残酷な結末 Ⅱ
「フベントゥド様。まもなく接敵します」
フランベーニュ海軍シャルプール隊を追う海賊の集団。
その一隻の船内。
若い、と言ってもすでに八十年は生きている、魔族の男に副官である同じく魔族の男ヴァレンチン・エステリがそう報告すると、フベントゥドと呼ばれた男が口を開く。
「この隊の指揮官が乗る船は識別できているか?」
「左から四番目の船が盛んに信号旗を上げていますので、おそらくはあの船がそうだと思われます」
「結構」
自らの問いに対するエステリの返答に短い言葉でそう応じると、その男シャヴィエリ・フベントゥドは右手に握りしめた突起物がついた黒い箱を口に当てる。
「私だ。ただいまより攻撃を始めるが、左から四番目の船は私が直に仕留める。その他について事前の指示通り一番船から二十七番船が衝角で沈め、海に落ちた者は残りの船が弓で攻撃しろ。ひとりも残さず完璧な仕事をすることを望む。以上、連絡終わり」
「一番船了解」
「二番船了解」
「三番船……」
その後も箱から次々に返答の声が響く。
すべての船からの返答を聞き終わると、フベントゥドは大きなため息をつき、彼の副官は呟くように上官に声をかける。
「改め思いますが本当にすごいですね。それは……」
「まったくだ」
エステリの実感の籠った声にそう応じながら、フベントゥドは握りしめた黒い箱をまじまじと眺める。
……バレデラス様によればこれは魔法の力でつくられ、魔力が込められたデンチなるもので動くムセンという名の魔道具。これのおかげで魔法が使えない私でも一瞬で、しかも容易く僚船に乗る者と連絡ができる。
……もっとも、魔術師たちによれば、魔法でもこのようなことはできないそうなのだが。
……どうやって……。いや。
……どうせ聞いてもわからない。
……それよりも……。
「もうすぐ敵船に乗り込む。参加する者は戦斧の準備をするように命じろ」
「それから……」
フベントゥドはエステリに手にあった黒い箱を手渡す。
「万が一、私がこれを持ったまま戦い、破壊でもしたら、ガジャゴス様はアビスベロ様にたっぷりとこき下ろされる。当然そうなれば怒り狂ったガジャゴス様に私は殺される。もちろん私はまだまだ死にたくない。ということで、これはおまえに預けておくことにする。大切に保管しておいてくれ」
「接舷するのを外で待つのであとはよろしく頼む」
それから、まもなく。
「シャルプール様。まもなく追いつかれます」
「やはり、逃げ切れんか」
「残念ながら……」
「こうなったら仕方がない。反転し、迎撃する。あわせて、信号旗関連の書類は処分するよう指示しろ。それから、最後に各船の奮闘を期待すると」
「承知しました」
必死に逃走を図っていたものの、まもなくガジャゴスの副将フベントゥドが率いる五十隻に追いつかれるというところで、ついに戦場離脱を諦めたシャルプールは迎撃を命じる。
……五十対十。しかも、相手は海賊の中でも最上位とされる者たち。
……勝負にもならないだろう。
……本来ならば、降伏したいところなのだが……。
……これが本当に噂に聞く「大海賊の宴」ならば……許されまい。
……いや。降伏はできるだろう・
……だが、そうであっても待っているのは死。
……しかも、最大級の苦痛を伴う。
……外れ券しかないクジだな。これは。
……そういうことであれば……。
「白兵戦用意。乗り込んできた敵はひとりたりとも生きて帰すな」
……まあ、生きて帰れないのはこちらなのだが。
シャプールは心の中でそう呟き、ニヤリと笑った。
それから、少しだけ悲しげな表情を浮かべる。
……孫たちをもう一度抱きたかったな。