最終話 春の日の後日譚
本章第1話と前章閑話2の伏線回収です。
王都パリスの空には薄い雲が広がっていた。
それでも、時折雲間から覗く日差しの暖かさが春の訪れを告げていた。
今日は春の日。
日本の暦で言えば春分の日にあたる。
俺たちは10日ほど前にここ王都に戻ってきていた。
ダビンチさんの来訪はかなり驚かれ、国王自らが敬意を持って迎えたそうだ。ダビンチさんて、そうは見えないけど、実は凄い人だったんだなって改めて思う。
そのダビンチさんは数日王都で過ごすと、すぐにドラゴンの素材があるロッシュ城に行ってしまった。
意外だったのは、あれほどユーゴに心酔していたジルベールがダビンチさんについて行ったことだ。新しい技術を学んでデュロワールに広めたいんだと。
そのほかのメンバーも旅の疲れを癒した後は、それぞれの日常に戻っていった。
ユーゴは溜まっていた姿絵のリクエストをこなしつつ、風景画も描きだしていた。今回の旅先でいろいろな景色を見たことで、本来好きだった風景画を描きたくなったらしい。
黒姫は今のところ救護院での治癒を見合わせている。今回の『聖なる女神』騒動で懲りたと言ってたけど、治癒活動自体はしたいらしく、聖水、もとい治癒の水の魔法石をガンガン量産して救護院に贈っていた。
俺はと言うと、お土産を渡すついでにユーゴの描いた風景画を売り込みにフローレンスの所へ行ったり、フィレンチアで購入したトマトケチャップを持ってペネロペに会いに行ったりしていた。
もちろん、事前に黒姫の許可を得るという気遣いも忘れていない。気遣いだからね。後が恐いからじゃないからね。
クラリス姫は……たぶん元気にやってることだろう。だって特に関わることないし。
と思っていたら、春の日の昼食会へ招待された。
この昼食会にはユーゴと黒姫も招かれている。ていうか、俺の招待はそのついでだろう。なので、丁重に辞退しておいた。
だって、招待されたからってほいほい行っても「え、来ちゃったの?」って顔されるのがオチだ。ソースは高1の時の俺。
クラスの陽キャたちがカラオケに行く約束をしている時にたまたま近くにいた俺も誘わたことがあって、喜んで行ってみたらそんな顔されたんだよなぁ。そして、「こいつ誘ったの誰?」みたいな犯人探しが始まって居たたまれなくなるまでがワンセット。
それ以来、カラオケは一人で行くと決めている。ヒトカラサイコー! あれ、おかしいな。眼から汗が止まらないや。
まぁ、俺の封印されし過去はともかく、俺にはクラリスの昼食会よりも大事なことがあったんだよ。ほんとだよ。
春の日の祭りでは、月島と呼ばれるアルセーヌ川の中州にある広場に多くの露店が出ていて、ペネロペの実家のフールニエ商会も例の如く出店している。
今回の目玉商品は、トマトケチャップとマスタードを添えたベーコンサンドだ。
最初は血のように赤いトマトソースが敬遠されたのか、なかなか買ってもらえなかったけど、どこの世界にもチャレンジャーなバカ、もとい勇敢な若者がいて、その血のようなソースがついたベーコンサンドを買うと、衆人が見守る中かぶりついたんだ。
「……んんっ?」
そいつは一口食べるなり、眼を白黒させた。
「なんだこれっ! めっちゃウマい! この赤いソースの酸味がベーコンに深い味わいを与え、マスタードの刺激がまたそれを引き立てている。これを食ったら、今までのベーコンサンドはしょっぱいだけだな。いや、マジでうめぇ!」
ガツガツとベーコンサンドを平らげるそいつを見て、今まで遠巻きにしていた人たちも一人二人と新しいベーコンサンドを買っていく。
やがてトマトケチャップの上手さが口伝てに広まって、ついにフールニエ商会の新商品は完売するに至った。
これも偏にあの勇気ある若者、略して勇者のおかげだろう。まぁ、俺なんだが。
「なんか狡くないですか?」
ペネロペが胡乱気に質してきた。
「これはサクラ商法と言って、立派な商売の方法なんだよ」
日本では詐欺罪になるっぽいけど、ここは異世界だからセーフ。
「でも、皆さんおいしいと言っていますから、これでよかったのではないですか」
クララが売り子用のエプロンを畳みながらフォローを入れてくれた。
「まぁ、おかげで完売しましたし、他のお店のべーこんさんどと違いができてよかったと兄も喜んでますけど」
