散リユク命ノ中デ
「アリューシャン諸島後方400km!敵の大艦隊を発見!アメリカ本国からの造園艦隊と思われます!このままではアリューシャン諸島を攻撃中の第二艦隊と交戦状態に入ります!」
この報告は歴史が確実に変わりだしたことを示していた。もともとミッドウェー方向におびき出すために立案されたこのMI作戦はアリューシャン諸島方面に艦隊がいることを想定していない。そもそも確実におびき出せることが前提であるためだ。だからこそ響は選択を迫られる。まさに『Make your choice(選択は君次第)』である。
「まさか・・・・そんなことが?」
報告を受けた響は動揺する。自分が歴史を変えてしまったことを自覚したことによる動揺。そして変わった歴史が想定外の方向へ動いたことによる動揺だ。響がとるべき選択肢は二つだ。
一つ。このまま現在交戦中の敵艦隊に犠牲を覚悟で突撃を敢行し早急に敵艦隊を撃滅。第二艦隊へ援護へ行く方法。二つ。第二艦隊の練度を信じてこのまま夜まで待ち夜襲及び夜戦で確実に勝利してから援護へ行く方法。の二つだ。
響は悩む。この後に自分が発する一言はどちらかの人員を確実に大量に損耗する結果を呼ぶかもしれないのだから。だからこそ。そんな動揺を目の前で自分の返事を待つ下士官に見せぬように必死で頭を回す。そして。声を発する。選んだ選択肢は・・・・
「我々は作戦通り夜戦を持って敵艦隊を撃滅。その後アリューシャン諸島方面へ援護に向かう。」
「はっ!」
信じたのは第二艦隊だ。慢心してここで第一艦隊を失う方がいたいと考えたことも大きい。
―――1942年6月15日正午過ぎ―――
つい先日まで弱小国と侮っていた国の評価は多くのアメリカ海軍兵の中で変わりつつあった。そう。囂々と音を立ててやむことなく黒い煙を吐きながら海中に没してゆく米国海軍の主力空母の一隻。「エンタープライズ」はいま海の藻屑となり果てようとしているのだ。航空母艦「ホーネット」も大打撃を受けもはや発着艦は不可能。先までに発刊した艦載機の大半が日本機に撃墜されているとはいえそれでも正規空母三隻分の艦載機が空母「ヨークタウン」に収容できるはずもなく多くの機体は海中に投棄され、いまだ散発的な攻撃が続く中乗員の回収など願うまでもなくアメリカ海軍はこの海戦で多くの優秀な搭乗員を失うこととなった。しかし、史実と違いアメリカ海軍は艦隊をアリューシャン諸島方面に派遣できている。そちらで負けさえしなければ負けることはないし実質この海戦も勝利といえるのだ。アメリカ海軍は航空攻撃がやむ深夜まで待ちその後搭乗員の回収に向かうことになった。しかし、その人命を重視した行動がアメリカ海軍ミッドウェー方面艦隊を壊滅に追い込むことになろうとは誰も予期していなかった。
―――1942年6月15日深夜―――
水平線の下に日は沈み、あたりの明かりはほとんどなくなった。見えるのはただ煌々と輝く月明かりとそれを反射している水面のみだ。米海軍ではあたりの日が沈んだのを確認してから先の海域に向かい水に浮かんでいる兵の回収をしに向かった。昼間では敵航空機の攻撃が激しすぎもはや回収どころではなくなったためだ。戦艦、駆逐艦、巡洋艦合わせて数十隻が周辺海域の偵察もかねてミッドウェーの港を出港した。ちょうど先の海域あたりについたとき。時刻は午前二時を回ったあたりのところである。突如、爆音とともに周辺の海域の水の色が赤く輝きだした。音のする方を振り向けばそこには燃えながら沈んでゆく駆逐艦の姿がある。何事かと全艦が騒がしくなり始めたところに追い打ちをかけるかのように軽巡洋艦数隻が爆音とともに真っ二つに叩き折られた。その爆発に巻き込まれ駆逐艦数隻も転覆横転。事態を米海軍の誰一人として把握できていないうちにさらに被害は増していく。艦隊を指揮していた本国からの応援である戦艦ノースカロライナに駆逐艦アトランタからの無線が届く。
