海賊VS海賊 Ⅱ
「マントゥーア様。後方から我々を追いかけてくる船があります」
「フランベーニュ海軍か?」
「いいえ。上がっているのはフランベーニュの国旗ではなく黒旗です」
モロザリーアを討ち取ったのに続く、残党狩りも無傷で終了し、主が待つアンバリア島へ向かう前におこなう最後の仕事である敵船の曳航のため、まずは残りの船が待つ海域へと舳先を向けたところでやってきたその報告にマントゥーアは顔を顰める。
……黒旗。つまり、同業者か。
……だが、ワイバーンの黒旗を上げている我々に用事がある者などそうはいない。
……つまり、偽装?
……その可能性は十分にある。
「何隻だ?」
「一隻です」
「……一隻だと……」
……おかしい。
……これが海賊に偽装したフランベーニュ海軍だとしても、三十隻を相手に一隻で戦いに挑んでくるか?
……ないな。
「その船は囮の可能性がある。周囲を警戒しろ。それからその黒旗を識別できるか?」
「できますが……」
「どうした。報告しろ」
「識別。頭蓋骨を摘まみ上げる手。アッサルグーベで使用している識別表によればその黒旗を使用しているのは……モロザリーア」
「モロザリーア?」
……つまり、その一隻とはモロザリーアの残党?
……だが、たった一隻でやって来るとは目的は何だ?
……ん?
「ロシータ。この状況をどう見る?」
普段ならすべての判断を下すマントゥーアが隣に立つ魔族の男にそう問うたのには当然理由がある。
自分以上に好戦的であるその男からまったく戦いの香りが漂ってこない。
というよりも、笑みさえ浮かべ警戒心がまったくないのだ。
そして、一瞬と少しだけ時間をあけてからその男の口が開く。
「まずは停船させ、それから相手の目的を尋ねればいいでしょう」
……なるほど。やはりそういうことか。
「……ロシータにしては穏便な提案だ。では、そのように。ただし、別の可能性もある。警戒はまだ緩めるな」
「承知」
もちろんここからのやりとりは信号旗を使っておこなわれるわけなのだが、同じ海賊だからといって信号旗に共通の意味を持たせているわけではない。
当然この場合に使用されるのは、万国共通の交易船用のものとなる。
「返信。停船指示が受け入れる。こちらはモロザリーア配下のサリテーヌ。マントゥーア様にお目通り願いたい」
「マントゥーア様。無礼者のモロザリーアの子分ならついでに乗り込んでやってしまいましょう」
「そのとおり。こうしてやってきたのは亡き主とともに海に葬ってもらいたいということに違いありません。そうであれば主思いのその男の願いを叶えてやることこそ最大の温情。ということで、私もやるという点ではトマシックに賛成します。ですが、ここは手っ取り早く遠方からの一撃で仕留めましょう」
その場にいた護衛兵の指揮官アンドレ・トマシックと防御魔法を担当しているアウリレアーノ・ブルンヌがそう言って即時攻撃を主張する。
我田引水的な表現を使って。
ちなみ、ブルンヌは船の防御魔法を任されている魔術師だが、その思考は知的な者というイメージが強い魔術師よりもいわゆる脳筋の代表と思われている錘を振り回す戦士に近い非常に好戦的な人物である。
だが、有能。
先ほどの戦いでふたりの屈強な男を電撃で瞬殺したのも実はこの魔術師である。
すぐさまやってきたふたりの意見を聞き終えるとマントゥーアが口を開く。
「だそうだ。ロシータ。どうする?」
すでにおおよそのことを察し、少々の皮肉を込めて問うマントゥーアの言葉に応じた副官の答え。
それは……。
「沈めるのは簡単です。ですが、相手がそう言ってきている以上、とりあえず乗り込んで相手の話を聞き、意図を確かめることが肝要」
「乗り込む?ということは……」
「いやいや。乗り込むと言ってもあくまで確認だ。だから、行く者は言い出した俺だけと言いたいところだが、功を奪われたと恨まれ酒に毒を入れられてはたまらん。トマシック、それにブルンヌも来い。いかがですか?マントゥーア様」
「わかった。だが、捕虜になったら三人もろともデマハグマの魔法で船を吹き飛ばして容赦なく消し炭にする」
「結構です。では、その旨返信を」
「そして、マントゥーア様の許可は得られた。行くぞ。ふたりとも」
それから、しばらく経った同じ海賊船の一室。
