ふかんぜんとうめいにんげん
っ…!!
目を見開く。見慣れた天井、少し蒸し暑い空気。静かな空間に、俺の荒い息遣いだけが聞こえる。
さっきまで見てた悪夢でほとんど毎晩うなされているのに、俺は目が覚めてからその悪夢をあまり思い出すことができない。
呼吸を整え、腕で額の汗を拭う。
その重たい腕をゆっくり持ち上げ、綺麗に整った爪をながめる。
はぁ…そろそろ…爪、切らないとな。
窓の外から鳥の鳴き声がした。目は覚めたが、起き上がる気にはなれない。
ただ、爪が気になって二度寝はできなさそうだ。あと5分したら起き上がろう。
こうやって時間を決めないと1時間くらいベットの上でぼーっとしてしまうんだろう。
物心ついたときからめんどくさがりやな俺のルールは、
「手首から上の手入れだけはちゃんとすること」だ。
部屋は片付けない、遅寝遅起き、ほぼ毎朝必ず二度寝。誰が見てもだらしない俺の綺麗なところは、手首から上だけ、と言っても過言ではない。
…まぁ、実際にはわからない。
そこしか見えてないんだから。
…あぁ、そろそろ5分くらいたったかなー…
動くのが億劫だと思ってしまうほどのめんどくさがりやである。立ち上がりたくない。あぁ、昨日も特に何もしてないのに体が重い。
…仕方ない、転がって落ちるか。
目をつぶって少しずつ横に転がる。
…どんっ!という音とともに肩に衝撃がきた。
「いっ!てぇー…」
本当に自分はなんてバカなんだろうとつくづく思う。
目を開いて自分がどの辺まで転がったか確認した。痛みでほんの少し視界が滲んでいた。
鏡の前だった。使わないくせに置いてあるから、少し埃っぽくなっている。
体がいつかいきなり、また見えるようになるかもしれないという淡い期待を捨てられない証拠だ。
鏡にうつる自分の手を見る。
…俺がいるなら、神様もいる気がする。
俺がいるのかすら、心の底から信じることができてないけど。
…神様がいるなら、叶えてくれないか。
俺の願いを。
今日もいつも通り、
俺の爪の先から手首まで以外は、全て、透明だった。