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第9話 宮殿と神殿(後編)

 地鳴りとともに激しく揺れる床。ガタガタと鳴るステンドグラス。祭壇から転がり落ちる花や果物たち。


「うわぁっ」

「きゃあぁぁ」


 神殿内に悲鳴が響き渡る。

 地震! いや、これは……。


「みんな、椅子の下に隠れて!」


 慌てふためく人たちに黒姫が叫んで、クラリスを抱きかかえると素早く長椅子の下に身を潜めた。


「レ、レン様っ」


 恐怖で動けないクララを一応椅子の下に押し込んで辺りを窺う。


 今のは震度3くらいか。建物に被害はなさそうだけど。


 出口のほうでは参拝に来ていた人たちが外に逃げようとしてぎゅうぎゅう詰めになっている。

 それよりもデュロワールの人たちが酷い。マザランさん以外は何が起こったのかわからずに呆然としていたり気が動転しておろおろしたりとパニック状態だ。


 あ、フランスって地盤が安定してるから地震が無いんだっけ。逆にイタリアは地震大国なんだよな。

 それはともかく、ユーゴのやつ……。


「い、今の地震は聖女を自称する痴れ者に土の女神がお怒りになったからに違いない!」


 ユーゴに一言言ってやろうとした時、一人の神官が震える声で言い放った。


「そ、そうだ。そのとおりだ!」

「あの娘のせいだ」

「おお、創生の神よ、女神たちよ。あの愚か者に神罰をお与えください!」


 神官たちは一斉に祭壇の神像の前で跪いて祈りだした。


 な~にが女神がお怒りになっただよ。今のはユーゴがやらかしただけだぞ。


 そう。アレはユーゴが魔法で起こした地震だ。現に今またユーゴから巨大な魔力が地面に向かって流れていく。


 ゴゴゴゴゴォ


 神殿全体が軋み、激しく揺さぶられる。堪らず祭壇にあった女神像が倒れて下にいた神官たちを巻き込んだ。


「ひやあぁぁ」

「助けてくれぇ」


 3m以上ありそうな女神像に潰される神官たち。


「罰当たりはどっちかなぁ」


 ユーゴが薄く笑って言い放つ。


「ユーゴっ」

「あ、レンには隠せないか。しまったな」


 全然悪びれる様子もなくユーゴが頭を掻いた。


「何やってんだよ」

「え、だってムカついたんだもん」

「ムカついたって……」

「別に勇者だ聖女だって偉ぶるつもりはないんだけどさ、さっきの謁見でもそうだったけど、理由も無く蔑まれたり話も聞かずに勝手に糾弾されたりしたくないんだよね」


 謁見の時からかなり頭にきていたらしい。それが神官たちの態度でキレちゃったのか。

 普段のユーゴは大人しくて、でもいざという時は凄く頼もしいんだけど、偶に勇者の力に溺れて暗黒面に落ちそうになることがある。

 久しぶりにその暗黒面を見た。


「にしたってなぁ」

「みなさん、大丈夫ですか?」


 やっぱりこういうのは良くないと諭そうとしたところに黒姫の声が聞こえてきた。いつのまにか長椅子の下から抜け出して祭壇の元へ駆けつけていた。


「い、痛い」

「助けて」


 女神像に押しつぶされて情けない声を上げる神官たち。


「高妻くん、白馬くん、手伝って」


 黒姫に言われて、祭壇に駆け寄り神官たちを女神像の下か引っ張り出そうとすると、ユーゴが魔法で神官たちに圧し掛かっていた女神像の一つをひょいと祭壇まで戻した。


「は?」


 いきなり重みが無くなって呆ける神官。

 ユーゴが次々と神像を祭壇に戻す傍らで、俺は瓦礫を人力で取り除いて神官たちを助け出した。

 奇跡的に奇跡的に命にかかわるほどの大怪我を負った人はいないみたいだ。


 黒姫は頭から血を流していたり腕や脚を押さえていたりしている神官たちの前にしゃがんで一人一人に両手をかざしていく。その手のひらから金色のシャワーがあふれ出して、一人また一人と瞬く間に怪我を治していった。


