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アグリニオン戦記 外伝 第三極  作者: 田丸 彬禰


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夢の終わり

 あれから十日後。

 十二隻のフランベーニュ海軍所属の軍船がタルノス沖を航行していた。

 そして、そのうちの一隻に乗っていたのはロシュフォール。

 もちろん沈没寸前だった自らの船が短期間に修理完了になるはずがなく、別の船を借りだしていた。

 ある目的のために。


 その目的。

 それは……。


 いまだ戻って来ないオディエルヌ率いる百隻の軍船の捜索。


「提督」


 隣に立ってロシュフォールに声をかけたのは副司令官のアンセルム・メグリースだった。


「これだけ残骸が見つかっているのです。この周辺で海戦がおこなわれたのはまちがいありません。それにもかかわらず戻ってこないということは……」

「追撃している可能性もある」

「それはそうですが……」


 ……提督だってわかっている。

 ……浮かんでいる残骸はフランベーニュ海軍を示すものばかりであることを。

 ……そして、それが何を示しているのかも。

 ……つまり、提督は信じたいだけなのだ。


 ……彼らがまだ生きていることを。


 心の中で上官の心情を察したメグリースは話題を変える。


「シリルは張り切っていますね」

「ああ」


 メグリースの言葉に短く応じると、鏃型の陣形で前を進む十一隻の僚船を見やる。


「あの戦いから随分と腕を上げたように思える」

「まったくです。船を大破させただけ終わった私は追い抜かれ、そのうちシリルを提督様と呼ばければいけなくなりそうです」

「それはご愁傷様。まあ、船を大破させたのは私も同じだ。それで仲良く港送りになったわけなのだが」

「そして、我々を護衛してくれたのはシリルというわけですね」


 自虐を込めた軽い冗談で場が和んだその時だった。

 見張り員の声がふたりに届く。


「ディーターカンプ様の船に信号旗が上がっています」


 ロシュフォールの副官ロデスがマストの上に向かって大声を張り上げる。


「読め」

「左前方に船影あり。数二」


「船影?敵でしょうか?」

「さあな」


 メグリースの問いにロシュフォールは不愛想に答える。


「だが、ただの交易船がこんな沖合を一隻や二隻で航行しているはずがない。味方でなければ敵。というか、この海域を航行している時点でほぼ海賊船だろう。とりあえず確認しなければなるまい」

「そうですね。周辺を警戒しながら近づくように伝えろ」


 やがて、連絡が入る。


「ディーターカンプ様の船より信号旗。識別完了。船はロシェルです」


「なお、数は二隻ではなく一隻の模様」


 ロシェル。

 それはオディエルヌが乗る船の名である。

 もちろんその声に大きくどよめく。


「みつかりましたね」

「だが、一隻だけで航行しているというのはおかしいだろう」

「そうですね」


「ディタ―カンプにロシェルと連絡を取るように伝えろ。それから、他の船もどこかにいるはずだ。確認させろ」


「ロシェルより返信なし」


「周辺には他の船影なし」


 続けざまにやってきた報告にメグリースは首を傾げる。


「どういうことでしょうか?」

「行けばわかる。望遠鏡で船の様子が確認できるところまで近づく」

「承知しました。ディーターカンプに前進するように伝えろ」


 そして……。


「どうやら乗り込まれたようですね。ここから確認できるのは四か所……いや、五か所というところでしょうか。ですが、海賊の流儀からいって拿捕せず、そうかと言って沈めもしないということはない。ということは撃退したのでしょうか」

「だが、そうであるのなら、外見上航行に支障はなさそうに見えるにもかかわらず、帆も張らず風に揺られているだけというのはおかしいだろう」

「それは確かに。なんというか。その……幽霊船のような」


「ああ……そうだな」


 ロデスとメグリースからやってきた呟きのような会話に続く視線に、提督の証として所持するフランベーニュ王家の紋章が刻まれた望遠鏡を覗き込んでいたロシュフォールはあいまいな言葉で応じる。

 そして、厳しい表情で望遠鏡を胸にしまうと、さらに言葉を続ける。


「ロシェルに乗り込む。ただし、同行するのはメグリース、ロデス。それからディーターカンプのみとする。武器を持ってついてこい」


 そう言ってロシュフォールが手にしたのはあの時使用した戦斧だった。


「提督。そういうことなら、護衛をつけましょう」


 それは提督の地位にある者が戦斧を持つ意味を十分に知っているロデスからの当然すぎる提案だった。

 だが、ロシュフォールはそれを拒絶する。


「いや。四人だけだ。それに武器は用心のためであり、おそらく必要ない。それよりも、最初に言っておく」


「船上で見たことは絶対に口外してはいけない」


「はあ……」


 ロシュフォールの不可解な命令。

 その意味はロシェルに乗船したところで判明する。


「これは……」


 軍人である以上、多くの修羅場を経験し、先日の戦いを含めて凄惨な場面には何度も遭遇している。

 その彼らでさえそれを見た瞬間にやってきた胃の内容物が逆流するのを抑えきれなかった。

 ただひとり毅然としてそれを睨みつけるロシュフォールを除いて。


 やがてロシュフォールが口を開く。


「おそらくこれは『八大海賊の宴』というものだ」


「これも軍人の責務と思い、すべてを目に焼き付けろ。それから、これが『大海賊の宴』であるのなら、どこかに八人の海賊の署名があるはずだ。『大海賊の宴』であることを確定させるためにそれを見つけてくれ」


