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アグリニオン戦記 外伝 第三極  作者: 田丸 彬禰


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30/32

海賊VS海賊 Ⅰ

 それはマントゥーアがアディーグラッドに姿を現わす前日のことだった。


「マントゥーア様。二匹の翼竜が描かれた黒旗を掲げた船は合計十一隻。真っすぐこちらに近づいてきます。四本帆柱と中央に艦橋がある大船一、残りは中船。大船の舷側には女の裸が描かれています」

「そうか」


 見張りから報告が届くと、その場を支配する若い男は小さくないため息をつく。


「それにしても……」


「せっかく手に入れたワイバーンの黒旗を有効利用したいという気持ちはわからないわけでもないが、使われた者がそれを笑って許すほどこの世界は甘くないことくらい同じ海賊ならわかりそうなものだが」


「たしかに。ですが、それがわからぬところが木っ端海賊なのです」


 人間の男の言葉にそう応じたのは、見た目だけでも彼より十歳以上年上である彼の副官を務める魔族の男だった。


「それで、どうしますか?マントゥーア様。十一隻。しかも、それなりの大きさの船も含まれています。ここは万全を期すためにも乗り込んで叩くべきだと思いますが」


 ……それは逆だろう。


 副官のその言葉にマントゥーアと呼ばれたその若者は薄く笑い、心の中で呟く。


 ……これまでは僅か数隻の相手に対して「戦闘で損害が出る可能性がある」と言って、すべてデマハグマの魔術師団に任せておきながら、十一隻というまとまった数の海賊船が見つかったとたんに船に乗り込んで戦うべきだと言い出すのは虫が良いにも程がある。

 ……まあ、あれくらいの数が揃わないとやりがいがないというのは事実ではあるのだが。


 ……いや。違うな。


「ロシータ。もしかして、あの海賊集団を知っているのではないのか?」


 疑わしさ満載の表情をしたマントゥーアからやってきた問いに副官を務める魔族がニヤリと笑う。


「大船の船型。それから舷側に描かれた下品な絵からその集団を率いているのはこの周辺を縄張りとしているアンガス・モロザリーア。最近売り出し中の海賊で剣の腕も相当なものだという噂です。そして、今回の一件では弟王子側の人探しにかかわったアグリニオンの斡旋商人が真っ先に声をかけた人物でもありますし、その旗頭を務めた者でもあります」

「……ほう」


 ……普通なら手に入らぬ情報まで。

 ……ということは、ロシータはフランベーニュだけではなくアグリニオンにもネズミを放って調べていたのか?

 ……それとも、誰かを捕まえて喋らせたのか。

 ……まあ、それはさておき……。


 ……たしかにそれはおもしろい。

 ……先の戦いに参加したフランベーニュ海軍の軍船の数から考えれば前哨戦は弟王子が雇った木っ端海賊たちの大敗。それにもかかわらず形式上とはいえ頭目でありながら海軍の残党狩りをすり抜け生き延びただけでもたいしたものだ。そのうえその直後こうやって仕事を続けているのだからその情報はおそらく本物。

