世界の果てに生きる者 Ⅱ
「相手はあのアグリニオンの悪徳商人。どうせろくでもないことを考えている。いや、違う。奴らはろくでもないことだけを考えている」
一見すると、おいしさだけしか詰まっていない彼らからの提案。
やってきたその提案を眺めながら、心の底からそう思い、その偏見に満ちた言葉を口にしたバレデラスは当然のようにあっさりと拒否した。
実を言えば、彼は大国の王子が彼らにとっては小銭に等しい宝石の奪還を軍や私財を投じておこなおうとしていたことに当初から疑問を持っていた。
そして、そこにやってきた今回の申し入れによって、遂に思考が終着点に辿り着く。
「……こういうことなら辻褄が合う」
あることをひらめき、確信に近い香りを漂わせる呟きを残してその魔族の男は八大海賊の長だけが出席できる会議の場に現れる。
海賊とは思えぬ身なりをして。
そして……。
「さて、全員が揃ったところで、話を始めようではないか」
最後のひとりだった麗しき大海賊ユラを率いるジェセリア・ユラがそう美貌を一段と引き立てるいつも以上に豪華なドレスを纏って姿を現わしたところで、この場所のオーナーでもある強欲の大海賊トゥルムの長アレクサンドル・トゥルムが開催の宣言をする。
「まずは手に入れた品物の分配だが、これはワイバーンを除く七人で等しくわけるということですでに話がついている。つぎに今回の仕事の報酬だが、ワイバーンよりブリターニャ金貨一万枚が我々七人にそれぞれ支払われる。ワイバーン。これで間違いないな」
「もちろん」
「では、次だ」
「フランベーニュに対する報復はどうするべきか?」
「まあ、あれだけ叩いておけば、しばらくおとなしくしているでしょう」
「つまり、ユラはこれ以上の制裁はいらないと言いたいのか」
「もう一度全員で出かけて、港に停泊しているフランベーニュの軍船をすべて沈め、乗組員を皆殺しにして港を丸焼きにするというのなら喜んで参加するけど」
「わかった。他は?」
自らの問いに真っ先に答えたユラの冗談とも本気とも取れるその発言をとりあえずうまく捌いた議長役の男の言葉に隣に座る男が声を上げる。
「懲らしめるために奴らをもう少し締め上げるべきではないのか?」
「締め上げる?それは具体的に何を指す?ワシャクトゥン」
「金と銀の流入差し止め」
「なるほど。それについてワイバーンはどう思う?」
議長役の男の声に全員の視線が集まった魔族の男が口にしたのは、もちろん先ほど側近の男に話したものと同じだった。
「……つまり、フランベーニュに金や銀の差し止めをしても損をするだけで得はないということか」
説明を聞き終えたアレクサンドル・トゥルムがバレデラスへ問いかけると、魔族の男は渋い顔で頷く。
「まあ、そういうことだ。たしかにそれをやればフランベーニュは困るのは間違いない。それだけを考えれば効果はある。なにしろ、奴らの経済をうまく動かすために必要な金や銀は国内で採掘できるものだけでは足りないのだから。だが、当然そうなれば奴らは近隣のブリターニャやアリターナ、それにアグリニオンの商人たちから不足分を手に入れようとする。その結果、得をするのはフランベーニュに金や銀を高値で売った連中で、金や銀の代金として手に入れているフランベーニュ産の青石が来なくなる我々はフランベーニュとともに損をする側に回る。フランベーニュを叩いたつもりで自分たちも痛い思いをするなど馬鹿々々しいかぎりだ」
……まあ、それも嘘ではないのだが、一番の問題は、こちらでは青石と呼ばれているサファイヤを向こうで換金できなくなる俺自身にもっとも影響が出ることなのだが。
……そして、それは赤石と呼ばれている良質のルビーを産出するブリターニャや、光石の産地でもあるダイヤモンドの産地であるノルディアについても同じだ。
心の中で口には出せない本音を呟いた魔族の男に別の人物から声がかかる。
「そういえば、アグリニオンの商人どもから金銀の買い手を自分たちだけにしてはどうかと提案されているそうではないか。しかも、破格値を提示されて」
「随分と早耳だな。カラクルム」
やってきた言葉に反応したのはバレデラスではなくウシュマルだった。
「だが、先ほどの話の流れでいけば、ワイバーンはその提案を受けないように思えるのだがどうなのだ?ワイバーン」
「そのとおり。金銀貿易だけを考えれば売り上げが倍になるのだ。悪い話ではない。だが、それとともに、それに付随したものも一緒に売り渡すことになる。そうなっては本当に得しているのか怪しくなる」
「付随したもの?」
「たとえば、今回の件のようなことが起こった場合、どうしても必要があれば身を切る覚悟でフランベーニュへ金銀を流さないことができる。だが、悪徳商人に一括して売り渡してしまってはその手は絶対に使えない」
「そして、ワイバーンの代わりにその手を使えるのはアグリニオンの商人どもになるわけで、この世界における奴らの影響力が増すわけか」
「そうだ」
「だが、それを含めてその代償を支払うというのだろう。奴らは」
「いや。必ずしもそうではない。それまでの倍値で買い取っても、奴らもそれにふさわしい値段に相手に売ればいい。金や銀は貨幣の材料。高いから買わないということができない品物だ。つまり、どんなに高く買い取っても奴らには損は出ない。まあ、これは金や銀といった絶対に必要な商品に限ったものであり、たとえばウシュマルの胡椒や……」
そこまで話したところでバレデラスの思考が止まる。
……なにかおかしい。
本人にもよくわからないその感覚。
それは以前の記憶にはなかったものが異物のように紛れ込み、いや、強引に頭の中に押し込まれたと表現できる類のものである。
「どうした?」
「いや。なんでもない。とにかく胡椒や……ガラスはアグリニオンの商人どもに独占させても我々にはそれほど不利になることはないということだ」
……たぶん。
……さて、とりあえず話がおおかた片付いたようなので、例の話をしておくか。
「実はこの件に関連したことで話したいことが……」
そこから始まるグワラニーの提案、
それが実体となってあきらかになるのはもう少し先のこととなる。




