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第56話 決着?

 屋上に戻ると、そこにはビミョーな空気が漂っていた。

 ルシールとゾーイさんがちらちらと俺たちを盗み見て頬を染めている。

 どうやら、みんなは俺と黒姫が何をしに行っていたか理解しているらしい。居たたまれない。

 その上、俺は黒姫をお姫様抱っこしている。いや、どことは言わないけど「まだちょっと痛くて、階段を上れそうにない」って彼女が言うから。


「間に合ったか?」


 黒姫をユーゴの側に下ろして聞くと、かなり憔悴したユーゴが無理に笑顔を作って頷いた。


「うん。思ったより早かったね」

「うっ……」


 ユーゴの何気ない言葉が俺のメンタルを抉る。


「すぐに魔力を補充するわ」


 黒姫が顔を赤くしてユーゴの背中に手を当てた。


「魔力は十分?」

「ええ。……に、2回分……あるから」


 更に赤くなって俯く黒姫。


「2回分?」


 ユーゴが眼を薄くして俺を見た。


「や、その、念のためだよ、念のため」

「じゃなくて、この短時間によく2回も……」


 わーっ、言わないでぇ!

 だってしょーがないじゃん! 出ちゃったんだから!


「いいから! 白馬くんはドラゴンにとどめを刺して!」


 怒ったような黒姫の声にユーゴが立ち上がる。そして再び『デスプレス』を放った。

 轟音を響かせて崩れる本館。

 粉塵が舞い上がってどうなったか見えないけど、ドラゴンの魔力はまだ感じる。


「まだまだ。瓦礫よ、我が意のままに。サルコファガス!」


 おおっ。意味はわからんけど、今の技名はカッコイイな!


 ユーゴは更に魔力を加え続けた。

 粉塵が収まっていくと同時に巨大な石の直方体が現れた。その周りに1階部分の床が残った本館と散乱した家具や木材が見える。


「なにこれ?」


 黒姫が驚きと呆れが混じった声を上げる。


「石棺だよ。瓦礫を石に再構築して作った」

「じゃあ、あの中にドラゴンが閉じ込められてるの?」

「うん。普通の棺と違って隙間は無いけどね。僕の魔力で強化した石だし、ドラゴンがどれだけ強くても、これならもう身動きできないでしょ」

「凄いな、ユーゴ。圧勝じゃないか」


 ダウンバーストで地面に落としてランスで拘束、動けなくなったところへ粉塵爆発、とどめに瓦礫で埋めて固める。ドラゴンにはほぼ何もさせなかった。


「戦いに勝つ秘訣は相手に何もさせずにこちらのペースで戦うことなんだって。一進一退の手に汗握る攻防や絶体絶命からの起死回生の一撃なんて、見てる方は面白いかもだけど、戦ってる当人たちにとっては無いほうがいいに決まってるからね」


 まぁ、勝ったと思ったらまだ奥の手を隠してたなんて、話を引っ張るセオリーみたいなもんだし。


「それに、黒姫さんとさんざんシミュレートしたからね」


 ユーゴが黒姫と頷き合う。


「空高く飛んでるドラゴンに対抗するのに風魔法を使うのは確かに有効だと思うし、前の勇者が竜巻を使ったのも理解できるけど、でもドラゴンも風魔法を使うから拮抗しちゃうんだよね」