「こ、これは……」


 神官たちは傷や痛みが無くなった自分の体を見て言葉を失くしている。


「他に怪我をした人いませんか~」


 神官たちの治療を終えた黒姫は立ち上がって振り返ると、逃げ遅れて神殿に留まっていた人たちに向けて声をかけた。


「……女神」

「女神様だ……」


 神殿のあちらこちらから呟くような声があがる。


「ハァ……。聖女伝説の次は女神伝説か」

「ちょっと。変な伝説作らないでよ」


 黒姫が半眼で睨んでくるけど、作ってんのはおまえだからな。


「マイお姉さま!」

「殿下!」

「マイ殿」


 ようやく事態を飲み込んだらしいクラリスが黒姫に駆け寄り、それをヴイエとサフィール、ジャンヌが追う。


「今のは何があったのですか?」


 脅えたように問うクラリスの髪を黒姫が安心させるように優しく撫でた。


「地震っていって、地面が揺れる現象よ。たいした揺れじゃなかったけど、また揺れるかもしれないから気をつけて」


 余震の心配はユーゴ次第なんだよなぁ。


「神々はまだお怒りなのですか?」

「うーん。どうだろう? 私は別に神様のせいじゃないと思うけど」

「いいえ、神々の御業に違いありません」


 神殿長が厳かな声で進み出た。そして、両膝を床につけて指を組んだ両手を額に押し当てた。


「あなたを聖女を詐称する者と糾弾した神官たちに女神が自身の像をもって直接過ちを質されたのです。我らが間違っておりました。聖女よ、どうか我らの愚行をお許しください」


 神殿長の背後で、怪我を治してもらった神官たちが「どうかお許しを」と床に体を投げ出している。五体投地ってやつかよ。


「え、許すも何も、私は聖女とかそういうのでは……」

「いいえ、まるで聖なる女神が顕現なされたかのようなそのお姿。あなたは紛れもなく聖女に違いありません」


 焦る黒姫に神殿長がそう告げると、


「そうですよ! 祭壇の前で神々しく立たれたマイお姉さまのお姿はまるで聖なる女神そのままでしたもの」


 クラリスが興奮したように同意した。まぁ、黒姫があの女神像に似てたのは確かだけど。


「それに、悪しざまに言っていた神官たちに躊躇うことなく救いの手を差し伸べられました。その分け隔てのない慈悲の心は、まさに聖女と呼ぶにふさわしいと誰もが思うでしょう」


 クラリスの言葉に、「聖女様」「聖女様だ」「聖なる女神よ」と神殿中に黒姫を讃える声が満ちて、次々に膝をついて祈りのポーズを取っていく。


「た、高妻くん。どうしよう……」


 どうしようって言ってもなぁ。

 今回は黒姫を糾弾した神官たちに怒ったユーゴが起こした地震で怪我を負った神官たちを黒姫が治したわけで、それで聖女と認めさせちゃうのは自作自演というかマッチポンプというか。

 まぁ、いつもどおり聖女様って崇め奉ってる人たちを愛想笑いでスルーしてさっさとこの場を立ち去るしかないだろう。


 さっそく黒姫を誘導しようとした俺の視界に神殿長が長い銀髪を揺らして割り込んできた。


「畏れながら聖女様に申し上げます。あなたが聖女様であることは誰もが認めるところですが、正式な聖女の認定にはロムルス神聖国にある中央神殿の教皇に認めてもらわなければなりません」