 異臭漂う地獄のような光景の中を歩き回る四人。

 やがて、探していたものは見つかる。

 そして、そこには始まりからその終わりまでを事細かく記されていた。

 隣にある首のない一兵士の死体のものと思われる血を使って。


「……王太子殿下とカミール殿下が個人的利益と競争のためだけにワイバーンの襲撃を計画した。しかも、お互いの足を引っ張るようにワイバーンに情報提供をおこなっていただと……あり得ぬ。これは海賊の戯言だ」

「だが、ここに書かれている王太子から約束された将来の報酬とやらが本当であればオディエルヌ提督の強引すぎる行動は、十分に説明できるではないか」

「そもそも交易をするためにやってきていた者を襲う、しかも、帰り道の他人の目がないところでというのは、まさに野盗、いや海賊のやることではないですか。これでは我々はオディエルヌ提督に海賊行為の手伝いをさせられたことになります」


 納得などしたくない。

 だが、今まで起こったことを思い返すと納得せざるを得ない。

 三人から吐き出された言葉にロシュフォールが頷く。


「理由はなんであろうとも、オディエルヌ提督は大海賊たちと戦って敗れ、すべての責任を取ったのは事実だ。それ以上のことについては陛下が決めることだ。それよりも……」


「この状況と記されていることはすべて陛下に報告する。各々自らが見たものをすべて記録せよ。それが終わったら、船腹に穴を開けて沈める」

「船を沈めるのですか?」

「我々は十二隻の船がある。これを港まで曳航することは可能だろう。だが、その後どうする?」

「見せるしかないでしょう」


 船を沈めるというロシュフォールの意見に反対票を投じたのはメグリースだった。


「見せる?」


 顔を歪めたロシュフォールの不機嫌さを漂わせる問いに、メグリースが答える。


「士気に影響しますので、もちろん兵たちに見せるわけにはいかないでしょうが、海軍上層部、そして、オディエルヌ提督に今回の件を命じた者やその対抗者、彼らにはこの惨状を見てもらうべきだと思います」


「本来ならば水葬にすべきところですが、すべて連れ帰ります」


 それに続いたのはディーターカンプだった。


「……まあ、相手が相手ですから報告書を提出しても提督の創作物などともみ消されるのがオチ。そうならぬよう自分たちがしでかした結末を見せるべきでしょうね。奴らには……」

「お、おい」


 王族を奴ら呼ばわりするのは当然処罰対象。

 同僚のあきらかな暴言にメグリースが大慌てて打ち消しに走るが、ロシュフォールは苦笑いだけで済まし、言葉をつけ加える。


「ディーターカンプの言いたいことはわかっている。率直の気持ちをいえば、私だって奴らと呼びたいくらいだ。だが、それと同時に我々は国家に忠誠を誓う者。王太子殿下たちを奴ら呼ばわりにするのは今で最後だ」


「だが、ふたりの意見は聞くに値するものだ。曳航し、港に係留して陛下の指示を仰ぐことにしよう。では、曳航準備と……」


「宴の様子はそのままにしておきたいが、このままでは兵の目に留まる。できるかぎり隠すように手配をしてくれ」


「提督。もうひとつ」

「なんだ?」

「船で待っている兵たちにはなんと?」

「残念ながらオディエルヌ提督は戦いに敗れ、船上は無残なことになっているとだけは言っておくしかあるまい」

「承知しました」


「それにしても……」


「これだけのことをやられながら、その相手よりも身内に憎しみを覚えてしまうというのは全くやりきれませんね」

「……ああ」


 それから、時間が進み、血まみれのロシェルを曳航する船の上。


「……正義が常に勝つわけではないという教訓のようだ」

「正義が常に勝つわけではないという点については同感だ。だが、あの話が本当であれば、今回に関しては我々が正義の側にあったことも疑わしいだろう」

「正義を信じて死んでいった者と、その家族には言えないが、たしかにそのとおり」


 上官のいないところで、友人でもあるディーターカンプとメグリースは夕日を背にして進む死者だけが乗る船を眺めながら言葉を漏らし合った。


 そして、離れた場所にいた彼らの上官はそれとはまったく別のことを考えていた。


 ……百隻もの軍船を叩きのめすにはどれだけの船を集めればできるのだ?


