第57話 決闘
目の前に鎧姿のイケメンがいる。
フル装備の鎧だ。
胸と腰、腕、脛の部分の鎧は鮮やかな青色で銀の縁取りや模様が入っている。
同じく青色に銀の模様の入った兜はまだ着けてない。
黒い癖毛の長髪を風も無いのにサラサラと靡かせて、険しい光を帯びた紫の瞳でまっすぐに俺を捉えている。
手に持つのは柄に赤い石を嵌め込んだ愛用のロングソード。
イケメンの名はアンドレ・ヴォ・ジャルジェ男爵。
勇者タニガワカツトシを祖父に持つ、現国王の実子。
それが、俺がこれから決闘を行なう相手だ。
ロッシュ城でユーゴたちとドラゴンと戦った後、俺が一番に心配したのはクララのことだ。ついでに、ネイ団長をはじめとした第9分団の人たちも。
彼女と彼らは、サルルルーイの砦で俺たちがロッシュ城に急行するために護衛騎士だったアンドレたちを足止めしてくれた。けれど、それは上位貴族に実力を行使して逆らうことになり、ひいては王国への反抗と見なされた。重罪である。
しかし、そのおかげで俺たちはロッシュ城に行くことができ、最小限の被害でドラゴンを倒すことができたのだ。彼女と彼らの働きが無ければ、ロッシュ城もろとも召喚魔法陣を失っていたことは間違いない。むしろ、彼女と彼らはその功績を讃えられるべきだ。
ということを滔々と力説したところ、その罪を不問としたいのならば決闘に勝利してその権利を得よと言われてしまった。
どうしてそういう理屈になるのかいまいち理解できなかったけど、そうだというのなら受けるしかない。
で、その決闘の相手がアンドレっていうのは直接の被害者だし、まぁわかる。
でも、ヤツが勝ったら俺が黒姫から手を引くっていうのがわからない。
「たとえマイの気持ちがお前にあったとしても、私はマイを手に入れたいのだ。いや、手に入れなければならないのだ。でなければ、私の価値は無くなってしまう。だから、お前を倒してマイを私のものにする!」
決闘の前にそんなことを言いやがった。黒姫は賞品じゃねぇぞ。
アンドレの事情とかどうでもいいが、だったらこっちからも言ってやる。
「俺が勝ったら、黒姫のことをマイとは呼ばせない」
見物人の中から「ひゃぁ」と喜声が聞こえた。静かにしてくれませんかね、黒姫さん。
決闘の場所はダンボワーズ城の庭園の一角。
テニスコートほどの広さの芝生の広場で、周りを葉の多い木々や生け垣に囲まれていて人目につかない場所だ。
立会人というのか、ここの城主でアンドレの養父でもあるジャルジェ公爵が決闘を取り仕切る。
その他に国王とか宰相のポなんとか、ルシールのお父さん。あとはユーゴと黒姫。アンドレ側にはアレンとヴィクトール。
更には、それぞれに付き人や護衛の衛士がついてきているので、けっこうな数の見物人がいる。
俺の装備はいつも訓練に使ってる鎧だ。アンドレみたいな全身を覆うタイプじゃないけど、これが一番慣れてるからな。
兜も革に鉄の補強が入ったタイプ。
剣も護身用に持っている剣だ。両手でも片手でも使える諸刃の剣。長さはアンドレのより少し短い。ただし、勇者の魔法が付与されてる特別製だ。
ジャルジェさんによる決闘の宣誓が終わって、ついに雌雄を決する時がきた。
太陽は真上、薄雲の中。風はほとんど無い。
対する距離は3mほど。
左足をやや前に。剣は正面。
アンドレは左足を前に、剣を顔の右前に構えるオーソドックスな構えだ。
アンドレはルシール並みの魔力を持ってる上に努力も怠らないイケメンだ。きっと剣の腕も相当だろう。
勝てるとはとても思えないけど、負けなければいい。受けて受けて受け続けてやる!
「始め!」
合図に被るようにアンドレが一気に踏み込んできた。
左からの袈裟斬り。基本どおりだけど速い!
けど、受ける。力負けはしない。
アンドレも様子見の打ち込みだったのか、スッと引く。
「っ!」
アンドレの体を虹色のオーラが覆った。
突き! ジャンヌさんの3連撃と同じ剣筋だ!
最後は捌けないと見切って、地面を蹴って退く。見たことあってよかった。
「これを躱すか」
オーラを消したアンドレの眼が険しくなる。
「見たことありますから」
「なるほど。初見ではなかったか」
「ジャンヌさんの方がもっと速かったですけどね」
煽るように言うと、怒りを含んだ瞳で切り込んできた。それを受けると、アンドレはそのまま体ごと飛び込んでくる。今度は力押しか。
グイっと剣をねじ込んでくる。
パッと退いて下から切り上げてくる。
踏み込むと見せての回転切りでタイミングを外してくる。
逆手に持ち替えて逆から薙いでくる。
身体強化を使った速くて重い一撃を紛れ込ませてくる。
それを全て見切って受けた。見切ったっていうか、相手の意思を感じ取ってるみたいな。だから、フェイトをかけても剣筋を変えてもわかる。後は身体強化魔法で素早く確実に対応するだけだ。
「なるほど。そこそこはできるようだな」
一旦動きを止めてアンドレが呟いた。
「だが、どうして打ってこないのだ?」
「俺は『総受け』なんで」
「攻めなければ勝利は無いぞ」
「アンドレさんが疲れ切ってもう動けなくなるまで受け続けますよ。そうなれば俺の勝ちですから」
正直、受けに集中できるからなんとか持ちこたえられてるっていうのが本音。ちょっとでも攻撃にでたら隙が生まれる自覚がある。
「ならば……」
アンドレの体を今まで以上のオーラが包む。
鋭い踏み込みと刺突。横へ逃げつつ捌く。追撃の切り上げ。躱す。胴切り。受ける。更に胴。回転して首。反転して脚。追撃の突き2連。左右の切り上げ。力を乗せた打ち下ろし。え、これいつまで続くの?
