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あと6日

 ミリアはベッドでごろごろと転がりながら、チートアイテムタブレット内に収められているシャイナを愛でていた。カレンダーの背景にできるくらいのカインとのツーショット写真。そんなカレンダーが発売されたのであれば、ミリアの中の人は間違いなく課金して、普段使い用、保存用、予備用として少なくとも3セットはお買い上げしたことだろう。と悶えるくらい、何度見ても飽きない。心が弾む。弾んだついでに、足をバタバタと動かして、とにかく喜んでいるミリア。


 軟禁部屋の扉をノックされたことに気付き、ふと我に返る。恐らくアドニスだろう。彼は食事を運んでくれるだけでなく、何かとミリアを気にかけてくれる。


「はい」

 タブレットを枕の下に隠し、急いでベッドから降りて、そしてなんとなく髪の毛と服を整えてから、返事をした。

 恐る恐る扉を開けて中に入ってきたのは、やはりアドニスだった。


「ああ、ミリア。もしかして寝ていた?」


「あ。はい、あ、まあ」

 と曖昧に答えるミリア。

「そ、その。夜はあまり眠れないもので」

 そう、興奮してアドレナリンがどっぱどっぱ出ているがため、よく眠れていないというのは本当。


「ごめん、ミリア」

 どうやらアドニスは眠れない理由を盛大に勘違いしてくれているらしい。

 ミリアはソファに座るようにアドニスを促した。ここには侍女とか世話をしてくれる人がいないため、ミリアが自分でお茶を淹れる。まあ、この辺の準備をしてくれたのもアドニス。お茶とお菓子と推しがあれば、ミリアの中の人は一日を過ごせるから、ある意味ここの空間は彼女にとっては快適だった。


「それでアドニス様。今日はどのようなご用件ですか?」


 お茶を差し出しながら、ミリアは尋ねた。


「いや、その。君の様子を見にきた」

 さっきも食事を持って来たばかりなのにな、とミリアは思う。できることなら、アドニスと話をするよりもシャイナを堪能していたい、という本音。それが漏れないようにしなければ、と思う。


「ミリア。君は聖女シャイナに何をしたのか、僕に教えてくれないだろうか」


 ミリアがシャイナに何をしたか。ゆっくりとカップを持ち上げて、ミリアは思い出そうとする。

 そもそも、本来のゲームの流れであればミリアはこの王城の井戸に毒をいれようとしていた。それをシャイナに気付かれてしまい、という流れなのだが、今の展開はそうではない。

 シャイナの飲み物に毒をいれ、それがエドモンドにばれてしまった、という流れになっている。だから、その後が本来のゲームの流れと異なってきているのか、とミリアは思った。

 本来の流れ、ミリアはこんな素敵な部屋での軟禁ではなく、地下牢でただその処刑の日を待つだけの日々を送るという流れ。


「そう、ですね。私がシャイナの飲み物に毒を入れた、ということになっているようですね」


「やはり、なっている、ということは。本当は、君はそんなことをしていないのだろう?」


 アドニスのその言葉に、ミリアはさあ? と首を傾けた。それは、本当に覚えていないから。中の人の記憶とミリアとしての記憶が混ざり合って、肝心なところが曖昧になっているから。


「君は。誰をかばっているんだ?」


「誰も」

 言い、ミリアはカップに口をつけた。

 まるでこれでは言葉の遊び。アドニスの問いにものらりくらりと交わされてしまう。


「このままでは君は、処刑されてしまうんだぞ。死ぬんだぞ?」


「それが、皆の望みであれば」


「ミリア。なぜ、生きることに貪欲にならない。なぜ、死に急ぐ?」


「それが私の運命であると、そう思っているだけです」

 そこでミリアは手にしていたカップをテーブルの上に戻した。


「その運命を捻じ伏せようとは、思わないのか」


「今のところは」


 その答えを聞いたアドニスは音を立てて立ち上がる。


「僕は。君が無実であると信じているし、君に生きていてもらいたいと、そう思っている」


 乱暴に扉を開け、部屋を出ていくアドニス。ミリアはその背を見送ることしかできない。

 なんだったのだろう、あれは。というのが、ミリアの中の人の気持ち。



 さて。部屋に一人残されたミリアではあるが、今日は今日で大事な日。そう、今日はシャイナと魔導士団長の息子であるレイフとのイベントの日なのだ。イベント発生は昼過ぎから。まだ時間はある。

