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第7話 ダビンチのアトリエ

 ダビンチさんとの会合の翌日。

 今日からクラリスは神殿学校に通う。

 神殿学校といっても宗教の勉強オンリーではなく普通に一般教養も学べるそうで、ただ神殿が設立した学校だから神殿学校と呼ぶらしい。

 フィレンチアには他に商業組合や職人組合が作った学校もあって、それぞれ専門的な教育を行って将来の人材を育成しているとのこと。まぁ、一国の王女様がそんな学校に通うはずもなく、神殿学校一択なわけだ。


 神殿学校にはもう一つ特徴があって、それは周辺のいろいろな国から生徒が集まってきているということ。クラリスのような短期の遊学から腰を落ち着けてじっくり学んでいく者までスタイルも様々だ。


 ここで黒姫から聞いたマル秘情報をひとつ。


 神殿学校にはちょうどスパーニャ王国の第2王子も通っているそうで、今回の遊学はクラリスと彼との顔合わせというのが真の目的なのだとか。つまりは非公式なお見合いだ。12歳かそこらで婚活とか、王侯貴族のご令嬢もなかなか大変だな。




 神殿学校は花の大神殿と呼ばれているオレンジ色の大きなドーム屋根を持つ神殿の傍に建っている。そこは昨日俺たちが行った市のある広場とそれほど離れていなくて、ぶっちゃけ歩いて行ける場所なんだけど、そこは王女様、立派な馬車をお使いになるようだ。


「で、なんで黒姫まで行くんだ?」


 黒姫がその馬車に乗り込もうとしていた。


「なんでって、神殿学校ってどんなところか見てみたかったから」

「えー? 今日はダビンチさんのアトリエに行くんじゃなかったのか?」


 昨日、ダビンチさんから見学に来ないかと誘われたのだ。


「私、別に興味無いし」

「あらあら、残念でしたわね」


 クラリスが馬車からひょこっと顔をのぞかせた。


「マイお姉さまは私と学校へ行くほうを選びましたの。あなたに興味は無いそうよ」


 オホホホホと高らかに笑う。もう立派な悪役令嬢だ。

 ていうか、興味が無いのはダビンチさんにで、俺にじゃねぇよ。……たぶん。


「さあ、参りましょう、マイお姉さま」


 クラリスはグイっと黒姫の腕を取って馬車の中へ姿を消した。

 続いてイザベルさんも乗り込んで馬車は動き出す。


 まぁ、クラリスだって誰も知り合いがいないところへ行くのは不安だよな。黒姫が一緒なら心強いだろう。


「さて、俺たちも行くか」

「アトリエって行っても絵も彫像も無いんだろ」


 ユーゴはぶちぶちと不平を零してるけど、


「先進の技術や情報を得られる絶好の機会だ」


 と、ジルベールが意外に乗り気なので一緒には行くらしい。

 後はクララと、今日も案内役としてマスカーニさんが付き添ってくれる。




 王女様と違って、今日も俺たちは徒歩だ。

 昨日と同じ両側に店を並べた橋を渡り、細い路地を抜けた先に石畳の広場があった。

 広場の周辺にはテーブルを出した飲食店や店先にまで商品を広げている店が何軒もあって賑わいを見せているのとは対照的に、その一角にまるで要塞のような厳めしい建物が重厚な威圧感を放っていた。


