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第1話 フロレンティアからの招待

続編、スタートです。

本編17話、閑話2話を1日1話ずつ投稿していく予定です。

よろしくお願いいたします。

 ドラゴン討伐に湧いていた王都もようやく落ち着きを取り戻した頃、街の空気には冬の気配が感じられるようになってきた。


 ドラゴンと戦うために召喚された俺たちもその責を解かれて、あとは日本に帰るための魔力が溜まるのを気長に待つだけだ。

 勇者じゃなくなった白馬勇吾(ユーゴ)はシュヴァルブラン画伯として絵筆を握り、その芸術的才能を存分に発揮している。

 一方、黒姫舞衣(マイ)は万能薬である聖水を作るかたわら、王都内だけではなく近郊の治療院にまで足を延ばして病人や怪我人を治療しているせいで未だに『聖女様』と崇められていた。


 で、高妻蓮(おれ)はというと……


「レン様、いらっしゃいませ」


 オレンジの髪を後ろで緩く束ねた地味顔の少女が感情の見えない顔で挨拶をしてきた。

 黒姫の専属メイドだったフローレンスだ。見慣れたお仕着せではなく、クリーム色のシャツにこげ茶のベストを重ね、脛まであるふんわりしえんじ色のスカートを履いている。

 彼女は今、王宮での下働きを辞めて実家の商売の手伝いをしているのだ。

 俺が来たのはその彼女の実家だ。


ここは王都の平民街の一等地に建つリッツ商会本店。その質素な外観とは裏腹にデュロワール王国一リッチな商会で、彼女はここの商会長の娘さんだったりする。


「いつものやつ、持ってきたぜ」

「では、こちらへ」


 俺の斜め後ろに立つクララ・マイスナーが持っている大きめの布のカバンを指さすと、フローレンスは小さく頷いて商会の奥へと誘った。

 クララは薄い金色のサラサラの髪を肩の上あたりで切り揃えた背の高い少女で、俺専属のメイド兼護衛だ。魔法が使えない俺がこの世界で不自由しないようにとあれこれ世話を焼いてくれている。


 案内されたのは小さな商談用の部屋。

 クララからカバンを受け取ったフローレンスは中から紙の束を取り出すと一枚一枚じっくりと検分しだした。真剣なプロの目つきだ。

 やがて、紙束から顔を上げた彼女はふっと表情を緩めた。


「……今回もいいお仕事をされていますね。白馬(シュヴァルブラン)画伯は」


 俺が持ってきたのはユーゴが描いた人物画。

 実家に戻ったフローレンスはユーゴの絵を印刷・販売するプロジェクトを手伝ってるんだけど、王宮を辞めてしまった彼女は直接ユーゴの絵を手に入れることができなくなったので俺が間に入って購入して納入しているってわけ。

 そして俺には幾ばくかの手数料が入る。まぁ、ロクメイ館にいるかぎりは衣食住の心配はしなくていいんだけど、少しでいいから自由にできるお金が欲しいからね。


 そこへ、オレンジ色の髪をぴったりと撫でつけた小太りの中年男性がやってきた。


「やあやあ、レンさん。いつもありがとうございます」

「あ、商会長。こちらこそお世話になってます」


 このおじさんはフローレンスの父親で、つまりはリッツ商会の商会長だ。

 商会長はクララに軽く目礼すると、ニコニコ顔で俺に話しかけてきた。


「レンさんの提案してくれた『即売会』、なかなか好評ですよ」


 今王都ではユーゴが描いたソフィーの姿絵に人気が出ている。

 俺が提案したのは彼女をデュロワール初のグラビアアイドルとして売り出すことだ。

 まずは手始めに、彼女の絵を印刷して纏めた絵姿集『ソフィー・マルソー初絵姿集 こんなの初めて』を出版した。そしてそれを売り出す時に『即売会』と称してソフィーが手渡しで売るというものだ。ちなみに、『ソフィー・マルソー』はソフィーというありきたりな名前の彼女を差別化するために考えた芸名であり、実在の人物とはいっさい関係はない。


「いやしかし、娘の言っていたとおりにレンさんはなかなか……斬新な発想の持ち主ですな」


 今ちょっと間があったように聞こえたけど、きっと「おかしなことをしでかす変な人」とか聞いていたんだろう。あながち否定できないのが辛い。


「で、そのレンさんに娘への助言をお願いしたいのですが」

「フローレンスに助言ですか?」


 顔を向けると彼女は相変わらず無表情のままこくりと頷いた。


「ソフィーは今は売れていますが、このままではすぐに飽きられてしまうでしょう。ですからもう一押しできることはないでしょうか。ぜひともレン様のおかしな、いえ珍妙な、もとい普通の人では考えもしないお知恵を拝借したく存じます」