 そう。

 ロシュフォールは指揮官らしく冷静な戦力分析をおこなっていたのだ。


 ……奴らは自らの存在を誇らしげに語っているが、その戦力と被害の記録はどこにも残していない。

 ……さすが大海賊というところか。

 ……それでも被害はともかく戦力くらいは推測できる。


 ……まず兵の力が同じという前提にしよう。

 ……そうなれば、同数では足りない。

 ……なぜなら、これまで海に漂流していたものは皆我が海軍のもの。

 ……すなわち相打ちやギリギリの勝利というわけではなく、我が軍が一方的に叩かれたとしか思えない。

 ……我が軍の船に乗っていたのは二万五千人以上。その数の兵士を圧倒するには最低でもその五倍。二百人乗りの海賊船だとすれば六百隻は必要ということになる。

 ……そこから導き出せること。それはここにやってきた八大海賊はそれぞれが我が海軍の軍船級の海賊船を七十隻以上保有しているということだ。


 そこまで思考を進めたところで、ロシュフォールは思い出す。

 戦いの最中にモロザリーアに対して彼がワイバーンの力を問うたときに返ってきた言葉を。


「やってみればわかる。まあ、わかったときには手遅れなのだが」


 ……やってみればわかる。

 ……だが、そのときは手遅れだ。

 ……まさにそのとおりだな。

 ……この状況は。


 ……奴らに勝つには軍船の半数を失ったフランベーニュだけでは無理だ。

 ……アリターナ。いや、ブリターニャやノルディアまで合わせないと……。


 ……これでは、海の魔族だな。


 さて、公式には「第二次タルノス沖海戦」と呼ばれる、八大海賊とフランベーニュ海軍との戦い。

 その結果を最後に述べておこう。


 フランベーニュ海軍は軍船九十七隻がこの海戦に参加したものの、ロシュフォールが発見し港へ曳航したロシェルを除く九十六隻が失われた。

 そして、二万六千五百四十一人にも及ぶその乗員のすべてが死亡したわけなのだが、ロシェルに残された血文字の記録によれば、実際の戦闘で死亡した者はそのうちの一万九千五百六十七人。

 さらに大部分は先頭三隊のものとされる掃討戦による死亡した五千六百四十九人がそこに加わる。

 残りは千三百二十五人。

 そのうちの千三百二十四人は様々な理由で捕虜となったのだが、必死の命乞いも空しく八大海賊の長のひとりジェセリア・ユラに全員が斬首され、その首はロシェル船内に八か所積み上げられていた。


 そして、そこにも含まれていない残るひとりとは、もちろん司令官のブノア・オディエルヌである。

 彼はロシェルの甲板での戦闘が本格的に始まるに先立って自死したわけなのだが、その焼死体はユラによって誰のものかわからぬほどバラバラにされたうえ大部分は海に投棄される。

 残ったのは首だけだったのだが、ユラはその宣言どおりその首から目をくり抜いただけではなく鼻と耳もそぎ落とし何度も蹴り飛ばし床に放置した。

 もし血文字でオディエルヌが油をかぶって火をつけ自死したことが記されていなければ床に転がっていた焼け焦げた首が提督のものだとわからなかったのは間違いない。

 それほど損傷は激しいものだった。


 さて、一方の大海賊側であるが、こちらは沈没船はなし。

 死者もわずか百三十八人だった。

 このうちの五十四人はウシュマル配下の者であったのだが、十一人はひとりの男によって斬り殺されたことがわかっている。

 そして、この男と対峙し最終的には男を討ち取ったウシュマルによって、通常は船と共に沈めるか海に捨てサメのエサにするその遺体はロシェルへ移送され、魔法によって氷漬けにして腐敗を防ぐ措置が施されると、卓越した剣技と武勇を讃える文と、遺族に贈るものとして積み上げられたフランベーニュ金貨八千枚とともに丁重に安置されるという特別な扱いを受けた。

 むろん、家族にとって彼の無言の帰宅は望んでいなかったことではあるのだが、それでも遺体すらない者や首だけや腐り果てた遺体と対面することになった他の者に比べれば遥かに恵まれたものだったといえるだろう。


 なお、フランベーニュ海軍が今回のターゲットとしていたワイバーンであるが、彼と彼の配下は三隻の軍船で白兵戦をおこなっていたものの、死者はなし。

 まさに、この戦いが始まる前にバレデラス・ワイバーンが口にしていたパーフェクトゲームを実現したことになる。


 そして……。


「フランベーニュ人よ。我々に手を出せばこうなることを記憶に刻め」


 海賊たちのメッセージはそう結んでいた。

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