01戦場の死神は奇声を上げながら目を光らせて狂い舞う
文章修正情報
2024/9/1
「王都」→「都」に変更しました。それに伴う文章も少し修正しております。
ヴゥ”……ヴヴゥ”……ヴヴヴヴヴ……
耳障りな音が辺りに響く。一つ二つどころではない、膨大な数のそれが重なり合って不協和音を生む。
――巨大蜂。その群れが都の外れにある森に巣を作っていた。
それを処理しに来たのがこの国の兵士達だったのだが、彼らは一歩も動けずにいた。
……いや、この言葉だけでは誤解を生むだろう。別に彼らは巨大蜂が怖かったわけではない。そして、彼らの中に一人だけ、蜂の群れに突っ込んでいった人物がいた。
「アァーー↑!!アーー↑↑!!」
奇声を上げながら2本の鎌を振り回す男性。その姿は、誰の目から見ても異様だった。
黒い前髪に赤い後ろ髪。
その黒い前髪の隙間から覗く赤い瞳は不気味に光っている。
絶え間なく発される大声の奇声。
2本の鎌を狂気的に振り回すその姿。
巨大蜂の群れの中心で狂い舞う彼の口元は――笑っていた。
隊員の一人、小岸桜盛が、ゴクリと唾を呑み込む。
「あ、あれが……。噂には聞いてたけど、生で見るとヤバさの桁が違うな……」
それを隣で聞いていた並日通が同意するように頷く。
「本当に……。手助けしようにも、動きが読めなさ過ぎてアイツに攻撃を当てかねないんだよ。声をかけようにも、あの大声だろ?こっちの声なんて1ミリも届かない。一度、通信機を使って注意を呼び掛けたこともあったんだが……、さらに声がデカくなったうえに動きも激しくなってな……」
「誰の指示にも従わないという強い意志を感じる……」
「普段だって、挨拶しても目を光らせて呪詛を吐いて立ち去るもんだから、皆言ってる。――「あいつは人ならざるモノと契約している」、って」
桜盛がもう一度、蜂の群れと戦っていた彼を見る。すでに蜂は一掃され、蜂の死骸と蜂の巣を燃やしていた。……それはもう、嬉しそうに。
それを見た兵士達は体をぶるりと震わせた。
桜盛は、無意識のうちに呟く。
「あれはヤバすぎる…………。まさに――『戦場の死神』……」
***
「いやー、今回の任務も無事に終わって良かったぜ。大きな被害も怪我も無かったしな」
疲れた様子で基地まで戻って来た花神太一は、基地の庭にあるベンチにどかりと腰を下ろした。時刻は夕方で、建物の北側にあるこのベンチの周辺に自分達以外の姿は見当たらない。
完全に気が抜けてるなぁと思いながら、太一の友人である永井静は太一に声をかける。
「そういえば、小岸……お前と一緒に任務に当たってた奴が言ってたぞ。『戦場の死神』って」
「ハァ!!?また!!?」
静の言葉に、思わず太一は体を起こした。
「酷くね!?オレ様は『戦場の死神』なんて呼ばれるようなキャラじゃないっての!!全く……虫の一匹も殺すのがやっとだってーのによォ。どっからそんな噂が流れちまってんのよ。ヤレヤレだぜ」
呆れかえる太一に、静は人伝に聞いた話を太一にする。
「でも、誰よりも魔獣倒してるんでしょ?今日だって一人で巨大蜂を駆除したって聞いたけど」
「そりゃあな!?「魔獣殺せません」で戦わなかった結果「味方が死にました~」なんてシャレんならねーからな!?」
「戦う時に上げてる奇声はなんなの?アレ別にいらなくない?」
「あれは、いや、ほら……。やっぱさ、断末魔聞くの、嫌じゃん?自分の声でかき消してんの!」
「それで仲間の声ごと消すのはどうかと思うけどね。前に通信機で指示受けた時に声のボリューム上げたのも、どうせ耳元で突然声が聞こえてビックリしてパニック起こしたとかそういう理由でしょ?」
「うっ……なぜそれを……」
「図星かい。大事な通信が来た時どうするつもりなのお前。まあいいや。じゃあ、戦ってる時笑ってるのはなんで?」
「怖すぎると笑っちゃう時ってあるだろ?アレと一緒」
「今日は戦いが終わって蜂の巣燃やしてた時にめちゃくちゃ良い顔で笑ってたって聞いたけど」
「当たり前だろ?国の脅威を一つ取り除いたんだぜ?嬉しくて笑っちゃうのも当然ってもんよ」
「狂い舞ってるように戦ってる理由は?」
「こっちだって自分や味方が死なないようにって必死んなって戦ってんだよ!!悪かったな戦い方が下手クソで!!どーせ型通りの動きなんてできねーよ!!敵を目前にするとパニックになるオレ様の悪いクセだよ!!」
静の言葉に全て反論し、太一は頭をグシャグシャと掻き混ぜる。
「あーあ……仲間のために戦ってんだけどなァ。どーしてこうも怖い印象を持たれるかねぇ。百歩譲って……本当は一歩も譲りたくないけど……百歩譲ってオレ様の戦い方が怖いとして、じゃあなんで戦ってない時も避けられるのかがマジで理解不能だわ」
太一の言葉に、静は普段の太一を思い出す。
仲間に挨拶をされた太一は人見知りを発揮して、小さな声でボソボソ挨拶を返してそそくさと逃げ出してしまう。
その姿も他者へ誤解を与える原因になっているのだが、当の本人は気が付いていなかったようだ。
感情が高ぶると物理的に光ってしまう特殊な目もいけない。声をかけられて動揺してしまう影響で目が光ってしまうのだ。
仲の良い相手ならこうして普通に接することができる太一だが、そこまで親交の深くない人相手だとどうしても緊張してしまうようだ。
――『戦場の死神』の正体は、『ただシャイなだけの男性』だ。
字面は面白いが、どうせ言ったところで誰も信じないだろう。
静は目の前に座る男を見ながら、この字面の面白さを共有できる誰かが現れる日は来るのだろうかと考えた。