「なんか凄い」

「公爵の住むシニョーリア宮殿ですよ」


 語彙に乏しい俺の感想にマスカーニさんが丁寧に教えてくれた。


「ほら、とても高い塔があるでしょう。花の大神殿のクーポラ、その傍にある鐘楼と並んでフィレンチアの名物になっています」


 マスカーニさんの言うとおり、宮殿からにょきっと高い塔が飛び出ていた。物見の塔みたいだ。


 首が痛くなるほどに見上げながらその宮殿の横を通り抜けて、さらに細い路地へと入っていく。

 両側を薄いクリーム色の建物に挟まれたその路地の中ほどの特に変わった所のない建物がダビンチさんのアトリエだった。


 マスカーニさんがノッカーを鳴らしてほどなく、ダビンチさん本人が顔を出した。


「よく来たな。まぁ入りなさい」


 中に入ってすぐの部屋は応接間でソファーや椅子が雑然と置かれ、テーブルの上には本が何冊か開いたままになっていた。


「アトリエは奥だ」


 ダビンチさんは応接間をさっさと通り抜けて奥の扉を開ける。


 その部屋はさらにカオスを極めていた。

 壁一面に置かれた本棚には本が詰め込まれ、さらに溢れてそこここに平積みになっている。机の上には描きかけのスケッチやよくわからない部品がごちゃごちゃと並んでいた。

 俺が目を引かれたのは床に置かれた6個の壺。中には色ごとに分けられた石が詰め込まれている。


「これは魔法石ですか?」

「そうだ。属性ごとに分けてある」


 そう言ってダビンチさんは壺の中から赤い魔法石をひとつつまんで目の前にかざした。


「儂は生まれつき魔力が少なかったのか、子供の頃から魔法を使うのが下手でな。おかげで散々馬鹿にされたのだが、ならば魔力が少なくても魔法が使えないかと考え続けてきた。そして、魔法石を源にして誰もが同じように魔法を使えるような道具を考案したのだ」

「それがあの数々の魔法道具ですか?」

「そうだ。だが、儂の最終的な目標は魔法石を使った三種の神器を作ることだ」

「え? 三種の神器ってアレですよね? 八咫鏡と天叢雲剣と八尺瓊勾玉」


 魔法の三種の神器とか、なかなかオタク心の琴線をかき鳴らしてくれるじゃないか。


「馬鹿者。そんなものを作って何の役に立つのだ。冷蔵庫と洗濯機とテレビに決まっておるだろうが」


 全然違った。日本はいつからそんなものを奉るようになったんだ?


「れいぞうこ? せんたくき? てれび? ……レンが言っていることが意味不明なのはいつものことだけど、この人の言っているものもさっぱりわからないな」

「冷蔵庫はものを低温で保存する箱で、洗濯機は服を洗ってくれる箱。テレビは、えーと、動く絵を見せてくれる箱?」


 首を捻ねるジルベールにユーゴが説明すると、


「なんと! そのような便利なものが」


 と、青い眼を輝かせた。


「他にも便利な発明はあるのか?」

「うむ、そうだな。今、儂は空を飛ぶことに取り組んでおる」

「空を飛ぶ?」


 想定に無かったのか、ジルベールがポカンとなった。

 それに頓着する様子もなく、ダビンチさんの話は続く。


「最初はな、魔法が使える世界ならと箒型のものを考えた」


 あるある。魔法と箒はセットだもんな。


「だが、全く飛べる気配が無くてな。それならばと、風魔法で絨毯を浮かせようと思った。だが、安定性に極めて重大な問題があって諦めざるをえなかった」


 魔法の絨毯か。できそうな気はするんだけどなぁ。


「それで、今度は方向性を変えてオーニソプターを作ってみた」


 オーニソプターときたか。SFやファンタジーでよく飛んでるやつだ。


「おー・に・そぷたぁとは何でしょうか?」


 クララがこそっと聞いてきた。まかせろ。オタクの守備範囲だ。


「オーニソプターは鳥や昆虫みたいに翼を羽ばたかせて飛ぶ機械だよ。空を飛んでる生き物の真似をすれば飛べるはずって考えたんだ」

「なんだか素敵ですね」

「まぁ、実際には翼の動きが複雑で実用化はできなかったんだけど」

「そのとおりだ。実験はことごとく失敗だった。ヘリコプター型も未だアイデア止まりだ」


 ダビンチさんが深くため息を吐いて机に歩み寄った。そして1枚の図面を手に取る。


「そして、原点に帰ってみたのがこれだ」


 と言ってその図面を俺たちに突き出す。

 だが、そこに描かれているものはまるで自転車のようだった。ダビンチさんはこれで空を飛んでたのか? 宇宙人と友だちだったのか?