その場の支配者であるマントゥーアの前には、先ほど彼が送り出した三人とともに見慣れぬ顔の男がいた。
「ロシータ様の配下のひとりバジリオ・サリテーヌと申します。マントゥーア様」
そして、ロシータの前段に続いてサリテーヌと名乗った男がその真相を語り出した。
その話が終わると、マントゥーアは苦笑いする。
「……なるほど。だが、奴の側近が実はロシータの配下だったとは驚きだ……」
「まあ、モロザリーアは以前から腕のいい航海士を探しており、さらに例の仕事が持ち込まれてからはさらに必死になっていました。そうなればアディーグラッドの斡旋所に登録していた者の中で一番のサリテーヌが選ばれるのは当然でしょう」
マントゥーアの口から漏れ出したその言葉に対して誇らしげにそう答えたロシータ。
だが、マントゥーアは完全に納得したわけではなかった。
疑わしさ満載の視線をロシータに送る。
「そうかもしれないが、下手をすれば、みすみす優秀な舵取りを失うところだったのではないのか?」
それは、視線と同じく、あきらかに好意的ではない言葉だった。
だが、その疑問をあっさりと否定したのはサリテーヌ本人だった。
「それはご心配なく。いざとなれば仲間を見捨ててでも逃げるつもりでいましたし、フランベーニュ海軍程度なら十分に逃げ切れる自信がありましたから」
……ここまで一緒にいたはずのモロザリーアの子分どもや、脱出の口実とした怪我人がどうなったのか。
……そもそも、それだけ腕のいい航海士が都合よく現れたことをモロザリーアは何も疑わず航海長だけではなく副長に据えた理由。
……尋ねたいことはまだまだあるが、とりあえずこの男がロシータの配下であるのならそのようなことなどたいした問題ではない。
……重要なのはその方法や過程ではなく、実際に手に入れた情報なのだから。
「まあ、モロザリーアに関わる部分についてはサリテーヌの話で理解できたが、フランベーニュの提督が救援に向かう情報はどうやって手に入れたのだ」
自分自身を強引に納得させたマントゥーアが尋ねた先はサリテーヌの直接の上司にあたる魔族の男だった。
問われた男が黒味を帯びた笑顔でそれに答える。
「それはもちろん彼ら海軍の本拠地であるモンタンドルにネズミを放っておいたのです」
「それで?」
「戦場から戻ってきた海軍兵の中で口が軽そうな者を酒場に誘い尋ねたところこちらが聞いていないことまで喋ってくれたようですね。それによれば、前哨戦におけるフランベーニュ海軍の損害は沈没十一隻。それに三十八隻が戦闘不能となり戦場から一番近い港タルノスの岸壁に横づけしたようです。まあ、その代わり大小合わせて六百隻の敵船を沈めたそうですが」
「……六百隻とはすごいな。それで、逃げた海賊は?」
「約五十隻とのこと」
……そのうちの半数以上を我々が沈めたわけか。
……とりあえず、相手のことはいい。
「つまり、その三十八隻が戦いに参加したフランベーニュ海軍のなかで生き残ったものになるのか?」
「いいえ。ロシュフォール提督の直属部隊十一隻がその護衛で一緒に戻っていますので、四十九隻が残ったということになります」
……こちらが沈めたのは百隻。つまり……。
「つまり三分の一。意外に残ったな」
「こればかりは運としか言いようがありません。仕方がないでしょう」
「そうだな」
「……最後にもうひとつサリテーヌに尋ねる。奴らはなぜ我々の旗を使ったのだ?」
マントゥーアの問いに男は大きく息を吐く。
そして、少しだけ残念そうな表情をつくったその男が口を開く。
「愚かだからとしか言いようがないです」
「理由は?」
「私はモロザリーアに進言しました。これだけの数の船と有能な部下がいればつまらない小細工など弄しなくても十分な仕事はできると。ですが、彼らは楽をして稼ぎたいと思った。その結果があれだったのです」
……バレデラス様もそうだが、手抜きしても勝てるはずの大海賊は常にできるかぎりの準備をする一方で、木っ端海賊は必要な準備さえ怠り仕事にかかるということが頻繁に見受けられる。
……今回もその一例か。
「なるほど。すべて承知した。そして、やってくれたことには当然報いなければならない。サリテーヌは私の船の操舵を頼むことにしようか。今の航海長は船長にする時期にきており、ちょうど後任を探していたのだ」