き合った。この世界では、馬より人のほうが速い。


 だから街道を走るのは馬車ではない。人力車だ。


 本来なら馬が引くであろう車体を、人間が曳いている。御者席には交代要員が腰掛けていた。


 もちろん、馬車はある。だが、あれは町の中しか走らない。村や町を行き来するのに使うのは人力車だ。そちらのほうが速く着く。荷物の輸送も人力車だ。


 馬車は、人を乗せて町を走る「ちょっとおしゃれな乗り物」という位置づけだ。実用性は低い。


 デイジーは人力車を使いたがったが、もちろん私は承諾しなかった。自分たちの足で走る――デイジーの場合は飛ぶ。そのほうが速い。


 私たちは二時間ほどで、六〇〇キロ離れた山間の村までやってきた。


 魔物や野生動物避けに、空堀と土塁、木で作った防護柵があるだけの小さな村だった。おそらく人口は二〇〇〇人くらいだろう。舗装された道は少なく、家と家のあいだには畑が多くあった。


 魔法があるので、畑の野菜に季節感はない。アスパラガスやカブのような初夏の野菜もあれば、白菜や春菊、大根のような冬野菜も実っている。


 この村にある宿屋は一軒だけだった。観光地でもなく、交通の要所でもないので、泊まり客はほとんど来ない。普段は食堂として営業していた。


 私たちはその店で早めの昼食を取った。食事がてら、聞き込みをした。例の老竜の住処は、頂上ではなく山の中腹にあるらしい。


 村人たちは、山を水竜山と呼んでいた。


 正式な名前は、確かリバ山というはずだった。標高二九四六メートルの山だ。だが、地元では水竜が棲む山だから、水竜山と呼んでいるのだった。


 昔、村人が道に迷った際、水竜に助けられたことがあるらしい。夜も遅かったので、水竜の館に招かれて一泊したという。ただ、何百年も前の出来事だから、実話かどうかはわからないという話だった。


 私たちは礼を言って勘定を払い、店を出た。歩き始めた途端、背後で店のドアが乱暴に開けられる音がした。


「あ、あの……プリムローズ・フリティラリアさまですよね……?」


 おそるおそる、といった調子の声だった。振り向くと、年若い少女がいた。先ほど話をしてくれた娘だ。食堂のトレイで、顔の下半分を隠していた。恥ずかしがり屋なのかもしれない。


「なにか用かしら?」


「その――水竜さまを食べちゃうんですか……?」


 私は押し黙った。年若い少女は、目に涙を浮かべ、一歩後じさった。デイジーは爆笑していた。


「笑いすぎよ」


「すみません……だって」


「なんで誰もかれも食べる前提なのよ? 私は無類のドラゴン肉愛好家とかいう謎の怪情報でも出回ってるの?」


 私は憤慨した。


「だいたい食べるつもりって……持って帰れないじゃない。老竜ってかなり大きいと聞くわよ?」


 ドラゴンは生後二十年で二〇メートルの体長に育つという。


 その後、五〇年に一メートルの規模で大きくなるらしい。件の老竜は二六〇〇年ほど生きているそうだから、とんでもない巨体であるはずだ。


「いえ、お嬢さまなら行けるんじゃないですか?」


 デイジーは小さな指を折って数え始めた。


「聞いた話だと、体長が七〇メートルちょっとらしいんで、しっぽも合わせた全長はたぶん一〇〇メートルくらい? 翼の重量入れても六〇〇〇トンから七〇〇〇トンくらいじゃないですか? お嬢さまならギリギリ行けるでしょう?」


「そのギリギリの重量持って六〇〇キロも走らせるつもりなの!? そもそも全長一〇〇メートルって、かさばり過ぎでしょうが! そんな巨大なもの持って街道突っ走ったら、往来妨害で訴えられるわ!」


「解体すればいいのでは?」


「私、経験ないんだけど、デイジーはあるの?」


 ないです、と彼女は力強く断言した。私はため息まじりに店員の少女を見た。


「とにかくね、私は食べるつもりはないし――というか、食べる気だったらいったいどうしてたの? 止める気だった?」


 店員の少女はまた一歩後じさった。うつむいたまま、


「いえ、そのぅ……水竜さまはこの村の守り神として知られているので、できれば殺さないでいただけると……」


「交流があるの?」


「あ、いえ、ないんですけれど――ただ、昔、村人が助けてもらった話と、近くに棲んでいてもまったく悪さをしないので、なんとなく村で水竜さまを崇めているといいますか……」


「別に殺す気はないわよ。ただ、ちょっと勝負しに行くだけ」


 心配することはないわ、と言って私はまた歩き出した。背後でためらいがちな足音がした。つづいて、扉の開閉音が聞こえる。


「しかし噂の老竜が、人間と戦うなんてイヤだと拒否したらどうするつもりです?」


「そのときは交渉ね。私が提供できる何かで折り合いがつけばいいけど……」


「無理やり襲うつもりはないと」


「たまに思うんだけど、あなたも私のこと、だいぶ誤解してない? さすがに老竜相手にそんな無茶しないわよ?」


「普段のお嬢さまを見てると、にわかには信じがたいんですけどねー」


「とにかく! 急ぐわよ。日暮れ前には帰る予定なんだから」

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