 ……デマハグマの一撃で終わりにするのはもったいないな。それは。

 ……暇つぶしにここはロシータの提案に乗るべきか。


 そう。

 実をいえば、マントゥーア自身も典型的戦士タイプ。

 そして、自らの武術に自信を持っている。

 そうなればおいしそうな獲物が目の前に現れれば、当然思考はそちらに傾く。

 加えて、部下たちも猛者ばかり。


 ……バレデラス様より被害を出さない戦いをするよう厳命はされているが、さすがに魔法だけですべてのケリをつけるのは味気ない。

 ……そのモロザリーアなる者が乗る船だけを残し、乗り込むことにしようか。


 ……一応尋問をするという名目にしておけば、言い訳をできる。


 すべての算段をつけたマントゥーアは口を開く。


「そういうことならモロザリーアなる者の実力を見せてもらおうか。では、これからどう動くかを各船に伝える」


 さて、一方のモロザリーアであるが、望遠鏡の性能の差でマントゥーアに少々遅れて相手を発見していた。

 だが……。


「モロザリーア様。ブリターニャの国旗を掲げた交易船が三十隻航行しているのを発見したと先行しているマハグマ様の船から報告がはいっています」


「三十隻?それは多いな。護衛は?」

「護衛については何も……」

「確認させろ」


 報告にやってきた伝令係にそう言ったところで、視線を送ったのはこの船に乗る側近たちである。


「どう思う?」


 もちろんそれは襲うべきかどうかを問うたものである。


 たしかに三十隻もの数を揃えた交易船の集団はそう簡単に出会えるものではない。

 つまり、極上の獲物。

 だが、報告通り通常なら五隻はつく護衛がいないということであれば、別の可能性もある。

 罠。

 もう少し踏み込んで言えば、交易船に偽装した軍船。

 そういうことも考慮してやり過ごすか。


 モロザリーアが口にした短い言葉にはそこまでの意味がある。

 もちろんその言葉を受け取った者たちはそれを十分に理解している。


「ブリターニャ海軍の偽装はないでしょう」


 モロザリーアの問いに対してそう答えたのはアティーリオ・ソクシアだった。


「理由は?」

「もちろんこの海域はフランベーニュ領。しかもアリターナに近い。このような海域を偽装した軍船を航行させていたら両国に疑われるでしょう」


 ソクシアのその言葉にすぐさま賛意を示したのは同じく古株の部下であるボリビル・カルコピノ。

 まずは頷き、それから口を開く。


「そのとおり。軍船に関しては交易船の護衛するときのみ他国の領海に入ることが許されている。その時でさえ自らをあきらかにすることという協定があるのだから、偽装船で他国の領海に入るのは協定違反となる」


「さすがに表面上とはいえ同盟を結んでいるこの時期にそれをやるとは思えないということか。なるほど」


 ……ブリターニャの偽装船でなくても、フランベーニュならあり得る。と言いたいところだが、そちらの方はさらに可能性が低い。

 ……フランベーニュ海軍の動きが悪い。

 ……そもそも奴らはこそこそと隠れる必要がない。

 ……さらに本来なら残党狩りをおこなっているはずの軍船がまったく見当たらない。

 ……それはつまり俺たちとの戦いのあとにおこなったワイバーンとの戦いに大敗したからだ。

 ……というよりも、大海賊のひとり喧嘩を売ったのだ。宴がおこなわれた可能性は高い。

 ……そうなれば、奴らは全滅。俺たちを追い回す余力などない。


 ……そして、フランベーニュ海軍を殲滅したワイバーンたちも他の大海賊たちとともにアッサルグーベに寄港し、今頃アディーグラッドで酒を浴びている。

 ……つまり、今は奴の黒旗を使った仕事をおこなう絶好の機会。

 ……稼ぎ時なのだ。


 ……まあ、だからこそこうやって船の修理もせず仕事をしているのだか。


 思考を巡らせたモロザリーアが再び口を開く。


「一応確認する。八大海賊やワイバーンの三人の子分が乗る船は含まれていないのだな」

「該当する船型や舷側にもそれらを示すものがあるならすでに報告があるはず」


 ……つまり、ないということか。


「わかった」


 ……やはり、奴らはアッサルグーベに集まっている。

 ……ということで、これで一安心。


 モロザリーアが様々な思考を重ね合わせて自らにとって最良の答えを導こうとしているところへ、別の男の声が飛び込んでくる。


「ただし、この数には注意すべき点がある」


 そう注意を促したのはこの中では思慮がある者とされるカンデラリオ・バステリカだった。


「三十隻がすべて交易船だった場合は、当然護衛兵は乗っていると考えるべきだ」

「だが、どれだけの数の護衛がいても、それはあくまで交易船に乗る護衛。フランベーニュの正規軍の兵を圧倒した俺たちの敵ではない」


 自らの指摘にそう応じたソクシアをバステリカが睨みつける。


「もちろんそんなことはわかっている。だが、問題はそれを制圧するにはそれなりの時間がかかるということだ。なにしろ我々には荷物を奪う前に船を沈めるという選択肢はないのだから」


