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二章 その2

 俺は女子更衣室のロッカーにいた。

 換気口から見える景色。それを全世界の男子高校生に見せてやれないことを心の底から謝りたい。

 色鮮やかな下着を身に付けた女子が隙間からとはいえ、眺め放題なんだぜ! まさにここが天国、ヘヴン、ユートピア……。いや、そんなちゃちな言葉じゃ言い表せないぐらい、最高のスポットだ‼ だがそれでも言い表すならば、やはり女子更衣室‼ この言葉が世界中のすべての極楽の代名詞と呼べるだろうッッッ‼

 そんなパッションな気持ちで肌色を写真に収めていた。

 暗のヤツも別のロッカーからこの絶景を眺めているだろう。

 ああ………、幸せだ。もう俺、死んでもいいや♪

「お、あいつか……」

 今回のターゲット、清原夏世。

 写真で見た時も思ったが、顔立ちが幼い。中学生と言っても通用するだろう。そして顏には何の感情も浮かんでいなかった。クーデレだろうか。デレがあるのかは知らんが。

 けれどそれらが一部の男子から人気らしいとは暗の談。まぁ、俺も告白されれば即OKしてしまいそうだけどな。

 髪は栗色のショート。肩の辺りでスッパリと切りそろえられていた。

 で、目線を下げていくとそこは顔に似合わない、たわわなメロンが! うおお、超デカイ‼ あれじゃ絶対両手でも収まらないだろうってほどデカイ‼ 一度でいいから、あそこに顔をうずめてみてーなー……。

 俺の入っているロッカーは出席番号六番のヤツのものだった。そして七番の夏世は隣のロッカー。ゆえに彼女が少し動けば、あのお胸をよく見ることができた。いやはや、まさにベストポジション! 神よ、今日と言う日を授けてくださったこと、心より感謝します‼

 暗は反対側のロッカーだ。何でも自分の一押しがいるとかで、やけにハイテンションだった。まぁ、ヤツもヤツで今頃楽しんでいることだろう。

 そんなこんなで、俺のデジカメはカラフルな下着と肌色でいっぱいになった。

 現像した後、何枚か報酬として受け取る約束をしているので、もう張り切ってシャッターを切りまくる。無論、音が出ないように事前に準備はしてあるのでご安心を、なーんてな。

 やっべ、よだれが止まらねえ、荒れ果てた現実にこんなオアシスが存在したとは! 見ろよ、マンガやアニメでしか見ることのできなかった女の子同士の胸のもみ合いっこが、今は目の前で繰り広げられているんだぜ‼

 百合百合っとした雰囲気に満ち満ちて、ふるふる揺れる胸があっちやこっちに……。

 いかん、鼻血が出そうだ。だが証拠を残さないためにもここはぐっと我慢、我慢。

 そんな時だった。

「ねぇ、夏世。ジャージのズボン、持ってない?」

「ん」

 聞き覚えのある声がした。そしてその声の主が視界に入ってくる。

 あの長い髪、白い肌、美と可愛さを兼ね備えた顔。見紛うはずがない。波紋だ。

 胸だけ見れば、この更衣室の中ではもっとも魅力が無いだろう。だけど俺は誰よりも、彼女の裸に心を引き付けられた。触りたい。その衝動を抑えるのには苦労した。体がほてり、心臓は信じられないくらい早く、脈を打つ。

 その後、何度か彼女が視界に映ったが、その姿を写真に収める気にはなれなかった。


 女生徒と暗が室内から出ていってからようやく俺はロッカーから出た。

 まだ意識は夢心地だった。瞼を閉じれば、昨夜と今日の波紋の裸体がはっきりと見えた。

 きれいとか、可愛らしいとか。そんな言葉じゃない何かが、胸の中にあった。でもどうしてもそれが何なのかは分からなかった。

 とりあえず教室に戻ろう。

 そう思って扉に目をやると。それを見計らったかのように、ノブがガチャリと回った。

 姿を隠せと脳が指示したが、もう遅い。無情にも扉は開かれていった。

「……誰?」

 清原夏世だった。

 彼女は女子更衣室に男子がいるのに、眉ひとつすら動かす様子も無かった。

「一年B組、七色光雨よ。例の七人目の候補者」

 夏世の後ろにはもう一人女子がいた。

「ふふ、こんにちは光雨君。こんなところで会うなんて、奇遇ね」

 波紋だ。いや、校内だから波紋先輩のほうがいいのか? それよりファーストネームでいいのか?