さらに斬撃と刺突。
先走ってくるオーラを見極めて捌いてるのに捌ききれない。
つッ。
やつの剣が左腕の鎧の無いところをかすめて血が滲む。けど、痛くない。痛くないったら痛くない!
漸く、回転切りの3連撃を受けきったところでアンドレのオーラが切れた。その連撃の総数18。
「18連撃の達人って、アンドレさんかよ」
さすがに息が上がった。剣を握る手も痺れてる。
「これでも仕留められないのか。侮っていたつもりはないのだが」
アンドレも肩で息をしている。でも、まだ魔力量は残ってる。
アンドレは息を整えてすぅーっと剣を頭の上に構えた。
こっちも正面に構える。
まだ剣に魔力を乗せた打ち込みを見せてないな。
俺の剣には切れ味を犠牲にしたユーゴの強化魔法が付与されている。どんな剛剣を受けても折れたりしない。
後はどれだけ俺が耐えられるか。
アンドレの剣先がゆっくりと後ろに倒される。今にも打ち込んできそうだ。
距離は踏み込み3足分ある。一気に詰めてくるのか? 飛び込んでの一撃? ……いや。
アンドレの唇が微かに動いて、柄を握る左手が埋め込まれた赤い石に触れる。そこに陽炎がゆらめいた。
魔法っ
そう気づいた瞬間、伸ばされたアンドレの左手から陽炎が飛び出した。それを追うようにして真っ赤な炎が迫る。
ロールターン!
踏み出した右足を軸に一気に左回転で躱す。後頭部を熱がかすめていく。視界に入ったアンドレは左手を伸ばしたままだ。
隙あり? なら、いけっ!
回転して出した左足に体重を移して、更に右足を踏み込む。腰の回転を使って右からの袈裟斬り!
それを待っていたかのようにアンドレは上段から右手一本で振り下ろしてきた。
誘われた? 相打ち? いや、アンドレの左腕が受けに入っている!
咄嗟に腕を畳んだ。
ゴキン
鈍い手応えと衝撃音。
地面を跳ね飛ぶ赤い魔法石の剣。
俺の剣がアンドレの剣の根元に当たって叩き落としていた。
俺の剣はそのまま剣先がアンドレの方に向いている。腕を畳んだせいで踏み込みきれず、左足には僅かに体重が残っていた。突き出せばアンドレの喉元に届く!
……でも、俺は動かなかった。動けなかった。
「なぜ突いてこない」
アンドレが怒ったように、けれど静かな声音で言った。
なぜって言われても、やっぱ人に向かって剣を突くなんてムリだ。
さっきは勢いに任せて切り込んだけど、この剣じゃ切れないってわかってたし、でもさすがに突いたら刺さる。そう思ったら動けなかった。俺には人を傷つける度胸も覚悟も無かったのだ。
けど、バカ正直にそれを言うわけにもいかないしなぁ。
「……さっきも言ったけど、俺は『総受けのレン』です。攻撃はしません。受けるのみです。アンドレさんが攻撃できなくなるまで受け続けます」
アンドレの顔が歪んだ。
「けど、アンドレさん。その右手じゃもう剣は持てないですよね?」
アンドレは左手で右手首を押さえていた。たぶん俺が剣を叩き落とした時に捻ったのだろう。
「……」
アンドレは答えない。
荒い呼吸音だけがいつまでも続くように感じられたその時、
「それまでだ、アンドレ」
ジャルジェさんの醒めた声が静かに響き、決闘の終わりを告げた。
※ ※ ※
その後、サルルルーイの砦で拘束されていたクララと第9分団の騎士たちは無事解放され、罪も不問となった。
クララは居残っていたクレメントさんやシュテフィさんと一緒に王都に戻ってきた。その際、彼女の祖父と父親がどんなに駄々をこねたかは想像に難くない。
戻ったクララから聞いた話だけど、あの時クララがクレメントさんに取り押さえられていたように見えたのは、実はクレメントさんはクララに向けて殺傷レベルの魔法を放とうとしていたアンドレやアランから彼女を守ってくれていたのだそうだ。クレメントさんに心から感謝だ。
あと、第9分団も通常業務に戻ったそうだ。
ゾーイさんは、無許可で国外へ出たこと、クララ姫に憑依して王宮を混乱に陥れたこと、ゴール王国と共謀して召喚魔法陣を破壊しようとしたことなどが罪に問われ、一生を修道院で過ごすという罰が課せられた。
その親である王弟には王族からの除籍が言い渡された。この処置はゾーイさんの死刑と引き換えにされたものだと聞いた。
ルシールには特にお咎めは無かったんだけど、彼女は俺たちを送還した後、姉と同じ修道院に入るのだと言っていた。
ちなみに、その修道院がアンブロシスさんの息子が領主をしているブルトーニュ領の片田舎にあるのは、きっとどこかの気のいい爺さんの計らいだろう。
次回、最終話です。




