表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/88

第13話 誘拐

 頑丈なロープで飛行船の本体にゴンドラを吊り下げると、いよいよ飛行船らしくなってきた。後は人が乗る部分を整えるだけだ。


「明日には試験飛行できそうだな」


 ダビンチさんの嬉しそうな声に俺たちも期待が膨らむ。

 そこへ、


「勇者殿とレン殿はこちらか!」


 大声とともに作業場に駆け込んできたのは近衛士の一人。

 彼は答えも待たず、荒れた息のまま言葉を続けた。


「マイ殿が攫われた!」


 その言葉の意味が理解できるまで数秒かかった。


「え? なんで? 誰に? いつ?」


 疑問を浮かぶままにぶつける。


「今日、神殿での勤めを終えた後、正体不明の男たちに襲われたらしい」


 男たちに襲われた!?


 その意味に戦慄が走り、イヤな想像が浮かびそうになる。それを無理やり抑え込もうとしても、後から後から不安なことばかり湧いてきて頭が働かない。


「護衛は? 誰かついてなかったの?」


 俺の代わりにユーゴが問いただした。


「ジャンヌがついていましたが、やむを得ない所用で外していたそうです」

「イザベルさんは?」

「いきなり襲われて気絶させられ、その間にマイ殿がいなくなったと聞いています。詳細はメディチ邸にて。お二人は急ぎ戻られるようにと」


 畳み掛けるような近衛士の言葉に、すぐに行動に移る。


 別荘の馬を借りてユーゴの後ろに跨り、西の丘に隠れ始めた太陽に向かって一路街へ降りる道を駆けだした。


 クソっ、いったい誰が?

 黒姫に何かあったらぶっ殺してやる!

 ああ、黒姫。頼むから無事でいてくれ。


 呪詛とも祈りともつかない思考がぐるぐる回る。




 ……あっ!


 薄暗くなった街に入ってすぐに感じた。

 黒姫の魔力だ!

 前に王都でお披露目があった時に、離れているところにいたペネロペの魔力を感じたことがあった。あの時みたいに感じる。遠くからでもわかる!


「ユーゴ! 公爵の宮殿に行ってくれ!」


 目の前で馬の手綱を握るユーゴの耳元に叫ぶ。


「え?」

「あそこの塔に黒姫がいる!」


 あのにょっきり突き出た高い塔の上に黒姫の魔力があった。


 先行する近衛士が怪訝な顔になるのもかまわず、ユーゴは手綱を引いて馬の行き先を変えた。




 煌々とランプの灯る宮殿前の広場には、露店や出店を片付ける人たちが残っている他に人は少ない。

 宮殿の入口の両脇には大きな石像が置かれ、それに負けないほどがっちりした門番が両脇に立っていた。馬を降りた俺たちが近づくのを見咎めると、


「何用だ!」


 と、いきなり槍を構えた。

 それに負けじと言い返す。


「黒姫を返せ!」

「何のことだ」

「ここに黒姫、聖なる女神がいるだろう? 彼女を返してもらう」

「聖なる女神なら神殿だろう。こんなところにいるわけがない」


 門番は馬鹿にしたようにせせら笑った。


 嘘をついてるのか? それとも、知らされてないのか。


「なら、公爵に合わせてくれ」


 なんでこんなところに彼女がいるのか知らないけど、直談判してやる。


「おまえのような奴に公爵様が会うわけがない。うせろ!」


 門番は剣呑な顔になると、顔先にグイっと槍を突きつけてきた。


「ああん? そんなんでビビると思ってんのか? 『総受けのレン』なめんなよ」


 メンチを切りつつ、腰の剣に手を伸ば……。あ、持ってなかった。剣。


「レン、落ち着いて」


 ユーゴが後ろから俺の肩を押さえる。


「僕がやるよ」


 ユーゴは俺の肩にかけた手を引きながら、入れ替わるように前に出た。魔力は既に臨戦態勢だ。

 その頼もしい背中が視界に入った時、ふいに、ユーゴに屠られた魔獣の姿がフラッシュバックした。

 飛び散る血。断末魔の鳴き声。なすすべなく翻弄される命……。


 急速に頭が冷めていく。


「ちょっと待った」


 思わずユーゴの肩を押さえた。


「やっぱ、やめとこう」


 魔獣ならまだしも、人間相手にユーゴの魔法はヤバすぎる。下手したら死人が出る。

 できれば、それはしたくない。させたくない。

 人を殺めるなんて絶対ダメだ。

 いつか日本に戻る時に、人殺しの記憶なんて持ち帰りたくない。


「助けないの? 黒姫さんのこと」

「今のところ黒姫の魔力に異状は感じないから、まだ大丈夫だと思う。それよりも情報が足りない。一旦メディチ邸に行こう。力押しもいいけど、情報を集めて可能な限り救出の成功度を上げた方がいい」