 それにしても、体操服姿だとまた雰囲気が違うなぁ。巫女服を着ていた時を怪しい魅力があるとすると、体操服を着ている彼女は高校生らしいあどけなさが出ているっていう感じかな。髪を一つにまとめているからかもしれない。

 そんな下らないことを思案している隙に、手にしていたデジカメを波紋に取り上げられてしまった。

「いいデジカメね。ちょっと見せてもらっていいかしら?」

「お、おいそれは」

 慌ててデジカメを取り返そうとするも、波紋に鼻を押されて遠ざけられる。

「ぶひぶひうるさいわね。夏世、ちょっとこいつを押さえていてくれる?」

「ん」

 夏世は背後から俺の腰を抱えるように動きを封じてきた。

「くっ、この、くそっ」

「……無駄」

「くすくす、こう見えても夏世の腕力は強いのよ。並大抵の力じゃ、その子の拘束から逃れることはできないわ」

 俺の腰はガッチリと固定されて、身動きが取れなかった。

 しかしこういう時、拘束から逃れる知識をいくつか持っていた。

 まず、相手が自分より背が高い場合は顎に頭突きをする。今回は自分より背が低いからこれは無理だ。

 次に腕が自由な時、相手にひじ打ちを決める。……今回は相手の背が低すぎて、当たるか不安なのでこれもパス。

 最後に相手の足を踏んづける。これは誰であっても有効な、使い勝手のいい方法だ。

 ……だけどそもそも、女に暴力を振るうってどうなんだろうか。

 女に暴力を振るってはいけないという社会的常識が、抵抗しようとする意志を根こそぎ奪っていった。

 そもそも、背後からふくよかな胸を押し付けられているこの状況に何の不満があろうか!

 おおう、強く押さえられれば押さえられるほど、ふっくらした胸の感触が伝わってくるぜ! もっとだ、もっと強く‼ 俺の背中におっぱいを――

「うっわぁ、何かしらこれ。女の子の裸がいっぱい。全部、盗撮写真じゃない。退学ものね、これ」

 しまった! おっぱいの心地よさのせいで、デジカメのことを忘れてた‼

「ところで私って誰だか知ってる? 生徒会長よ、せ・い・と・か・い・ちょ・う。この件をどう料理するも、私が好き勝手に決められるの。お分かり?」

 俺はがっくりとうなだれるしかなかった。

 ああ、俺の高校生活は始まって早々に幕切れか。まぁ、当然の報いと言えばそれまでだけど、儚いものだな……。いっそのこと、暗も巻き込んでしまおうか。いやいや、トランクスとかいう組織を密告すれば見逃して……もらえるわけないか。まぁ、一人で寂しく退場していくのが一番、誰の迷惑にもならないやり方だろう。