 ……こちらは十一隻。

 ……つまり、十一隻に乗り込んでいる間に残りは逃げられるということか。


 バステリカからやってきた言葉を心の中で自分なりに噛み砕いたソクシアがもう一度口を開く。


「余程うまくやらないと半分は逃げられるということか」

「そうだ」

「だが、それは仕方がないのではないか。あまり欲張ってもろくなことにはならない」


「……いや。問題は品物を取り損ねることではなく、俺たちの存在が知られるということだ」


「普段の仕事であれば特に問題はない。だが、今の俺たちはワイバーンの名を騙って仕事をしている。有名な奴らの旗を見せればどの船も逃げもせず停船する。これは追いかける手間が省けて非常にありがたいことだ。特に陸地に近い海域は港に逃げられるからなおさらだ。そして、今までは大海賊のように振舞っておとなしく商品を差し出させ、すべてを手に入れてから全員を始末していたので露見していなかったが、一隻でも逃げられてはそうはいかない」


 バステリカの言葉の真意。

 ここでそれが全員に伝わる。


「なるほど。たしかにそうだ」

「……ブリターニャやフランベーニュに知られるだけならまだいい。……問題は名を騙っていたことがワイバーン、または八大海賊に知られることだ」


 他の海賊の名を騙って仕事をする。

 それがこの世界での海賊間の最も重要な掟のひとつに違反していることは全員が知っている。

 しかも、その相手が大海賊ワイバーンとなれば、ただで済むはずがない。


「では、最初から十一隻にしたうえで仕事を始めるというのはどうだ?」

「だが、それでは俺たちのいつもやり方と同じで、ワイバーンの旗を掲げている意味はない」


「では、見送るか」

「だが、三十隻の交易船を逃すのはあまりにももったいない。できれば全部頂きたい」

「たしかに」


 ここでこれまで黙って部下たちの話を聞いていたモロザリーアが口を開く。


「では、こうしよう。いつもどおりまずワイバーンとして振舞い、三十隻全部を停船させ、商品をすべて手に入れてからすべて沈める。もし、一隻でも逃がしたらその時はワイバーンの黒旗を捨てる。そういうことにしようではないか」

「仕事中に押さえられなければあとで何を言われようが言い逃れはできる。それはいい」

「俺も賛成だ」


「では、やるということでいいな?」


 ……常に問題点を指摘し慎重な意見を口にするサリテーヌが負傷者を医者のもとに連れていくためにアグリニオンに出かけているのは少々気がかりだが、なんとかなるだろう。

 ……そもそも奴はワイバーンの旗を使用することに反対だった。

 ……奴が帰ってきたところで、今後どうするかをもう一度話をすることにしよう。


 ……とりあえず、この獲物は全部いただく。


「奴らを狩る。全船にワイバーンの黒旗を上げるように伝えろ」


 それから、まもなく。


「交易船から信号旗が上がっています」

「読み上げろ」

「こちらはブリターニャ王国のキャニック商会所属の交易船。積み荷はブリターニャ西部産の赤石及びノルディア産の光石。行先はアグリニオン国。なお、帰国時に穀物、磁器とガラス製品、および胡椒を買い入れるものである。抵抗はしないので穏便な措置を願う。以上」


 伝令係の声にモロザリーアの取り巻きたちは歓声を上げる。


「最高品質の赤石。当たりだな」

「それに高級品を買い入れるということは金貨も相当積み込んでいるだろう」

「しかもブリターニャ金貨。素晴らしい」


 歓声が一段落したところで、モロザリーアが口を開く。


「交易船用の信号旗でただちに停船せよと返信しろ」

「承知しました」


「『承知した。停船する』と返信あり」


「うまくいきそうですね」

「ああ」


 ソクシアの言葉に短く応じたモロザリーアだったが、少しだけ不安が過る。


「どうかしましたか?」

「いや。あまりにもこちらの希望通りのことが起こり、そして、問題なく進むので不安になっただけだ。そもそも現在の積み荷はともかく帰りに買う物までなぜ知らせてくるのだ……」


