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大いなる追撃戦 

 首尾よく発見したことで始まったフランベーニュ海軍によるワイバーン追撃戦。

 水平線ギリギリで確認できる四隻の船を、性能はそれなりだが、とりあえずはこの世界にも存在する単眼式望遠鏡を覗き込み、オディエルヌはニヤリと笑う。


「間違いない。ワイバーンだ」


 ……しかも、進路変更もしないあの様子ではまだ我々に気づいていない。

 ……ここで一気に距離を詰める。


 オディエルヌの指示により、帆に加えてオールも使っての高速航行により双方の距離は縮まり続ける。


 ……よし、いいぞ。


 ……ん?


 すべてが順調であったそれに最初の変化が現れたのは最後方にいるオディエルヌが乗る船からも肉眼で四隻が確認できるくらいまで距離が縮まった時だった。


 四隻のうち先頭を進む船から赤味を帯びた煙が上がったのだ。


 ……ようやく気づいたか。

 ……だが、遅い。


「味方に対する狼煙でしょうか?」

「さすがにこの距離で逃走を諦めて自沈ということはないだろうから、それしかないだろうな」


 だいぶ遅れてそれに気づいた副官フォルマオンの問いにオディエルヌがそう答える。


 ……というより、狼煙でなければ困るのだよ。私は。


 狼煙。

 それが陸上において使われることはほとんどない。

 なにしろこの世界には転移魔法という伝令を目的の場所へ瞬時に送り込み確実かつ繊細な情報を瞬時に相手に伝えることができる連絡方法があるのだ。

 当然といえば当然のことである。

 だから、様々な妨害によって転移魔法が使えない特別な場合の最終手段。

 それが連絡手段としての狼煙の役割となる。


 だが、海上となると状況は一変する。


 まず、海の上では肝心の転移魔法は敵味方双方によるそれに対する対抗魔法によってほとんど使えない。

 さらに言えば、この世界における転移魔法は航行中の船への転移はできない。

 これは多くの魔術師の生命をもって実証されている。

 つまり、できるのはその位置への転移となるわけだが、そこに目的の船がいなければただ溺れ死ぬだけとなるのだ。

 では、海上戦闘がおこなわれる際に真っ先に転移避けの防御魔法を展開するのはなぜかといえば、それなりの事前準備は必要なものの、船ごと目的の場所に転移するという荒業は可能であったからだ。

 そういうことであれば、この方法を利用して伝令を乗せた船を転移させ、情報を伝達させればよいのではないか。

 そう考える向きもあるだろうが、実はそれはそう簡単なことではない。

 目的の海が荒天であれば、当然相手の船に乗り移ることが困難で、目の前にいながら連絡できないという笑える事態が起こるうえに、そもそも相手が転移避けの魔法を広範囲に張っていれば移動したくてもできないのだ。

 さらにこの方法にはそれ以上の問題がある。

 それは、乗船させている僅かな魔術師を伝令の移動に使わなければならなくなること。

 まあ、これは魔族との戦闘が激化している状況では数に限りがある魔術師を陸戦部隊に優先的に回さざるを得ないのだから、船の防御を担当する魔術師を確保するのが精一杯という海軍の状況を考えれば当然といえば当然のことではあるのだが。


 ということで、転移魔法を使った伝達手段は事実上使えず、またテレパシーを使った伝達魔法も、電気や電波による通信手段も存在しないこの世界で残された海上での連絡方法。

 それは伝統的かつ古典的な伝達手段となるわけなのだが、おそらくそのためであろう。

 この世界の信号旗は異常なほど発展している。

 それだけで通常の会話が成立するほどに。

 そして、信号旗よりも細かな情報は伝えられないが、その代わりに遠方まで知らせることができる利点がある狼煙もその例に倣うといえるだろう。


 もっとも、それらはすべて別の世界での暗号のようなものであり、各国が共通して使用している交易用信号旗や救難用の狼煙以外はそれが表す内容は秘中の秘とされている。


 そういうことで、ワイバーンが使用した狼煙も、狼煙が上がったこと自体はわかるものの、それによって何を伝えているのかはオディエルヌたちにはわからない。

 ただし、それによって推測ができることはある。


「狼煙を上げるということはあれが届く範囲に味方がいるということですね」


 フォルマオンが指摘したそれに大きく頷いたオディエルヌはさらにもうひとつ存在する大きな事実を口にする。


「さらに言えば……」


「今狼煙を上げているということは現在の奴らには味方がいないということでもある」

「ということは……」

「今こそ好機……」


「前を行く三隊に連絡。最大戦速で突撃し、援軍が来ないうちにワイバーンを仕留めろ。なお、部下どもは容赦なく殺しても構わないがワイバーンは生きて捕らえることを期待する。それと、もうひとつ。ワイバーンの船にはただ同然で買い取られた我が国の宝が大量に積み込まれている。これを回収し国庫に納めるようにという命令がある。船は絶対に沈めるな」


「ルゴンに連絡。敵に援軍が来ることは確実である。警戒の目を緩めるな」


「ソヴァール、レベナック、オリンクルに連絡。現れた援軍の迎撃を命じるので戦闘準備を開始せよ」


「我が隊も迎撃に参加する。諸君の奮闘を期待する」


 追撃戦の開始である。

 だが……。


 この世界の一時間を表す一セパ、別の世界の約1時間半後。

 西に向けて逃げ出すワイバーン所有の四隻を約百隻のフランベーニュ海軍が追撃する構図はまったく変わらぬまま続いていた。


「……早い。早すぎる」


 そう。

 焦りの表情が顔中に浮かぶオディエルヌの口から漏れた言葉どおり、逃走を始めたワイバーン側の船の足が驚くほど早いのである。

 それは全速で追いかけているはずのフランベーニュの軍船でも追いつけぬほどに。

 いや。

 引き離されていた。

 大幅に。


 むろんそれはオディエルヌにとってそれは予想外のことである。

 だが、実際にワイバーンを追っている者たちにとってその衝撃はそれ以上のものとなる。


「なんで追いつけないのだ」


 どんどん遠ざかる敵船を睨みつけながらトゥーレはそう怒鳴りまくり、シャルプール、エオヴィルも苦虫をまとめて噛み砕いたかのような渋い顔で状況を見やる。


「たしかに風を掴んでいるのは間違いない。だが、それはこちらも同じこと。そうなると、やはり、あれか……」


「特大のオール。あれを漕ぐのには五人では無理。それを片舷二十六。つまり、先ほどまでは風だけで進んでいたということか」


「これではとても追いつけん」


「だが、これまでアレを使わなかったということは我々に見つかるためにのんびり航行していた。……つまり……」


「ということは……間違いなくいるな」


 それはシャルプールの口から洩れる言葉。

 そして、エオヴィルが口にしたのはこの言葉となる。


「このまま追い続けても逃げられるだけだ。だが……」


「狼煙を上げ仲間を呼び寄せている以上、どこかで反転攻勢に出てくるはず。こうなったらそこで叩くしかあるまい」


「もちろん四隻の相手と戦うよりは損害は出る。だが、こうなれば止むを得ない。逃げられるよりも百倍ましだ」


「だから、必ず機会は来る。絶対に逃がすな。前を進む隊が遅れるようなら抜いても構わん」


 さらに続く追撃戦。

 そして、ついにその時がやってくる。

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