理解と安らかな死
しばらく進んだところでさっきの子供が立っていた。シナミを見つけるなり銃を構える。
「殺りたければ殺れ。君にはその資格がある。」
子供は困惑した顔を見せる。銃を構え続けるも、引き金を引くタイミングが分からない様だった。こんなことは初めてだろう。
シナミが横を通り過ぎる瞬間、子供は質問した。
「何故、殺さないのです。」
「君はまだ腐りきっていない。今だって銃の引き金を引けていないじゃないか。未来を無意味に摘むような大人じゃないよ、私は。」
子供はポカーンと訳が分からないような顔を見せた。シナミは死んだ隊員に目を向け、子供の頭にぽんと手を置く。
「正しいと思う道を征け。未来は続いている。」
子供に背を向けてシナミは歩き出す。銃を構え続けていた子供は銃をそっと下ろした。
シェルターの外へとたどり着いたシナミとサト。向こうには黒煙を上げ、動けなくなっていたアドバンサーに群がるアグレッサーがいた。
もう自分には生き残る道は無いと悟ったシナミはその場に腰を下ろし、サトの頭を膝の上に置いた。
もうすぐ人生が終わるというのに心は妙にすっきりしていた。
その時、サトがうっすらと目を開いた。
「…ここは?」
「外だよ。」
サトの目にはこの景色がどのように映るのだろうか。キノコ雲が上がり、炎に包まれ、死の灰が降り積もるこの景色が。
サトはゆっくりと体を持ち上げ立ち上がる。ふらふらとよろけながら歩き、その場に跪いた。
「…すごい。ここが外。」
わなわなと震えて興奮を隠せないでいた。次々とあるはずの無い指で雲や炎を指差している。
しかし、楽しい時間は一瞬で終わった。口から大量の血を吐き、うずくまるサト。外への免疫力が皆無に近い体では死の灰に長く耐えられない。
駆け寄るシナミを尻目にどんどん弱まる鼓動の音。意識が弱まる中でサトはあるものを見た。
弱りきった体に鞭打ち、ある方向を指さす。
「木に…桃色の花…あれが、桜…。」
サトの目にはこの世のものとは思えないほど美しい桃色の花吹雪が見えていた。
「姉ちゃん、ありがとう…。」
そう言葉を発するとピクリとも動かなくなり、この世から身を引いた。最期の顔は安らかで、何も現世に思い残すものが無いようだった。
弟が指差した方には辛うじて残っていた老木があった。それが桜の木なのかは分からない。でも、何か不思議な力を感じる。
段々と冷たくなる亡骸をつれて、木に腰掛ける。何か温かいものに包まれ、安心する。私にも迎えが来たようだ。
「分からなかったなぁ、分かり合えなかったなぁ。アグレッサーのこと、アヴニールのこと。」
もう涙は出尽くしたはずなのに一滴だけ静かに頬を流れ落ち、サトの顔に落ち弾け飛んだ。
「おやすみ、サト。おやすみ、みんな。」
シナミは瞼をゆっくり閉じると、二度と開くことはなかった。
世の中は何事もなかったかのように正しい刻を刻みはじめる。