彼女の秘密
アドニア・カラブリタ。
実を言えば、彼女は男だ。
いや。
さすがにこれはすべての点においてよくない。
なにしろアドニア・カラブリタという名でこの世界に存在している人物は間違いなく十七歳の十分に美しい女性なのだから。
だから、より適切な言い方をすれば、彼女はもともと男だった。
ただし、これも正しい説明にはなっていない。
重要情報をつけ加えれば、男性だったことは間違いないが、それはこの世界での話ではない。
つまり、彼女も転移か転生かはともかく、とりあえず別の世界からやってきた者である。
さらにいえば、あの日あの場所から巻き添えを食って飛ばされたひとりである。
そして、そちらの世界では男性だったが、転生したこちらでは女性だった。
ということになる。
さて、ここで質問。
それなりに歳を重ねた人間の男が異世界に転生する場合、魔族の男、人間の女、そのどちらに転生するのが好ましいのか?
この問いに対して答えるのは非常に難しい。
なぜなら、メリット、デメリットが同程度並んでいるうえに、個人的嗜好というものもそこに加味されるのだから。
そういう意味では、その選択肢に人間の男を加えてもその難易度はそうは変わらないのかもしれない。
もっとも、この世界にやってきた本人に選ぶ権利などないのだから、それを問うことこそ愚問。
実は、それこそが正解なのかもしれない。
とにかく、もともと男性だった彼はこの世界に女性として生を受けた。
そして、一歳になるころ、自我に目覚める。
つまり、元の世界のことを思い出したのだ。
もちろんその時は驚き、それから元の世界への帰還を模索する。
だが、それほど時間をおくことなく自らの立場を理解し、この世界で生きていくことを決意する。
もちろんそこまで簡単に割り切れたのには理由が必要だ。
彼の場合には、まずこの世界における環境というものが挙げられる。
この世界での彼は人間側ではあるが、特権階級の貴族ではなく、平民の長女として誕生した。
もし、そこがブリターニャやフランベーニュの男性であったのならこの世界の成人とされる十五歳になれば徴兵され前線に送られる。
だが、彼の生まれた国は国境を接していないため魔族との戦いには無縁である。
しかも、女子。
徴兵の心配はない。
さらに、彼の家は一流とまではいかなくてもそれなりに裕福な商家。
つまり、こちらにやってくるまでは商社の辣腕バイヤーだった彼の経験と知識が生かせる場所。
加えて、元の世界の彼は様々な外的要因で仕事に行き詰っていたうえに、その影響から夫婦関係もうまくいかなくなっていた。
……貯め込んでいた金をすべてあれに持っていかれるのは不本意だが、子供の養育費と考えれば納得もできる。
……それにうだうだと考えていてもどうせ戻れない。
……そういうことであれば、こちらで新たな生活を始めることに躊躇いなどない。
……余程のヘマをしないかぎり殺される心配もなさそうだし。
そうやって始めた「女性」としての生活だが、やってみると子供ながらに理不尽な男女間の格差というものを実感する。
といっても、他の子供たちがそれを口にすることはないので、おそらく元の世界での環境がその考えに大きく影響しているのだろう。
……ここは別世界。仕方がないのかもしれない……。
そう思ったものの、やはり納得はいかない。
日々その状況を不満に思い続ける彼女は心の中でこう呟いていた。
……やはりこのままというわけにはいかない。
……自分が生きやすくするためにも状況を改善せねばならん。
そして、その思いを彼女は実行に移していき、この時代を代表する女性のひとりとして歴史に名を刻むことになるわけなのだが、辣腕商人とは別の肩書となるそれを彼女が手にするのはこれからずっと先、人生の後半に入ってからのこととなる。




