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アグリニオン戦記 外伝 第三極  作者: 田丸 彬禰


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塞翁が馬

「大破した船を率いて先に帰港せよ」


 オディエルヌからのその命令を受け取るに先立って、ロシュフォールはオディエルヌと短い言葉を交わしていた。


「オディエルヌ提督。海賊部隊を率いていたモロザリーアなる者から手に入れた情報をお伝えします」


 そう切り出したロシュフォールは命がけで手に入れた情報を語り始める。


「我々がこれから戦おうとしている大海賊ワイバーンの配下は海賊の中で精鋭中の精鋭とのこと。加えて、ワイバーンは相当な策士。モロザリーアによれば我々が今回の戦いをおこなうことになったのも、偶然遭遇したのではなく、ワイバーンの策略の結果であろうということでした」


 簡素ではあるが内容の濃い報告を聞き終えたオディエルヌが顔を顰めながら口を開く。


「なるほど。その話を聞くかぎりワイバーンなるその海賊は小賢しい輩のようだな。それで?」

「ワイバーンが策士というモロザリーアの言は正しければ、我々か先ほどの海賊どもかはともかく襲撃されることを知っていながらたった四隻という数で動いたとのこと。この点からも罠が用意されている可能性を考慮すべきでしょう」


 ……つまり、伏兵がいるということか。だが……。


 少しだけ言葉を強くして注意喚起を促すロシュフォールの言葉にオディエルヌの顔はさらに顰める。


「そうは言っても。外洋にもそれらしい船はいなかったと報告を受けている。そのような状況で、どのような罠が考えられるというのだ?」


 周辺には伏兵の痕跡はないというオディエルヌの言葉。

 それはたしかな事実であり、もちろんロシュフォールもそのことは知っている。

 だが、ロシュフォールは引かない。


「そこまではわかりません。ですが、襲撃の情報が流れるなかであえて四隻でやってきたこと。そして、その数の少なさによって我々に組みやすしと思わせる。そこにこそワイバーンの狙いがあるような気がします。それに我々は勝ったとはいえ、多くの船が傷つき負傷者もいるのです。ここは一度港に戻ることを進言します。それに、今回戦った海賊はほぼ一掃できたのですから、十分な戦果は挙げたといえるでしょう。ここで同じ海賊とはいえ正当な交易にやってきただけのワイバーンを討たなくても……」

「言いたいことはそれだけか。ロシュフォール提督」


 ロシュフォールの言葉を遮るように言葉を差し込んできたオディエルヌがさらに言葉を続ける。


「自らの船が沈没寸前まで追い込まれ、多くの部下を失ったからわからないわけではないのだが、どうやら提督とわずかに生き残った取り巻きは臆病風が吹かれているようだな。提督の地位にある者とは思えぬ情けない今の言葉、非常に残念だ」


 その言葉とともにロシュフォールの側近たちから嘲笑が起こる。


 ……ここは我慢のしどころだ。


 後ろに控えるふたりの部下から届いた殺気をチラリと見た視線で制し、自らにもそう言い聞かせたロシュフォールが沈黙によってそれに応じると、オディエルヌはさらに言葉を重ねる。


「それとも、自らが乗る船が戦闘不能になっているなかで私に戦果を挙げられ、栄達に差をつけられぬように親切を装って帰港を勧めているのか」


「なるほど」

「そういうことですか」

「あり得ますな。それは」


 その声をともに再び起こった嘲笑は先ほどより大きい。


 ……さすがにそれは言い過ぎだ。


「私は誇りあるフランベーニュ海軍提督。個人の武勲を軍の勝利より優先させることはありません」

「それを聞いて安心した」


 怒りを隠し、今言える精一杯のものを口にしたロシュフォールを上品とは程遠い笑みを浮かべながら眺めたオディエルヌはもう一度口を開く。


「では、総司令官としてロシュフォール提督に命じる。直属部隊の多くを失って意気消沈したどこかの誰かと違い、戦う意欲も戦力も十分にある私の直属部隊は当然新たな戦いに向かうが、戦う意欲もなく戦いの場では足手まといにしかならない提督には我々の艦隊から離脱してもらう。そして、その提督には提督にふさわしい仕事をおこなってもらう。それは、すなわち……」


