最終話 凱旋
昨日までのぐずついた天気が嘘のように、今日の王都には抜けるような青空が広がっていた。
今日は『秋の日』。日本の暦では『秋分の日』に該当する。
俺たちがドラゴンと戦ってからもう40日あまりが経っていた。
あの戦いで壊れたロッシュ城の本館の再建と同時進行で、石棺に閉じ込められたドラゴンの遺体の調査と解体がなされた。それにはかなりの日数を要したけれど、ロッシュの研究員たちはドラゴンという至宝にも等しい研究素材に大喜びだった。
そこでわかったことなんだけど、あのどんな剣も矢もはじき返すと言われたドランゴンの鱗が実はそれほどでもなかったそうだ。曰く、それはドラゴンの魔力があったればこその効果なのだろうとのこと。もっとも、そうでなかったら解体なんてできっこなかっただろうけど。
逆に、その鱗は魔力を流すとそれに応じて硬くなった。それは爪や牙、角などの他の部位でも同様らしい。きっとそれを使った武具は魔力を吸い取るヤバいものになるに違いない。
それと、ドラゴンも他の魔獣と同じように臓器の一部に魔石があった。それも複数。大人の頭ほどのものから拳程度のものまで計8個。
そして、なんとその魔石が電気を含んでいることにユーゴが気づいた。
ドラゴンの電撃がこれによるものなのか、電撃を使えるから電気を含んだ魔石になったのかは不明だそうだが、この魔石によって電気系の魔法が使えるようになった。逆に、この魔石に電気を込めることもできた。もっとも、それができるのは今のところ電気をイメージできるユーゴと黒姫だけのようだ。
けど、そう遠くないうちにこの世界の人たちでも電気、所謂『雷属性』の魔法を操れるようになるだろう。そして、雷属性の魔宝石を使用した魔道具も発明されるに違いない。まぁ、それまで俺たちがこの世界にいるかはわからんけども。
それはともかく、ドラゴンの首というか頭の方はユーゴが宣誓したとおりに王都に持っていくことになった。無論、中身を取り除いた外側だけ。剥製というやつだ。それでも4頭立ての特別製の台車が必要だった。
そして、通常の倍以上の日数をかけて、今日ドラゴンの首が王都に到着したのだ
ユーゴの意向と王室の思惑が合致して、ドラゴンの首を運ぶ凱旋の隊列は平民街の大通りを通って王宮に入る道順を選んだため、沿道にはドラゴンの首を一目見ようと多くの平民が詰めかけ、遷都以来と言われるほどの盛況を見せていた。
隊列の先頭は、装飾の多い儀典用の鎧を身に纏った王国一のイケメン、アンドレ・ヴォ・ジャルジェ男爵(この後、子爵になるらしい)だ。飾り立てられた馬の上から、沿道で黄色い歓声を上げる子女たちに作った笑顔を振りまいている。
その後に続くのは、凝ったデザインの金色の金具で飾られた白いオープンタイプの馬車だ。乗っているのはユーゴと黒姫。御者がジルベールなのはご愛敬。
ユーゴは歴代の勇者が纏っていた赤い鎧。
俺の執拗な要請に根負けして、新たにツノがついている。やはり赤いヤツはこうでなくちゃ。
黒姫はお披露目でも着ていた巫女っぽいドレス。
最後の最後まで拒否していたらしいんだけど、皆の聖女像を裏切らないで欲しいと言うスタール夫人の泣き落としに陥落したのだった。
その馬車の周りを、これまた華美な儀典用の鎧姿のアラン、ヴィクトール、サフィール、ジャンヌの護衛騎士の騎馬が固めている。
豪華な座席に並んで座っているユーゴと黒姫が偉業を讃える民衆に向かってにこやかに手を振っている様子は、まるでビデオで見たロイヤルウエディングの映像みたいだ。……ぜんっぜん嫉妬とかしていないんだからねっ。
そしてその後ろに、本日の眼玉、4頭立ての台車に鎮座ましますドラゴン様の首が威厳を放っていた。
それを見た観衆は、あまりの迫力に言葉を失くす者、感情が昂ぶって意味のわからない雄叫びをあげる者、誰彼構わず肩を叩いて快哉をまき散らす者と様々だけど、誰もがドラゴンが退治されたことを讃え喜んでいた。
更にその後に第13分団の騎士たちの隊列が続くのだが、それはまぁいいだろう。
アンドレを先頭とするドラゴン討伐隊の列は、大勢の観衆から祝福と感謝と労いの歓声を浴びながら、今しも王宮前の庭園へとアルセール川に架かる橋を渡っていく。
「……で、なぜレン様はここにいるんですか?」
椅子の上に乗って隊列を見ていたペネロペが訝しく訊ねてきた。
俺たちがいるのは、王宮のある中州とは別の中州、月島だ。そこでフールニエ商会が出している露店の前から橋を渡る隊列を眺めているのだ。俺とクララは背が高いから観衆越しでも見えるけど、ペネロペはそうもいかず、椅子の上に乗っているというわけ。
「俺は勇者じゃないからなぁ」
隊列に視線を向けたままそう答えると、
「でも、レン様も一緒にドラゴンを退治したんですよね? だったらあそこにいてもいいと思います」
右隣のちょっと高い位置からペネロペの憤慨する声が聞こえた。
「大衆が求めているのは勇者と聖女なんだよ。俺が一緒にいたら、なんだあいつって石を投げられるのがおちだ」
「うー。納得いきません」
ペネロペはまだ唸っている。
「クララ様はそれでいいんですか?」
ペネロペは俺を挟んで並んでいるクララにも問いかけた。
ペネロペには既に彼女の素性をカミングアウトしてあるので様付けだ。
「レン様がお決めになったことですから」
「それはそうですけど……」
不満そうなペネロペの視線を感じた。
「そんなことよりも、俺にはハムマヨサンドの初売りの方が大事だったし」
「そんなことよりって……。でも、本当ですか?」
「もちろんだ」
ちょっと嬉しそうなペネロペのこげ茶の瞳を見返して言い切る。
「なんてったって、ハムチーズサンドのリベンジがかかってるんだからな」
俺がロッシュ城にいた時、丸パンにハムとチーズと生野菜を挟んで食べていると、それを試食したペネロペとフローレンスから残念な感想を言われたことがあった。確かにちょっと物足りなかったのは事実だけど、それはからしマヨネーズが無かったからだ。
だが、今はある!
