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残酷な結末 Ⅰ

 十倍の数での三方向からの包囲。


 逃走を、というよりも生きることを諦めたルゴンが突撃体制の準備を始め、続いて各隊へオディエルヌからの最後の連絡が届いたところで、目の前の大軍に注意力のすべてが注がれていた前線にいる三隊にもその最悪の状況がようやく伝わる。


 それからほどなく、「八大海賊の宴」と呼ばれる狩りが始まる。


 当然、その最初の被害者となるのは先陣として進んでいたトゥーレ隊だった。


 ……逃げてもどうせ助からない。

 ……こうなれば来た敵を迎撃するしかないわけだが……。

 ……どこの誰ともわからぬ奴が最後の相手とは全くもってつまらんことだ。


 渋い顔で徐々に近づく大軍を睨みつけるトゥーレ。

 そこに彼にとっての吉報がやってくる。


「トゥーレ様。ワイバーンの船が反転し、中央部隊百隻を率いて迫ってきました」


 マストに設置された見張り台の最上段で見張りを続けるリュソンからの声が届く。


「よし」


 その瞬間、その声とともにトゥーレはニヤリと笑う。


「油断したなワイバーン」


「たしかに百隻の大船すべてを沈めるのはわずか十二隻の我が隊では難しいだろう。だが、目標を一隻に絞るとなれば話は別だ。リュソン。我が船はまだ信号旗は焼いていないな」

「もちろんです。ですが、各船は信号旗解読書を焼いたでしょうから、新人見張り員が乗る船にはこちらから送った連絡が正確に届くは難しいです」

「構わん。わかるやつだけ来ればいい」


「目標をワイバーン乗船の一隻に絞る。どこでもいいから奴の船に接舷して乗員をすべて殺す」

「ワイバーンは捕らえよというオディエルヌ提督からの命令は?」

「それについてはあの世で俺が謝る。とにかく信号を」

「承知しました」


「我に続き全船ワイバーンの船に突撃せよ。そして、船に乗っている敵はすべて殺せ」


 その信号旗を上げたトゥーレの船に続いて全船が一点に向けて最高速度で進む。


 だが、事態はやはりトゥーレの希望通りには動かない。

 いや。

 それどころか、悪化する。

 まるで、そうなることがわかっていたかのように海賊船団は統制のとれた海軍張りの艦隊運動によってそれまでの横列陣形からバレデラスが乗る船を最深部に置いた重厚なV字型に一挙に陣形を変形させてトゥーレ隊を飲み込み、続いて横腹に向けて船首を向ける。


「やるな。海賊」


 それが相当な訓練が必要なものであることを知るトゥーレは思わず声を漏らす。

 だが、賞賛ばかりはしていられない。

 次に何が起こるかは火を見るよりも明らかなのだから。


 接舷され、敵兵に乗り込まれ白兵戦が始まる。

 当然各船上ではそれに対応するためにまったく同じ言葉が飛びかう。


「白兵戦用意。接舷された瞬間に敵船に攻め込むぞ」


 だが、敵船が突進を開始し、敵の船首が舷側に突き刺さるはずが、そのはるか手前で船底から轟音が轟き、船が大きく揺れる。


「座礁か?」


 各船の船長たちは大きく揺れる中でそう確認の声をあげるのは当然である。


 もちろん「こんな海のど真ん中で座礁などあり得ぬ」という気持ちはある。

 だが、船長たちの手元にはそれしか持ち合わせのカードがないのだからこう判断するのも仕方がないことではある。


 もちろん船腹から返ってきた衝撃の原因は座礁とは違う理由だった。

 そして、それは彼らにとってまったくの予想外のものだった。


「衝角攻撃です」


 報告にやってきた伝令兵の言葉に船長たちは一応に信じられないという風に顔を顰める。


「衝角攻撃?」


 衝角。

 それはこの世界とは別の世界でも大砲や鉄砲がない時代におこなわれた海戦では主要武器でもあった、船底最前部に付けた突起物を示す言葉である。


 だが、当然衝角は船底に甚大な被害を与え、多くの場合、相手の船は沈没してしまう。

 そのため、荷物の略奪や船の奪取を目的であるこの世界の海賊はこれを使用しないとされていた。


 では、敵国の船や海賊船を沈めることを目的としている軍船はどうか。

 その答えは、右に同じ。


 なぜか?

