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あと8日

 この部屋でおとなしくしておけとアドニスに言われたミリアではあるが、あの後、アドニスがやってきて、この王城内プラス庭であれば、自由に散策しても良い、ということになった。それって、謹慎ではないじゃないか、とも思ったのだけれど、きっとアドニスがいろいろ頑張ってくれたに違いない、と思うことにした。


 何しろこれは夢。自分の都合が良いようにできている。それに死ぬ前にやるべきことがある。

 それはもちろん、ヒロインシャイナの逆ハールートの確立。とにかく、彼女を逆ハールートに導く。


 第一王子エドモンドの攻略は始まっているようだから、次は騎士団長の息子であるカインだ。カインの攻略は、とにかく「微笑む」。入力コマンドは「話す」ではなかったはずだ。シャイナの笑顔に、カインの氷の心が溶かされていく、というストーリーで、その氷が解け切るのがあと二日後。場所はもちろん、この王城内にある庭。


 楽しみだな、と思うミリアは、中の人が使っていたカメラというものが欲しくなった。カメラでその瞬間を押さえたら、あとでムフフと堪能することが可能。

 どうせ死ぬなら、好きなものに囲まれて死にたい。

 と思いながら眠りについた。


 それから二日後。朝起きると、枕元にミリアの中の人が使っていたスマホというものがあった。いや、通話機能がないからタブレットかもしれない。ただ、手のひらサイズに収まるようなその板。


 夢、万歳。本当に自分の都合のいいようにできている。しかも今日はシャイナとカインのイベントの日。それに間に合うかのように表れたこれ。つまり、チートアイテムというやつか。ここまでお膳立てされたのであれば、やるしかない。


「ミリア。食事を持ってきたよ」


 と、いつもこの部屋に食事を運んでくれるのはアドニスだ。なぜかアドニス自ら、食事を運んでくれる。

 本当に申し訳ない。申し訳なさ過ぎて、土下座したくなるのが、ミリアの中の人の性格。

 さすがに土下座まではいかなくても「悪いわ」とミリアが一言伝えると、アドニスは「好きでやっていることだから気にしないで」と言っていた。

 そう言われても気にする。気にするなというほうが無理。


 いつの間にか枕元にあったスマホではなくタブレットがばれないように、そっと枕の下に隠してから、立ち上がる。


「いつもありがとうございます、アドニス様」

 ミリアは笑顔で朝食を受け取った。


「その、兄が言ったミリアの処刑日まであと8日しかないのに、何もできなくてごめん」


「アドニス様。お気になさらないでください。本来であれば監禁の身、もしくは地下牢に入れられてもおかしくない身分なのに、こうやって食事も与えられ、自由に散策できているのですから。それだけで充分です」


「だが、8日後には君は処刑される。今、兄がそう働きかけている。僕のほうでもいろいろと動いているのだが、何しろ相手があの兄と聖女様だから。なかなか思うようにはいかなくて……」


「アドニス様のそのお気持ちだけで充分です」


 むしろ、ヒロイン聖女シャイナとあの五人に囲まれながら死ねるなら、それこそ本望。

 そしてあのタブレットにばっちりと撮り収めて、できることならお墓に一緒に埋めていただきたい。あの世でも堪能したい。

 だけど、処刑される身となれば、お墓に埋められることはないだろうな、とも思う。それだけが心残りかもしれない。


 アドニスはいつも、ミリアが食事をしているのを黙って見ていた。そして、彼女が食事を終えると、黙ってそれを片付ける。

 ひと様に見られて食事をするのって、ものすごく緊張するのに、アドニスはそれに気付いてくれない。ミリアは恨めしそうにアドニスを見ていた。アドニスは不思議そうにミリアを見つめていた。


 さて、食事も終わりお腹も膨れたミリア。むしろここからが本番。何しろ、あのイベントを見に行かなければならないのだから。しかも、今回はそれを記録するという不思議な媒体さえ手に入れてしまった。

