第3話 クラッケ来襲!
準備が整って、いよいよ出航だ。
1枚だけ張った帆に船員が慎重に魔法の風をあてると、船はゆっくり動き出した。
それほど波はないと思ったけど、やっぱり揺れるな。船酔いとか大丈夫かな。
船酔い、俺は大丈夫だったけど、クララが酔ってしまった。
青い顔で「申し訳ありません」と謝っていたけど、ありがたいことに黒姫が聖魔法をかけるとすぐに酔いは収まったようだ。魔法ってマジすごい。
それでも一応船室のベッドで休ませた。
クラリスを始めとした女性陣も船室に閉じ籠ったままだ。甲板が寒いからなのか船酔いで吐きそうなのかは詮索しないであげよう。
岸が見えるくらいの沖を船はひたすら進んで行く。そして冬の短い日が沈む前に港に入って、俺たち一行は街の宿に泊まった。
みんなの顔に安堵が浮かぶ。船の中じゃ寝られそうもなかったからね。
※ ※ ※
航海も3日目。
今日中にフロレンティア公国のリヴォーヌ港に着く予定。
今日は天気も良く波も穏やかでクルージング日和だ。
海岸沿いには山が連なり、ところどころに家がまとまって建っているのが見える。反対側に目を向ければ、もうひたすら海だ。
2人がかりで起こした風に大きく広げた帆がはらんだ船は、緩やかに上下しながら進んで行く。
船の揺れにも慣れたのか、今日はクラリスたちもマントを羽織って甲板に出てきていた。クララも俺の傍で潮風にあたっている。
「気持ちいい」
思わず零れた彼女の声が風に流れていった。
それを追うように視線を青い海原にやる。
……あ。
船べりに行って海を覗き込む。
海の中に大きな魔力を感じた。
「レン様?」
「何してるの? 危ないわよ」
すぐに黒姫の声が飛んできた。
「あー、いや、ちょっと気になる魔力を感じたから」
「え、どういうこと?」
黒姫が怪訝そうに寄ってくる。
「どうした、坊主」
ついでに船長もやってきた。いや、坊主って。
「なんか、海の中にでかい何かがいるみたいなんですけど」
まだ距離はあるけど、その魔力は船の後をずっとついてきている。
「うそっ。もしかして、クラッケってやつ?」
「クラッケはこんな場所に出ないぞ」
「じゃあ、他に海の魔物っていますか?」
「他に? あー。船の何倍もある白い鯨の魔物がいるって聞いたことがあるが、それは西の大海の話だな。地中海で危険なのはクラッケくらいだろう」
どうやら、船を追っている魔力はクラッケだと思ったほうがよさそうだな。
ほら、船長がフラグを立てるから。
「バール船長。質問いいですか?」
ユーゴもやってきて授業中みたいに手を挙げた。
「クラッケだったらどういうふうに船を襲うんですか?」
「噂で聞いただけだが、海中から吸盤のついた足を伸ばしてくるらしい。本体を見た奴はいないそうだ」
「その足で人を巻き取って喰うって話だ」
「いや、船ごと海中に引きずり込むんだよ」
「女だけを狙って触手攻めにするらしいぞ」
いつのまにか集まってきた船員たちが口々に付け加える。最後のはなんだ。けしからんな。いいぞ、もっとヤレ!
「高妻くん、いやらしいこと考えてるでしょ。顔に出てるわよ」
「レン様……」
クララもドン引きだ。
他の女性陣からの視線も痛い。
だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない!
「いや、なんかすごい勢いで近づいてくるんだけど。そいつ」
海中を指さして言うと、船長たちに「何言ってんだ、こいつ」という顔で見られた。
けれど、サフィールとジャンヌの動きは早い。ザっとマントを翻して剣を抜くと、クラリスを守るように身構えた。
「副団長! 防御を!」
「マイ殿もこちらへ! 早く!」
呼ばれた黒姫がクラリスのそばへ駆け寄り、他の近衛士もすばやくその周りを固める。その緊迫した様子に、船長たちもようやく危機感を持ったようだ。
でも、もう魔力はすぐそこだ。
「来る!」
その途端、急に波が高くなって船が大きく揺れた。
「うわあぁぁ」
慌ててクララを抱えて船のへりを掴む。
その視線の先の波間から赤茶色いまだら模様の何かが水しぶきを上げながら突き出てきた。
「出たぁっ!」
「きゃあああ」
大きな吸盤のついた太い触手が船の両側から何本も伸びる。それがマストに絡み帆が裂けて、船体が軋みを上げた直後、
「エレクトリックブレードッ!」
技名が聞こえた瞬間、触手がビクンっと痙攣した。そして、そのまま動かなくなった。
見ると、ユーゴが大人2人が腕を回してやっと届くくらいの太さの触手に2本の剣を突き刺していた。
「や、やったのか?」
誰かが余計なことを言ったが、勇者ユーゴに抜かりはない。両手の剣を油断なくゆっくりと引き抜く。その剣の柄に魔石が煌めいている。
「ユーゴ、その魔石って」
「ドラゴンの魔石だよ」
やっぱり。電気の魔石だ。
「エレなんとかってことは、感電させたのか?」
「エレクトリック。電撃ね」
事も無げに言うが、
「おまえ、こんな濡れてるところで正気かよ」
みんな潮水を頭からかぶってびしょぬれだ。もちろん、俺もクララも。
「塩水は電気を通しやすいんだぞ。感電したらどうすんだ」
「知ってるよ。だから、ちゃんとコントロールしたよ」
「コントロール?」
「魔法だからね。電気だってイメージでコントロールできるんだ。だから、こいつの体の中だけに流れて外には出ないようにしたんだよ」
「マジかよ。すげぇな」
さすがは勇者。
「お、おい。どうなったんだ? これは」
船長がピクリとも動かない触手を見やりながら近づいてきた。
「ユーゴが退治したんですよ」
「退治って……。クラッケだぞ、こいつは。それをあんなあっという間に……」
「勇者ですからね」
「レンが事前に気づいてくれたおかげだよ」
二人でこつんと拳を合わせる。
「勇者か。ドラゴン殺しの噂は大袈裟じゃなかったってことか」
おおーっと他の船員からも驚嘆と畏敬の歓声が上がった。
さて黒姫は大丈夫かなと見やると、まだ警戒を解かない近衛師団に守られながら恐々と触手を眺めているクラリスはいたけど、当の黒姫の姿が見えない。
まさか!