ペネロペは嬉しさ半分困惑半分の顔になる。
「でもこの『とまとけちゃっぷ』、もう無いですよね」
「ま、この売れ行きならリッツ商会もフロレンティアからの輸入に乗り気になってくれるさ」
今回のトマトケチャップは、俺が持ち込んだものなのでそれほど量は多くなかった。
そこで、フローレンス経由で彼女の実家のリッツ商会にトマトケチャップの輸入を打診しておいたんだけど、この先きっとうまいこと取り引きしてくれるだろう。
「そういえば、今日はソフィーの舞台もあるんですよね」
露店の後始末を商会の人たちに任せて、祭りの人出に交じったペネロペが話題を振ってきた。
ソフィーは元ユーゴの小間使いで、今はフローレンスがプロデュースしているデロイラ王国初のグラビアアイドルだ。
俺がフィレンチアに行っている間にかなりの人気者になったらしい。
「姿絵も人気ですけど、踊りも王都で大流行りなんですよ。とっても珍しい踊りで」
フローレンスが心当たりがあるって言ってたやつか。さすがは大商会の娘だな。
人の流れに沿って進んで行くと、お目当てのステージがある場所についた。
既にイベントは始まっているようで、歓声が上がっている。
「みなさーん。今日は私の舞台を見に来てくれてありがとー」
「ウエーイ!」
「ソフィーちゃーん!」
ソフィーのコールにオーディエンスの野太い声が応える。サイリウムでも持たせてやろうか。
ソフィーはいつもは後ろで編み込んでいる濃い目の金髪を青いリボンでまとめたツインテールにし、白を基調にした煌びやかな膝丈ワンピースに青空色の細いベルトを締めて、白いタイツに白い編み上げブーツという衣装。
「それじゃあ、みんな待ってると思うから、さっそく踊るよー」
「ウエェェェェイ!」
「小間使い踊りぃ!」
いや、ネーミング!
「ロッシュ城の小間使いの間で広がり始めた踊りだからだそうですよ」
ペネロペの解説に言葉を返す間もなく、オーディエンスが手拍子を始めた。
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン
片幅に足を広げたソフィーが軽快なビートに合わせて体を上下に揺らす。
8拍して、右手を腰の横に持っていき、リズムに合わせ軽く上下に動かす。
次は左手。同じように8拍上下に動かすと、今度は体の前で両手を交互に上下させる。
続く4拍で右足を軸に背中を見せるようにくるりと回り、すかさず軸足を左に変えて回って正面を向く。スカートがふわりと舞って「おおっ」と野太い歓声が上がった。
次の4拍はさっきと反対に回る。
回り終えると、ソフィーは急に斜め前に走り出した。そして、
「ウエーイ!」
オーディエンスの掛け声と共に、開いた右手を挙げてジャンプした。
…………。
きっと俺はチベットスナギツネみたいな顔になっているだろう。
だってこれ、俺がやってたバスケの動きじゃねーか!
フローレンスのやつ、なんちゅーもんを踊りにしてんだよ!
「レン様、いかがされましたか?」
「いや、なんでも」
心配そうにしているクララに引きつった笑顔を返していると、横からペネロペの弾んだ声が聞こえた。
「私もこれ好きなんですよぉ」
「そっか」
「あ、今度はみんなで踊るみたいですよ。レン様も一緒にやりましょう!」
「お、おう」
パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン、パン
ビートに乗せられ、知らずに体がリズムを刻む。
右手でワンハンドドリブル。
左手でワンハンドドリブル。
フロントチェンジ。
右にロールターン。
左にロールターン
そしてカットイン。
からの~、レイアップ!
「ウェーイっ!」
みんなが一斉に片手を突き上げて叫んだ。
その歓声は、雲間に覗く青空に向かって高く高く上っていくようだった……。
こんな伏線、回収しなくていいから!
最後までお読みくださりありがとうございました。
フィレンチア公国編終了です。
完結してからほぼ1年ぶりの続編投稿でしたが、いかがだったでしょうか。
もしかしたら、また忘れた頃に続編を投稿することがあるかもしれませんので、気長にお待ちいただければ幸いです。




