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その惨劇の幕が上がる

 戦闘不能に陥った船を見送りながらオディエルヌは含み笑いをしていた。


 ……ロシュフォールの直属部隊は全員護衛に参加か。


 ……護衛を志願する者があれほどいたのは意外だったが、とりあえず目障りなロシュフォールとその子分どもを追い出し、これで戦功はすべて私のものだ。

 ……つまり、もうすぐ子爵。


 捕らぬ狸の皮算用。


 だが、まもなくやってくるはずの未来を想像するという楽しいひと時を過ごしていた彼の心を現実に戻す声が聞こえる。


「提督」


一度は無視したものの、再びその声は聞こえる。


「……なんだ」


 いつもなら心地よいはずのその言葉も今だけは不快なものに思えたオディエルヌは眉間に皺を寄せて応じると、十分に負の感情が載った上官の言葉に少しだけ怯んだものの、副官という自らの職務を優先させたその男アーノルト・フォルマオンは勇気を振り絞り言葉を続ける。


「本当によかったのですか?本船はともかく他の船はそれなりに傷ついたものもあるのです。今さらではありますが、ロシュフォール提督の船団の護衛をさせる名目で帰港させるべきだったのではないでしょうか」

「……そのことか」


 オディエルヌはさらに不快になったのは部下の男の言葉こそ正しいことを彼自身認識していたからだった。

 表情そのままにオディエルヌが口を開く。


「フォルマオンの言はたしかに正しい。だが……」


「相手が四隻であることは皆が知っていることだ。つまり、誰もが我々の完勝を疑っていない。そのような戦いに多少の損傷を理由に参加させなかったらその船に乗る兵たちはどう思う?」

「……大海賊ワイバーンを討った戦いに参加したという名誉と、得られるはずの褒美を奪われたと思うということですか?」


 フォルマオンの口から漏れ出したその言葉にオディエルヌが頷く。


「私が命令すればもちろん全員が従うだろう。だが、不満は残る。それは今後の戦いに悪影響を与える」

「なるほど。それで戦闘可能な船はすべて連れてきたわけですね」


 とりあえず相手を納得させられて一安心したオディエルヌだったが、フォルマオンからさらに不快な問題が突き付けられる。


「それと、もうひとつ。ロシュフォール提督が懸念していた件について提督はどう考えていらっしゃるのですか?」


 ロシュフォールが懸念していたこと。

 もちろんそれは罠の存在である。

 たしかにフランベーニュにやってきたワイバーン旗下の船は四隻で間違いない。

 だが、それがいつもどおりかといえば、そうではない。

 通常はワイバーンの交易船は護衛を含めて十隻以上の船団を組んで現れる。

 周囲を威圧するように。

 それが今回に限り四隻。

 しかも、襲撃があるという情報を手に入れながら。

 もちろん海軍が護衛すると事前に通知は出しているが、それを信じるほどワイバーンがお人よしとは思えない。

 さらに、先ほどケリがついた戦いも、実はワイバーンの計略の結果の可能性があるという。

 となれば、罠がそれで終わりとは思えない。

 四隻だと思って追撃した先で多数の海賊船の出迎えがあるのではないか。

 フォルマオンの、というかロシュフォールの疑問は端的にいえばそういうことである。


 問いの言葉がやってきてから、一瞬の数十倍ほど時間が経ってからオディエルヌがそれに答えるために口を開く。


「それについては考えないわけでもないのだが、それについて答える前にフォルマオンに問う。おまえはワイバーンの最大戦力をどの程度だと見積もっているのだ?」

「そうですね……」


「これまでやってきたワイバーンの交易船団の最大は十五隻と聞いています。その倍をみておけば間違いないかと」


「三十隻ということか」

「余裕を見れば三倍。それだけあれば完璧かと」

「つまり五十隻」

「はい」

「私も奴が抱える海賊船は五十隻前後と見ている。そこでさらに問う。五十隻の海賊船と百隻の我が海軍。正面からぶつかったらどちらが勝つと思う?」

「もちろん我が軍です」

「率直な意見を言っても構わないぞ」

「先ほどの戦いを見れば海賊と我々では個々の能力の差はあきらか。さらに今回は我々の方が数も圧倒的に多い。我が軍が負ける要素はありません」

「なるほど」


 副官の真っすぐな性格にふさわしい返答にオディエルヌが薄く笑みを浮かべる。


「先ほどの戦いはワイバーンの計略のひとつの結果であり、これから進む道にも罠が用意されているかもしれないという意見は聞くべきものがあると私も思う。そして、その証拠がわずか四隻で現れたことということなら、ワイバーンの描いた筋書きはおそらくこうだろう……」


「先ほどの前哨戦でどちらが勝つにしても激戦は免れない。我々が勝った場合でも、半分、最悪の場合三分の二は削られる。そうなれば、当然帰港する。だが、相手がたった四隻ならどうだ?ついでにやってやろうと言う気になる。そこを待ち構えた五十隻で叩く。だが、実際には我々の手元にある戦力は百隻。つまり、慌てるのはこれから想定の倍以上の敵を目にすることになる奴らだということだ」


「なるほど。すべて理解しました」

「部下の不安を取り除くのも上に立つ者の務めだ。これで安心して職務励めるな」

「はい」

「では、ひとりで考えたいことがあるので下がれ」


 フォルマオンをその言葉で遠ざけたオディエルヌは再び物思いを始める。

 だが、今度は先ほどとは違い、その内容はそれほど明るいものではなかった。


 ……忘れたかったが、フォルマオンの余計なひとことで思い出してしまった。

 ……そう。フォルマオンは納得したようだが、実際のところ私が言ったことのすべてが正しいのかはわからない。

 ……たしかに数は我々の多いのは間違いないだろう。

 ……だが、質はどうか?

 ……もちろんフォルマオンの言うように先ほどの相手程度であればすぐにカタがつく。王太子殿下に届ける荷物を無傷で手に入れられるかどうかはわからぬが。

 ……対等の力であっても数で押し切れる。

 ……問題は……。

 ……ロシュフォールの船を襲った奴ら。

 ……ロシュフォールの船に乗っていた兵たちは他の船と同様、実戦経験こそ僅かだが、練度はハッキリ言って海軍のなかでも最上位。しかも、数は同数。

 ……それを簡単に半壊させるだけの実力を持った者たち。

 ……そのような者がロシュフォールの言うように五十隻分揃っていれば、我々はかなり苦戦する。

 ……負けはしなくても、ここにいる百隻の大部分を失うことは十分に考えられる。

 ……そうなれば司令官である私の責任問題は免れない。

 ……さらにワイバーンを攻撃するなというダニエル殿下からの警告がある。

 ……最低でも更迭。隠遁生活を余儀なくされる。


 ……それを避けるためにこのまま帰るという手はある。

 ……そして、六百隻の海賊を打ち破ったという功績によってそれなりの報酬が与えられることだろう。

 ……だが、それと同時に王太子殿下からの密命を無視することになるのだから、当然王太子殿下の不興を買うことになる。

 ……子爵の地位どころか、それ以降の栄達は見込めない。それどころか王太子殿下が即位した後に理不尽な理由で左遷されることだってあり得る。

……逆に、王太子殿下の配下であれば、ダニエル殿下からの命令を無視したのは闇に葬られる。

 

 ……つまり、私には前に進み、王太子殿下の望むものを手に入れてくる以外に今後も提督として生きていく道は残されていないのだ。


 オディエルヌの心は決まった。


「信号旗を上げろ。全船。西へ進め」

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