 思いつくまま理由を言って、不満そうなユーゴを回れ右させる。


 黒姫。無事でいてくれよ……。


 祈るような気持ちで塔を見上げた。

 その向こうには、星の見えない夜空が暗く広がり始めていた。




 メディチ邸に行くと、みんなが応接間に集まっていた。


「勇者殿」

「レン」


 副近衛士団長のヴイエさんとサフィールが俺たち気づいて声を上げると、みんなの視線が一斉に集まった。

 そしてすぐにジャンヌが進み出て騎士の礼を執り頭を下げる。


「レン殿、申し訳ありません。私がついていながらマイ殿を守れず……」


 あんたが黒姫の側を離れなければ……。

 一瞬、責める言葉が口から出そうになったけど、今はそれよりも情報だ。


「……うん。謝罪は受け取ったから事情を説明して」


 ジャンヌは申し訳なさと悔しさがないまぜになった顔を上げると、苦しそうに口を開いた。


「神殿での癒しが終わって、いつものように神官が用意してくれたお茶とお菓子をいただいていた時です。急に、その、か、閑所に行きたくなってしまい、それで、マイ殿に断って所用を足して戻ってみたところ、マイ殿の姿が無く、イザベル殿が壁際で倒れているのを見つけた次第です」


 閑所ってトイレだな。トイレじゃ仕方ないか。


「急いでイザベル殿を起こし何があったのか聞きだしたところ、私が閑所に向かってすぐに数人の灰色のフードを被った男たちがやってきていきなり風魔法を放ってきたそうです。それでイザベル殿は壁に叩きつけられて失神してしまい、それ以後のことはわからないとのことでした」