「そんなことになったら、サルルブールみたいにロッシュの町がメチャクチャになっちゃうわ。最悪、この塔も無事じゃ済まないかもしれないし」

「で、どうするかって考えて、竜巻は上に巻き上げる風だから、逆にしたらいいんじゃないかって黒姫さんが言って」

「押してダメなら引いてみろよ」


 ちょっと違う気もするが。


「だから下向きの風で地面に落とそうってなったわけ」

「ちょうど翼を広げてるし。浮かせるために広げた翼が仇になったね」

「地面に落としてからは魔獣の討伐した時にリギューを土の壁に閉じ込めるやつを参考にしたの」


 あー、あのえぐいやつか。


「ここ、ちょうど建物で囲んであるからね。粉塵爆発にも利用できたし」

「ふんじんばくはつと言うのですか? あれほど激しい魔法は初めて見ました」


 話を聞いていたのか、ルシールが恐々聞いてきた。


「原理は魔法じゃないけど」

「レンが石炭を見つけてくれたおかげだね」

「せきたん?」


 ルシールが単語を問い返した。やっぱり石炭に該当する単語が無いんだな。


「高妻くんがサルル領で見つけた燃える石よ。それを細かく粉にしたものを空気中に漂わせて火を点けると急激に燃え広がって爆発したみたいになるの」

「さすがのドラゴンもこれを喰らったことは無かったんじゃないかな」


 デュロワールには火属性の魔法でも爆発系は無かったと思う。ダウンバーストもそうだけど、現代知識チートってヤツだな。他には、ウオータージェットカットとか水蒸気爆発とかもできそうだ。まぁ、魔法が使えない俺には関係ないけど。


「でも、こんなにうまくいくとは思わなかったわね」

「うん。もっと抵抗されると思ってた」


 確かに。ドラゴンの魔力量が思ったほどじゃなかったんだよな。もしかしたら、憑依されていたことと何か関係があるのかも。


「憑依魔法ってかけられてる方も魔力を消費するんですか?」


 ゾーイさんに向かって聞くと、彼女はそれには答えずに悲しそうな眼でドラゴンを閉じ込めた石棺を見つめて、


「聖獣なのに、なんてことを……」


 辛そうにそう呟いた。それには返す言葉も無い。

 もしも彼女の言うとおりドラゴンが豊穣の雨をもたらす存在なのだとしたら、デュロワール王国のみならずガロワの地にその恵みは二度と与えられないのだから。

 無言のまま石棺を見下ろしていると、ふとその中で動きがあった。


「っ!」


 一瞬、ドラゴンが石棺を壊して出てくるのかと警戒したけど、巨大な石の塊は微動だにしていない。


 そんな。まさか……。


 魔力が、魔力だけが動いていた。

 その魔力が石棺には何の干渉も受けずにすーっと外に出てきた。

 それはドラゴンの形をした金色の光だった。大きさは馬くらい。金色の小さなドラゴン……の魔力、いや魔素だ。魔素だけの存在だ。


 そっと左右に視線を向ける。ユーゴも黒姫も、ルシールもゾーイさんも、みんなにそれは見えていないらしい。静かに石棺を見下ろしているだけだ。


 もう一度、石棺に目を戻すと、その魔素だけのドラゴンは小さな翼を広げてふわりと浮かび上がった。そして、ゆらゆらと上昇し始める。

 息をつめてゆっくりと上昇していくドラゴンを目で追っていると、目線と同じくらいの高さになったところで眼が合った。

 いや、相手に眼なんてないんだけど、合ってしまったのだ。

 魔素のドラゴンは上昇を止めてじっと俺を凝視している。やがて、すーっと水平に移動して近づいてきた。


 え、ちょっ、なに? 恐いんだけど!


 ドラゴンは俺の目の前で停止した。

 見つめ合うことしばし。


『お主には妾が見えるのか?』


 言葉が額の『言葉の魔法石』から流れ込んでくる感じがした。

 突然のことに俺は言葉を返すことができず、ただ頷いた。


『真実か。されば、異質な魔素の持ち人なればこそか』


 異質な魔素の持ち人?


『お主たちのように、この世界のものではない人族のことぞ』


 頭の中で思ったことがダイレクトに伝わってる?


『然り。お主の魔素と妾の魔素が共鳴しておるのだ』


 なるほど。じゃあ、ちょっと質問いいですか?


『何ぞ?』


 あなたはあのドラゴンの魔素なんですよね?


『然り』


 魔素の体になってどうするつもりなんですか? 俺たちに報復する意思は無いように感じますけど。


『ねぐらに戻りて新たな卵に宿るのみぞ』


 卵に宿る?


『ねぐらには、躯体が古くなった時のために予め卵を産んである。それに宿りて新たな躯体を得るのだ。永き時、妾はそれを繰り返してきた』


 ドラゴンは転生を繰り返すって本当だったんだな。


『然り。されば、永き時を生きている故、妾は暇でな』


 は?