 まったく褒められてる気はしないが、頼られてるのは確かなようなので、


「じゃあ、歌って踊れるアイドルを目指すのはどう?」


 と、言ってみた。


「ほほぅ、歌って踊れると。例えばどのようなものでしょうか?」


 問われて真っ先にガールズグループが思い浮かんだ。でもあれはグループだしなぁ。それにこっちの世界で受け入れられる基準がわからない。


 うーんと悩んでいると、フローレンスが軽く手を挙げて、


「変わった踊りなら少々心当たりがなくもありませんが」


 と申し出てくれた。その視線が俺を向いてどうにもイヤな予感がするのだが、せっかくだから彼女に丸投げしておこう。




 リッツ商会からの帰りにペネロペの実家のパン屋に寄った。


「いらっしゃいませ! レン様、クララ様!」


 クルンと内側にカールした青味がかった灰色の髪にコアラを思わせる愛嬌のある丸顔のペネロペが小麦色のエプロン姿で元気よく迎えてくれた。


「いつものやつ頼むよ」

「はい! 毎度ありがとうございます!」


 ペネロペは手際よく数個のベーコンサンドとハムマヨサンドを油紙に包んでいく。

 それを受け取って代金を払う。こういう買物ができるのも日々小銭を稼いでいるおかげだ。


「あいかわらず盛況だね」

「それもこれもレン様が教えてくれた『まよねーず』のおかげですよ」


 お客の途切れない店内を見回して言うと、嬉しそうな顔と感謝の言葉が返ってきた。


「そっか。そうなると今度はトマトケチャップが欲しくなるよな」

「とまとけちゃっぷ?」


 きょとんとするペネロペ。


「トマトを使ったソースだよ」

「そのトマトって何ですか? それもフリカデラみたいにクララ様の故郷のものなんですか?」


 ペネロペに問われて、


「いえ、私も聞いたことはありません」


 と、クララも首を振る。

 うーん、トマトも無いのかぁ。新大陸発見はまだなのかな。


 この世界は俺たちの知ってる歴史でいうと中世の終わりくらいだと思うんだけど。まぁ、俺が知っているのはデュロワール王国の王都周辺のことだけだし、そもそも魔法なんてものがある世界だ。その上俺たちみたいな召喚者の知識が伝わってたりするから俺たちの知っている歴史と同じわけがないか。


 というわけで、トマトをプレゼンしよう。


「えーっとね、トマトっていうのは赤くて丸くて皮ごと食べれる実だよ。俺の国だと生で食べることが多いんだけど、酸味の中に甘みがあってうまいんだ。まぁ、ちょっと青臭かったりタネのところのぐちゅっとしたのが苦手っていう人もいるけど」