「まぁ、私が映ってないしどうでもいいわ」

「あれっ、いいんだ⁉」

 衝撃的な発言に俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「そんなに退学にしてほしかったの?」

「いや、別にそんなことねーけど……。本当にいいのか?」

 波紋はあっさりとうなずいた。

「ええ、せっかく捕まえた候補者を逃すわけにもいかないし。でも、この一枚だけは消させてもらうわ」

 それはピンボケしていてあまり出来のいいものではなかった。その写真の一か所を波紋は指さしていた。そこには彼女の姿が少しだけ映っていた。

「消去、っと」

 そう言って画面を押す彼女を俺は名残惜しい気持ちで見ていた。もうあのデジカメに波紋の写真は残っていないのだろう。

 たとえぼんやりとしていても、彼女の写っている写真が欲しかった。それは裸が見たいというわけでなく、もっと違う何かだ。

「何よ、そんなもの欲しそうな顔をして」

「何でもねーよ」

「ほら、持っていきなさい。よく分からないけど、あなたにとっては大切なコレクションなんでしょう」

 いつの間にか夏世の拘束は緩んでいた。

 俺は波紋の差し出すカメラを受け取った。もうその中のものに何の興味も無かったが、暗にとっては重要なものなのだろう。

「……ねぇ、せっかくだし記念に一枚とってくれる?」

 波紋は少し顔を赤らめてそう言った。

 俺はしばらくの間、彼女が何を言っているか理解できなかった。

「記念? 何のだ?」

 彼女は顎に指を当てて考え込み、やがてくすりと笑って言った。

「そうね……、あなたに裸を見られたのが二回目記念、とか」

「何だそりゃ」

 思わず吹き出すと、つられるように波紋も笑った。それを見ていた夏世は、わずかに表情を緩めて言った。

「珍しい、波紋様」


「じゃあ、行ってくるよ」

「おう、約束忘れるんじゃねーぞ」

「任せておきたまえ」

 放課後、暗は俺の渡したデジカメと現像した写真を携えてミューティングに向かった。

 俺はその間、扉の前で見張っている役を仰せつかった。

 波紋と夏世を映した写真はミューティング後に渡される約束だ。何でも、見張りの間に逃げないようにするための保険らしい。

 他の写真はいらないから、波紋と夏世を写した一枚だけはくれと頼んだ時、暗からは散々からかわれた。それでもヤツは快く承諾してくれたのだから、一応感謝はしておく。

「それにしても、まさかこんな場所でやるとはな……」

 トランクスとかいう組織は大胆不敵だった。

 多くの生徒が行きかう中央校舎の一階、化学室で会合を開いているのだ。

 まぁ、暗幕を引くことによって外部から視界を遮断でき、一階ゆえに窓から外へ脱出できるという利点はあるが……。

 何でも先代から利用されている歴史ある場所だから、というのが彼らの言い分だが、俺からすれば潰れたら歴史もクソもねーだろ、と反論できる。興味が無かったからしなかったが。

というかここだと、見張りがいたら逆に目立つんじゃなかろうか。

 一応誰かを待っている風を装っているが、それでもこんなところで一人で立っているのは不自然だ。

 まぁ、ぐちゃぐちゃと言ってきたが、目下の問題は一つ。

「暇だー……」

 友達がいれば、そいつとしゃべって時間を潰すこともできたんだけどな。あいにくボッチの俺には友人はおらんのですよ、やれやれ。

 ぼんやりと外を眺める。青い空の下で、陸上部のヤツらが走っていた。別に部活に入るつもりはないけど、万が一入部するにしても運動部だけは絶対に避けるだろう。中学時代に剣道部に入ったことがあるが、辛くてやめた。その時、運動音痴に運動部は務まらないと悟ったのだ。

「失礼、七色光雨さんでしたね」

 声のした方を見ると、サムライのような真面目さを醸し出す少女がいた。

「そうだけど。何か用、委員長?」

 彼女は我がクラス委員長、如月揚羽きさらぎ あげはだ。

 同級生に対しても敬語を使う、堅苦しいヤツというのが俺の第一印象だった。だが彼女にはそれを不自然に思わせないような、大人びた雰囲気があった。

 ゆえに万場一致でクラス委員長に推薦されていた。

 背丈は高く、男子の中で平均的な身長である俺と同じぐらい。髪は腰まであるポニーテール。

 きりりとした目つきが特徴的で、睨まれると超怖い。

 昨日、入学式にもかかわらず遅刻寸前で教室に入った俺は、彼女にカミソリのような視線を向けられた。おまけに放課後に長々とした説教をくらった。そのせいで体の芯まで恐怖を刷り込まれたぜ……。

 彼女のおかげで教室から昇降口まで一緒に歩く、というレアな経験ができた。説教の延長というセットもついてきたが。

 そこでこれまたレアな、下駄箱からあふれるラブレターを目にすることができた。ため息をついてバッグに詰めていたから、きっと彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。乙女チックな封筒が多かったのにも驚いた。大半が女子からのものだったに違いない。

 女子からモテる女子、これが彼女を伝えるのに最も適した単語だ。

 さて、そんな天の上にいるような彼女が俺に何の用だろう。

「七色さんは私が風紀委員であることはご存知ですか?」

 委員長の質問に俺は首を振った。

「初耳だ。そもそも委員の役職決めは、まだ行われていないはずだが」

「籠目学校では入学前から、委員に適していると判断した人物を独断で勧誘することができるのです。私は合格発表の日に風紀委員長の方から誘われました」

 よく見れば彼女の左腕には風紀委員と書かれたワッペンが付いていた。

「委員長なら適任だし、よかったじゃん」

 彼女は淡々とした動作で、軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。ところで話は変わりますが、この学校にはアール・オブ・ザ・トランサンダンスというグループがあるのをご存知ですか?」