 それはその有効性は十分に認識していたものの、白兵戦にロマンを求める者が多いこの世界の海軍軍人はこの武器の使用を極端に嫌っていたからだ。

 曰く、衝角とは臆病者が使う武器。

 当然多くの船には衝角は装備されていない。


 海賊は使えず、海軍は使わず。


 理由は百八十度違うが、とりあえずそういうことでこの世界では滅多にお目にかかれない武器。

 それがこの世界における衝角の立ち位置であった。


 その衝角が使われた。

 しかも海軍ではなく、使用することはないとされた海賊側によって。


「離舷された瞬間に水が一気に流れ込む。こちらから敵船に乗り込んで離舷を防げ」


 衝角攻撃を受けたのはトゥーレ隊十二隻のうち十一隻。

 そのうちの一隻となる八番船の船長ジェラール・ベリフォールは大声を上げるものの、返ってきたのは望まぬものだった。


「完全に接舷されていないので……」

「なんでもいい。とにかく敵船に乗り込め」

「は、はい。敵船に飛び移……あっ」


 伝令兵の言葉が途切れ、いくら待ってもやってこない続きを求め、甲板に出たベリフォールが見たもの。

 それは自船に大穴をあけた二隻の敵船が急速に離れていくのを呆然と見送る伝令の姿だった。


「くそっ。逃げられたか」


 だが、悔やんでいる暇はない。

 なにしろ一気に傾いた船は急速に沈み始めたのだから。


「ベリフォール様。もはや復原は無理です」


 それは、ベリフォールの船だけではなかった。

 攻撃を受けた十一隻すべてに同じ状況が起きていた。


 手の施しようがないまま、沈むのを待つしかない。

 