「イザベルさんは大丈夫?」

「はい。多少怪我を負いましたが、治癒の魔法を受け、今はこちらの部屋で休んでいます。ただ、とても憔悴しきっている様子で……」


 無理もない。黒姫がいなくなったことに責任を感じてるんだろう。


「聞いた感じ、計画的な犯行みたいだね。お茶を出した神官も怪しいんじゃない?」

「神殿によると、その神官もいなくなったそうだ」


 ユーゴの問いにはヴイエさんが答えた。そして、険しい表情のまま付け加える。


「今、マイ殿の行方を神殿の関係者や信者たちが必死に探してくれているのだが、未だ見つかっていない」

「あ、黒姫なら公爵の宮殿にいますけど」


 そう報告すると、驚いたような視線が一斉に集まった。


「公爵の宮殿に? どういうことだ?」

「さっき、黒姫の魔力をあの高い塔の上に感じたんです」

「なるほど。レン殿ならマイ殿の魔力がわかるわけか」

「愛の力というやつですね」


 約1名変に感心している人もいるが、クラッケの一件もあって、俺が魔力を感じ取れることはここにいるメンバーには周知の事実だ。


「すると、公爵がマイ殿を攫ったのか? なぜだ?」


 それは俺も思った。

 夜会でも公爵は黒姫に興味無さそうだったもんな。


「考えられるとすれば」


 ジローラモさんが思案顔で話し出す。


「公爵は神殿長がマイ殿を聖女にしようとしているのを邪魔、もしくは横取りをしようとしているのではないでしょうか」

「公爵と神殿長って対立してるんですか?」

「はい。公爵はクリアト教の教皇派、神殿長は大神官派なのです。わかりやすく言えば、守旧派と改革派でしょうか」


 派閥争いに巻き込まれたのか。


「ともかく、マイ殿があの塔に囚われているのは間違いないのだ。すぐに赴き公爵を問いただそう」

「しかし、シニョーリア宮殿にマイ殿がいると言うのはレン殿が言っているだけで確たる証拠もありませんし、知らぬ存ぜぬと言われればそれまでではないでしょうか」

「ならば押し通るまで」

「私もお供します! 何卒、汚名を雪ぐ機会を」


 ジローラモさんの懸念にヴイエさんが強行突破を主張すると、ジャンヌも気迫のこもった瞳で名乗り出た。


「無論、我々もだ」

「我らが聖女を奪われて大人しくしていられるか!」

「落ち着かんか!」


 気勢を上げる近衛士たちを一喝したのはポンポンヌさんだ。


「お前たちの役目は何だ? 近衛士の役目は王族の警護だろう。クロフィメ嬢が攫われた理由がわからぬ以上、王女殿下が狙われぬ保証はない。優先されるべきは殿下の安全だ」

「では、ポンポンヌ卿はマイ殿を見捨てろと?」

「なりません!」


 クラリスが強く声を上げた。


「マイお姉さまを見捨てることなど私が許しません!」

「み、見捨てるというわけでは……」

「姫、よくお聞きください。我々が正面切って動けば国と国との問題になる恐れがあるのです。我々の独断で国同士の争いを起こすわけにはまいりません」


 狼狽えるポンポンヌさんに代わって、マザランさんが落ち着いた声音で諭すように話した。


「しかし、相手はイザベルに怪我を負わせてまでマイお姉さまを攫ったのですよ。黙っているわけにはまいりません」

「そうだ。大儀は我らにある!」


 マザランさんは声を上げた近衛士をひと睨みしてから、顔をクラリスに戻して問いかけた。


「よしんばクロフィメ嬢を助け出せたとして、その後は? ここはフィレンチアの中心です。船のある港まで無事にたどり着ける保証はありません。畏れ多くも、姫に万が一のことがあれば、それこそ王国は黙っていないでしょう。そうなった時、多くの兵が命を落とすことになるのは火を見るよりも明らかです。姫にその覚悟はおありでしょうか?」

「マイお姉さま、いえ、聖女マイはドラゴンから王国を守ってくれたのですよ。救国の聖女に報いるのは王国の兵として当然のことと思います」

「無論です。しかしながら、武力によって問題を解決するのは最終手段です。それ以前に打てる手があるならば打つべきなのです。姫がマイ殿を慕っていることは重々承知していますが、王族ならば私情を捨て、王国にとってよりよい選択をされることを望みます」


 マザランさんに諭され、クラリスは押し黙った。

 黒姫を思う気持ちと王族としての責務がせめぎ合っているのだろう。


「……では、どうすればよいのですか?」

「マイ殿のことはジローラモ殿や神殿を通して交渉するのがよいでしょう。ジローラモ殿の言うとおり、公爵がマイ殿を横取りしようとしているのならば交渉の余地はあるはずです」


 まぁ、それが正攻法かもな。でも、


「悪いですけど、そんな悠長に待ってられないんで、黒姫は俺が助けますよ」


 俺が声を上げると、訝し気な視線を向けられた。


「確かに、デロイラ人ではない君ならば国同士の問題にはならぬだろうが……」

「其方がマイお姉さまを助け出せるのですか? 魔法を使えない其方が」


 マザランさんのセリフを続けるようにして、クラリスが疑念と糾弾を隠そうともせずに問い詰めてきた。そこにほんのわずかな期待が混じっているように感じたのは俺の気のせいか。


「魔法は関係ないですよ。戦うわけじゃないですから」


 さっき塔を見上げた時に思いついた方法がある。


「戦わない?」


 クラリスはさらに眉をひそめた。


「ええ。できるだけ戦わずに済むようにするつもりです。まぁ、俺一人じゃ無理だから、ユーゴも連れてきますけど」


 と、ユーゴに顔を向ける。


「……結局、ユーゴの力をあてにするのですか」


 クラリスは落胆したように蔑んだ眼で俺を見た。


「あ、もちろんユーゴにも戦わせないですよ」

「戦わずにどうするのだ? 話し合いでマイ殿を助け出せるのか?」


 ヴイエさんも猜疑的な顔で問いただしてくる。


「話し合いもしません」


 さっき門前払いくったし、無理だろう。


「では、どうやって?」

「こっそりいただいてこようと思ってます」


 あっさりと告げると、みんなポカンとなった。


「そ、そんなことができるのか?」

「まぁ、正面からは無理でしょうね」

「ならば、どうするつもりだ」

「下がダメなら上でしょ?」


 俺はにんまりと笑って、指先を上に向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