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アグリニオン戦記 外伝 第三極  作者: 田丸 彬禰


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世界の果てに生きる者 Ⅰ

 アグリニオン。

 現在アリターナ王国に隣接する小国家が国名として使用しているそれはこの世界の最も古い言語である魔族の言葉では「世界」を示す。

 そして、その言葉を魔族は自らの国と同義語としても使っていたわけなのだが、本当に魔族が世界のすべてを支配していたのかといえば、実はそういうわけではない。

 なにしろ魔族が「大地のすべては我が手の中にある」と豪語しているときでさえ、遠洋航海の技術を持たなかった彼らは海を支配できておらず、彼らの手が届かなかった海のかなたにある多くの島は当然魔族の統治下におかれたことはなく、さらにそのなかには島と呼べる範疇を超える大きさを誇るものもあったのだから。


 南の海に浮かぶ島のひとつアンバリア島。

 環礁に囲まれた三日月型をしたその島は現在の海を支配している者たちにとって非常に有名な場所だった。


 あの戦いが終わってからしばらく経ったある日の夕刻。


「ここから何度も港を見ているが、これだけの大船がひしめく様子を見るのは初めてだな」


 自らの船を停泊させているその港を一望できる丘の上で呟いた魔族の男の言葉に、隣に立つ人間の男は自らの感想を乗せた言葉で応じる。


「それにしても停泊可能数はマンドリツァーラの四倍。その気になればさらに数百隻は停泊できるというのですからこの港の大きさは驚きです」

「まったくだ」


「……この大きさと、その驚くほどの穏やかさが、この港を繁栄させていると言ってもいいだろう」

「そして、それはアディーグラッドの繁栄にも貢献しているわけですね」


 自らの感想に人間の男がつけ加えた言葉に頷いた魔族の男は嘲りの成分が含まれた薄い笑みを浮かべる。


「うちの連中がここに来るたびに持ち金全部を使い果たす様を見れば、『アディーグラッドにやってきた者は船以外のすべてを置いていく』という格言が正しいことがわかる。そして、それは奴の船がアディーグラッドで落とす客の金貨で出来ていることを示している」

「まさに」


 皮肉たっぷりの男の言葉。


 もちろんその船が金貨で出来ているわけはなく、男の言葉は単なる比喩なのだが、実はその言葉は言い得て妙。

 真実の真ん中を射抜いていると言えるものだった。


 こことは別の世界はもちろん、この世界においても遠洋航海ができる海賊船は単独、多くても数隻での行動が一般的あり、十隻の大型船で組む船団を率いる海賊などほんの一握りの実力者兼有名人しかいない。

 だが、八大海賊と呼ばれる者たちは、十隻どころか、それを遥かに上回る最低でも五十隻の大型船を所有している。

 五十隻以上の大型船を手に入れること。

 その手段がどのようなものであっても、それ自体が非常に大変なのはいうまでもないことなのだが、さらに大変なのはそれを手に入れてからだ。

 なにしろそれだけの船と乗組員を抱えるということは日常的に膨大な出費を生むことになるのだから。

 そして、その額とは通常であれば年に数回出会うかどうかというレベルの金銀財宝を詰め込んだ大物を常に狙わなければならないくらいのものとなる。


 もちろん五十隻を小分けにしたうえで独立採算制にでもすれば一般の海賊と同じように交易船を狙っていてもなんとかなる。

 だが、それでは部下に独立を勧めているようなものであるうえ、貴重な海図や海上での位置把握の方法などの貴重な技術と情報を将来のライバルになりそうなその部下に手渡さなければならないという致命的なデメリットが発生する。

 つまり、理論上は成立するものの、それをおこなうのは事実上無理なのである。


 では、なぜ八大海賊は五十隻以上の海賊船を保有し続けられるのか?


