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03蜜緋のドキドキスパイ日誌

 素配(すくばり)蜜緋(みつひ)は隣国からのスパイである。ここ千近市国(せんきんしこく)の隣にある新帯維国(しんたいいこく)からやってきた。




 敵対しているわけではないが友好国でもない千近市国について調べるために、新帯維国はスパイを潜入させた。


 しかし、より深いところまで調べようとすると絶対に失敗した。

 特に軍の内部への潜入は厳しく、入軍審査の書類を送って正面から潜入しようとすると全て弾かれ、こっそり内部へ侵入しようとしても全く上手くいかなかった。

 そのため、書類潜入班であった蜜緋もどうせ弾かれるのだろうと思っていた。


 が、予想を裏切り、蜜緋は千近市国の入軍審査の書類選考を突破した。そして面接・試験もクリアし――なんと、新帯維国初の千近市国軍内部潜入者となった。




 上司の期待を背に千近市国に入軍。研修期間を経て配属された先は、情報(じょうほう)通信(つうしん)隊だった。


(情報部は、その名の通り情報を集める部。そして通信隊は軍内部を繋ぐ重要な隊。様々な情報が出入りする部隊だから、たくさんの情報を集めるチャンスでは……!?)


 蜜緋は心を躍らせた。何しろ、自国のスパイが誰一人成し得なかったことを、たったの一人で成し遂げようとしているのだから。




 配属初日。期待と緊張を胸に通信室へと入れば、出迎えてくれたのは色っぽいお姉様だった。ゆるくウェーブのかかった黒い髪をシュシュで緩く結った、口元のほくろが印象的な女性。情報部通信隊に所属している、牛田(うしだ)礼華(れいか)だ。

 礼華はおっとりした口調で蜜緋に声をかける。


「あら……。あなたが今日から通信隊に入る素配さん?」

「は……はいっ!素配蜜緋です!よろしくお願いします!」


 人好きのする健気な少女に見えるように蜜緋が挨拶をすれば、礼華も穏やかに笑った。


「ふふ。そんなに緊張しなくていいの。よろしくね?」


 儚く優し気な礼華に、蜜緋は内心ほっとする。


(怖そうな人じゃなくて良かった……。それに、なんかこの人、緩そう)


 情報を盗むなら、当然欺きやすい人がいい。礼華の姿は隙だらけだったうえに、嘘をついても気付かず流してくれそうな雰囲気があった。


 そんな蜜緋の内心に気付かず、礼華は話しかけてくる。


「そうそう、通信隊の仕事は分かるかしら?」

「はい!通信機を通して得た情報を整理したり、必要な情報を届けたりするんですよね」

「そう。よくできました。……でもね、実は他にも重要な仕事があるの」

「え?重要な仕事……ですか?」


 蜜緋がオウム返しで聞き返すと、礼華は部屋に立てかけてあった竹槍をおもむろに手に取った。


「確かに、通信隊はその名の通り軍全体を繋ぐ役割もあるのだけれど、それとは別に――軍内部の監視も担っているの」


 礼華が持った竹槍はしっかりと手入れが行き届いているように見える。素材は竹といえど、あれで一突きでもされたらひとたまりもなさそうだ。

 礼華は竹槍に向けていた目を蜜緋に向ける。






「もし裏切り者を見つけたら……容赦をしてはダメよ……?」






 その目に光は一切宿っていなかった。


 蜜緋の背を冷たいものが駆け抜ける。


(ば……れて、る……?)


 素知らぬ顔で礼華を見つめ返す蜜緋。しかし心の中はパニック状態だった。


(どどどどうする!?魔法を使う!?でも、相手は武器を持ってるから明らかにこっちが不利だ!不意打ちする!?いける!?こんな、狂気をしっかり隠してた狸を相手に!!?むむむ無理じゃない……!?)



 どれほどの時間見つめ合っていただろうか。実際は数瞬だっただろう。

 蜜緋にとって長い時間が経ち、先に空気を崩したのは礼華の方だった。


「……なぁ~んてね?ちょっと脅しすぎてしまったかしら?」


 緊迫した空気が霧散し、蜜緋の体から力が抜ける。


「……怖がらせないでくださいよぉ~……(本当に殺されるかと思った……)」

「ごめんなさいね?でも、通信隊ってそういう隊なの。たとえ長い付き合いのあった仲間であったとしても、裏切り者だと分かった瞬間始末をしなければならない……。どれだけ懇意の相手だったとしても、情を移してはダメ。やれなかったらやられるだけよ」


 おっとりした礼華の口調から言葉の重みを感じる。それを聞いた蜜緋は、好奇心が疼いた。



 ……これはきっと、聞いてはいけない。深淵を覗くことになる。



 頭では分かっている。が、蜜緋の好奇心がどうしても抑えられない。気付いた時には、蜜緋は言葉を発していた。



「ちなみに……、牛田さんはそういった経験(・・・・・・・)、あるんですか……?」



 礼華は口を開かなかった。ただ、たおやかな笑みを一つ浮かべるだけ。

 ただそれだけで十分だった。



(ややや()ってるー!!!!!殺ってるやつ!!これ!!)




 蜜緋は悟った。自分が少しでも怪しい動きをしたら、何の躊躇いも無く殺されてしまうということを。






 蜜緋が千近市国でできることはただ一つ。千近市国の為に、身を粉にして働く事。


 生き残るためにはこれしかなかった。

 たとえ新帯維国(こきょう)を裏切ることになったとしても……。


お読みいただきありがとうございます。

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