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第2話 フロレンティアへ

 クラリスが通う王立学院が冬季休暇に入って、ようやくフロレンティア公国への出発の日になった。


 クラリス姫ご遊学御一行様の構成は、まずはクラリス姫本人とその側仕えの女性が一人。侍女が2人。これはいつも王宮で彼女の世話をしている人たちだそうだ。

 お目付け役の随行員の男性が2人とそれぞれの従者。彼らがこの一行の責任者だ。

 そして黒姫。側仕えのイザベルさん。侍女にロクメイ館の侍女頭のカロリーヌさん他1名。

 ユーゴと側仕えのジルベール。

 俺とクララ。

 今回はフローレンスやソフィーのような小間使いの女の子はいない。


 以上総勢16名が出発前に王宮の広間に集合した。

 クラリスは貴族っぽいドレスではなく、裕福な平民のお嬢様が着るような可愛らしいクリーム色のワンピースに菫色の毛織の上着を着ている。侍女さんたちもいつものお仕着せではなく暖かそうな普段着だ。

 俺たちも長そでシャツの上に丈の長い毛織のベストを着て腰をベルトで締めたいで立ち。外に出る時はこの上にフード付きの厚手のマントを羽織る予定。


 クラリスは黒姫の顔を見るなり、


「マイお姉さま!」


 と、早歩きで近寄ってきた。黒姫も「クラリス」と呼んで親しそうだ。


「クラリス姫、一緒に行くことができて光栄です」

「わたしもユーゴが一緒でとても心強いです」


 ユーゴとも笑顔で言葉を交わしている。

 ユーゴは以前クラリスの婚約者にと言われていたけど、ユーゴの日本へ帰る意思が固く、今は婚約の話は白紙になっていた。そのせいか、笑顔はまだちょっとぎこちない感じがする。


「ていうか、黒姫。おまえ、お姉さまって呼ばせてるのか?」

「違うわよ。クラリスからそう呼びたいってお願いされたからに決まってるじゃない」


 黒姫はむきになって否定するが、別に非難しているわけじゃない。むしろ推奨したいまである。

 心の中でエールを送っていると、横から冷ややかな視線が刺さった。


「……マイお姉さま、コレは?」


 クラリスだ。その綺麗な青い瞳に温度は無い。しかも『コレ』扱い。

 そう言えば、正式に会うのは初めてだったかも。


「初めまして。レン・タカツマです。クラリス姫にご同行できること、たいへん光栄に存じます」


 胸に右手を添えて恭しく低頭すると、


「……其方に名前を呼ぶことを許した覚えはありません」


 と、冷たく突っぱねられた。うむ……。


「失礼いたしました。王女殿下」

「……クラリス・ロワイエ・ルミネよ。マイお姉さまにお願いされたから其方の同行を許したけれど、馴れ馴れしくしないでちょうだい」


 フンっとあごを上げて顔をそらす。……悪役令嬢の素質がありそうだ。




 顔合わせを終えた一行が外に出ると、明るい黄土色のマントを羽織った人たちが待っていた。

 その中からガタイのいいシルバーグレイの短髪のおじさんがクラリスの前へ進み出て騎士の礼を執った。


「近衛士団副団長クロード・ヴォ・ブイエ以下6名、殿下のお供をさせていただきます」

「よろしくお願いいたします。クロードならば安心ですね」


 確か、近衛士団っていうのは王族の護衛を任される精鋭中の精鋭だって聞いたな。クラリスのほうもよく知ってる顔なのだろう。柔らかな笑みで応えている。


 と、その一団の中に見知った顔があった。黒姫の専属護衛騎士だった癖毛の黒髪をショートカットにしたサフィール・アルジェンと、長い金髪を後ろで編み込んでいるジャンヌ・オルレアンだ。今回も黒姫の護衛なのかな。でも、ユーゴの専属だったアランとヴィクトールの姿は見えない。

 はてなと見ていると、黒姫がサフィールたちに歩み寄って声をかけた。


「サフィール、ジャンヌ。お久しぶりです。またよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 サフィールは騎士の礼を執ってそう言った後、ちょっと困ったように眉を下げた。


「ただ、今回はマイ様の専属護衛というわけではありませんので……」

「え、そうなんだ」

「はい。13分団が解散になった後、私たちは近衛士団に配属されたのです」

「主に姫殿下の護衛をしています」


 ジャンヌも言い足した。


「そっかー。でも、知ってる人がいると安心する」


 どうやら黒姫たちには専属の護衛はつかないようだ。

 だとしても、王女が国外に行くにしてはちょっと護衛が少ない気がするんだよな。大丈夫か?


