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惨劇の始まり Ⅰ

 十七隻の前衛部隊を横に広く展開させ、本拠地に戻るワイバーン本隊の早期発見とともに、伏兵がいないかもあわせて警戒する。


 それはオディエルヌが自船に呼びつけた准提督クラスの分隊指揮官たちに示した策だった。


「つまり、提督もワイバーンがこの先に罠を張って待ち構えていると思っていらっしゃるのか?」


 オディエルヌがその説明をし終わると、真っ先に発言を求めたのはロシュフォールの後任として再編成した前衛部隊を任されることにした次席指揮官アンシャン・ルゴンだった。


「いるかどうかはわからぬ。だが、可能性のひとつとして考えるべきだと言っている。貴君が率いる前衛部隊の第一の目的はワイバーンの乗船を発見することで間違いない」

「承知した」


 ……今さらなのだが……。

 ……その程度のことをいちいち説明しなければわからんのか。


 顔にも声にも出さずオディエルヌはその言葉を吐き出す。


 ……戦いが始まれば勇敢な指揮官なのだが……。

 ……ルゴンを前衛部隊の指揮官にしたのは失敗だったか。


 ……だが、ルゴンの代わりと言っても……。


 目の前に並ぶ配下を眺める。


 ……シャルプール、レベナック、オリンクル、ソヴァール、エオヴィル、トゥーレ。誰も彼も皆ルゴンと同じ猛将ばかり。

 ……こうなると、ロシュフォールを帰したのは痛かったな。せめて、奴の次席指揮官のメグリースか、その下のディーターカンプを転籍させておけばよかった。気が利く奴らならこの役にピッタリだったのに。


 誰にも言えぬ己の利益のために有能なライバルを遠ざけたことをオディエルヌは今さらながらに後悔する。


 ……とにかくルゴンには発見しても指示があるまで攻撃を始めるなと念を押しておかねばならない。


 心の中で多くの悩みを吐露するオディエルヌにさらなる厄災がやってくる。


「ワイバーンが率いる四隻を発見したとする。それで、先陣は誰が受け持つのだ?」


 先陣。

 もちろんどの戦いにおいてもその役を担うことは名誉なことではある。

 だが、この場面での先陣はそれとはまったく違う意味も持つ。

 相手はわずか四隻。

 それに対して各分隊長はおのおの十隻以上の軍船を配下に収めている。

 つまり、常識的に考えて先陣だけしか手柄を挙げられる機会はない。

 うがった言い方をすれば……。


 誰が唯一の手柄を挙げ褒美にありつくか。


 アントワーヌ・シャルプールからのその問いに、答えに困り黙り込むオディエルヌに代わり胸を張って答えたのはルゴンだった。


「当然俺だ。なにしろ俺は前衛部隊を率いている。そのうえワイバーンを発見するのも俺の部下なのだから誰も文句はあるまい」


 ルゴンは当然と言ったものの、こちらも当然のようにその意見にはすぐさま反論がやってくる。


「ちょっと待て。ルゴン。偵察をおこなうおまえは伏兵がいないかを見張る義務があるだろう。つまり、おまえはその役は担えない。そうなると、やはり、年齢が一番上である俺が先陣を務めるのが世の習い。もちろん実力、戦歴ともに一番の俺にその役はふさわしいのはいうまでもないことなのだが」


 だが、ルゴンの意見を切り捨てたシャルプールの自己アピールにも極上の反対の声が飛んでくる。


「ふざけるな。あんたの言う世の習いはあんたが生まれた山の中に伝わるカビの生えた風習だ。そんなものをここで持ちだすな」

「なんだと。ガキの分際で生意気な口を叩くな」

「ここでは年齢は関係ないだろう。というか、どうしても歳を持ちだしたいのなら言ってやる。年寄りは若者の後ろで震えているのがお似合いだ。爺さん」

「貴様。殺すぞ」

「おもしろい。やってみろ」


 剣に手をかけ睨み合う両者。

 司令官前での一触即発というその状況に手打ちを勧める声がかかる。


「そういうことなら、この場で一番強い者を決めてそいつが先陣ということでいいのではないか」


「ほう。つまり、それは剣で勝負するということか?トゥーレ」

「当然だ。怖いか。怖いなら降りてもいいのだぞ。オリンクル」

「怖い?貴様ではあるましそんな気持ちはまったくない。当然俺は受けて立つ。おまえはどうだ?ソヴァール」

「もちろん構わん。腰抜け爺さんはどうする?」

「今から泣いて詫びを入れる貴様の頭を切り落とす様子が目に浮かぶ」

「ということは受けるということだな。他は?」

「異議はない」

「私も同意する」

「よし決まりだ」


「チョット待て」


 ……敵と戦う前にこれか。


 制止の声を上げながらオディエルヌは目の前で繰り広げられた低俗な争いに顔を顰める。


 ……だが、ここで同格の誰かを指名するとまた問題が起こる。


 ……そうかといって、彼らより格上の次席司令官のルゴンにやらせるのも問題ばかりだ。

 ……なにしろこの男は偵察任務などやりたくない。

 ……攻撃任務も与えられたら見つけた瞬間に全船をまとめて突撃するのは目に見えている。

 ……その後に敵が現れたりでもしたら大変なことになる。

 ……一度命令したのだ。どんなことをしてでも奴は持ち場に縛りつけておく必要がある。


 ……それとも一度ルゴンの偵察任務の職を解いて誰かに……いや。それでは偵察任務が戦いよりも格下の仕事と私自身が認めるようなものだ。


 ……それでは各隊選抜で偵察させ、一番先に見つけた隊が先陣を与えるということにすべきか?