 モロザリーアの不安。

 もちろんそれはすぐに現実のものとなる。


 幹部たちが嬉々として交易船の一隻に乗り込む準備をしているというところに先ほどの伝令係が青ざめた顔で走り寄ってくる。


「モ、モロザリーア様」


 見張りから報告を持ち込んできたその伝令係の声は完全に上ずっている。

 モロザリーアたちもそれだけで事態がただならぬことであることを察する。


「どうした」

「全交易船がブリターニャの国旗を降ろし、その代わりに……」


「二匹の翼竜と三本の槍が描かれた黒旗を上げました」


 二匹の翼竜と三本の槍が描かれた黒旗。


 それはこの世界に住んでいる者なら皆知っているとても有名なものだった。

 もちろんその旗を掲げる者の名も。


「……ワイバーン第三分隊、万能のマントゥーア」


 モロザリーアが絞り出すようにその言葉を吐き出す。


「だが、先ほどの連絡では三十隻にはマントゥーアが乗船する『テオドラ』は含まれないとあったぞ」

「では、マントゥーア本人はいないということか……」

「いや」


 ソクシアとバステリカの願望と希望が多分に含まれる会話を遮るようにモロザリーアが断言する。


「バレないように乗り換えてきたのだろうよ。まちがいなくあの中に奴が乗っている船がある」

「……つまり……」

「これは罠だ。嵌められた。奴らは同業者狩りをやっている。それにしても……」


 ……ワイバーン本人を除けば、このような場でもっとも会いたくない男。


 モロザリーアは天を恨めしそうに睨みつけ、心の中で言葉を呟く。


 ……戦斧を振り回す力攻め一辺倒のアビスベロやガジャゴスならともかく、芸が細かいといわれるマントゥーア隊に出会うとは俺も運がない。

 ……しかも、常に派手な戦いをする他のふたりと違い、奴本人の情報は少ない。というか、ないに等しい。マントゥーアがいったいどのような戦いをするのかさっぱりわからないので対策の取りようがない。