『最近、天から魔素が降りてくる頃になると異質な魔素を持つ者が現れるようになり、興が湧いて相対してみておったのだ』


 暇だから召喚された勇者たちにちょっかいかけてたってことか。


『こたびは人族の娘の誘いに乗ってみたが、少々戯れが過ぎたか。やれ、酷き目に遭うた』


 そうでしたか。なんかすみません。


『よい。どれも初めて受ける刺激故、面白くあった』


 ドMか。


『?』


 なんでもないです。それより、天からの魔素が降りてくるっていうのは、もしかして流星雨のことですか?


『お主の思う、天空から降りし星屑、で相違無い』


 なるほど。この世界のものには全て魔素が含まれるんだもんな。流れ星に魔素があってもおかしくない。

 ちなみにですけど、なぜあなたは流星雨が降ると現れるんですか? やっぱりケールのお姫様のお願いだから?


『姫などは知らぬ。妾はただあの天からの魔素を味わうために飛んでおるのだ』


 味わう? 食べてるんですか?


『あれはなかなかに珍味ぞ。嬉しいことにちょくちょく天から降ってくる故、ここしばらくはあの魔素だけ食べておる』


 ふーん。それが彗星が来る度にドラゴンが現れる理由か。まぁ、ケールのお姫様の話は人間が勝手に後付けしたんだろう。となると、豊穣の雨も同じか。

 

『豊穣の雨とは何ぞ?』


 えーと、あなたがガロワの地に降らせている雨のことです。そのおかげで大地に実りがあるのだとか。


『そ、そうか』


 あれ? なんか今動揺しませんでしたか?


『そんなことはない。食べたら出るのは生あるものとしの当然の理ぞ』


 食べたら出る? ……あ。

 マジかよ。豊穣の雨がドラゴンの排泄物だったなんて。


『何を言う。人族も家畜の排泄物を使うであろう?』


 いやまぁ、確かに肥料には牛糞とか鶏糞とかあるし、爺ちゃんが子供の頃には普通に人の糞尿も使ってたそうだけどさ。

 でも、それが豊穣の雨っていうのはなぁ。


『お主、何か失礼なことを考えておるな』


 いえ、全然。あなたがガロワの地に放尿して悦に入ってる変態だなんて思ってませんから。


『考えておるではないか』


 すんません。


『げに、人族とは可笑しき考えをするものだな』


ドラゴンの魔素体も十分おかしい存在ですけど。


『何か?』


 いえ、なんでも。

 そういえば、あの石の中に残った体はどうなるんですか?


『やがて朽ちるであろう。あの躯体も長く使った。もはや痛みも多い。良き頃合いよ。暫し縄張りを放置せねばならぬが致し方無かろう』


 暫し? あ、卵からやり直すからか。


『然り。成体になるまでには、天からの魔素を5度ほど過ごさねばならぬだろう』


 だいたい300年後か。

 今が西暦何年相当の時代かわからんし、俺たちの世界線のように発展するとも限らんけど、300年後にドラゴンが現れたらかなりパニックになるんじゃね? なんかゴ○ラっぽい? いや、ラ○ンか?


