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姿を現わしたもの

 それを最初に発見したのはもちろんフランベーニュ海軍の先頭を進むトゥーレ隊。

 その見張り員だった。


「進行方向の彼方に船影あり」

「来たか」


 もちろんこの時点ではフランベーニュ側の誰もがそれを予想していた。

 当然その報に接しても驚く者はいない。


「詳細を知らせろ」


 トゥーレの鋭い声が飛ぶが、見張り員からの返答はない。


「どうした?早くしろ」


 再度の要求にようやく報告が届く。


「……黒旗確認。海賊旗と思われます」

「そんなことはわかっている。数の報告がないぞ」

「数は……」

「どうした」

「数は五十。すべて超大型海賊船」

「五十だと……しかも、超大型船」


 トゥーレが呻く。


 ……多すぎる。

 ……先ほど蹴散らした奴らは数こそ多かったが、大部分は中型から小型。

 ……だが、今度は我が海軍でも司令官級しか乗れない超大型船。


 ……その超大型船五十隻も相手にするのは、さすがに十二隻の我々だけで厳しい。

 ……全部食ってやるつもりだったが、こうなれば仕方がない。

 ……援軍はシャルプールとエオヴィルに任せることにするしかない。


 超大型船五十隻という報告にうろたえる様子を部下たちに見られ、それを誤魔化すかのようにあらぬ方向に目をやりながら素早く損得計算を済ませたトゥーレが伝令に言葉を伝える。


「オディエルヌ提督へ連絡。ワイバーンの援軍発見 数五十。すべて超大型船」


 それに続くのは後続の二隊への連絡となる。


「シャルプール、エオヴィルへ連絡。予定通り援軍五十隻は任せる」


 当初追いかけていたワイバーンの交易船とその護衛はあわせて四隻。

 あらたに現れた援軍は五十隻。

 もちろん数的には援軍を担う方がうま味はある。

 だが、トゥーレがそれをシャルプールとエオヴィルに譲ったのは当然それなりの思惑がある。


 ……宝を抱えたワイバーンの交易船を拿捕した方が褒美はでかい。

 ……もしかしたら、そのなかの一部を褒美としてもらえるかもしれない。

 ……それに……。

 ……大海賊として有名なワイバーンを捕らえた者として名が残る。

 ……しかも、あの数を相手にしてはこちらの損害も馬鹿にならん。


 ……つまり、四隻を狙う方が損害は少なく、報酬と名誉が得られるわけだ。


 打算だけで出来上がったトゥーレの思惑。

 もちろんそんなことは後続二隊の隊長にはお見通しである。


「まあ、そうなるだろうな。だが、俺だってトゥーレの立場なら同じことをする。だから文句は言わない。それはそれとして、本来ならその五十隻はすべて二番クジである我々の獲物。だが、ここは半分をエオヴィルに分けるべきだろうな。その旨エオヴィルに信号旗で知らせよ」


 それがシャルプールの言葉。

 そして、後続のエオヴィルも……。


「トゥーレの奴、一番いい獲物を持っていったか。しかも、一番楽できる。だが、もともとそういう話だったのだ。文句は言えまい」


「さて、トゥーレが放りだした五十隻だが、さすがに大型船だけとなればシャルプール隊だけでは手に負えまい。いつものように恩を売るように頼み込んでくるのだろうが……他人の戦いを眺めているのは性に合わない。その場合は受けるとするか」


 完全に満足したわけではないが、状況を考えれば致し方ない。

 トゥーレからの連絡を知ったふたりの隊長はその心情にふさわしい言葉で応じた。


「さて、肝心の攻撃手順であるが……」


 ワイバーン側の援軍を叩く算段を考え始めるシャルプールとエオヴィル。


 ……まあ、事前の打ち合わせができないのだ。左右から挟み撃ち以外にはないだろうな。


 ……では、この旨の提案をする信号旗の用意を……


 異口同音的に別の船に座すふたりの考えが同じ方向でまとまりかけたところで、見張り員に続き伝令係の同じ意味を持つ金切り声がふたりの耳に届く。


「トゥーレ様より連絡。さらに別の援軍発見。数五十……あわせて百。百隻の援軍が現れたとのこと……なんと、トゥーレ様の船から再度信号旗。内容はさらに援軍。……大型船が百隻。援軍は合計二百隻。多数の超大型船を含む大型船二百隻です」