 その答えは彼らが根城としている根拠地にある。

 八大海賊はそれぞれの根拠地に大きな港を所有し、その多くが他の海賊の寄港を許している。

 もちろん本拠地に他者の寄港を許すということは安全上の大きなデメリットとなるのだが、それ以上に経済的のメリットがあった。

 それこそ、こちらが本業だと言ってもいいくらいに。

 そして、その中でも強欲の大海賊トゥルムの長アレクサンドル・トゥルムが支配しているその場所は海賊たちにとって特別なものとなっている。


 二千隻の大船が一度に停泊できるこの世界最大の港アッサルグーベ。

 それから、「すべてを奪う場所」という異名を持つ「すべてが揃う場所」港町アディーグラッド。


 トゥルムが百隻以上もの大型海賊船を保有できる根拠がここからもたらされる莫大な富なのである。


 ちなみに、彼以外に百隻以上の海賊船を所有する海賊が三人いる。

 本拠地ガロ―ウエの後背にある広大な森林地帯を所有し、上質な絹の生産地と、新造された海賊船の大部分がつくられ、海賊船の本格的な修理ができる唯一の場所でもある本格的な造船施設と優秀な職人を多数抱えるジェセリア・ユラ。

 第三位の砂糖生産地というだけではなく、この世界における唯一の胡椒生産地となるバリユール島を支配するサカリアス・ウシュマル。

 そして、紙という特別な武器と、それを基にした魔族と人間との間を取り持つ金銀貿易で財を成すバレデラス・ワイバーン。


 そう。

 彼らの真の姿を知らぬ者たちは八大海賊も他の海賊と同様、本来の意味での海賊業を生業にしていると思っているが、実際の八大海賊は皆隠れた本業を持っていたのである。

 そして、それを如実にあらわすサカリアス・ウシュマルの言葉がある。


「漫然と海賊をしていても力さえあれば百隻の船を手に入れることはできるだろう。だが、他の収入源がないかぎりそれを維持するのは不可能である」


 ウシュマルのこの言葉。

 それを言い換えれば、多数の大型船を抱えての海賊業は成立しないということになる。

 だが、そう言いながらも彼らは今でも稼ぎの悪い大きな武力集団を抱えている。

 一見すると矛盾しているようであるが、実はそうでもない。

 彼らが強大な武力を持つ理由。

 それは自衛のため。

 つまり、彼らが住む世界は弱肉強食の権化。

 弱体化すれば取って代わろうとする輩は山ほどいる。

 それこそ自分たちがのし上がったように。

 そのような者たちから自分たちの権益を守るためにはどうしてもそれだけの力が必要なのであり、彼らの持つ権益はそれを支払っても十分にお釣りの来るほど巨大なものなのである。


 そして、そのような事情で普段は主に港の守りのために活用している彼らの武力は、いくつかの理由が重なったときにようやく表向きの本業である海賊行為で使用される。

 ただし、彼らの場合、大部分の海賊と違い、激しく抵抗されないかぎり交易船の乗員どころか護衛にあたっている海軍の兵士でさえお仕置き程度の処置で済ませ、生命の危機を感じるような危害を加えることはない。

 これについては最初にそれを実践し始めたとされる大海賊トゥルムを率いるアレクサンドル・トゥルムの祖父ダレス・トゥルムがこのような言葉を残している。


「奴らは皆卵を産む鶏だ。殺してしまえばそれまでだが、生かしておけばさらによい卵を産む」


 つまり、脅し、恐怖心を与えただけで生かして帰せば、「大海賊が相手であれば黙って要求されたものを渡しさえすれば、命は助かる」という知識と経験を植えつけられ、次回出会ったときにはもっと簡単に商品が手に入るというわけである。


 それから、もうひとつ。 

 自らを「世界の果てに住む者」と称している彼らの対義語となる「世界の中心に住まう者」と表現される旧アグリニオンで生活する者たちの大部分は知らないことではあるのだが、実を言えばこの世界は経済という部分においてはもう海賊組織なしでは動かない状況になっている。

 もちろん金銀貿易がその代表であり、砂糖や胡椒、それに紙もそこに加わるわけだが、それ以外にも特定の商品が実は八大海賊が百パーセント供給先になっているものがあるのだ。