「側面27km駆逐艦、巡洋艦等々多数発見。」
そう。日本海軍の夜襲である。
―――1942年6月15日深夜―――
アメリカ海軍がミッドウェーを出港しようとしているころ。日本海軍では水上艦のうち軽巡以下の艦艇を集めアメリカ海軍の負傷兵や水に浮いていた兵の救助を終えていた。そして周辺の岩礁や少し離れた場所で待機しアメリカ海軍の救助隊の到着を待った。そして時は満ちた。アメリカ海軍の戦艦を中心とする艦隊の到着だ。
「全艦魚雷一斉射!すべてを海の藻屑にしてやれ!数を見る限りあれが米海軍ミッドウェー守備隊のほとんどだ!」
響の号令を皮切りに多数の駆逐艦、軽巡洋艦が魚雷をすべて吐き出す。日本海軍自慢の九一式酸素魚雷の一斉射だ。雷跡はほとんど見えずそして絶大な威力を誇る日本海軍最強の魚雷がアメリカ艦艇に降りかかる。アメリカ艦艇は早い代わりに装甲の薄い艦艇が多い。この数の魚雷が数本当たるだけで壊滅状態に追い込めるだろう。しかし。慢心はもうしない。この日本海軍は最後まで詰め切る。敵艦に着弾した魚雷の爆炎で照らされた敵に対してさらに雷撃を加える。隙を生じぬ三段構えである。
結局この夜襲から始まる海戦でアメリカ海軍は戦艦一隻と多数の駆逐艦軽巡洋艦を失いさらに数隻は鹵獲されるという最悪の海戦となった。日本海軍はミッドウェー海戦の雪辱をついに晴らし太平洋戦争勝利への一歩を踏み出したのだ。しかし、この回線の最中。別の海域では両軍ともが大きな損害を被る激しい戦いが行われていたのだ。
―――1942年6月15日正午過ぎアリューシャン諸島方面―――
「アリューシャン諸島後方400km!敵の大艦隊を発見!」
その報を受けたのは臨時で第二艦隊の指揮を取っている南雲機動部隊の長である南雲だ。駆逐と軽巡が主である艦隊では空母を含む敵の艦隊に抵抗できようはずもない。連合艦隊より武蔵、長門、陸奥を借りてはいるが空母のいない艦隊では不利がありすぎる。また占領部隊を乗せた舟艇も多く速度もあまり出せない。輪形陣を組み航空攻撃に耐えながら援軍を待つのが最善策であるのは確かだ。
「作戦のために我々は死ぬ。嶋田さん。すまない。」
数十分後。下士官から想像通りの報告が入る。
「電探に敵多数探知!約三〇〇!」
「対空戦闘用意!なんとしてでも舟艇を守れ!強硬上陸だ!」
「はっ!我々の命にかけて!」
第二艦隊および戦艦二隻は合わせて対空戦闘の用意を開始した。そして敵の攻撃機の影が肉眼でも見えるようになったころ。もはや作戦の遂行すら怪しくなるほどの絶望的な報告が入る。
「報告です!」
「今度はなんだ」
「電探が新たな敵を探知!総数は八〇機程度とのこと!」
「後詰か。これはいよいよ終わりかもしれんな。」
「我々は厳しい訓練を潜り抜けてきました。この程度では止まりませんよ!」
「おう。わかった!その言葉を信じよう!」
しかし、この状況は数分でひっくり返されることになる。
―――アメリカ海軍攻撃隊―――
「俺らが狙うのは空母の一隻もいない艦隊だってよ」
「じゃあ警戒するべきなのは対空砲とかだけだな!」
「俺たちも舐められたもんだよなぁ。空母すらいなくても勝てると思われてるとかさ」
「日本海軍はミッドウェーに全戦力を投じて俺らを引き付けたつもりだったからだろうよ」
「あぁなるほどね~」
「おいお前ら。そろそろ敵が見えるぞ。無駄話は慎め。」
「はいよ。隊長」
「さて。俺ら戦闘機の出番はあるのかなぁ~。」
「空母いないんじゃなさそうたよねぇ~w」
―――日本海軍第二艦隊―――