 後片付けをさっとすませて、またミリアは例のタブレットを手にする。これにシャイナとレイフイベントを収めるのだ。


 イベント場所は、確かこの建物の裏庭。ここは花が咲き乱れている場所。レイフの魔力に誘導されて、この花たちがざわざわと騒ぎ始めるところからイベントは始まる。

 イベントまでに少し時間はあるけれど、ミリアは花の影に隠れて待機した。しばらくそうしていた頃、花がざわざわと揺れ始めた。どうやらレイフの魔力に反応しているらしい。

 その花たちの隙間から、ちょっと様子を伺ってみると、そこにはシャイナとレイフが向かい合って立っていた。

 つまり、イベント開始、ということだ。ミリアはタブレットをそっと構え、そんな二人をその中にそっと収める。


 はかなげなレイフの瞳。彼は父親とその能力を比較され、うだうだと悩んでいるのだ。それを励まし、彼を立派な魔導士へと導くのがシャイナの役目。彼女のその言葉で、自信を取り戻したレイフは、シャイナと熱い抱擁を交わす、はず。もうその抱擁シーンは何度見ても見飽きることない。できることなら、このシーンもカレンダーに収めていただきたいくらいだ。

 早くこいこい、抱擁シーン、と。息を潜めて二人を見守っているミリアではあるが、その二人の雲行きが怪しい。本来であれば声を荒げるはずの無いシャイナが、声を張っている。


「それでも男ですか。何をうだうだ悩んでいるの?」


 ちっがーう。そのセリフはレイフにとっては逆効果。シャイナはレイフの悩みを黙って聞き、そしてその彼の両手を取る。その後。


「レイフ様はレイフ様ですから。お父様と比べる必要はありません。レイフ様にはレイフ様の良さがあります。皆、それには気付いていないのです」


 と言って、彼を見上げてから温かく微笑む。

 はずなのに。


「まったくもう、面倒くさい男ね。うだうだ悩んでいるくらいなら、気合を注入してあげるわ」


 やばい、流れがおかしいと思ったミリアは、隠れていたにも関わらずその身を二人の前に晒してしまう。シャイナが右手を振り上げていたため、その手を押さえつけた。


「おやめなさい、シャイナ」


 ふりおろすはずだった右手が動かない。シャイナの手を押さえつけているのは、ミリア。


「ミリア」

「ミリア嬢」


 シャイナは顔だけをミリアの方に向ける。レイフも驚き、その視線をしっかりとミリアをとらえている。


「シャイナ。このように手を振り上げるようなことをしてはなりません。気合を注入しなくても、レイフ様はわかってくださいますよ。レイフ様に必要なのは気合の注入ではありません」


 んぬぬぬぬーと言いながら、シャイナの右手がミリアから逃げようとしているため、ミリアはその手を離した。


「シャイナ。あなたの心の中にはたくさんの温かい言葉が溢れているのです。その言葉をレイフ様におかけください。レイフ様はあなたからの温かい言葉を待っています。レイフ様にはレイフ様のよさがある、と。どうぞその温かい言葉をレイフ様におかけください」


「ミリア、あなた……」


 それ以上何も言うな、というかのようにミリアはゆっくりと首を横に振った。


「あなたがレイフ様を救ってくれなかったら、私の処刑され損です。どうか、レイフ様の御心を救ってください」


 そして、ミリアはそっとそこから立ち去る。立ち去るが、二人から見えない場所に隠れただけであり、その二人をこっそりと見守っているわけで。


 シャイナは黙ってレイフの両手を取る。いいぞいいぞ、と影ながら応援するミリア。

 そして、ミリアが待っていた熱い抱擁へ。

 しっかりとそれをタブレットに収めるミリア。良かった、これで三月四月のカレンダーの背景が無地にならなくて、と、作られる予定の無いカレンダーのことを考えていたのだった。

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