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タルノス沖海戦 Ⅲ

 モロザリーアとその取り巻きが相手の接舷を利用して敵船に乗り込む算段をしていたときより少しだけ時間を巻き戻したフランベーニュ海軍先頭集団の一隻の艦橋内。


 すでに攻撃指示が届いた艦橋は緊張感に高揚感を大量に混ぜこんだ開戦前独特の雰囲気が満ちていた。


 腕組みするその場で最も地位の高い男に部下のひとりが報告をおこなう。


「ロシュフォール提督。各船攻撃準備完了しました」


「いよいよですね」

「ああ」


「それで、目の前にこれだけいれば選び放題といえる状況ですが、我が船はどの船に接舷しますか?」


「言うまでもないこと。あの一番でかい奴だ」

「なるほど。中央にいますし、あれがこの海賊の長の船でしょうか?」

「そうだろうな。さて……」


 そこまで言葉にしたところで、指揮官の男は周りを見回す。


「あの船にはどれくらい乗っていると思う?」

「大きさからこぎ手を含めて百人程度ではないかと」

「では、送り込むのは六十人。指揮はエスパラザに任せる」

「承知しました」

「残りは防御。エスパラザが海賊の長の首を取ってきたときに出迎えも必要だからな。それにこの船は目立つ。黙っていてもやって来る輩は山ほどいる。そいつらをたっぷりもてなせ」

「承知」


「信号旗を掲げよ。前衛部隊各船、広く展開し、おのおの接舷して敵の刈り取りを始めよ。武運を祈ると」


だが……。


「提督。まもなく敵船に接舷しますが……」

「どうした?」

「あれを……」


 ロシュフォールは副官のアリステッド・ロデスが指さす方向を眺める。

 そして、ロデスが何を言いたかったのかを悟る。


「やる気満々だな」


 そう。

 乗り上げるように舳先を敵船に突き刺し、それと同時に白兵戦の要員が乗り込む手はずで準備しているこちらと同じように、相手も戦斧を手に持つ大男に率いられた大集団がその甲板に並んでいたのだ。


「あの様子では向こうも接舷直後にこちらにやってくるつもりですね。そして、どうやら向こうのほうが若干多そうです」

「そういうことなら、ニーム。三十人を連れてエスパラザを手伝え。絶対に奴らに乗り込ませるな」

「承知しました」


「さて……」


 バイロン・ニームを送り出した後、さらに険しい表情になったロシュフォールが口を開いた。


「ロデス。あいつらをどう見る?」

「と言いますと?」

「いうまでもない。奴らの実力だ。オディエルヌ提督からは海賊崩れの寄せ集めと聞いていたが……」

「少なくても我々と相対している船に乗っているのは相当の手練れのようですね。他の船にもあれだけの兵士が乗り込んでいるのならこちらもかなりやられるのではないでしょうか」