 大海賊であるとともに別の世界では錬金術師と呼ばれるカテゴリーに属すると思われる人物でもあるマルシアル・ボランパックがその製造に成功し、現在も生産と供給を独占している磁器とガラス製品。

 さらに、ボランパックはさらに、砂糖で財を成す大海賊のひとりアレクシス・コパンを頂点とする「慈悲なき大海賊」コパンの本拠地ワジト島原産の生ゴムからより使い勝手のよいゴムもつくりだし大きな利を得ていた。


 むろん彼らも独占状態にあるその商品がもたらす利益が自らの活動の根源でもあることを十分に理解している。

 当然理由をつけては値を上げる。


 そして、魔族の男が戦いの場から直接ここにやってきたものも、それについての話し合いがおこなわれるからである。

 八大海賊。

 その長のひとりとして。


 その組織の幹部が主である頂点に立つ魔族の男に問う。


「……ところで、わざわざ多数の護衛を引き連れてここまで上がってきたのは、会議に関する密談をするためだと私は思っているのですが、それでよろしいでしょうか?」

「もちろん。なにしろペルディエンスと夜景を見るなどという奇怪な趣味を俺は持ち合わせていないだからな」

「まあ、それはお互い様です。では、お伺いしましょうか?その大事な話を」


「問題がふたつある」


 側近の男の言葉に頷き、そう切り出した魔族の男。

 そこから彼が語ったもの。


 そのひとつはもちろんフランベーニュに対する報復。

 そして、もうひとつは彼ら八大海賊の根拠地のひとつともいえるアグリニオン国に関するものだった。


「ちなみに、バレデラス様はそのどちらがより大きな問題だと思っているのですか?」

「言うまでもないこと」


 男の問いに彼の上司にあたる魔族は明快に答える。


「後者だ」


「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ペルディエンスからやってきた問いにバレデラスは頷く。


「結局金や銀の交易は止められない。もちろんフランベーニュに金や銀を流すのをやめることはできる。だが、そうなれば、周辺国が利益を乗せてフランベーニュに金や銀を流すのは目に見えている。我々が手にできる利益をアリターナやブリターニャを分けてやる必要はないだろう」

「ということは、お咎めなしということですか?」

「まあ、俺としてはそれでもいいと思っているが、そう考えない者もいるわけだ。だが、こちらについては策がある」

「と、言いますと?」

「フランベーニュの第三王子を交渉のテーブルに引っ張り出す。そうすれば、奴の方から勝手に妥協案を持ち掛けてくる。なにしろ、奴は今回の一件の全貌を知っており、見た目の被害者が実は加害者だったこともわかっている。後ろめたい気持ちがあるうえに金銀貿易の重要さも理解している。言葉の行き違いから間違って金銀貿易が止められないようになにがしかの譲歩案を提示するだろう。むろん口止め料を含めて」

「なるほど。ですが、第三王子がこちらの思っているほど気が利く人物ではなかった場合はどうしますか?」

「まあ、その時はその時ということになるが、これまで手に入れた情報から浮かぶ第三王子の為人から考えればおそらくそうはなるまい。そして、王子が提示したときにわざとらしく渋い顔をしてみせたら、さらにいいものが出てくるかもしれない。これは馬鹿には通じない手だが、頭のよい奴には意外に効果があるのだ」


 ……そのとおり。


 人間の男は心の中でそう呟く。


 ……本当に優秀な交渉人かつ商人だ。

 ……もっとも、その前に最高の海賊ではあるのだが。


「とりあえず、それはペルディエンスに任せる」


 そう言って、あっという間に問題のひとつにケリをつけた大海賊のひとりバレデラス・ワイバーンはそこで大きなため息をつく。


「だが、もうひとつの商人国家に関する問題はそう簡単に片付くものではない。まったくあの悪徳商人どもはロクなことを考えない。本当に厳しいお仕置きをしなければならないのはこちらかもしれないな」