 そんな疑問をぽそっと漏らすと、随行員の一人のおじさんが「今回のご遊学は非公式のものなので」と、小声で教えてくれた。

 この人はルネ・ヴォ・ポンポンヌ侯爵。内務省の王室管理官だそうだ。眠そうな眼をした40代くらいのおじさんだ。狸っぽいと思ったのは内緒。

 非公式だから大袈裟にしたくない目立ちたくないってことかな。まぁ、少数精鋭ってことなんだろう。


 ちなみに、もう一人の随行員は外務省のジュール・ヴォ・マザラン侯爵だ。こちらは生え際がかなり後退している年配の人。髪の毛の代わりとでもいうか、高い鼻の下にこげ茶の立派な髭がぴんと伸びていてちょっと偉そうな感じ。




 旅の移動手段は主に舟を使う。

 冬に入って雪が積もる日が増えたので馬車よりも船の方が早く安全に移動できるのだ。


 王宮の船着場に向かうと、以前俺とクララがサルルルーイから戻ってくる時に使ったものよりも大きくて立派な船が係留されていた。キャビンがついていて中央にマストが1本。そこに四角い帆が張られている。

 荷物はもう積み込んであるようで、それに乗り込むとすぐに船出だ。


 アルセール川のゆったりした流れを帆に風魔法を当ててさかのぼっていく。

 空には重い雲が広がり、川の両岸に並ぶ木々はすっかり葉を落としているので、景色は寂しい。

 舟にはキャビンがあるので寒くは無いけど、中はそれほど広くない。

 クラリスにお姉さま呼びされるほど親しまれている黒姫は、ずっと彼女の隣に座ってお喋りしていた。その話し声がいやでも耳に入ってくる。


「どうしてマイお姉さまはアレ……あの方の同行を熱心に願い出ていたのですか?」

「私と高妻くんと白馬くんは一緒にこの世界に召喚されたのは知ってるでしょ? だから、なるべく3人で行動を共にしたいと思ってるの」

「それだけではありませんよね?」


 含みのある笑顔でそう言ったのはジャンヌ。


「レン殿はマイ殿にとって特別な人ですから」

「え、ちょっ、ジャンヌ!」


 慌てる黒姫を置いて、ジャンヌがクラリスにとっておきの話を披露するように耳打ちする。


「レン殿はマイ殿を巡ってアンドレ殿と決闘をしたのですよ」

「決闘!? 本当ですか?」


 ジャンヌに教えられて、クラリスが目を大きく見開く。


「はい。そして、激戦の末にレン殿が勝ちました」

「あのアンドレ様に勝ったのですか? アレ、いえ、あの方は?」

「はい。私もその場におりましたので間違いありません。レンはアンドレに勝ちました」


 信じられないという顔のクラリスに、サフィールもそう言って請け負った。


「自分のために命を賭して強敵に立ち向かい、そして勝ち取ってくれた。そんな殿方に想いを寄せない乙女などいるでしょうか? いいえ、いません!」


 ジャンヌは恋に憧れる少女のようにうっとりとした表情で語った。黒姫も「わ、私は別に」とわたわたと手を振っているが、その照れた顔は満更でもない様子。

 おかしい。あの決闘はクララたちを助けるためだったはずだが……。


「ほぉ。あの噂は本当だったのか」


 ふいに横から渋い声がした。副団長のブイエさんだった。


「ジャルジェ卿に勝利するとは。其方、なかなかの腕のようだ」

「あ、いえ、たまたまですよ。今度やったら勝てる気がしませんから」

「たまたまかどうかは、実際に手合わせをしてみないとわからんな」


 ブイエさんはギラリと目を光らせた。やめてください、しんでしまいます。


「クロードがそう言うくらいなら、見た目と違って凄い人なのかしら?」


 クラリスも俺の評価を見直してくれたようだ。

 そこへ、


「あれで魔法が使えれば私の夫に申し分ないのだがなぁ」


 サフィールがとんでもない一言をぶっ込んできた。

 黒姫もクラリスも「ええーっ」となって彼女を見ている。


「魔法が使えない? そのような人間がいるのですか? ありえません」