『少々お主が何を思考しているのか理解しかねる』


 はい、すみません。


『よい。妾と意思の通じることができた人族は久しい。見れば、同じき異質の魔素の持ち人なれど、妾と意思のやり取りができるのはお主だけのようだ。面白きかな』


 それはどうも。


『されば、面白き異質の魔素の持ち人よ。縁があればまた会おうぞ』


 いや、変なフラグ立てるのやめてくれませんかね。


 けど、ドラゴンからの返事はもう無かった。

 金色に輝く魔素だけのドラゴンは、再びゆるりゆるりと上昇し始めて、やがて西からの風に乗って、東へ、アルプスの方へと小さくなっていった。


「――ン、レン」


 名前を呼ばれたような気がした。


「レン?」

「高妻くん?」


 あ、やっぱり呼ばれてる。


「え、なに?」

「なに?じゃないわよ。さっきから呼んでるのに、どうしたの? ぼーっとして」

「俺、ぼーっとしてたのか?」

「そうよ」


 あれ、夢だったのか? ……いや、違う。あの石の塊にもうドラゴンの魔力は感じられない。


「まだボーっとしてるの?」


 黒姫が心配そうに俺の顔を覗き込む。ちょっと近いんだけど。いいけど。


「実は……」


 と、今しがた起こった不思議な体験をみんなに話した。


「それ本当なの?」


 黒姫が疑わしそうに言う。


「正直、自分でも半信半疑なんだけど、でも、理屈は通ってると思うんだ」

「どのへんが?」

「この世界の全てのものに魔素が含まれるとしたら、彗星だってそうだし、当然その塵が元の流星もそう。だから、流星雨が降ればその魔素は大気中を漂う。まぁ、偏西風とかあるし、実際どういう流れになるかは不明だけど。で、ドラゴンがそれを食べて出したものが雨になって降る」

「いやぁねぇ」


 黒姫がうへぇっと顔をしかめる。


「何百年、もしかしたら何千年とドラゴンを経由した彗星由来の魔素がガロワの地に降って大地を潤していたんだろうな。だから、勇者によってドラゴンが来なくなったこの国の土地は魔素が少なくなって作物の収穫量が減ったんだ」

「魔素に作物を育てる力があるのですか?」


 ルシールが不思議そうに聞いてきた。


「たぶんな。今それをシュテフィさんが証明しようとしてる」

「だとすると、ドラゴンの『豊穣の雨』って本当だったんだ」


 感心するユーゴにゾーイさんが非難の眼を向ける。


「だから言ったでしょ。ドラゴンは聖獣だって。どうするのよ、この先。デュロワールだけじゃなくなるのよ。豊穣の雨の恩恵が無くなるのは」


 ぐうの音も出ない。俺たちの都合でこの世界に大きな不利益を与えてしまったのだから。

 けれど、彼女の妹が異を唱える。


「それはお姉さまにも責任があると思います」

「私に?」

「はい。お姉さまがここの召喚魔法陣を壊すためにドラゴンを使役しなければ、このような結末にならずに済んだのではないですか?」

「だって、それがサクラお婆さまの遺志だったから」

「私にはサクラお婆さまのお気持ちがどういうものだったかはわかりませんが、それでも何の責任も無いマイたちやお姉さまを犠牲にしなければ叶えられないことだったのでしょうか」

「私は犠牲になんてなっていないわ」

「いいえ。確かに、お姉さまも私もサクラお婆さまの血と力を受け継いでいますが、だからと言ってその遺志まで受け継ぐ必要は無いのです。お姉さまにはお姉さまの生き方があるのですから」

「そんなこと……」

「それに、そのせいで大好きなお姉さまと理由もわからずに会えなくなってしまうなんて、私はイヤです」

「ルシール……」


 あー、これはシスコンには効くなぁ。

 案の定、シスコンの姉は妹とがっちり抱き合ってしんみりしている。

 でも、ゾーイさん、この先どうなるのかな? いろいろやらかしちゃってるからなぁ。

 まぁ、それは俺がどうこうできることではないし、王弟殿下にまかせるしかないな。ただ、彼女もナエバサクラの被害者だってことは言い添えておこう。


 とにもかくにも、ドラゴン退治は終わった。


「お疲れ、ユーゴ。さすがは勇者様」


 と、拳を突き出す。

 それにユーゴが自分の拳をこつんと当ててくる。


「僕の力だけじゃないよ。黒姫さんとレンがいたからだよ」

「ルシールもよ」


 黒姫も拳を合わせながらそう付けくわえた。

 みんなでルシールを見やると、「はい」と天使のように微笑んでいる。


 そうだ。俺たちだけじゃない。クララやシュテフィさんやルシールのお父さんの協力もあったからこそ、この偉業を達成することができたんだ。


 塔の屋上で心地よい一体感に包まれていると、下の方が騒がしくなってきた。

 そろそろ避難していた人たちが様子を見に戻ってきたようだ。驚きや嘆きや怒りの声が聞こえてくる。

 うん、本館がまるまる無くなっちゃったもんね。怒るのも当然だ。

 しょうがない。一言言っといてやるか。


 それ全部、勇者がやったんですよー! 勇者のせいだからねー!


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