 バレデラスの言葉に頷いたその男アデマール・ペルディエンスは思考を巡らす。


 ……アグリニオン。

 ……三十六人の有力商人の合議で国政を動かすまさに商人国家。

 ……そして、我々八大海賊の有力な取引相手でもある。

 ……さらに言えば、我々が軍事的後ろ盾になっているため、あの小さな国が大国に飲み込まれずに繁栄している。

 ……そして、我々がそれだけ肩入れしている理由。

 ……それはもちろん我々八大海賊が独占している商品を売りさばく販路を持っていることと、我々海賊が堂々と入港できる港があり、確実に食料をはじめとした必要物資を手に入れられるから。


 ……それにしても、バレデラス様に悪徳商人と言わせるとはアグリニオンの商人どももたいしたものだ。


 ……さて、その悪徳商人からの提案だが……。


 ……見た目もよく、実に甘い香りがする。

 ……だが、それで味が保証されているかといえば、そうではない。

 ……それどころか、毒入りという可能性すらある。

 ……簡単に受け入れの言葉を口にできないのは確かだな。


 そこまで考えたところで、ペルディエンスは口を開く。


「まずは、申し入れに関してのバレデラス様の考えをお聞かせください」

「そうだな……」


 そう言ったバレデラスは渋い顔をさらに渋くする。


「今回の件を契機に各国との金銀貿易をやめ、取引先をアグリニオンに一元化する。その見返りにアグリニオンは金や銀の買い取り価格をそれまでの倍に設定する。それだけを聞けば条件も良いうえに、今回のフランベーニュの不始末に対する報復にもなる。素晴らしい申し出であり、フランベーニュに更なる罰を与えるべきだという大海賊が賛成するのは確実だ。だが、アグリニオンの商人どもが博愛精神で申し出ているわけではない以上、必ず落とし穴がある」

「つまり、受けないと?」

「当然だ」


 ペルディエンスの言葉にバレデラスは吐き出すようにそれを肯定する。


「だが、断る前に奴らが掘っている落とし穴がどのようなものか、そして、そこに落ちた場合に我々が被る痛みの具合を知りたいと思っておまえを呼び出したわけだ」

「なるほど……」


 ……奴らが金銀貿易を独占したいという気持ちはわかる。

 ……なにしろ、ガラスと磁器、それに砂糖や胡椒はアグリニオンを経由して各国に流れている。そのうまみの大きさは十分にわかっている。

 ……その独占できるものが金銀となればその影響力とそこからやって来る利益はその比ではないのも十分に計算しているのだろう。

 ……つまり、これまでの倍の価格で買い取っても十分に元は取れるということだ。


 ……問題は、その申し出に応じた場合に生じる我々の不利益だが……。


 ……各国に対する影響力の低下。

 ……それから二次的な商売の消滅。つまり各国が金銀の支払いに使用しており、その大部分を手に入れているその国が主要産地となる貴石を他国に売ることができなくなる。

 ……今考えられることはこのくらいか。


 ……まあ、どこから手に入れても同じ金貨という考え方はできるし、貴石を売らなければ金貨にならない今よりもすぐ軍資金が簡単に調達できる利点はあるのだが……。


「バレデラス様。アグリニオンから届けられたその書簡にはこの取引を成立させた場合の我々の利点をどう説明していたのですか?」

「書いてあったのは買い取り金額が倍になる話だけだったな」


 ……ということは、現在各国は金銀に対する支払いを貴石でおこなっているために生じる我々の不便さには触れていない。

 ……その交換の多くを奴らに託しているのだから、当然その不便さには気づいているはずなのに。


 ……逆にいえば、奴らが掘った落とし穴はこれだということになるわけですね。

 ……それを話してしまうと、第二の商売のうまみに気づかれてしますから。


 ……まあ、バレデラス様はすでに気づいてはいるのでしょうが。


「バレデラス様。奴らが掘った落とし穴の正体がわかりました」

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