凄惨な終幕 Ⅱ
それからしばらく時間が経った同じ場所。
そこには勝利と酒に酔う男たちの数多くの笑い声が響いていた。
やがて八人の男女が現れる。
「……芳しい香りだ」
「そして、素晴らしき光景でもある」
男のひとりの呟きに、もうひとりの男が感慨をもって応じるように口にしたその言葉に残り全員が頷く。
「ところで……」
真っ赤に塗装したような周辺をひと通り眺めたその場にいる唯一の女が口を開く。
「この船には提督が乗っていたはずだけど、そいつはどこにいるの?今回は頂点にいる者は私にやらせるという約束を忘れたわけではないでしょうね」
「それなのだが……」
このような場にはまったくふさわしくないドレス姿の女の言葉に顔を歪めたのは最後の舞台となったこの船の戦いの指揮を執った男だった。
「済まない。ユラ」
「もしかして逃がしたの?カラクルム。神速の名が泣くわね。というより、前から思っていたけど、あなたはふたつ名を鈍足に改名すべきだわね」
「なんだと」
女のその言葉に反応し、まずは相手の男から、続いて女からそれ以上の殺意を感じる空気が流れる。
そこに割ってはいったのはふたりとは別の男だった。
「さすがに供物になるべき者を逃がしたらこんな悠長には構えていないだろう。それで、その提督とやらはどうした?カラクルム」
「どうやら俺たちが船に乗り込んだ瞬間に死んだようだ。油をかぶって自らに火をかけた。煙を見つけ急いで向かったのだが、延焼を食い止めるのが精一杯だった」
「自ら火刑になるとは勇ましいわね。それで、どうしたの。そいつの死体は」
「さすがに供物にするには見栄えが悪いのでそのまま放置している」
「甘い」
言い訳じみた男の言葉をそう断じた女が氷のような視線を送ったのは、自らの配下であるビルヒルオ・パライソだった。
「今すぐそいつの死体を持ってきなさい」
「そんなものをどうするのだ?」
部下にそう命じた女を咎めるようにその言葉を口にしたのは先ほどの男だった。
女は不機嫌さを全面に出し、その言葉に答える。
「もちろん私の楽しみを台無しにしたその男に罰を与えるのよ。まず目をくりぬき、次に内臓をすべて引きずり出す」
「だが、そいつはもう死んでいる。しかも、黒焦げなのだろう」
「そんなことはどうでもいいのよ。それとも、あなたがそいつの代わりに私に切り刻まれるの?ボランパック」
「いや。それは遠慮しておく」
その場の空気を最悪にした女。
だが、悪びれる様子など欠片もなく、毒のある笑みを浮かべながら再び口を開く。
「それはそれとして、そうなると今の私たちには肝心の供物がないということになるわね。どうするの?ワイバーン」
「そうだな。今回は提督の代わりになるようなそれなりの肩書を持った者は皆死んだようだし困ったな。ウシュマル。何かいい代案はあるか?」
「そうなれば数で補うしかあるまい」
「数?というと命乞いをしてきた兵士たちを供物にするということか」
「そうだ。全員が抱える捕虜を供物とする。これなら、提督ひとりに見合うだけのものになるだろう」
バレデラスの問いにウシュマルが答えた瞬間、微妙な空気が流れる。
もちろんそれがウシュマルの提案を拒絶しているものであることは明確だった。
バレデラスはその空気の核となっているふたりに目をやる。
「トゥルムやコパンが不満に思うのはわかる。だが、ウシュマルの言うとおり今回はそれしかないだろうな。捕らえた者は各々が好きな方法で処分することが取り決めとなっているのだが、今回に限り捕らえた者全員を供物として提供してもらいたい。もっとも、部下がすでに全員を殺してしまったので、俺の手持ちはないのだが」
「……随分と虫のよい話だな」
「その代わりに回収した武器や防具の権利は放棄する。これでどうだ?」
「まあ、そういうことなら今回の主催者がワイバーンということも考慮し俺はワイバーンの提案を受け入れる。コパンはどうだ?」
「まあ、トゥルムがそう言うのであれば仕方がない。というよりも問題は俺たちよりもユラだろう。どうだ?ユラ」
「もちろんいいわよ。なにしろ、私もワイバーンと同じでその場で全部殺してきたからそうなっても何も困らない。ただし、私は自分が手に入れたものを放棄するような愚かなことはしない。それからもうひとつ。そいつらの処理はすべて私にやらせて」
「言っておくが命乞いをしてきたのは合計で千人はくだらないぞ」
「問題ない」
「つまり、千人以上の首をひとりで落とすということか?」
「もちろん。新しく手に入れた戦斧の試し斬りにちょうどいい」
「まあ、本人がそういうのなら俺は構わん。他の者はどうだ?」
それからまもなくその宣言がされる。
「全員の了解をとった。では、始めようか。久々の宴を」
「では、供物をここへ」