「大型船が二百隻?しかも、超大型船までとはいるだと」


予想外過ぎる連絡に第二集団の長シャルプールは焦る。


 ……百隻まではともかくさすがに二百隻は多すぎる。

 ……百隻もの敵が現れ、それに慌てた見張りか伝令が重複してこちらに連絡してきたのではないのか。


「トゥーレに至急確認しろ。二百隻の増援は間違いないのかを」

「承知しました」

「それからオディエルヌ提督にはとりあえずトゥーレから連絡をそのまま報告しておけ。事実を確認したら再度報告する旨をつけ加えて」

「わかりました」


 ……くそっ。聞いていないぞ。ワイバーンが二百隻もの船を持っているなど。

 ……これではとても数が足りん。

 ……このままぶつかればやられる。


 シャルプールが肝心な部分を口にしなかったのは部下の士気に影響するためである。


 ……だが、俺が口にしなくても、皆わかっている。

 ……これがよい流れではないことくらい。


 ……とりあえず手遅れにならぬうちに手を打っておくか。


「ルゴンと後続の三隊に迎撃に参加するように連絡しておけ。獲物が大勢でやってきたのでおまえたちにも分けてやると」


 ……まあ、本当に二百隻の大船が現れたのなら、それでも手に余るのだが。

 ……さて……。


 ……逃げるなら今しかないが……。

 ……あのトゥーレには敵を前にしてそれはできまい。そうなれば……。


 ……とりあえずトゥーレには悪いが、俺の隊が生き残るための策を講じさせてもらう。


「減速しろ」

「それでは後続のエオヴィル隊に追い抜かれます」

「構わん。奴らが前に行きたいというのは譲ってやる。とにかく減速の信号旗を上げろ。大至急だ」

「承知しました」


 更なる援軍の発見とそれに続くシャルプール隊の急減速。 


「……臆したか。爺さん」

 

 周りによく聞こえるようにそう呟いたものの、実をいえばシャルプールの右斜め後ろを進むもう一隊の隊長であるエオヴィルも動揺の具合はシャルプールと変わるものではなかった。


 ……大型船が五十隻でも手に余るというのに二百隻とは。

 ……仲間を呼び過ぎだ。大海賊ワイバーン。


 心の中で敵に対して盛大に苦情を並べ立てたエオヴィルが今度は実際に言葉にするため口を開く。


「とにかく、オディエルヌ提督にトゥーレからの連絡を報告しろ」


 伝令係にそう命じた後、まだ見えぬ敵を探すようにエオヴィルは遠くを見つめる。


「……まずいな」

「まずいですか?」


 漏れ出した言葉に思わず反応してしまった部下のひとりブルーノ・アファトリの言葉に攻撃的な視線で応じたエオヴィルはそれを取り消すように急いでその表情を消し、言葉をつけ加える。


「……なにしろ敵は我々の五倍だからな」

「ですが、我々は四倍の敵に圧勝しました」

「だが、さっきの奴らは所詮海賊崩れ。小型船も多かったから船数ほど戦闘員の差はなかった。だが、こちらは正真正銘の海賊。加えてすべて大型船ということは剣を持つ者も当然多い。船の数がそのまま戦力に比例する。白兵戦に持ち込まれたら圧倒されることだってあり得るだろう」