「え、なんか美味しくなさそうなんですけど」


 せっかく教えてやったのにペネロペの反応は微妙だった。解せぬ。




 王宮での俺たちの住居になっているロクメイ館に戻ると、いきなり黒姫がポニーテールを揺らして詰め寄ってきた。


「またフローレンスのところに行ってきたの?」

「遊びに行ってたわけじゃねーよ。仕事だよ仕事」

「仕事なんてしなくてもいいでしょ。食事も服も十分もらってるんだから」

「じゃあこれはいらないんだ」


 買ってきたベーコンサンドとハムマヨサンドを談話室のテーブルに広げると、黒姫の眼はさらに険しくなった。


「……ペネロペのお店にも行ってたんだ」

「ハムマヨサンドはあそこでしか売ってないからしょーがないだろ。ま、黒姫はいらみたいだけど」


 言いつつ黒姫から遠ざけると、


「いらないとは言ってないでしょ」


 と、手を伸ばしてくる。それをぴしゃりと窘めた。


「これはユーゴの描いた絵を俺がリッツ商会に配達した対価で買ってきたんだからな」

「ぐぬぬ……」

「はいはい。痴話げんかはそれくらいにして、もう食べようよ」


 ユーゴが呆れたように仲裁してくる。

 ユーゴはマッシュルームカットだった髪を伸ばしてうなじのあたりで縛ったりして、なんかアーティストっぽくなった。

 それはともかく、


「今の会話のどこに痴話げんか要素があった?」

「だよな。これは勤労に対する感謝の気持ちの問題だろ?」

「そんなことよりさ、大事な話があったんじゃないの?」


 抗議する俺たちをユーゴはさらりとかわしてそんなことを言う。

 すると、黒姫がぱちんと手を合わせた。


「そうだった。実は、フロレンティア公国のメディチっていう人から私たちに招待状が来たらしいのよ」

「メディチって世界史で出てきた気がするな」

「イタリアルネッサンスの時にミケランジェロやボッティチェリを支援した大富豪だよ」

「あと、フランスのブルボン朝にも関係してる家系ね」


 ユーゴと黒姫が教えてくれた。


「そんなお偉いさんが俺たちに何の用なんだ?」

「用っていうか、今度クラリス姫がフロレンティアに遊学に行くことになってるんだけど、それに私たちが付き添って来て欲しいみたいなことが書いてあったんだって」

「クラリス姫の付き添い? 俺たちが? 何で?」

「さぁ? 知らない」


 あっさりと言い放つ黒姫の手にはちゃっかりハムマヨサンドがあった。こいつ、いつのまに。


「ていうか、クラリス姫、遊学するんだ。学院はいいのか?」

「学院は冬の間は休みに入るから問題ない」


 俺の問いには、ユーゴの後ろで控えていたはずのジルベール・ヴァンディエールがテーブルの上のベーコンサンドに手を伸ばしながら答えた。

 ジルベールはユーゴの側仕えで、金髪碧眼のナイーブそうな少年だが、俺に対してはけっこうぞんざいな言葉遣いをしてくる。


「フロレンティア公国ってどこにあるか、ジルベールは知ってる?」


 ユーゴが問いかけると「はいっ」と姿勢を正した。


「フロレンティア公国はデュロワール王国の南にある地中海に細長く突き出ているピタリア半島にあります。馬車で行くと季節の半分はかかるので、船を使うことが多いと習いました」

「ということは、フロレンティアってフィレンツェでいいのかなぁ」


 ユーゴが呑気な声でそんなことを言った。


 俺たちのいるこのデュロワール王国は地理的に見て俺たちのいた地球のフランスだと考えている。それが正しいとすると、ジルベールの説明にあったピタリア半島はイタリア半島だろう。ということは、フロレンティアがフィレンツェでもおかしくはない。


「だったら是非行ってみたいな。有名な建築物や芸術作品が多いから見どころいっぱいだし、もしかしたらボッティチェリやダヴィンチに会えるかもしれない! あと、ラファエロもミケランジェロも!」


 興奮気味なユーゴだが、


「いや、ここ異世界だから。そいつらがいるとは限らんから」

「レンは夢がないなぁ」


 不満そうなユーゴに代わって黒姫が気勢を上げる。


「イタリアって言ったらパスタにピザでしょ! あとティラミスにジェラート!」


 食べ物ばっかだな。


「あー、行きたいなー」

「僕も絶対に行きたい」


 黒姫もユーゴもけっこう乗り気だ。

 でも、懸念もある。


「けど、ユーゴたちが国外に出ること、王国が許可するかなぁ」

「うーん。黒姫さんに話がきている時点でオッケーなんじゃない?」


 それを口にすると、ユーゴから軽い感じで帰ってきた。


「それもそうか。なら、俺も行くのは吝かじゃないな」


 日本に帰れるのはまだまだ先になりそうだし、この世界のいろんなところを見てみたい。

 そんな俺のささやかな願望は、


「いえ。招待されたのはユーゴ様とマイ様だけですよ」


 黒姫の側仕えのイザベル・マルシャンさんの冷静な声がそれを打ち砕いた。その手には既に4分の1ほどになったハムマヨサンドがあった。


「え、うそ?」

「間違いありませんよ。その話は私が内務省の上役から伝えられた話ですから。ですので、レン殿はこちらで留守番ですね」


 イザベルさんは赤茶色の眼をからかうように細めて無情な宣告を告げてくる。


「それはダメ」


 黒姫が即座にノンを出した。そしてジトっとした眼で俺を見る。


「だって高妻くんを一人にしておくと何をしでかすかわからないから……」

「え、俺ってそんなに信用無い?」

「今日もフローレンスとかペネロペと会って来てるし……」


 もしょもしょと呟いてるが、


「うん? それはただの仕事と買物だけど……あ」


 察しました。


「なんだ。ヤキモチ妬いてくれてたのか」

「ちょっ、そんなことハッキリ言わないでよ、バカ! もー、なんでこんなヤツ好きになったんだか」


 黒姫が赤い顔でむきになる。かわいい。


 俺と黒姫は彼氏彼女の仲だ。ドラゴン退治が終わって付き合うようになった。正確にはドラゴンと戦ってる最中に最初からクライマックス的な感じで付き合い始めたんだ。言っとくけど、あれ以来にゃんにゃんなことはしていない。理由は単純に避妊できないからなんだけど。それ以外は、お互いの誕生日にプレゼントを贈ったりして、そこそこうまく続いていると思う。


「と、とにかく、高妻くんも一緒に来ること! いいわね!」


 はいはい。


 その後、黒姫がいろいろと手をまわしてくれて、俺はクラリス姫の遊学につく随行員というお目付け役のような人たちの一人として混ぜてもらえることになり、どうにか一緒に行けることになった。


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