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閑話2 それぞれの懊悩

 【フェルナンド視点】 


「ありえぬ!」


 もう何度その言葉を口にしただろう。


 クロフィメ嬢を我が妻にするために、公爵が間者として神殿に潜り込ませていた神官に命じて薬入りの茶を護衛に飲ませて閑所に行くように仕向け、その間に我が手勢によってクロフィメ嬢を攫いアルノルフォの塔にある牢屋に閉じ込めておいた。

 多少強引であったかもしれぬが、国に連れ帰ってしまえば何とでもなる。

 彼女も実際にその眼で我が国を見れば、俺に攫われたことを感謝するに違いない。


 そう思っていた矢先、彼女の姿が消えたと報告があった。

 衛兵が未明に牢屋のほうから怪しげな音がするので様子を見に行ったところ、牢屋の扉が開いていてクロフィメ嬢がいなくなっていたと言うのだ。


 ありえぬ!


 あの牢屋の『鍵の魔法石』は俺の手元にある。開けられるはずがない!

 力ずくで開けようとしても、あの牢屋全体に強力な魔法障壁がかけられているのだ。聖属性の彼女に開けられる魔力は無い。

 誰かが助けに来ようとしても、牢屋に上がる階段の下には頑丈な扉があり、屈強な衛兵に見張らせていたのだ。鼠一匹通れはしない。


 よしんば彼女が扉を開けられたとして、どこへ行ったというのだ。空を飛んでいったとでも言うのか。

 聞けば、巷ではその夜に空を舞う白いローブを見た者がいるというが、ありえぬ話だ。馬鹿らしい。


 いったい、何があったのだ。

 クロフィメ嬢のことはごく少数の者にしか知られぬようにと、下の扉より上に人を配しなかったことが悔やまれる。


「殿下。公爵様がお呼びだそうです」


 私室で考え込んでいるところへ、侍従が声をかけてきた。

「ソデリーニ卿が? 何の用だ?」

「神殿長が来ているので同席して欲しいとのことです」


 神殿長か。

 神殿からクロフィメ嬢を攫ったことが露見したのか?

 いや、手引きした神官は既に始末してある。俺が疑われる要因は無いはずだ。

 ならば、俺を同席させる理由は何だ?

 まさか、クロフィメ嬢が神殿に戻ったのか?

 いや、それはありえぬ。

 あのアルノルフォの塔から逃げ出せる方法などないのだ。


「神殿長がここに来た理由は?」

「聖女候補を探しているとのことでした。町では住民総出で聖女候補を探しているようですし、未だ見つけられぬのでしょう」


 数少ない事情を知っている者の一人である侍従は、不安と安堵をない交ぜにしたような顔で報告した。


 やはりそうか。

 ならば、面倒だが顔を出しておくのが無難だろう。




 応接室に出向くと、中央のソファーに公爵と神殿長が対面して座っていた。

 俺に気づいた神殿長が立ち上がって神官の礼を執る。


「これは殿下。突然の訪問にもかかわらずご足労いただき、ありがたく存じます」

「花の大神殿の神殿長でもあるボルジア大神官の訪問に否もありません」


 神殿長に笑顔を作り、ついでに俺を呼びつけた公爵をひと睨みしておく。


「早速ですが、昨日花の大神殿で治癒を授けていらした聖女候補の行方がわからなくなっていることはご存知でしょうか?」


 いきなり本題に入ってきたな。

 きゃつの顔色からはこちらを疑っているふうには見えぬが。


「聖女候補というのはデロイラから来ている女性のことでしたか?」

「そうです。殿下と同じく神殿学校で学んでいるのでご存知でしょう」

「ふむ。確かに会ったことはありますね」

「先日ここで開かれた夜会でも一緒に踊られたと聞いておりますが」


 よく知っているのでは、と言いたげだ。忌々しい。


「夜会では多くの令嬢方と踊りましたから」

「なるほど。さすがは大国スパーニャの王子殿下ですね」


 嘘くさく世辞を言う神殿長に、


「で、その聖女候補の行方がわからくなったことと我々に何か関係があるのか」


 と、公爵が苛立ちを押さえられない様子で問い質した。馬鹿が、余計なことを。

 案の定、神殿長が乗ってくる。


「いえ。ただ、何かご存知なことはないかと藁にも縋る思いでお訪ねした次第です」


 そう言いつつ、神殿長の探るような目付きで俺を見る。

 ふん。

 多少疑われたとして、証拠など何一つ無いのだ。知らぬ存ぜぬと言っておけば済む。

 そもそも、大国の王子である俺を疑うことすら不敬だろう。


「悪いが、何も知らんな」

「残念です。彼女ならば必ず聖女と認定されるはずと誰もが期待しているのです。このまま彼女が見つからないとなると、皆がどれほど落胆することか」


 神殿長は無念そうに目を伏せた。

 しらじらしい。己の出世の道具にしたいだけであろう。


「それは遺憾に堪えぬな」


 言葉とは裏腹に、公爵の口角はうっすらと上がっていた。

 それに気づく風もなく、神殿長は「ところで」と話題を変えた。


「彼女が実は聖なる女神の顕現されたお姿だという噂はお聞き及びでしょうか?」

「聖なる女神の顕現? ど、どういうことだ」


 公爵が怪訝な顔で問いただした。


「聖女候補が行方不明になった日の夜に、正確には翌日の未明ですが、夜道を歩いていた者たちが、白いローブが真っ暗な夜空を遥か東の方に飛んで消えていったと言うのです。その話が広まるにつけ、飛んでいった白いローブは姿を消した聖女候補だったのではないかという話になり、空を飛ぶなど人にできるはずがない、神々でなければできぬ御業だという理由から、聖女候補は聖なる女神様がこの世に顕現されたお姿だったのではと皆が言い出しているのですよ。事実、神殿にある聖なる女神像と彼女がそっくりだというのは衆目の一致する所ですから」