「たしかに。……ですが」


「そうであっても戦わないわけにはいかないでしょう」


 我々は誇りあるフランベーニュ海軍。

 目の前に敵がいる。

 それにもかかわらずその数が多いからと言って引き返すことなどできない。

 そもそも自分たちはその相手と戦うためにやってきたのだ。

 たとえ勝てなくても手に背を向けて逃げることなどできるはずがない。


 アファトリの短い言葉は言外にそう言っていた。


 ……誇りあるフランベーニュ海軍か。

 ……若いな。


 エオヴィルは薄く笑う。


「よく言った。全くそのとおりだ」


 ……そうは言ったものの、それは建前。

 ……無駄かもしれないが、生き残るための最大限の努力はしなければならないのだよ。隊を預かるような若くない者は。そして……。


「ルゴン及び後続部隊に連絡しろ。応援求むと」


「それから……減速し、前を行く二隊と距離を取れ」


 ……場合によっては、たとえ卑怯者と言われようが味方を見捨ててでも逃げねばならないのだよ。


あれほど前に出ようとしていた後続二隊でさえ逃走寸前の醜態を見せる状態。


 当然最も敵に近いトゥーレ隊の動揺はその比ではない。

 目の前に現れた大軍に全軍が浮足立ち、恐慌状態に陥っていた。

 そこにあらたな悪い知らせが届く。


「トゥーレ様。シャルプール隊が大幅に減速しています」


 ……くそっ。


 それが何を意味するかをすぐに察したトゥーレは表現しがたい笑みを浮かべる。


 ……見捨てられた。

 ……これで我が隊は瓦解する。


 だが、トゥーレの予想に反し、この知らせによって崩壊一歩手前だったトゥーレ隊は一挙に秩序を取り戻す。


「腰抜けが」

「ふん。驚くことはない。まさにあの爺さんにはふさわしい行動だろう」

「まったくだ。怖ければさっさと逃げろ。あの程度の敵、我々だけで叩き潰してやる」


 自らを見捨てようとする味方に対しての怒りを復活のエネルギーとした部下たちを眺めながら、トゥーレは心の中でその言葉を呟く。


 ……爺さん。この戦いに勝ちがないことを確信し俺たちを生贄にして逃げにかかったか。

 ……まあ、二隊合わせても二十隻。それに対して相手は二百隻。この状況では当然だな。


 心の声を顔のどこにも出すことなくトゥーレは報告してきた少年兵に尋ねる。


「ところでエオヴィル隊はどうした?」

「どうやらシャルプール隊に合わせて減速しているようです」


 ……奴も逃げに回るつもりか。

 ……もっとも、今からではおまえたちふたりもどうせ助からん。


「オディエルヌ提督に再度連絡。二百隻の大軍出現。至急救援請うと」

「承知しました」


「それから、とりあえず接敵を遅らせるために我々も減速しろ」


 ……だが、残念ではあるが、この程度ではどうにもならない。最前線の俺たちは真っ先に飲み込まれる。

 ……そうであるならば……。


 その心の声を隠し、外に出たトゥーレは、夜間勤務に備えての就寝中に叩き起こされ、急遽見張り台に立っている主任見張り員兼信号旗解読員であるアーレ・リュソンに大声で声をかける。


「リュソン。増援にやってきた者たちの詳細を知らせよ」


 もちろんこれは……。


 ただ死ぬわけにはいかない。

 今後に活かせる有益な情報を後方に届ける。


 そのような意味である。

 それはまさにあのときのロシュフォールと同じ。

 死を察した海軍のエリートの覚悟のようなものである。


 やがて、リュソンからの報告がトゥーレのもとに届く。


「まず左翼の敵。数五十。旗は二匹の翼竜と剣です」


「わかった」


 そう返事をしたトゥーレの視線は、識別表と呼ばれる海軍が収集した過去から現在に至るまでの海賊旗と呼ばれる海賊が自らの存在を誇らしげに掲げる旗の図柄を記録した羊皮紙製の分厚い本をものすごいスピードで探し回る次席副官ブルーノ・オフェンの手に注がれる。

 やがてオフェンは膨大な旗の中からそれを見つけ出す。


「……ありました。それはワイバーンの部下アビスベロが率いる第一分隊のものです」


「よし。次」

「続いて右翼。数同じく五十。旗は二匹の翼竜と二本の戦斧」

「それはガジャゴス率いるワイバーン第二分隊のものです」


 ……大物とはいえ子分どもが五十隻もの大船を抱えているのか。

 ……ということは、当然中央の百隻は本隊ということだな。


「リュソン。中央の百隻が掲げる旗は?」

「二匹の翼竜に中央に骸骨が描かれています」


「これがワイバーンの本隊ということでいいのだな?」


 当然そうなるものという思いでその言葉を口にしたトゥーレだったが、オフェンの返事は予想外のものだった。


「それが……式別表のものとは適合しません」


「適合しない?」

「識別表にあるワイバーン本隊の旗はあの四隻にも掲げている二匹の翼竜だけが描かれているもので……」

「ということは、別の子分のものということか?たしかもうひとりいたはずだな。ワイバーンの子分のなかに有名人が」

「ワイバーンの部下で識別表に載るのはマントゥーアと名乗る者が率いる第三分隊。ですが、これは二匹の翼竜と三本の槍が描かれているものです」

「つまり、違う?」

「はい」

「ということは新しい情報が手に入ったわけか。もっとも、この状況では誰の旗かは確認できないな。まあ、とりあえずワイバーン本隊としておけ」

「承知しました」


「では、それをリュソンに伝え、オディエルヌ提督に信号旗で連絡させろ」

「承知しました」


「それが終わったら、各船に通達。信号旗に関する書類を焼き、臨戦態勢に入り適時迎撃せよと」


 ……まあ、これで義務は果たした。


 だが、それからほんの少しだけ時間が進んだとき、予想もしない指令が届く。


 トゥーレのもとに青い顔をした伝令兵が姿を現わしたのだ。

 

「トゥーレ様。オディエルヌ提督から返信が届きました」

「早いな。読め」


「情報感謝する。だが、側面からも敵襲があり、本隊を含むすべての隊がまもなく戦闘に入る。そして、おそらく当方がその情報を持ち帰ることは困難。貴官が自力で戦場を脱出して情報を持ち帰ることを望む。貴官のこれまでの働きに深く感謝する。ブノア・オディエルヌ」


 ……今から脱出せよだと?

 ……つまり、敵に背を向けて逃げろということか?

 ……最前線、しかも敵が目の前に迫っているこの状況で?

 ……冗談ではない。


「我が隊は前面に展開する敵を迎撃する」

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