終章
洞窟での騒動から約一週間後。
ホトトギスの鳴き声が似合う、よく晴れた日だった。
今日は土曜日。授業は午前で終わり、午後はフリータイム。ウキウキした気分で寮に帰ろうとしたところを波紋に連行され、校外へ連れ出されていた。
「まったく、今日からイベントが始まるってーのに」
「何か用事があったの? それは悪いことをしたわね」
「ああそうだよ。午後から期間限定ダンジョンを攻略してやろうと思ってたんだよ!」
白けた空気が流れ、波紋は深々とため息を吐いた。
「……そんなもの、後でいいでしょ」
「よくない! そりゃ攻略自体は一時間あれば十分だろう。だがイベントはそれだけじゃ終わらない。限定アイテムをドロップしなけりゃいけねーからな。……ぎゃふん!」
最後まで言い切ったあと、俺はバッグで後頭部をぶっ叩かれた。
「何すんだよ!」
「何すんだよ、ですって? 自分の胸に聞いてごらんなさい」
「俺は何も悪いことはしてないし、言ってもいないぞ」
波紋は頭を押さえて、再びため息を吐いた。
「他の女子と一緒に歩いている時に、さっきのふざけた発言をしてみなさい。気分を害して、帰られるわよ」
「誘ったのはそっちだろうが」
「だったとしてもよ! はぁ」
今日の波紋は妙に怒りっぽいな。もしかして、これから何か陰にかかわることへ赴くから、緊張感を持てという無言の注意だろうか?
「悪い、悪い。それで、これからどこに行くんだ?」
彼女はそっぽを向きつつも、質問に答えてくれた。
「光雨、ここに来てまだ間もないから、村の地理とかよく分からないでしょう? だから私が、湖水家頭首のこの私が直々に案内をしてあげるわ。感謝なさい」
内容自体はありがたいが、えらぶった態度が気に食わない。
「帰る。気持ちだけ受け取っとくよ、ありがとな」
背を向けた俺の肩を波紋はガッチリとつかんで、威圧してきた。
「あなたに選択権は無いわ。これは命令よ」
断ったらさらに面倒なことになりそうなので、俺は素直に従うことにした。
「やれやれ、ひとまず付き合うか」
「最初から素直でいればよかったのよ。くすくすくすくす」
勝ち誇った笑みを浮かべた波紋は、思わず撫でたくなるぐらいかわいかった。
村内は昔ながらの景色と、その景観を壊さないようにゲーセンやファーストフード店などの若者向けの店が並んでいた。
「ある意味、都会よりカオスなところだな」
「そうね。まるできつねうどんの中にたぬきの肉をいれたような感じね」
「……あのな、波紋。きつねうどんにもたぬきうどんにも、名前に出てくる動物の肉は入ってねーからな」
「……嘘⁉」
残念ながらマジである。
「そういえば、あれからどうなったんだ? この村の神様は」
顔を真っ赤に染めて羞恥に耐える彼女が哀れで、俺は強引に話題を変えた。餌に飛びつく魚のように、波紋はその話題に食いついた。
「まるで以前と変わらないわ。洞窟から水が引いて、異臭がきれいさっぱり消え去った、っていうのが変化らしい変化よ」
「ふーん。結局引きこもりは治らず、か」
「でも変なのよ」
「何が?」
「私たちは契約違反をしてしまった。それなのにあれ以来、何の罰もないし、私の呪術も消えていないの」
「……もう、自傷はしてないよな?」
俺は唯一気にかかっていたことを聞いた。波紋は一切の影の無い笑顔で言った。
「約束、したでしょ。大丈夫、ちゃんと守ってるわよ。……だから、おかしいの。私はあの日から今日までまったく術を使っていなかった。これも立派な契約違反。なのに、今朝怪我した野良猫の傷を治そうと思ったら、治癒できてしまったの」
きっと俺は今、ニヤニヤした笑顔で波紋を見てるんだろうな。
「な、何よ? その気持ち悪い笑みは」
「何でもねーよ。まぁ、気にすることねーんじゃね。タダで借りられてるんだ、ありがたく使わせてもらおうぜ」
「そ、そうね。そうさせてもらうわ」
その時、遠くで俺たちを呼んでいる連中が見えた。生死を共にした例のヤツらだ。
「あの連中がそろっているなんて、おかしいわ。きっと待ち伏せていたのよ」
「かもしれねーな。あいつらも、お前の護衛だから」