アメリカ海軍攻撃隊はそろそろ戦艦の対空砲撃の射程圏に入ってきていた。もはや対空砲程度しかないうえ速度も出ない軍艦の群れなど航空機からしたらおやつでしかない。これをたえきるのはほぼ不可能。誰しもわかっていた。しかしそのムードは一瞬で吹き飛ばされる。
「後方の八〇機から通信!『翔鶴戦闘機隊戦闘に参加する』と!」
「まさか!?」
「本当です!零式八〇機の援護が第一艦隊からやってきました!」
「嶋田さん。感謝するぞ。」
戦線は傾いた。食われる側だった艦隊は今食う側に立ち替わったのだ。
「全艦に達する!第一艦隊からの応援が来た!精鋭八〇機だ!我々が負ける道理等どこにもない!各位対空戦闘配置から第一種戦闘配置へと転換!上陸作戦を決行する!」
『了解!』
日本海軍第二艦隊および戦艦二隻の全乗組員の唱和が海域に響いた。
錬度に劣るうえ戦闘機の数でも勝れなかったアメリカ海軍航空隊は奮戦むなしくほとんどは海中に没し、生き残った機体も空母まで変えることができた機体はわずか一〇機にも満たなかった。
「全艦全速前進!上陸だ!」
一方。援護に来た日本海軍航空隊の被害も甚大だった。敵航空隊と一戦交えて堕とされた機体も多くいたがそれ以上に燃料が切れることを覚悟でもはや使い捨てをするやり方で響が飛ばすことを決定したためすべての機体は海中に投棄され搭乗員の死亡者はほとんどなかったものの機体の損耗ははなはだしかった。
その後日本海軍は大量の砲弾を雨あられとアリューシャン諸島に落とし大方敵施設を更地にしたのちに陸軍と海軍陸戦隊の混成部隊を上陸させアリューシャン列島の確保を開始。援護のために数隻の駆逐艦と軽巡洋艦を残し、そののち敵艦隊の追撃に移ったのだがこれがミスだった。
『アリューシャン列島沖大海戦』
のちにこう呼ばれるこの大海戦はお互いに空母を持たない(正確には米海軍は持っているがほとんど機能していない)艦隊が殴り合うという異例の海戦となった。
両艦隊はアリューシャン諸島から西に七〇kmほど進んだとことで激突。この戦争で最も激しい海戦の一つとなった。戦艦の射程に入った途端両海軍の砲撃が飛び交った。長門の放った砲弾は敵の重巡洋艦の船体を引き裂き陸奥の砲弾はばらけながらも敵戦艦に数発が命中。うち一発は敵艦の副砲に直撃し沈黙させた。
しかし、日本海軍も無傷とはいかない。アメリカ重巡が放った雷撃が軽巡那珂に命中。ダメージコントロール空しく海中に没した。またアメリカ戦艦の砲撃は駆逐艦『朝雲』『川雲』に命中。戦艦の砲弾にはダメージコントロールなど願うまでもなくそのまま沈んだ。その後も錬度と練度を火力に乗せてぶつけ合う戦いは続き、アメリカ海軍は戦艦『コロラド』、航空母艦『ワスプ』を含む二〇余隻を失い対する日本海軍も駆逐艦『朝雲』、『川雲』、『夏雲』、『峯雲』、『初風』、軽巡洋艦『那珂』、重巡洋艦『最上』、『高尾』、『利根』、『摩耶』を失いさらに搭乗員数千を失うという大損害を受けた。しかし、この戦闘の間アメリカ海軍は陸上支援を行うことができずその間に練度でも数でも勝る日本軍がアリューシャン列島を確保。おかげでアメリカ本土に直接攻撃できる手はずを整えることに成功したのだった。
史上最大の大海戦を両艦隊は乗り越えアメリカ本土への攻撃を可能とする島の確保も済んだ。しかし日本軍はいまだ中国大陸でも戦闘をしている。海兵隊も陸軍も引き抜いた状況でいまだに戦い続ける大陸戦線は今後どうなっていくのか。
To be continued
お詫びと訂正
前回最後の表現に第一話との相違がございましたのでこちらで訂正させていただきます。
真面目に読んでくれた方は相当な違和感を覚えたはずです。申し訳ございません。
「間に合わせとはいえ海軍の暗号を使ったなら」ではなく
「間に合わせとはいえ陸軍の暗号を使ったなら」が正しい文です
お詫びして訂正いたします。