 ……三十対十二。

 ……数だけでも相手が倍。しかも、八大海賊ワイバーンの配下。つまり、多くが魔族。

 ……ここは逃走こそ最善策だが、こちらの船は応急修理こそしているがフランベーニュ海軍との戦いでの損傷はそのまま。

 ……しかも、操舵の達人サリテーヌが不在。

 ……とても逃げ切れない。


「ここまで接近してしまっては相手が誰であろうとやるしかない。魔術師は攻撃魔法で一隻でも多く沈めろ。それから……」

「攻撃来ます」


 モロザリーアを遮った言葉の直後、船には二度にわたって物凄い振動がやってくる。


「後部が炎上。魔術師の方々すべて死亡。防御魔法が解けます」

「前部が……船の先端が吹き飛びました。浸水」


「各船炎上。マハグマ様の十一番船沈没。ビジャヌエバ様の五番船も沈みます」


 ……やってくれる。

 ……こうなったら、フェリストにマントゥーアを暗殺させるしかない。


「フェリストの船は?」

「二番船も炎上中。信号旗。フェリスト様死亡。救援を請う」


 ……くそっ。狙ったようにやってくれる。


「モロザリーア様。敵船が三隻突っ込んできます」

「三隊に分かれて応戦しろ。いや。どれか一隻に集中して乗り込み船を奪って逃げる。全員戦闘準備」


 炎上しているうえに浸水も激しい。

 この船を守っても意味はない。


 船はそう長くは浮いていられないと判断したモロザリーアはすばやく指示を変更する。


「それで、もう目標は?」

「右からやってくるのがいいだろう。どうやら最初に接舷しそうだから」

「では、そのように……」


 本来であれば、左からやってくる、船の前後に接舷した敵船を狙ったほうが挟撃されるリスクが減るのだが、そうは言っていられないというのが船の状況なのだ。

 最も早く敵船に乗り込めるうえ、うまくすればすぐに離舷できる右舷中央に接舷するものを狙ったほうがよいという判断である。

 モロザリーアの短い言葉の意味を理解した部下たちはただちに動く。


 すでに戦斧を持ったソクシアとバステリカが部下たちに指示する。

 一方、グザヴィエ・ノンザ、ヴァレリー・カニヤノの怪力コンビは、パトリモニオとともにモロザリーアの取り囲むように護衛し、カルコピノが後ろを固める。


「接舷して勝ったつもりでいるマントゥーアに恥を掻かせてやれ」


「敵、接舷します」

「飛び移れ」


 だが……。


 先陣を切った五人の男は血しぶきとともに海に落ちる。

 そして、それに続いたソクシアも。


「ソクシアをあっさり斬り殺すだと」


 モロザリーアは相手の男を睨みつける。


 ……やはり魔族か。


 モロザリーアの言葉どおりワイバーン側の先頭に立つ五人の男はすべて魔族。


 陸戦においての理。

 ひとりの魔族を倒すには人間の剣士三人は必要。

 もちろんそれは白兵戦が主である海戦においても同じである。


 さらにモロザリーア側に不運だったのは、戦いの場が舳先ということもあり横に広がることができず、常に一対一の戦いを強いられたことだった。

 当然結果はそれに反映される。

 あっというまに二十四人が斬り倒されるが得るものは何もない。

 さらに、残り二隻から続々とやってくるワイバーン側の兵士たちがモロザリーアの部下を斬り倒しながら迫る。

 まるで、あの時の戦いを裏返しにしたような。

 そして……。


「カノピコノ様、討ち取られました」


「どけ。俺たちがやる」


 痺れを切らし、うろたえる仲間を押しのけて前に進んだのはノンザとカニヤノだった。


「いくら強くても帆柱ほどは硬くないだろう」


「言っておくが、俺たちはこの前フランベーニュ海軍の軍船の帆柱を叩き折った。同じようになりたい奴は……」

「貴様。よくも……」


 まずノンザ、続いてカニヤノが一瞬だけ光に包まれると呻き声も出す暇もなく倒される。


「おまえたちには防御魔法が施されていないことを忘れていつまでも能書きを垂れているから、雷撃を食らうのだろうが。雑魚が」


 焦げた匂いが漂わせるその死体を罵倒し終わると、後さずりする敵を眺める魔族の男。

 そして、ニヤリと笑いながら口を開く。


「この中にモロザリーアはいるか」


 魔族の男から発せられたなまりのないブリターニャ語とフランベーニュ語の問いに全員の視線が動く。

 もちろん相手もそれに気づく。

 魔族の男が視線の集中したその男に声をかける。


「おまえがモロザリーアか?」

「……そうだ」


 ばれてしまって仕方がない。

 渋々といわんばかりにモロザリーアが認めると、男は後ろを振り返る。


「……見つけました。マントゥーア様」

「ご苦労。ロシータ」


 その声とともに現れたのは立ち塞がる魔族の戦士たちと比較すると肉体的にだいぶ見劣りのする若い男だった。

 ただし、その美しい顔には不似合いな大きな戦斧を握りしめてはいたのだが。


「一応聞くが、おまえは本当にモロザリーアか」

「そういうおまえが万能のマントゥーアなのか」

「まあ、万能かどうかは知らないが、私の名はマントゥーアであるのは間違いない。それで、モロザリーア。何か言い残すことがあれば聞くぞ」


 ……フランベーニュ海軍や自分の雇い主についての情報などを手土産に命乞いをしたいところだが、どうもそういう流れにはなりそうもないな。

 ……だが、ありがたいことにマントゥーアは魔族ではない。

 ……こいつなら勝てる。

 ……というか、こいつを捕らえ、交換に脱出する。

 ……下手な命乞いをしてすべてを奪われるよりも上策。


 ……まずは……。


「おまえに決闘を申し込む」