 委員長はただでさえ鋭い目つきにますます磨きをかけ、文字通り俺へ視線を突き付けた。

「それも初耳だ。そのトランクスがどうしたんだ?」

 それでも俺は白を切り続けた。一応門番の役を引き受けたんだ、与えられた職はこなそうと思った。

「学校の風紀を乱す活動をしているようなので、厳重注意をするためにそのたまり場を探しているんです。ですがなかなか見つからず、ちょうど暇を持て余していそうなあなたを見かけたので情報を得られればと思い、声をかけたんです」

 正しくは俺の後ろの部屋が気になるんだろうな。誰かが通報したか、あるいは直観か。

 それにバカ正直と定評のある俺だ。今も俺の一挙手一投足が彼女に真実を告げている可能性がある。

 とにかくマズイ状況に陥ったと考えていいだろう。俺はあらかじめ教えられていたサインをヤツらに送ることにした。

 俺は一定の間隔を置いて壁を叩いた。

 もちろん、委員長には気づかれないように、さりげなくだ。

 ツートントンツー。トンツートン。トンツー。ツートン。

 ツーは爪で叩いた音、トンは拳を打ち付けた音だ。どんな意味があるか分からないが、俺は指示通りに行った。

 その瞬間、委員長は顔色を変えて俺に迫ってきた。彼女からブチリっと堪忍袋の緒が切れた音がした。

「いい度胸ですね、七色さん。まさかモールス信号を使って、悪口を言う人間がいるとは思いませんでした。そんなこそこそとした真似をしないで、口で言えばいいじゃないですか、口で。さぁ、どうぞ……」

「お、落ち着け委員長! 俺は適当に壁を叩いただけだ。それに深い意味は無い」

 彼女はドンッと壁を叩き、さらに俺に詰め寄ってきた。

「そうでしょうか? 適当に叩いてまな板となる可能性はどれぐらいでしょう? 猿がタイプライターを叩いてハムレットが生まれるほどでないにしても、相当低い確率だと思うのですが。いかがですか、七色さん? ええ?」

 ハムレットってなんだろうか? ハムの親戚とか? 気になったが、そんな質問が許されそうな雰囲気じゃなかった。

「さ、さぁな……」

 委員長の胸は波紋ほどではないが、かなり貧相だ。まな板という単語は彼女の導火線に火をつけるワードの一つなのだろう。

 それを見越してこれをサインにしたのだとしたら、トランクスのヤツらの悪知恵は称賛に値する。ただ、俺を防波堤にするのは勘弁してもらいたい……。

「がああああああッ!」

 その時、背後から凄まじい断末魔が聞こえた。

「始まったようですね」

 委員長は怒りを引っ込めて、淡々と言った。

「何がだ?」

「トランサンダンスの終焉がですよ」

 怒声と雄叫びが止むことなく聞こえる。しかし扉一枚挟んだこちらからその様子は見えず、まるで別世界の出来事のように思えた。

「ヤツらが窓から脱出することを先読みして、外に伏兵を仕掛けていたのか」

「ええ。あなたも彼らの一員だったんですか?」

 もう嘘を吐く理由も無いだろう。俺は素直に答えることにした。

「いや、ただの手伝いさ。ちょっとしたミッションとちょっとした門番を頼まれただけの、な」

 委員長は鋭い眼光を俺に向けていたが、やがてそれをふっと緩めた。

「会長から、あなたには手出しをしないようにと指示されています。本来なら停学や退学処分にするところですが、私もあなたがこれ以上悪事を働かないと信じて、この場は見逃します」

「意外だな。委員長ならどんな小悪党でも鉄拳制裁するイメージがあったんだが」

「そうですね。普段なら迷いなくそうします。ですが、私は会長に逆らって得することが無いので」

 委員長のさっぱりした声は、波紋の指示が無くても見逃してもらえたんじゃないかと予感させた。

「損することは?」

「山ほど」

 どんな事情があるかは知らないが、委員長は波紋に逆らえないらしい。

「とにかく、あなたも騒ぎに巻き込まれたくなければ速やかにここを立ち去ることです」

「そうさせてもらうよ」

 俺は床に置いていたバッグを肩に担いだ。

「では、また明日教室で」

「おう、また明日」

 挨拶を交わして俺と委員長は別れた。

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