「あ、あの小娘が聖なる女神様だと言うのか」


 公爵の声に動揺の色が滲む。

 落ち着かぬか、馬鹿者。

 きゃつはかまをかけているだけだ。

 あの女が女神など、ありえん!


 ……だが、本当にそうか?

 空を飛んでいったのなら人知れず塔から抜け出すことができるし、神ならばあの扉を開けることも容易いかもしれぬ。

 それに、彼女のやや常人とは違う言動や、誰もが望む俺との結婚を一蹴したことも神ならば納得できるのではないか……。


 いや、やはりありえぬ。ありえぬはずなのだ。


「加えて、東というのは神々のおわす場所があるとされている方向です」


 俺の葛藤も知らず、神殿長は言葉を続ける。


「思うに、聖なる女神様は神々のおわす場所にお戻りになったのでしょう。女神様がなぜこの街に顕現なされたのか、一神官たる私めには想像もつきませんが、お戻りになった理由がこの街で不興を買うようなことがあったからでなければよいのですが」

「ふ、不興など……」


 公爵がその話題から逃げるように蒼白になった顔を俺に向けた。まるで、その責任が俺にあるとでも言いたげだ。

 馬鹿馬鹿しい。全ては神殿長の戯言にすぎぬ。

 例え疑わしいところがあったとして、大国の王子たる俺を誰が裁けるというのか。 ありえぬのだ!


 ……だがしかし、万が一、ありえぬとは思うが、本当にクロフィメ嬢が聖なる女神の顕現であったならどうする?

 俺は女神に媚薬を用いて求婚し、それを無理強いしようと力ずくで攫って牢屋に閉じ込めたことになる。

 それが不興を買ったと言うのか?

 不興を買った俺はどうなるのだ?


「ありえぬ……」


 私室に戻って椅子に座り込んだ俺は、そう呟くのが精一杯だった。




 【神殿長視点】


 ジローラモからの情報で、聖女候補の誘拐にフェルナンド王子が関わっているらしいとあったため、宮殿に赴き探りを入れてみた。

 確たる証拠は掴めなかったが、限りなく怪しい。


 何ということをしてくれたのだ。

 あの娘は大事な聖女候補だったというのに。


 聖女や聖人は、私を含めた13人の大神官が協議し推薦した者を教区が追認する形で認定される。その際、認定される者が聖女や聖人に相応しいかどうかは関係無い。それを決めるのは政治力だ。かつての聖女たちも大方はそうだ。


 しかし、今回の聖女候補は違う。

 手をかざせば見る間に怪我を治してしまう驚愕の治癒の力。半日治癒魔法を使い続けても疲れた様子を見せない呆れるほどの魔力量。神殿にある女神像に似た容姿も相まって、聖なる女神の顕現ではないかとまで言われている。これほどの逸材ならば、聖女認定に文句を言う輩などいまい。

 そして、聖女の後ろ盾となる私の影響力も高まり、いずれは教皇まで上り詰めることも約束されたようなものだった。


 それにあの王子が横やりを入れたのだ。

 いや、公爵の思惑もあるのだろう。

 彼は私と対立する教皇派だ。私が力を持つことを恐れたに違いない。なんという卑劣な男だ。

 腹いせに「聖なる女神から不興を買ったのではないか」などと脅しをかけたが、我ながら苦笑せざるをえない。

 巷では、あの娘が本当に聖なる女神が顕現した姿だの空を飛んで神々の国へ帰っただの言っているが、そんなことはありえない。

 あれはただの人間、デロイラから来た田舎娘だ。

 それを私がうまく煽て、信者を扇動して聖女候補に祭り上げただけだ。

 きっと、あの王子の甘言に釣られてついて行ったのだろう。愚かな娘だ。


 しかし困ったな。

 私が教皇になる計画が台無しだ。

 幸い、信者どもはあの娘が聖なる女神の顕現だと信じている。ならば、それを利用するまで。

 花の大神殿を聖なる女神が顕現した神殿として広めよう。フィレンチア中、いやピタリア中、世界中から信者が押し寄せるに違いない。さすれば、花の大神殿の地位も上がり、寄付も増えるというもの。その財力を持って教皇の座を買うのも一興。

 万が一、王子や公爵があの娘の存在を明かしたところで、聖なる女神を独占したと糾弾すれば済む。

 どう転んだとしても私の利だ。


 ……だがしかし、万が一、本当にあの娘が聖なる女神の顕現であったならどうする?

 私は女神を聖女に仕立て、それをもって教皇になろうとした。それこそが不興ではなかったか。


「神々は常に我々を見ておられるのです」


 ふいにその言葉が脳裏をかすめた。

 いつも口にするその定型句が、私の中に確かな影を落としていた。


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