「そしてこれだ」


 もう1枚の図面にはその自転車を組み込んだプロペラのついた飛行機が描かれていた。これは……。


「鳥人間コンテスト!」


 思わず叫ぶと、「何だそれは?」と胡乱気に見られてしまった。


「すいません。人力飛行機って言いたかったんです」

「君は時々わけのわからんことを口走るな」


 否定はしないけど、それをダビンチさんに言われるのが納得いかない。


「まぁ、まだ自転車の部分を製作中に過ぎんがな」

「そうなんですか。でも、自転車があると便利ですよね」


 馬に乗れない身としては、ぜひ手に入れたい。

 けど、俺の考えは甘かった。


「そうでもないぞ。石畳の道では凹凸が直接響くし、土ではタイヤが滑る」

「あ、ゴムタイヤじゃないのか」


 馬車も木で作った車輪か、それに鉄の輪を嵌めたヤツだもんな。

 ゴムかぁ……。


「あ、アレならゴムっぽくない?」


 ある光景が閃いた。


「何だ?」

「クラーケの足」


 船員たちの斧をはじき返してた。


「アレ、ゴムみたいに弾力あったじゃん」

「生ものだし、腐っちゃうんじゃない?」


 ユーゴにあっさり否定されてしまった。

 うーん。確かにユーゴの言うとおりだな。

 けど、ダビンチさんは興味を持ってくれた。


「クラーケの足だと? どういうことだ?」


 というわけで、船上でのユーゴの活躍の一部始終をジルベールが事細かく過剰なまで賛美して説明すると、


「そのドラゴンの魔石とやらを今持っているのか?」


 と、別のところに喰いつかれてしまった。


「はい。これです」


 ユーゴがベルトに提げていた剣の柄を見せる。

 レオナルドさんはその魔石をまじまじと観察して、


「ここから電気が取り出せるのか」


 と感嘆した。

 そして、真剣な表情でユーゴに問いかける。


「その電気は直流か? 交流か?」

「えっと、直流です」

「電圧は? 電流は?」

「ええと、正確にはわかりませんけど、コントロールはできます」

「自在に扱えるのか?」

「はい」

「持続時間は?」

「魔法石に込められた電気が尽きるまで」

「それじゃわからんな」

「具体的な時間は僕にも……」

「ならば実測してみるか」

「え、今からですか?」

「今すぐは無理だな。道具を揃えてからだ」


 ユーゴとのやりとりを切り上げたダビンチさんは、散らかったままの机に向かうと紙切れを1枚引っ張り出して怒涛の勢いでペンを走らせた。


「人力飛行機は一旦中止だ」


 そして、今描き上げたばかりのスケッチを掲げる。

 そこには細長い楕円形から籠がぶら下がっている絵があった。


「儂らはたった今から飛行船の建造に取り組むぞ!」


 なるほど、飛行船か。


「ダビンチさん、飛行船に詳しいんですか?」

「ああ。記憶の中で見たことはある」


 それは詳しいとは言わない気がするんだけど……。


 イヤな予感に眉を寄せていると、


「そうとわかれば今日中に装置の準備をしなければな」


 ダビンチさんはまた机に向かって何やら書き始めた。そして、ふとその手を止めると、ユーゴの顔を向ける。


「君、シロウマと言ったか」

「は、はい」

「明日もここに来るように」

「はい?」

「君の魔力で水を電気分解して水素を取り出す。その水素を溜めて飛行船を浮かせるのだ。シロウマがいなければ実験が始まらんだろうが。明日の2の鐘が鳴るまでに来るように」

「はぁ」

「期待しておるぞ。シロウマは儂の一番弟子になったのだからな」


 ニタリと笑ったダビンチさんは、もう俺たちのことを意識の外にやってブツブツ言いながらペンを走らせるばかりだった。

 それを見つめながらユーゴがため息を零す。


「はぁ~。こんなことでダ・ヴィンチの弟子になりたくないよ」


 がんばれ、ユーゴ!


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