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第4話 フロレンティアはフィレンチア

 リヴォーヌの港が近づいてきた。

 あと、臭い。すごく生臭い。


 甲板にごろごろと横たわっているクラッケの足から異様なにおいがしてかなわない。クラリスたちはとっくの昔に船室に避難していた。


「これ、捨てちゃってもいいんでない?」


 顔をしかめて言うと、


「いや、クラッケ討伐の証拠だ。捨てるわけにはいかんだろう。それに、買い取ってくれる物好きがいるかもしれんしな」


 と、バール船長が首を横に振った。

 まぁ、あとちょっとの辛抱か。


 そこへ、イザベルさんがやってきた。


「マザラン卿がお呼びです。食堂に降りてきてください」


 鼻をつまみながら早口でそう告げると、脱兎のごとく戻っていった。

 クララも心なしかほっとしているようなので、俺たちも降りていく。


 船内の食堂に入ると、黒姫とユーゴ、それぞれの側使いのイザベルさん、ジルベールが待っていた。


「揃ったようなので、これを」


 偉そうな髭をはやしたマザランさんが黒い革製のノートパソコンみたいなものをテーブルの上に置いた。

 蓋が開かれると、中には柔らかそうな青い布が敷かれ、見たことのある小指の爪ほどの大きさの透明な石がいくつも並んでいた。


「言葉の魔法石?」

「そうだ。ピタリア語の魔法石だ」


 言語ごとにあるのか、この石。

 何がファンタジーって、この『言葉の魔法石』が一番ファンタジーだと思う。魔法陣が組み込んであるって話だけど、知らない言葉が聞けて話せるってチート過ぎる。


「これはどうしたらいいですか?」


 ユーゴが前髪を上げて額につけてあるガロワ語の魔法石を指さす。


「帰りまでこちらで預かっておく」


 全員が魔法石をつけると、マザランさんは箱の中に俺たちが外した魔法石を入れて蓋を閉めた。


「あれ、マザランさんはつけないんですか?」


 彼のかなり広くなった額に魔法石はついていない。


「私はピタリア生まれなので必要ない」


 なるほど。バイリンガルの人もいるわけね。言葉の魔法石も貴重品扱いだし、誰でも彼でも使用できるわけじゃなさそうだもんな。




 夕焼けに染まり始めた港は賑やかだった。

 俺たちの乗ってきたような大きな船だけじゃなくて、小さな漁船みたいのも所せましと並んでいた。

 街に目をやると、赤茶を主体にした2、3階建ての建物がごちゃごちゃと建っていて、その向こうに低い山並みが見えた。

 岸壁ではたくさんの人たちが荷物や魚の入った籠を運んだりして働いていたけど、俺たちの船が着くと次第に集まってきて何やら騒ぎ出した。どうやら甲板にある巨大な物体に驚いているようだ。あるいは、悪臭に苦情を言ってるのかもしれない。


 近衛士団を先頭にタラップを降りてその群衆をかき分けていくと、身なりの良さそうなおじさんが一行を迎えるように立っていた。

 俺たちを、というかクラリスを見つけると恭しく礼をする。


「デロイラ王国第2王女クラリス様ですね。私はメディチ家からお迎えにあがったマルコ・マスカーニです。ようこそフィレンチア公国へ」


 どうやらピタリア語に変換されるとデュロワールはデロイラに、フロレンティアはフィレンチアになるらしい。名前のクラリスはそのままなんだな。


 なんて感心しているうちに、こちらの名乗りと挨拶が終わる。

 そしてまだ騒ぎが収まらない港を後にして、今夜の宿に案内してもらった。



 ※   ※   ※



 翌日、メディチ家が用意してくれた馬車と馬で出発。

 2頭立ての箱型馬車4台と荷馬車が2台。近衛士団は馬で護衛だ。

 ユーゴ、ジルベール組と俺、クララ組で1台の馬車に乗り込んだ。

 この馬車がすごかった。

 乗り心地が今までの馬車と全然違う! 揺れが少ない。なんかスムーズ。椅子の柔らかさもいい。何だこれ。魔法か?