 そっちかよ。

 やっぱり俺のことってあまり知られてないんだな。


「お、畏れながら申し上げます」


 控えていたクララが上ずった声を上げた。


「レ、レン様は確かに魔法を使えません。光の魔法具も点けられませんし、水の魔法石から水を出すこともできません。なので、私のような者でも必要としていただけます。で、ですが、レン様は魔力を感じ取れるという誰にもできないことができます。そのおかげで私も私の故郷も救われました」

「レンの力が無かったら、ドラゴンを倒した時ももっと被害が出ていただろうしね」

「そうよ、クラリス。高妻くんは凄いんだから」


 クララもユーゴも黒姫もフォローしてくれてありがとう。


「その上、レン殿は時々わけのわからないことを言い出すとても面白い方ですよ」


 ジャンヌさん、それはフォローのつもりなのでしょうか。

 俺を見るクラリスの眼がとても微妙なものになってるんだけど……。



※  ※   ※



 2日目にはアルセーヌ川からサンス川という支流に入って更に進む。

 さらに閘門という川のエレベーターみたいなやつを通ったり、川幅が狭くなって馬車に乗り換えたりしながら10日ほどでブルゴーニュ領の領都のディジョンヌという大きな街に着いた。

 ディジョンヌからはロアーヌ川を下って地中海に出る。ちなみに、地中海はこっちの世界でも地中海だった。

 今度は川下りなのでスピードが出る。ていうか、かなり強い追い風が吹いたりして帆を畳んでいてもヤバいくらいスピードが出た。


 それから5日でマルシーユという港街に着いた。

 マルシーユ港はデュロワール王国の海の玄関口ということで、思った以上に多くの船があって賑やかだった。

 船はよくイメージするような四角い帆の帆船じゃなくて三角の帆のものが多く、大きなヨットみたいな見た目だ。

 マルシーユでは船の準備もあって2泊した。十分とはいえないまでも休養はできたと思う。あと、魚が美味かった。




 出航の日の朝。

 港に泊まってる船の中では比較的大きな船が俺たちの乗る船だ。マストが2本ある黒い木造船で、長さは30m以上はあると思う。

 木製のタラップをおっかなびっくり渡って船に乗り込む。

 

「思ったより大きいわね」

「それに、しっかりしてそう」

「王室所有の船だからな。当然だ」


 高いマストを見上げたり甲板を見回したりしていると、背後からガラガラ声が聞こえた。振り返ると、赤茶けた髭が日に焼けた顔を覆っている大男が太い腕を組んで立っていた。


「船長のジャン・バールだ」


 大男は胸を張ってそう言った。おおっ、確かにそれっぽい。


「そして、王国騎士団第11分団の団長でもある」

「は?」

「この船の船員も全員11分団の団員だ」


 バール船長はせわしなく行き来している生成りや青色のセーターっぽい服を着た船員たちに向けて顎をしゃくった。

 けど、日焼けしてやたらマッチョな感じの彼らはどうみても海の男どもで、とても騎士には見えない。まぁ、魔力量はみんな大きいから貴族に間違いはないんだろうけど。


「だからな、航海の安全は請け負うぜ。そこらの海賊どもじゃ相手にもならねぇよ」


 船長はニヤリと笑って言い足した。


「クラッケでも出ない限りにはな」


 そういうの、フラグって言うんですよ。


「クラッケ? ホッケの仲間?」


 黒姫が小首を傾げていると、


「クラッケは海の魔獣だ。馬鹿でかいタコかイカみたいなヤツだって話だ」


 そう言って、船長は両手をくねらせてみせた。

 ああ、クラーケンのことかな。


「心配ない。クラッケはな、陸からずっと離れた沖にしか出ない。この船は岸沿いを通る予定だから大丈夫だ」


 だから、それがフラグだって。


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