ペネロペのお兄さんのピエールさん作のからしマヨネーズがあれば、ハムチーズサンドの名誉は挽回できる!
というわけで、ピエールさんに頼んで作ってもらったのがこのハムマヨサンド。諸般の事情によりチーズは抜きだ。
それのお披露目が、今日の秋の日のお祭りなのだ。
ちなみに、フリカデラを挟んだハンバーガーと卵マヨサンドは材料費や調理の手間がかかって店頭で売るには単価が高くなってしまい、懇意にしているレストランで出してもらうことになった。二つともそのレストランの人気メニューになっているそうで、俺としては嬉しい限りだが、やはりフールニエ商会の看板商品が無いのは辛いところ。
そんなところへ俺がハムマヨサンドの話を持ってきて、ピエールさんもポールさんもマヨネーズを使ったハムサンドならベーコンサンドのように他店に真似されることは無いと大歓迎となり、いくつかの試作品を経て今日の発売へと漕ぎつけたのだ。
実際売り出して見ると、マイルドながらもしっかりしたマヨネーズの風味が受けたのか、次第にお客さんが増えて、ついさっき完売してしまった。さすがマヨネーズ。
「これならフローレンスも星3つをくれるだろう」
「またレン様がわけのわからないことを言ってる」
ペネロペは呆れたように零してから、
「でも、レン様には本当に感謝してるんですよ」
と、いつもの愛嬌のある笑顔を見せる。
「ハムまよさんどもベーコンさんどもはんばーがーも、レン様のおかげでうちはまた繁盛するようになったんですから」
「凄いのは実際に美味しいものを作ってるピエールさんだよ。俺のしたことなんて、こういうものを食べたことがあるっていう話だけなんだから」
「それでもうちの商会が助かったことに変わりはありませんから」
「フールニエ商会だけではありません」
左隣にいたクララが会話に入ってきた。
「レン様は我がサルル領も助けてくださいました」
俺が偶然拾った石炭と思しき黒い石が無属性の魔素の塊だという話から、魔獣が生まれるのは魔素の過剰摂取が原因だという仮説をシュテフィさんが唱えている。
これが実証されれば、サルル領やそこに住む人たちに対する蔑視の根拠が無くなるわけで、クララのような被害者を出さずに済むようになるはずだ。
そして更に、この魔素の石を使って減少を続ける農産物の収穫量を回復できる可能性があるとクレメントさんから王室に報告されたのだそうだ。
確かにあの石の魔素には動植物の成長を促進する作用があるらしいから、それが認めらたらこの石を産出するサルル領はデュロワール王国の農業にとって重要な位置を占めるようになるのは確実だ。
むしろこの石の魔素は、ドラゴンによる豊穣の雨の恩恵が無くなって将来的に農作物の収穫が減少するであろうガロワの地全体にとっても必要不可欠なものになるに違いない。そうなれば、魔素の石はデュロワール王国の主要な輸出品になり、サルル領はますますその地位を高めるだろう。
まぁ、他にもルール炭田とかあるけど、ザール炭田だって埋蔵量は十分多いし、今は黙っていよう。
「それにしても、まさかあの石が豊穣の雨の代わりになるなんてなぁ」
「ドラゴンの、何ですか?」
独り言をクララに聞き咎められてしまった。幸いヤバいワードは聞こえなかったようだ。セーフ。
「いや、何でもないよ。ていうか、サルル領のことはシュテフィさんとクレメントさんの働きのおかげだと思うけど」
「それでも、レン様の魔力を感じ取れる力が無ければわからなかったことです。それはレン様だけの力です。それに、ルメール様が仰っていました。レン様はサルルだけでなく王国をも救った救世主だと」
「救世主? はは、そんな大そうな人間じゃないよ」
「たいそうな人間ですよ! レン様はうちの商会の救世主ですから!」
ペネロペが笑顔で異を唱える。
「そうです。レン様は救世主です!」
クララはペネロペに強く同意してから、
「……私の救世主なんです」
と小さく言い足した。
「クララの救世主か……。うん、俺にはそれくらいがちょうどいいかな。サルルや王国を救ったとかよくわからんし、ペネロペやクララの救世主で十分だよ」
そう告げると、クララは緑の眼をパチクリとさせてから
「はい」
と、大きく返事をした。
ペネロペもニコニコといつもの愛嬌のある笑顔を返してくれる。
その時、わぁっとひときわ大きく歓声が沸いた。
見ると、城門の上のテラスにユーゴと黒姫が姿を見せていた。
――勇者と聖女。
ふたりの召喚に巻き込まれただけの俺だけど、誰かの役に立てるならこの世界も案外悪くない。
なら、日本に帰れるまではこの世界でこの力でできることをやっていこう。
湧き上がる歓声は、澄み切った青空に向かって高く高く上っていくようだった。
Fin
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