「やはりフィレンチアの技術は我が国より1歩も2歩も進んでいるなぁ」


 ユーゴの隣に座っているジルベールが悔しそうに零した。


 気になって休憩時に調べてみた。

 なんか細長い金属の板を束ねたものが車体の下についていた。これがクッションになってるのかな。特に魔力も感じられないから、魔法ではなく機械的な仕組みなのだろう。

 ユーゴも機械系は詳しくないみたいで、全然謎が解明しなかった。




 乗り心地のいい馬車に揺られて川に沿って進んで行き、途中の街で1泊して、ついにフィレンチアの街だ。

 城門を抜けると、馬車の小さな窓の外にたくさんの建物が映り始めた。


 程なく、馬車が停まって外から近衛士の声がかかった。

 ジルベールとクララに続いて馬車を降りてまず目に入ったのは、石積みの3階建ての建物なんだけど、なんだけど……。


 デカい。


 1階1階が日本家屋のゆうに3階分以上ある。

 入り口のアーチ型の扉なんてなんでこんなに高いんだって呆れるほど。

 デュロワールの王宮も無駄に天井が高いなって思ってたけど、それ以上だ。クラリスたちも圧倒されている。


 出迎えてくれたのは執事っぽい壮年の男性。門番のように両脇に立っていた人が開けてくれた入り口の扉を抜けると、その向こうは周りが回廊になっている中庭だった。どうやら2階から上に部屋があるらしい。

 クララたち側仕えや侍女さんたちは荷物の片づけと部屋の準備をするためにここで別れる。近衛士の半分がそれについていった。

 俺たちは執事に案内されて石の階段を上の階へ上がる。


 外観は石積みでどちらかというと無骨な印章だったけど、内装は繊細で華美だった。

 柱といわず壁といわず凝った彫刻が掘られ、床はモザイク模様のタイル貼り。重厚な木製の扉の周りはマーブル模様の石で縁取られている。天井からは魔法石をちりばめた大きなシャンデリアが下がり、そこここに絵画や彫像が飾られている。

 まるで王宮のようだ。いや、マジで王宮なんじゃない?


「ここって王宮ですか?」


 傍にいたマゼランさんに小声で聞くと、


「いいや、メディチ氏の私邸だ」


 と、すげない答えが返ってきた。


 マジか。


「お部屋が整うまではこちらで暫しお寛ぎください」


 執事に勧められて入った部屋にはふかふかの絨毯がひかれ、中央にテーブルとそれを囲む椅子、壁際にも椅子が並べられていた。

 クラリスと黒姫がテーブルのある椅子に座ると、控えていた使用人たちがお茶を出した。それをジャンヌが毒見のために「失礼します」と銀の匙ですくって口に入れる。


「……変わった味ですが、毒ではないようです」

「これは紅茶というものよ」


 クラリスが優雅な仕草でティーカップをつまみ上げると、


「あ、ほんとだ。紅茶だ」


 既に口をつけていた黒姫も頷いている。


「クラリスとのお茶会でたまに出るけど、デロイラじゃまだ普及してないもんね」

「なかなか手に入らないものだそうですから。メディチ家の財力は相当なのかしら」


 そう言えば、ルシールの実家で出してもらった紅茶もお父さんがフィレンチア公国で手身入れた秘蔵品っぽかったな。


 綺麗に切り揃えられたサラサラの黒髪と青紫の瞳を持つ美少女に想いを馳せていると、すらりとした背の高い男性とそれに付き従うようにふくよかな女性が部屋に入ってきた。

 男性は40代くらいで、揉み上げを伸ばした髪は黒に近い茶色。面長の顔に親しげな笑みを浮かべている。女性も同じくらいの歳だろうか。こげ茶の髪を綺麗に結い上げている。

 服装は男性が緑の上着に黒いズボンで、襟や袖口から白いフリルのようなひらひらした部分が出ていた。女性も襟と袖口にフリルがついた紺色のワンピースで、スカートがふんわりと広がっている。どちらもデュロワールでは見ないデザインだ。