イヤな予想が頭を過って息が止まる。
「ケガしてる人いますか~?」
直後、気の抜けた黒姫の声が聞こえた。
見ると、ジャンヌを連れた黒姫が怪我をした船員たちに聖魔法をかけて治療してまわっている。なんだよ、心配させるなよ。何もなくてよかったけど。
「しかし、これどうするんだ?」
船長はマストに絡みついたままのクラッケの足を見上げながら、顎髭をワシワシと撫でた。そしてそのまま海中へと続く足に沿って視線を滑らせる。
「このままじゃ航行できないぞ」
海中にうっすらと巨大な影がゆらゆらと揺れて見えた。確かに、こんなの引っ掛かったままじゃ水の抵抗が大きすぎるし、なんなら沈没しそうなまである。
「そうだね。切っちゃおうか、足」
「本体はいいのか? 魔石とか?」
聞くと、周りが「何言ってんだ」という空気になった。
あ、デュロワールでは魔獣の魔石は穢れてるっていう認識なんだっけ。
「別にいいよ。それに、気絶してるだけかもしれないし」
ユーゴがあっけらかんと言うと、みんなぎょっとして、
「お、斧! 斧持ってこい! 早く!」
わたわたと駆け出した。そして手に手に斧を持ってくると、大きく振り上げて胸の高さほどもあるクラッケの足に叩きこんだ。が、見事に弾き返されてしまう。
「なんだこれ。切れねぇぞ」
「硬いわけじゃないのに」
ゴムみたいなのか。
「私たちがやろう」
クラリスを守っていた近衛士団が副団長を先頭に数人前に出てきた。そして構えた剣に光が宿る。魔力を込めた斬撃だ。
「フンッ」
気合とともに剣が振り下ろされ、スパッと足に切れ目が入って白い肉が見えた。
「おおっ!」
「さすが近衛士!」
船員たちが尊敬の眼差しを向けている。精鋭中の精鋭は伊達じゃないな。
もう数撃続けて入れると足は完全にちぎれて、本体の方はずるりと海へ落ちていった。残った方は白い切れ目を見せて甲板に横たわったりマストに絡みついたりしたままだ。
船長はうーんと唸ってマストに絡んだままの足を見やった。
「甲板のはいいが、マストのは除けないと帆が張れないな」
「じゃあ」
ユーゴはそう言うと、足に近寄って剣を振り払った。
一振りで足がスッパリ分断される。あっけにとられる船上。
今度は上に向けて剣を振り投げた。剣はそのまま宙を駆け、スパっスパっとマストに絡んだ足をぶつ切りにしていき、それがぼとぼととマストから落ちてきた。
「……」
ユーゴ、チートもほどほどにしておかないと、副団長さんの目が点になってるぞ。
一方、黒姫は治療した船員たちから「聖女様」と崇められていた。また聖女伝説を作ってたのか。ユーゴが瞬殺なら黒姫は瞬治だもんな。
やれやれと思っていると、ててっと逃げて来た黒姫に「ねぇねぇ」と袖を引っ張られた。
「この足ってイカかな? タコかな?」
「はぁ?」
「吸盤の感じからするとタコだと思うけど」
半眼になる俺に代わって、ユーゴが律儀に答えた。
「タコワサかぁ。イカゲソのほうがよかったんだけどなぁ」
これを酒のつまみとして見られるのはおまえくらいだぞ、黒姫。
こうして無事帆を張り直した船は、甲板にクラッケの足を乗せたままリヴォーヌの港に向かった。
だが、俺はユーゴに一言言っておかなければならないと思う。
瞬殺しすぎだろ。
バトルシーンがあっという間に終わってしまったじゃないか。
もうちょっとタメよう?
ほら、クラッケさんだってせっかく出てきてくれたんだからさぁ、見せ場っていうかもうちょっと活躍してもらってからでもいいんじゃない? 触手攻めとか。ね?
もちろん、黒姫やクララが触手攻めにされるなんてダメだよな。そういうのは女騎士の役目だ。
しょうがない。ジャンヌさんのくっころはまたの機会にということで。