 そう言った後にロデスは上司が見つめる舳先に目をやった。


「他の船は気づいたでしょうか?油断をしていると一瞬でケリがつきそうですが」

「さあな。これからあれだけの奴らを相手にするのだ。始まってしまえば目の前のことで手いっぱいで他の船のことなど構ってはいられない。それと……」


「奴らが持つ戦斧を相手にしては細身の剣では心もとない。戦斧を一本用意してくれ」

「まさか……」

「やらざるを得ないだろう。司令官が白兵戦に参加するなど下品でみっともないことだとは思うのだが、生き残るためには仕方がない」

「つまり……」

「言いたくはないが、おそらく我々のほうがやや分が悪い……」


「接舷します」


双方の思惑がどのようなものであっても始まってしまえば、すべてがいつもどおり。

 陸上戦闘以上の肉弾戦となる。

 それが海上での戦い。

 これは、包囲戦を除けば退却できる地上戦とは違い、海戦は唯一の逃げ場が海という条件が大きく影響している。

 さらにいえば、この世界の海戦の特色として別の世界での戦い以上に船に乗り込まれた方が圧倒的に不利となる。

 というよりも、その時点で負けといえるくらいに勝率は極端に下がる。


 そういうこともあり、両者はお互いに相手の船に乗り込もうとする。

 当然そこが戦いの山場。

 もっとも激しい戦いが起こるのである。


 フランベーニュ海軍提督ロシュフォールとその国の第二王子カミールに雇われた武装集団の長モロザリーアとの直接対決もその理から一ミリたりともはずれることはない。


 ロシュフォールがその大きさと頑強さを活かし、自身の船をモロザリーアの乗艦に接舷、とは名ばかりの舳先を相手の船の舳先に打ち込み先手を取る。

 だが、そうなることを織り込み済みのモロザリーアはほぼすべての部下に白兵戦の準備をさせ自らその先頭に立つ。

 相手の接舷を利用して、逆に敵の船に乗り込むために。

 もちろん海軍側がそのようなことを黙って許す気などあるはずがなく、同じように舳先に兵を並べる。

 そして、始まる。

 それが。


 一方は戦斧。

 もう一方は、通常のものより短い剣。

 これが双方の主要武器となる。

 戦斧は破壊力こそ剣よりもあるが、その分重く小回りが利かず使い勝手が悪い。

 障害物の多い船上の戦いで使用するなら海軍の兵が持つ剣や刺突剣こそが適切とされるのは当然のことである。

 だが、ある条件が加わるとその状況は一変する。


 使用者の剣技。


 もう少し踏み込んで言えば、戦斧を剣並みに使いこなせるだけの腕の力。

 海軍というエリート集団、当然剣の使い手が揃う相手に対して、モロザリーアたちはそのほぼ全員が使い勝手の悪いはずの戦斧を持ちだしてくるという時点でそれが何を意味しているかはあきらか。

 それを見たロシュフォールが自らのために戦斧を用意させたのはそういうことなのである。


 そして、戦いは「こちらの分が悪い」というロシュフォールの言葉どおりになる。

 五分の戦いはほんの一瞬で終わり、あとは接舷された船からやってきたモロザリーアとその部下たちの独壇場となる。


「エスパラザ殿討死」


 強襲部隊の指揮官の戦死の報が届いたのは戦いが始まってまもなく。

 だが、悲報はそれだけでは終わらない。


「ニーム殿。敵の頭領に討ち取られました」

「エスパラザ殿の副官エシオル殿、シャンベリー殿戦死」


 続々と届く指揮官クラスの戦死の報。


「……なるほど。そういうことか」


 それを聞き終わると、ロシュフォールがそう呟き、戦斧を持って立ち上がる。


「ロデス。ここは任せる」

「提督……」

「軍は指揮官がいなくなっては戦えない。奴らはそれをよく知っているようだ」

「それは海賊どもが指揮官を狙っているということですか?」

「そうでなければ、短時間にこれだけ指揮官たちがやられるわけがないだろう」

「そういうことであれば、提督が行くのは危険では……」

「心配するな。私はこれでもこれの使い手。そう簡単にはやられない。それに命令する者がいないまま放置していては負けが確定だ。そして、私が前に出れば士気も上がる。まさに良いこと尽くめだ」

「ですが……」


「行ってくる。私が戦死したらつまらぬ考えを起こさずすぐに降伏せよ。これは命令だ」


敵船への乗り込みに成功したうえ、指揮官級の者を含む多くの敵兵を斬り倒しながら進み、大勢が決まったとまではいかないものの、勝利が手に入る可能性はかなり高い。

 そのような情勢にもかかわらず、モロザリーアの表情は明るいものではなかった。


 ……どうやら、勝ちを手に入れられるのは俺たち以外にはそう多くはないようだ。


 少しだけ余裕が出てきた彼の視線の先には遠くに見える無数の沈みゆく船がった。


 ……早いところケリをつけないと俺たちも危ないかもしれん。


 むろん、戦いの最前線から少し離れた場所で全体を眺めることができる者には状況はさらにわかる。

 モロザリーアから船を任せられている副長兼航海長のサリテーヌはその様子を睨みつけ、心の中で呟く。


 ……どうやら、今回は負け戦。

 ……いくら、我々が勝っていても、他がこれだけやられてはどうしようもない。

 ……ここは引くべき。


 ……だが、目の前の軍船をほぼ無傷にしておいては、損傷したこの船では逃げ切れない。

 ……あの船を沈めることは止められているが、やるしかないな。


 そう判断すると、それをすぐに行動に移したのは、さすがモロザリーアが船を任せるだけのことはあると言えるだろう。

 振りむいた彼の後ろに屈強な男たちが並ぶ。


「パトリモニオ。十五人を連れて敵船の船底に大穴を開けてこい。それからノンザとカニヤノ。おまえたちは帆柱を叩き折って来い。もし、それが無理なら帆を焼け。とにかく向こうの船を動けなくしろ」

「承知」

「心配はご無用。一撃で倒してくる」


「頼んだ」


 ……あとは、両船の引き離し作業と舳先の応急修理か。

 ……ありがたいことにこちらには乗り込まれていないから作業は支障なくできる。だが、時間はあまりない。手早く済ませなければならないな。

 ……そして、作業終了次第戦線離脱。


 口は出さない声でサリテーヌはそう呟いた。


 ……そもそも私はこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。

 ……なにしろ私には戻るべき場所があるのだから。

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