 ありがとう、夢。これぞ、夢。夢の中くらい、夢を見ても罰は当たらないだろうと思う。


 枕の下からタブレットを取り出し、それを鞄に入れる。そしてそのタブレットを入れたバッグを手にしたミリアは、軟禁部屋を後にした。

 向かう先は庭。恐らく、というか絶対にシャイナとカインがいる。カインの氷の心を溶かすのはシャイナの笑顔。そして、その笑顔に釣られてついつい彼女を抱きしめてしまうカイン。


 今、考えただけでも涎もんだ。けして二人の仲を邪魔するわけではない。むしろ応援している。むしろシャイナには幸せになって欲しい。


 ミリアが庭に行くと、そのイベント会場にシャイナの姿もカインの姿も見当たらなかった。仕方ないから、ミリアは木々の陰に身を寄せた。絶対に見たい。絶対に記録したい。その意志だけでそこにいる。


 それから少し経った頃。風に乗って人の声が聞こえてきた。すぐにわかった。この声はシャイナの声。そして。

 ミリアはごくりと生唾を飲み込んだ。木々の隙間から見えるシャイナとカイン。

 なんて素敵なツーショット。とりあえず鞄からタブレットを取り出し、起動。カメラモードにして、何枚か写真を撮ってみる。昔の記憶を掘り起こして操作をしてみたけれど、意外と使えるということがわかった。

 一枚、撮影する。しっかりとその画面の中に映りこむシャイナとカイン。二人は何か難しい顔をして話をしている。


 麗しい二人。


 また、風に乗ってシャイナの声が届いてきた。だけど、内容まではわからない。それに対して、ぼそぼそというカインの声も風に飛ばされてくる。こちらも何を言っているかわからない。

 わからないのだが、これがミリアの中の人が知っている攻略方法と違う、ということだけはわかる。なぜかってそれは、シャイナが喋り過ぎ。ここはコマンド「はなす」は不要。


 だからだろうか。

 ちょっとカインの様子がおかしい。いや、二人の様子がおかしい。ちょっと険悪になってきている。喧嘩腰、という表現が正しいのか。あのカインが声を張り上げている。


「おやめなさい」


 とうとう我慢できずに、ミリアはその身を晒してしまった。二人の視線が捕らえた先はもちろんミリアの姿。


「ミリア」

「ミリア嬢」


「シャイナ。あなたは口を慎みなさい。もう少しカイン様に寄り添いなさい」

 ミリアからつい出てしまった言葉がそれ。


「え?」と驚くシャイナ。そして、何も言えないカイン。


「シャイナ。あなたには優しさがあるのです。カイン様の御心を救う。その優しさは、言葉で表すことができるものでもありません。あなたの優しさ、それはあなたの笑顔に溢れているのです」


 そこでミリアはシャイナの手を取った。


「どうかシャイナ。自信を持って。あなたはこの国を災いから救うとされている聖女様なのですから。そしてその素敵な笑顔をカイン様に向けてください」


「ミリア、あなた……」


 それ以上何も言うな、というかのようにミリアはゆっくりと首を横に振った。


「あなたがカイン様を救ってくれなかったら、私の処刑され損です。どうか、カイン様の御心を救ってください」


 そう伝えると、ミリアは一人満足げに頷き、シャイナの手を離して建物の向こうへと消え去った。彼女はその場から消え去っただけであり、もちろんシャイナ達から見つからないようにそっと二人を見守っている。


 シャイナは黙ってカインの手を取る。そして、彼を見上げ、微笑む。それに釣られカインもぎこちなく笑む。


 これだよ、これ、とミリアの心は弾んでいる。チートアイテムのタブレットを取り出し、記憶に残す。部屋に戻って堪能しよう。


 ありがとうシャイナ。ミリアはタブレットを両手で大事そうに抱きかかえてから、いそいそと鞄の中にしまった。

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