 ……いや。それは敵前で同士討ちをおこなわせるのと同じこと。ろくなことにはならない。


 ……では、私自身が……さすがにこれは部下の功績をひとり占めする者と後ろ指を差されかねない愚行。

 ……さて、どうする?


 そして、思案に思案を重ねたオディエルヌが出した答えは……くじ引き。


 一見すると、責任逃れができることが唯一の利点で、そのほかは問題ばかりの策に思えるのだが、実はそうでもない。


 特に、彼の目の前にいるような相手であれば。


「我が配下は皆とても優秀である」


「それに加えて、敵はほんの僅か。戦いが始まれば一瞬でケリがつく。そこで……」


「陣立てはクジで決める」


オディエルヌはそう言い切った。


「つまり、先陣だけではなく、すべての出撃順を決めるということですか?」

「そうだ。そうなれば、万が一ワイバーンが味方を呼びつけていた場合でもすぐに対応できる」

「なるほど。それはいい」


「それともうひとつ。このクジには私と次席指揮官でもっとも重要な偵察をおこなうルゴンは加わらない」

「ということは我々六人のうちの誰かということですか?」

「そうだ。これなら文句はあるまい」

「もちろんです」


 不満という言葉が太字で顔全体に大きく書かれたルゴンを除いた全員が、オディエルヌの言葉に頷く。


「では、始めよう」


 そうして、始まったクジ。

 そして、これがその順番となる。


 バティストン・トゥーレが先陣、アントワーヌ・シャルプール、オーブル・エオヴィル、ブノア・ソヴァール、エミリアン・レベナック、デジレ・オリンクルの順で続く。


「くそっ。クジで外れたのなら諦めもつくが、それにすら参加できないとは……」


 ひとり、正確にはふたり蚊帳の外に置かれたルゴンは隣に立つオディエルヌによく聞こえるようにひとりごとを呟く。


 ……黙ってそれを受け入れられるようになるまでは提督は無理だな。


 その恨み節を聞き流しながら、オディエルヌは心の中で苦笑した。


 ……だが、このままにしておくと、肝心の敵発見に支障を来たす。

 ……仕方がない。


 ……いつもの手を使うか。


 ……それにしても……。

 ……本当にこの者たちだけを率いて戦えるのか?

 ……最高の海賊と謳われるワイバーンとその配下と。


 オディエルヌの心にささやかに芽生えた不安。

 もちろんこの時の不安はすぐに忘れてしまう程度のものであった。

 だが、目の前に死が迫ったとき、このときのことを彼はもう一度思い出すことになる。

 大いなる後悔とともに。


 さて、ようやく陣立ても決まり、再び、追撃が開始した百隻、正確には九十七隻で四隻の海賊船を追いかけるオディエルヌ率いるフランベーニュ海軍。


 本人曰く、偵察任務を押しつけられた次席指揮官ルゴン率いる十七隻はお互いがぎりぎり確認できる程度までに横に広がる。

 そして、その後方には一番クジを引いたトゥーレの十二隻、さらに二番クジの十隻のシャルプール隊、三番クジのエオヴィル隊の十隻の順で進む。

 さらにその後ろに並列するように進むソヴァールの十二隻、レベナックの十一隻、オリンクル十二隻が続き、最後にディナンが指揮する三隻を後衛として背後の偵察にあてたオディエルヌが自ら指揮する十隻の本隊というのがその布陣となる。


「日が沈むまでには見つけたいものですね」


 隣に立ち同じように前方に広がる隊列を眺めながらフォルマオンが口にした言葉にオディエルヌが短い言葉で応じる。


「ああ」

「ですが、ワイバーンも我々が後方からやってきていることくらいは想定しているでしょうから相当な速度で進んでいることが考えられます。仮に、追いつけずに陽が沈んだら厄介なことになりますが、そのときはどういたしますか?」

「それは……」


 もちろんフォルマオンが考えつくくらいのことはオディエルヌだってとっくに気づいている。

 ただし、気がついているだけで、どうするかについてはいまだ決めかねていた。


 ……夜間の襲撃を避けるためにこの海域からの離脱をするのは常道。

 ……本来なら海賊どもが有利となる夜間戦闘だって避けねばならないくらいだ。

 ……だが、ここで引き返してしまうと、ワイバーンを捉えるのは不可能になる。

 ……それに、戦うために追っていたにもかかわらず、夜が怖いから帰港するなど言ってしまっては部下たちに腰抜けと思われかねない。

 ……さらに、それは王太子殿下の密命を放棄するということを意味する。

 ……やはり、ここは危険を冒してでも前に進むべきなのか。

 ……敵の襲撃を逆に利用するくらいでないと獲物は捕らえられないかもしれない。

 ……だが、それが本当に最善の道なのか?


 オディエルヌが実際に口にした言葉はまさに彼の葛藤を如実に表しているものだった。


「見つけられなかった場合のことは、その時になってから指示する」


「今はワイバーンを見つけることに専念すべきであろう」


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