タルノス沖海戦 Ⅱ
この世界での海戦。
それは基本的には、こことは別の世界における中世の戦いとそう変わるものではない。
ただし、鉄砲や大砲は存在せず、その代わりに魔法がある。
そして、魔法は大砲代わりに攻撃するとともに、転移魔法によって奇襲をおこなう手段にもなる。
もっとも、多くの場合、転移避けの防御魔法を周辺海域全体に張られているので、正規軍やいわゆる大海賊相手に魔法を使った奇襲攻撃が成功することはほとんどない。
さらにいえば、この世界の陸上戦闘と同様敵味方同レベルの魔術師しか持っていないことがほとんどで、そうなれば何重にも張られた防御魔法を破って敵船に攻撃はできないため、魔法攻撃によって勝敗に決着がつくことはないと言っていいだろう。
結局のところ、魔法はこの時代のもうひとつの飛び道具である弓矢に対するものを含めて防御には大いに役立つが、攻撃に関してはその貢献度は皆無と言ってもいいだろう。
では、戦いはどうやっておこなわれるのか?
もちろんそれは敵船に乗り込んでの原始的な白兵戦である。
そして、今回も、ほぼ外れることなくそれがおこなわれることになる。
カミール王子の傭兵艦隊、モロザリーア軍は直線状になって進んでくる海軍に対して、横に広がって応じる。
本来なら数の多さを活かしてきれいなV字型で敵を受け止め、その後敵全体を覆うようにして袋叩きにしたいところなのだが、悲しいかな、敵将であるオディエルヌの言葉どおり六百隻と言っても百近い小集団の集まりであるため、号令一下陣形を変化させることができないのである。
「さすが海軍。きれいな隊列だ。後方はともかく前方の部隊を指揮しているのは相当腕のいい奴だな」
「そんなことよりも、モロザリーア様。まもなく敵船が我々にもとにもやってきます。そろそろ迎撃の命令を……」
まずは自軍の荒れ放題の隊列を眺め、それからそれとは対照的な相手を眺めたその男が漏らすように感想を口にすると、小さなため息をついた部下のひとりが諭すように声をかける。
「そうだな」
男は短い言葉でそれに応じると、突然立ち上げる。
「では、俺の戦斧をここに」
「モロザリーア様。自ら戦斧を振るうのですか?」
「当然だ。俺は部下の影に隠れて威張り散らしている海軍の腰ぬけ提督とは違う。しかも、これだけの戦い。見ているだけなどつまらん話だろう」
「たしかに。そういうことなら、我々も是非同行させてもらいましょう。その宴に」
「そうだな。向かってくる船には提督旗がついている。わざわざ提督様が首を差し出しにやってくるのに出迎えをしないわけにはいかない」
「久々の軍人狩り。しかも、あれだけの大物。これは楽しみです」
「本当に度し難いやつらだ。おまえたちは」
自らの宣言を待っていましたとばかりに口々に同行を表明する部下たちに対して嬉しそうにそう言ってモロザリーアはニヤリと笑う。
「では、仕方がない。カルコピノ、ソクシア、バステリカ。おまえたちは俺に付き合え。もちろん一番の大物を譲る気はないのだが。それから、隣にいるフェリストには後方から敵船に乗り込みいつもどおり目障りな魔術師を始末するように合図を送れ。そして、サリテーヌ。俺がいない間のすべてを任せる」
「行ってくる」
それから、ほんの少しだけ時間が進み、目の前に敵船が迫っているその船の甲板。
「奴らは接舷してこの船に乗り込むつもりだ。だが、そうはいかない。敵船に乗り込むのは俺たちだ。奴らにこの船に接舷したことを後悔させてやれ」
集めた兵士に向かって、戦斧を掲げながら吠えるように宣言した自らの言葉に呼応する地響きのような雄叫びはモロザリーアにとっては心地よいものであった。
「行くぞ。相手の船は極上のものだ。場合によっては船を乗り換えることもある。船底に穴を開けるのは最後だぞ。だが、乗組員は皆殺しにしろ。それから……」
「死ぬことは許さんぞ」