03.5_蜜緋のドキドキスパイ日誌~意図していないあだ名がつきました~
――ガツンッ!、と鈍い音がした。城壁を登って侵入しようとしていたスパイは、無様に地面へと叩き落された。
とある新月の夜。軍へと侵入しようとしていた不届き者に制裁を加えたのは、袴形の軍服を着た一人の少女だった。長い黒髪を肩下の位置で二つにまとめた緋色の目を持つ少女の手には、けん玉を大きくしたような形の武器が握られていた。
少女は地面に転がるスパイを見るや否や、凄まじい剣幕で怒鳴った。
「生半可な覚悟でこの軍に侵入しようとのこのこやって来るんじゃないですよ!!(私がどんな覚悟を持ってここに居ると思ってるんですか!!)そんな杜撰な計画で本当にこの軍に侵入できるとでも思ってるんですか!!(そんな簡単に侵入できてたら新帯維国はこんなに苦労してませんから!!)
彼女の名前は素配蜜緋。ここ千近市国の隣にある新帯維国からやってきたスパイである。
蜜緋は短くて少し太い眉を吊り上げながら、間抜けなスパイを睨みつけた。
(『月の光の無い日に森側の城壁を登る』なんて発想、ウチの国でもとっくに検討した方法だし、とっくの昔に失敗に終わってる手法ですから!!)
スパイというものは皆発想が似ているのか、同じ手法で侵入してこようとする。
スパイになるべく様々な勉強をしてきた蜜緋は、スパイを見つける力も同様に高かった。
スパイに対してぷりぷり怒っている蜜緋を、同部隊である牛田礼華が防犯魔具を使って見ていた。
「蜜緋ちゃんは侵入者を見つけるのが本当に上手ね」
礼華はおっとりした口調で呟きながら、手元の茶を呑気に啜る。
この軍では蜜緋以外のスパイを見逃したことは一度も無い。それは色んな人が各々頑張ってきた結果でもあった。
しかし蜜緋が入軍してからというもの、蜜緋のスパイ検挙率が圧倒的に高くなった。
その数字は、驚異の90%以上。
一仕事を終えて通信室に戻って来た蜜緋に、礼華は何の悪気も無く声をかける。
「お疲れ様、『スパイキラー』ちゃん」
この軍医入ってから付けられたあだ名に、蜜緋は心の中で乾いた笑みを浮かべた。
隣国のスパイ・素配蜜緋。
潜入先の国で、潜入先の国を守る『スパイキラー』と呼ばれている。