 男性は一行をぐるりと見回すと、


「遠路はるばるようこそ。私はこの家の当主、ジローラモ・メディチです。こちらは妻のマルゲリータ」


 と、歓迎するように大きく両手を広げた。

 この人がメディチさんか。貴族にしては魔力量が少ないな。ていうか、平民並みだ。

 これほどの館の当主が平民? いや、身分は関係無いか。


「やあ、ジローラモさん。今回も王女殿下のご遊学に協力していただけたこと、深く感謝する」


 こちらからは外務省のマザランさんが挨拶をした。口調からすると、以前からの知り合いのようだ。


「こちらがデロイラ王国第2王女クラリス殿下だ」

「クラリス・ロワイエ・ルミネです。よろしくお願いいたします」


 マザランさんに紹介されたクラリスが席を立って名乗った。


「こちらこそ。王女殿下にご滞在いただけること、たいへん光栄に存じます。お兄さまがたもこちらに滞在しておられましたので、気兼ねなくお過ごしください」

「ありがとうございます。兄たちからも聞いておりましたが、たいそう立派なお住まいにとても感銘いたしました」


 王子たちもここに遊学に来ていたのか。デュロワール王家では慣例行事なのかな。


「そして、こちらが勇者ユーゴ・シリョウマ殿です」

「初めまして。ユーゴ・シロウマです」


 ユーゴが一歩出て軽くお辞儀をした。


「おお。あなたがドラーゴを倒せし者ですね。シリョウーマ殿」


 ジローラモさんはまた大袈裟に両手を広げた。

 それに対してユーゴは小さく苦笑して、


「ボクのことはどうぞユーゴと呼んでくだい」


 と、名前で呼んでもらうように頼んだ。やっぱり発音しにくいんだろうね、しろうまって。


「それではユーゴ殿。私のこともジローラモと。それに、先日はクラーケも退治したとか。まさに勇者の名に相応しい」


 ジローラモさんがうんうんと大きく頷いた。

 会話が終わったところで、マゼランさんが黒姫を紹介する。


「こちらの女性が聖女のマイ・クロフィメ=黒き姫君プリンシペッサ・ネラです」

「マイ・クロヒメで、えっ……」


 黒姫が名乗る間もなく、ジローラモさんが彼女の前に素早く駆け寄って手を握っていた。


「おお、なんと美しい女性だ。その黒くきらめく美しい髪、吸い込まれそうな黒い瞳。まさしく黒き姫君。ああ、創世の神よ。この出会いに感謝します」


 ジローラモさんは額にその手を押し当てた。黒姫は「えっ、えっ」とろくに反応できずにいる。


「この出会いを記念して、一緒にワインでもいかがですか? とっておきのピタリアワインがあるのですよ」

「ピタリアのワイン……」


 黒姫の言葉が揺れたその時、ジローラモさんの背後からおっとりした、それでいてヒヤリとする声がした。


「あなた、挨拶の途中に失礼ですよ。彼女が困っているではありませんか」


 奥さんのマルゲリータさんが目を細めて微笑んでいた。微笑んでるのに恐ぇえ。


「何を言うんだい、マギー。目の前に美しい女性がいるのに口説かないほうが失礼だろう? もちろん、私の愛は全て君のものさ。でも、これは男の使命なんだよ」


 ジローラモさんは奥さんの微笑みに怯む様子もなく、黒姫の手をにぎったままそう訴えた。

 なんだろう、このちょいワルおやじ。殴ってもいいかな?


 奥さんの微笑みが深くなったのを見て、ジローラモさんはすっと黒姫の手を放した。そして、何事もなかったかのように話題を変える。


「そういえば、うちの馬車の乗り心地はいかがでしたか?」

「はい。とても揺れが少なくて驚きました」

「車輪の動きも滑らかでしたね」


 黒姫とユーゴが好評を伝えると、ジローラモさんは「そうでしょう」と頷く。


「私の知人が考案した『サスペンション』と『ベアリング』を使っているのです」


 へぇー。サスペンションってなんかバネみたいなイメージだったけど、あの板を重ねたのがサスペンションなのかな。ベアリングは金属の球で回転を滑らかにするヤツだったよな、確か。


「彼はとても優秀な発明家なのですよ。みなさんがお使いの灯りの魔法道具も彼が考案したものです」


 あ、前にそんな話聞いたことあったっけ。


「まぁ、時々わけのわからないことを言い出したりして、少々変わったところはありますがね」


 ジローラモさんは苦笑して片目を瞑ってみせた。


「今回もデロイラの勇者と聖女の噂を聞くなり、どうしても会いたいと言い出して聞かなかったのですよ」

「僕たちにですか?」

「ええ。それであなたたちを招待することにしたのです。なかなか苦労しましたけれど」


 と、ジローラモさんはマゼランさんに視線を向ける。

 あ、やっぱりユーゴたちを国外に出すのって簡単じゃなかったんだ。


「そうなんですか。それで、どなたなんですか? 私たちに会いたいっていう人って」


 黒姫が問うと、マゼランさんはにやりと笑って大袈裟に手を広げた。


「我がフィレンチアが生んだ偉大な発明家、レオナルド・ダビンチです」


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