 もちろんモロザリーアは大真面目でその言葉を口にした。

 だが、それは盛大な嘲笑で迎えられる。


「何がおかしい?」


 モロザリーアは顔を真っ赤にして怒号を飛ばす。

 だが、実を言えばモロザリーアは心の中で会心の笑みを浮かべていた。


 ……こいつらは俺の実力を知らない。

 ……そして、ほぼ勝ちを手にして油断している。


 ……もう一押し。


「それとも、怖いか。マントゥーア」


「その辺でやめておけ。モロザリーア。今すぐ首が飛ぶぞ」

「なんだと」


 ロシータという名の魔族の男からの言葉にモロザリーアがそう応じると、当の本人であるマントゥーアが割って入る。


「いや。構わない。それよりも。この状況で決闘を申し込むからには何か望みがあるのだろう。まずはそれを聞こう」


 ……よし。


 心の中での雄叫びを上げ、それから何事もなかったかのように厳しい表情をつくり直して口を開く。


「もちろん身の安全の保証と今回の件を見逃すこと」


「今回の件というのは我々の旗を使って仕事をしたことか?」

「そうだ」


「いいだろう。もし、おまえが勝ったら不問にするように手配してやる。もちろんここから生きて帰すことも約束する」

「それは間違いないだろうな」

「もちろん。私は大海賊ワイバーンのひとり。約束は守る。それで、私が勝ったら場合だが……」


「俺を好きにすればいい」

「まあ、その時にはおまえは死んでいるわけだから、正しくは俺を、ではなく、俺たちたち全員だな。ちなみに全員の命をもらうことになるがそれでいいか」

「もちろんだ」


「では、証書だ。すでに私の名は入っているので、確認したらおまえの名を書き込み、帆先に刺せ」


 驚くほど早さでナイフとともに飛んできた羊皮紙。


 ……まるで、俺が決闘を申し込み、その条件を要求するのを知っていたようだ。

 ……まあ、この状況なら当然か。


 動揺を強引に抑えこみながら心の中で呟いたモロザリーアだったが、署名するためのペンの持ち合わせなどない。

 戦斧の先で左手の小指を少しだけ傷つけると、血文字で署名をする。


「できたぞ」


「では、始めようか」

「言っておくが、俺は強いぞ。マントゥーア」

「それは楽しみ」


 そして、それは始まる。


 もちろんここまではモロザリーアの思惑通りだった。

 だが……。


 ……強い。


 僅か数合やり合っただけでモロザリーアはそれを感じた。


 ……もちろん最初の一撃は生け捕りにするために手加減をしていた。

 ……万が一、殺してしまっては報復があるかもしれないだから当然だ。

 ……だが、マントゥーアの一撃を受けた瞬間、それが間違いであることに気づいた。

 ……全力でやらなければならないと。


 ……この俺が全力で戦うなど何年ぶりだ?しかも……。


 ……それにもかかわらず、五分。いや……。

 ……やや分が悪い。

 ……そして、そうなれば相手の油断を誘い、その隙をつくしかない。

 ……だが、肝心の隙がない。


 ……さすが万能のマントゥーア。

 ……攻めだけではなく守りの完璧だ。


「モロザリーア。強いと自慢するだけのことはある。たしかにおまえは強い。だが、それが全力なら私には絶対に勝てない。それはおまえだってわかっているはず。もう諦めて首を差し出したらどうだ?」

「ふざけるな」


 愛用の戦斧を握り直したモロザリーアが渾身の一撃を見舞う。

 だが、軽く払いのけられる。

 まるで、目障りなハエを追い払うように。


 ……今の一撃は全力だぞ

 ……それなのにどうして簡単に弾き返せるのだ?


「解せぬと言いたいそうな顔だ。だが、当然だろう。私は常に屈強な魔族の戦士たちと訓練をしているのだ。それに……」


「おまえごときに勝てないようでは正真正銘の大海賊ワイバーンであのガジャゴスやアビスベロと並ぶ位置に立てるはずがない」


「さて、そろそろ少しだけ本気で出させてもらおうか」


 そう言ってギアを上げたマントゥーアの戦斧はスピード、パワーとも数段階増し、もはやモロザリーアは攻撃を受けるだけで精一杯となり、相手に打ち込むところまで辿り着かない。


「どうやら、それが本当に全力だったようだな。実を言えば、まだ何か隠しているのではないかと思っていたのだが……杞憂だったようだ」


 そこから始まるマントゥーアの攻撃は本当にそれが重い戦斧なのかと思える動きとスピードを持ったものだった。


 ……ということは、今までのあれは遊びだったのか。

 ……これではとても勝てない。

 ……つまり、あれだけ気前よく約束したのも最初から勝てると思っていたからということか。

 ……くそっ。おもしろくない。


 ……だが、こうなったらすべてを差し出し命乞いをするしかない。


 相手が魔族ではなく同じ人間ということもあり、戦う前には決闘に持ち込みさえすれば十分に逃げ切れる。


 それがモロザリーアの目論見だった。

 だが、そのすべてがすでに消し飛んでいる。


 ……やはり大海賊の幹部。俺たちが太刀打ちできる相手ではないのだ。


 しかし、それに気づくのはあまりにも遅かった。


「これで終わりだ」


 再びやってきた戦斧を一瞬の差で躱したと思った瞬間、目の前で反転しやってきたその鈍い輝き。

 それがモロザリーアの目にした最後のものとなる。


 首が落ちた胴体を眺め終わると、マントゥーアが口を開く。


「では、契約に従い、残りも狩らせてもらう。始めろ」

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