「え、別に認定とかいいんですけど」

「いいえ。これは大事なことなのです。私が恙なく手配いたしますので、聖女様は何の心配もなさらずに――」

「お取込み中のところすいませんが、俺たちもう帰る時間なんでー」


 手刀を切りつつ神殿長の前に割って入る。


「何だね、君は」

「彼女のカレシですが何か?」


 堂々と胸を張って言ってやった。


「カレシとは何だ?」


 あれ? 彼氏は通じないのか。じゃあ、


「えっと、付き合ってる的な?」


「それは婚約者ということか?」

「いえ、まだそういうのじゃ」

「ならば、婚約者候補か?」

「そこまででもないというか……」

「では無関係だな。引っ込んでいたまえ」


 ぐぬぬ。

 この世界じゃ普通に男女が付き合うって言う概念がまだないのか。

 うーん。どうする? 婚約者だって言っとく?

 いや、黒姫に「違います!」って全力で否定されそう。

 婚約者候補も「え? 何様のつもり?」って冷たい眼で見られるのがオチだ。

 うーん……。


「おおおおーっ」


 急に神殿内に驚嘆の歓声が響いた。

 なにごと? と声を上げた人たちの視線を辿ると、床に散らばっていた破片が集まって、倒れて砕けていた女神像の腕が魔法のように復元していく。って魔法じゃねーか。ユーゴの。


 ユーゴが祭壇の前で鼻歌を歌いながら土魔法を駆使して女神像を作り直していた。


「なにこれ、凄く楽しい! 自分の思ったとおりに形が作れるよ」


 ノリノリのユーゴを誰もが目を丸くして見つめている。


「ね、今のうちじゃない?」


 黒姫が袖を引っ張って耳打ちしてきた。


「そ、そうだな。みんながユーゴに注目してるうちに行くか」


 ユーゴとジルベールを残して、他のメンバーで花の大神殿を抜け出した。




「ふーっ。ユーゴのおかげで助かったな」


 外に出て安堵の息を吐いていると、


「それにしても、よかったのですか? マイお姉さま」

「何?」

「せっかく神殿から聖女と認められる機会でしたのに」


 クラリスが残念そうに黒姫の手を取る。


「神殿が認定した聖女はもう百年以上出ていないと聞いています。マイお姉さまが本物の聖女になれば、私はとても誇らしく思います」

「うーん。クラリスには悪いけれど、私そういう堅苦しいこと苦手なの。神殿の聖女になんてなったら、好きなことできなさそうだし」、

「ていうか、何? 本物の聖女って」


 横から問うと、


「本来、聖女や聖人というのはクリアト教の大神官たちによる認定会議で神々の守護や恩恵があったと認められた者のみが名乗れるものなのだ。召喚した女性を聖女と呼んでいるのはデロイラ王国の民だけだ」


 と、マザランさんが教えてくれた。


「じゃあ、さっき黒姫が言われたことって、あながち言いがかりってことでもないんですね」

「左様。だが、あの神殿長がマイ殿を聖女認定しようとしていることもまた事実。簡単には諦めないだろう」

「えー。なんだか面倒ごとになりそう……」


 心配そうに眉を下げる黒姫。まぁ、今回は場所が悪かったとはいえ、誰彼かまわず聖魔法で治癒しちゃう黒姫自身に原因があるんだよなぁ。そういうとこが好きなんだけど。


「気にすることはありませんよ」


 ユーゴを引き連れたジローラモさんが歩み寄ってきた。


「神殿長はああ見えて野心家ですからね。自分が推薦したマイ殿が聖女に認定されれば、その後ろ盾として本神殿での影響力を強められるし、ゆくゆくは教皇になろうと画策しているのでしょう。そんなことに協力してやる必要はありません」


 ほぅ。宗教やってても出世欲ってあるんだな。


「それよりも、早くここから離れたほうがよさそうですよ」


 ジローラモさんの言うとおり、またぞろ衆目の視線を集め始めていた。


「そうね。行きましょう」


 周りの視線が、そう言って歩き出す黒姫の後を追っていることは誰の目にも明白だった。


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