「大破した船を率いて先に帰港せよ。なお、提督の直属部隊のうち戦闘可能な船は私の直属として戦いに参加してもらう」


 戦いには参加させない。

 しかも、戦闘可能な船と部下は取り上げられる。


 もちろん海軍の軍人としてはこの命令は屈辱以外のなにものでない。

 だが、船が戦闘不能なうえに兵の半分を失った自らの状況を考えればオディエルヌの言葉は妥当。

 受け入れざるを得ない。


 ……仕方がない。


 その苦い言葉を飲み込んだロシュフォールが重い口を開く。


「拝命しました。部下をよろしくお願いします」


「オディエルヌ提督に申しあげたいことがあります」


 ロシュフォールの承諾の言葉に続いたその声は彼に随行してやってきて直属部隊の指揮官のひとりシリル・ディーターカンプだった。


「幸いにも我が船の損害は軽微で次の戦いにも参加可能です。ですが、オディエルヌ提督の言を聞くかぎりロシュフォール提督が率いるのは大破し戦闘には耐えられぬ船ばかり。しかも、重傷者を多く抱えています。先ほど討ち漏らした海賊どもに出会えば指揮するのがたとえロシュフォール提督でも勝負の行方はあきらか」


「それではせっかくワイバーンなる者を討ち果たして凱旋しても、オディエルヌ提督は見捨てられた者の家族からはこう呼ばれることでしょう。傷ついた味方を犬のエサのように海賊どもに差し出した冷酷非情な男。そしてそのような声はどんどん膨れ上がり王宮へ届くころには提督の悪評はとんでもないものへと成長していることでしょう」

「……」

「そうならないためにも最小限の護衛はつけるべきでしょう。もちろん、追撃戦の戦力が不足しているというなら、護衛船がないこともあり得えることです。ですが、現在の我が軍はそのような状況はない。なにしろ相手はたった四隻。そのような状況で重傷者を乗せた損傷船に護衛をつけないのは、提督はロシュフォール提督たちが討たれることを望んでいるのではないかと疑われても仕方がないでしょう」

「……たしかにそうだな」


 ……だが、その役を引き受けるのだ。

 ……目の前にある武功を挙げる機会を捨てるだけの地味な役など。


「……ディーターカンプ。そこまで言ったからには命じられればおまえはその役を引き受けるのだろうな」

「もちろんです」

「よろしい。ディーターカンプ。では、おまえにその役を命じる。ロシュフォール直属部隊の中から志願者を募り、護衛せよ。もちろんそれ以外は私の部隊の一員としてワイバーンと戦ってもらうことは言い忘れにように」


「承知しました。では、早速準備に取り掛かります」


 聞く者にとって半分ほどは背中越しのものとなるその言葉を残してディーターカンプはその場を後にする。


「随分浮かれていますね。シリルは」

「ああ。しかも饒舌。すべてが奴には珍しいことだ」


 ……おそらくディーターカンプは一刻も早くこの場を離れたかったのだろうな。

 ……オディエルヌ提督の私に対する処遇に激高し、剣を抜きかねない自らの激高を抑えるために。

 ……それがメグリースとの差か。


 心の中でそう呟いたロシュフォールは話しかけてきた次席指揮官を見やる。


 ……もっとも、メグリースの場合、自らの船の状況は私と変わらぬこともあったのだが。


「では、我々も戻ろうか」


「オディエルヌ提督。ご武運を」

「ロシュフォール提督。凱旋報告を楽しみしていてくれ」


 こう言葉を交わしロシュフォールはオディエルヌと別れるのだが、実を言えば、ふたりが顔を合わせるのはこれが最後となる。


 海賊に遭遇し報復されることも覚悟したロシュフォール。

 だが、いつも以上に張り切るディーターカンプ率いる十一隻もの護衛船に守られたロシュフォールの船団に手を出す者はおらず、結局何も起こらず無事帰港することができた。


 一方オディエルヌに率いられてワイバーン討伐に出かけた約百隻の軍船。

 彼らが港に戻ることはなかった。


 ある一隻を除いて。


 そして、その一隻の発見者とは、帰港の遅さに不安になり、別の軍船の借りだし捜索に出かけたロシュフォール。

 そして、彼はそこで何が起こったかを知ることになる。

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