 それがその船の状況を表すのに最もふさわしい表現であった。


「トゥーレ様。他の船はすべて敵に接舷されたようです」

「どうせ俺たちもすぐに後を追うのだ。構わず進め」


 他の船の横腹に敵の船首が食い込むとは微妙な様子を遠くから確認し、気にはなるが、それでも進むトゥーレの船。


 だが、ついにその時がやってくる。


「左からの敵。迫ってきます。避けるのは不可能」

「くそっ。ここまでか。仕方がない。白兵戦用意」


 歯ぎしりしながらもう少しというところになで迫ったワイバーンの船を睨みつけたトゥーレは剣を握る。


「接舷されます」

「戦闘用意。出来るかぎり敵を道連れにしろ」

「承知」


 もちろんこの時点では目の前の海賊たちが衝角攻撃をおこなっていることをトゥーレは知らない。

 当然ここでも僚船で起こったことが再現される。


「来ます」

「衝撃に備えよ」


 当然のようにその直後、鈍い音とともに衝撃がやってくる。

 だが、それは舷側ではなく船底からだった。


「どうした?」

「衝角攻撃です」

「なんだと」


「……海賊船に衝角があるなど聞いたことがないぞ」


 トゥーレはそう呟くものの、船底からの報告であり受け入れざるを得ない。

 それに、今はそんなことに構っている状況ではないのだ。


「左舷にもう一隻来ます」

「右からも来ます」


 次々と衝角が打ち込まれ、もはや苦笑いを浮かべるしかない。


「やってくれる」


 腕組みしながらその衝撃に耐えるトゥーレは隣に立つ副官マルキーズを見やる。


「合計三本か……」

「そのようです」

「たかが一隻に三本とは豪勢だな。この礼はたっぷりとしなければならん」

「はい」


 ……これではすぐに沈む。

 ……そうなる前になるべく多くの海賊を道連れにしてやるぞ。

 ……どうせどれも無名の海賊。手頃なところで始めるか。


 自嘲気味の笑みを浮かべたトゥーレが右側に衝角を打ち込んだ船に近づいたその時だった。


「トゥーレ様。右前方より新たな敵船が来ます。ワイバーンが乗った船に思われます」


 ……さすがリュソン。このような状況になってもよく見ている。

 ……そして、そういうことであれば、狙うのは当然……。


「ワイバーンが俺たちにトドメを刺すためにわざわざ出向いてくるらしい。敬意を表して盛大に歓迎してやろうではないか。その気がある者は剣を持って前方に来い」


 ……だが、ここで敵船が離れてしまってはすぐに沈没だ。

 ……それどころか、もう一本衝角を食らったら船がバラバラになりかねない。

 ……そうなる前になんとか奴に一太刀浴びせたい。


 ……もう少しでいい。もってくれ。


 トゥーレの不安と希望。

 まさにそれが聞こえたかのようなことが起きる。

 衝角の衝撃はないまま、バレデラスが乗る船の船首がトゥーレの乗る船に乗り上げるように突き刺さったのだ。


「ワイバーン船。接舷しました」


 ……よし。

 ……この機会を逃すわけにはいかない。


「全員突撃しろ」


 トゥーレの掛け声とともに、雄叫びを上げながら一番乗りの名誉を得ようと争うように舳先から敵船に下りていったふたりの少年兵。

 敵船の様子が見えないまま敵船へと消えたその体は「グシャ」というに不快な音ともに文字通り微塵となりながら海へと落ちていく。


「他愛もない。こんな奴を先頭にして俺の船に乗り込もうとは虫が良すぎるぞ」


 流暢なブリターニャ語で話すその声とともに姿を現したのは大柄の魔族の男だった。


「なぜ海賊に魔族に加わっているのだ?」


 赤く染まった特大の錘をパフォーマーのごとくクルクルと回して見せるその男を見たトゥーレの口からその言葉が漏れる。

 なにしろ彼を含む人間側の者にとって魔族は絶対に手を取り合ってはいけない相手。

 それがいないはずの場所から突然現れたのだからトゥーレが驚くのも無理はない。

トゥーレの言葉に男はニヤリと笑う。

 

「言っておくが、俺の組織は半分以上が魔族だ。まあ、交易相手に迷惑が掛からぬよう魔族の者は港では姿を見せるように伝えてはいたが」


「つまり、おまえたちは人間と魔族の混成組織ということか」

「そうなるな」

「人間と魔族が徒党を組むなどあり得ぬ話だ」

「あり得ん?それはおまえたちの理だろう」

「なんだと」

「言葉が通じる以上、仲間になることは可能なのだ。もっとも……」


「それがわからぬから、おまえたちと魔族は戦い続け、俺たちを儲けさせくれているわけなのだが……」


 男はそう言ったところで言葉を切る。


「まあ、せっかくここまでやってきたのだ。褒美として俺自ら相手をしてやる。とりあえず名前を聞いておこうか」

「アレクサンドル・トゥーレ。フランベーニュ海軍準提督で分隊長だ」

「承知した。俺はわかっているとは思うが、バレデラス・ワイバーン。この組織の長だ」


 錘から戦斧に武器を持ち換えた男は挑発するようにそれに答える。


「それでどうする?魔族の俺を相手にするには荷が重いというのなら俺の代わりに人間に相手をさせてやってもよいのだが。もっとも、俺の部下は皆強いから結果は変わらないが……」

「ふざけるな。おまえとやるために部下を見捨ててまでここまで来たのだ。やるに決まっているだろう」

「なるほど。では、来い」


「いくぞ。ワイバーン。貴様を倒して一気に提督に昇進だ」


 その声とともに振り下ろされるトゥーレの渾身の一撃から始まるふたりの死闘。

 と言いたいところなのだが、実際はそのようなものは存在しなかった。


 トゥーレの剣を軽くはじき返した戦斧は素早く反転し、剣の持ち主の身体を斜めに切り裂いて終わり。

 ほんの一瞬のことだった。


「もう少しやると思ったが……」


 興味なさそうに男の死体を眺めたバレデラスは後ろに控える部下に目をやる。


「アビスベロ、ガジャゴス。後は任せる。部下たちをこの男のもとに送ってやれ」

「承知。では、ガジャゴス。右半分を任せる」

「いいだろう。おまえたち。かかれ」


 魔族の男の言葉に応じる、戦斧を持つ人間の男の口から流れ出た指示ともに始まった戦いだったが、実にあっけなく終わる。

 まさに残敵掃討の様相で。


 そして、その一方的な戦いが完全に終わってから少しだけ時間が進むと、人間の男の口が再び開く。


「……ところで、アビスベロ」

「なんだ」

「おまえは斬り殺されると、溺れ死にするのはどっちが嫌だ?」

「そもそも俺は死ぬこと自体が嫌だが、どちらかを選ぶのなら、やはり切り殺されるほうだな。船が沈められ死ぬまで海に漂うなどまっぴら御免だし、サメのエサになり泣きながら少しずつ食われるなどさらに嫌だ。それで、おまえはどうなのだ?ガジャゴス」

「その点では俺も同じ意見だ。そうなると……」

「ああ。俺たちほど慈悲の心がないラスカラスとフベントゥドに襲われた後続の二隊が心配だ。一応俺は全員殺せとは言っておいてのだが」

「俺もフベントゥドには言ってある。奴が命令通りやってくれることを祈っている」

「……ところで、お互いここまで大口を叩いだのだ。自らの義務も果たさねばなるまい」

「そうだな。海に落ちた奴らは俺たちがケリをつけねばならないだろうな。やはり」


「……ああ」

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