第55話 決戦
俺はまるでマイケル・ジョーダンのように空を駆けて、ドラゴンの頭からずり落ちたゾーイさんを受け止めると、その勢いでドラゴンの翼に乗っかり、そのまま体の上を駆け抜けて見事に屋根に着地した。まるでハリウッド映画か、何かのアトラクションみたいだ。身体強化魔法さまさまだな。
けれど、屋根はかなり傾斜がきつい。すぐにずり落ちそうになるところを、西洋の建物によくある屋根の途中から突き出している三角屋根にとりついて凌いだ。
一呼吸遅れて、ドラゴンが身動きする。バサッと翼を広げて、その体から放たれた魔力が周囲の空気を巻き上げた。
その巨体がふわりと持ち上がる。その瞬間、
「ダウンバーストっ!」
ユーゴが技名を叫ぶと、上空でホールドしていた魔力が風となって一気に吹き降りてきた。広げた翼がそれをまともに受け止める。
ダウンバーストって、確か積乱雲なんかで起きる強烈な下降気流だったと思うけど、ユーゴのはただの下向きの強風っぽいな。
ただし、その威力はデストロイトルネード級だった。ドラゴンは抗う術も無く、屋根を巻き込みながら中庭へ落ちていった。
と、中庭から激しい風が無茶苦茶に吹き出てきた。
「あっぶ」
「きゃあぁぁっ」
左手でゾーイさんを抱きかかえたまま右手で屋根の角を掴んで荒れ狂う風に耐える。
が、それもすぐに収まった。すると、
「ちょっと、放しなさいよ!」
耳元でゾーイさんが大声を上げた。
「この状況で放せるわけないでしょ!」
ここは3階の屋根の上だ。3階と言っても1階1階が日本の建物より高いから、実質5、6階以上の高さがある。しかも屋根は急斜面だ。手を放して無事でいられる保証はない。
「だって――きゃあぁぁっ」
またしても吹き荒れる強風。
ユーゴが中庭に落ちたドラゴンに向かって再びダウンバーストを叩きつけたのだ。
それが収まると、今度は槍が空に飛びあがった。4本? いや、もっとか。ダウンバーストの余波で雲が散って青さが戻った空の中をキラリと太陽の光を反射して急降下していく。ユーゴお得意の魔法だ。
「あんなもの、ドラゴンの硬い鱗に刺さるわけないわ」
ゾーイさんがせせら笑う。
外側の屋根の斜面にいる俺には中庭のドラゴンの様子は見えない。ドラゴンが動き出すような感じはしないけど、どうなってるんだろう?
必死に様子を探ってると、
「本当にもう放して」
と、ゾーイさんが強引に手を突っぱねて体を捩った。
「無理無理無理! 危ないって」
「だって私、もうずっとお風呂に入ってないから……」
「は?」
なんか急に乙女なことを言い出した。
「髪も汚れているし、ローブも着たっきりだし」
俺から身を遠ざけようとそむけるようにしている彼女をまじまじと見る。そして、
すんすんっ、すんすんっ。
「いやぁっ。どうして匂いを嗅ぐのよ。あなた、おかしいんじゃない?」
怒りからか羞恥からか、顔を真っ赤に染めて涙目で抗議してくるけど、俺を変な性癖の持ち主みたいに言うのはやめて欲しい。
「だって、全然臭くないですよ?」
試しに嗅いでみたけど、さっき抱き寄せた時に不可抗力的に嗅いでしまった妹さんの匂いと遜色なかった。
「そんなはずないわよ」
「本当ですって」
改めて見てみると、ルシールよりも長く背中の中ほどまである黒髪はサラサラで、見知ったものより少し日に焼けた肌も綺麗だし、ほとんど白に近いローブは襟元が擦り切れてはいるけど汚れているようには見えない。
「あ、きっと黒姫の浄化魔法で汚れも浄化されたんじゃないですか?」
「はぁ? そんな話聞いたこともないわ」
「とにかく、ゾーイさんはいい匂いがするので大丈夫です」
「何も大丈夫じゃないでしょ! いいから放して!」
「ダメです」
と問答していると、
「レーン!」
ユーゴの声がして、目の前に大きな槍、ランスって言うのか、細長い円錐形のアレが浮かんでいた。
すぐに意図を理解した。
俺はゾーイさんを抱えてそれに跨った。
途端にくるりと天地が逆さまになる。
「いやあぁぁ」
抱えてたゾーイさんが落ちそうになって悲鳴をあげる。慌てて抱きとめると、ランスに脚を絡めて逆さまになった俺の胴体にゾーイさんが抱きついてぶら下がる格好になった。これはアレだ。天空の城のアニメで見たことあるな。
その恰好のまま槍が動き出して、ゾーイさんの下半身越しに見える屋根と地面が流れていく。
「は、放さないでよ」
ゾーイさんが震える声でさっきとは真逆のことを言う。我儘だなぁと思いつつも彼女を抱く手に力を込めると、顔と胸のあたりに彼女の体を感じてしまった。
「ゾーイさん、ちゃんと食べてますか? 随分痩せて――イタタタ。ちょっ、抱きついたままつねるのは反則」
「どうせ私は妹と違って貧相な体よ」
「いや、そういうのがイイって言う人もいますから、悲観することないですよ」
「そこはちょっとは否定しなさいよ!」
せっかくフォローしたのに怒られてしまった。
とかやってると、グイっと上昇する感覚とともに視界に塔の屋上の床が入った。続いてゆっくりと降下してゾーイさんの足が着く。それを確認してから、絡めていた足を解きニャンパラリと半回転して華麗に着地。
「お姉さま!」
「ルシール!」
へにゃりと床に座り込むゾーイさんにルシールが抱きついきた。姉もしっかりと抱擁で応える。よかったよかった。
ユーゴはと見ると、その背中に黒姫の両手が当てられていた。魔力を補充しながら戦ってたんだな。
「……どうしてアレに跨ろうなんてするかな」
そして、呆れた声でそんなことを言ってきた。おかしいな。アニメで見た終末の魔女はランスに跨って飛んでたんだけどな。
「ま、結果オーライってことで」
「オーライならいいんだけど」
と、ちらりと背後を見やる。その視線の先は恐いので見れない。
「で、ドラゴンは?」
話を変えながらユーゴの横に並ぶようにして中庭を見下ろすと、ドラゴンが翼を広げたままで這いつくばっていた。頭の後ろのところで2本の槍がクロスして地面に刺さり、その長い首を拘束している。左右の翼もそれぞれ2本ずつの槍で地面に縫い留められていた。翼を突き破っているのではなく、皮膜ごと地面に突き刺さっているみたいだ。尾もやはりクロスした槍で動きを封じられていた。
ドラゴンは全く動けない。
「凄い……あっ」
頭の角に急激に魔力が集まってきた。小さな電光がパチパチと爆ぜる。
「来る! 電撃っ!」
俺が言うと同時にユーゴが腕を振り、地面にあった何本もの剣が動いて見えた瞬間、一瞬の閃光とともにバシッと音がして剣が四方八方に飛び散り、焦げ臭いにおいが辺りに漂った。
「油断大敵。ありがと、レン」
「剣で防いだのか?」
「間一髪だったけどね」
ユーゴは小さく息を吐いてドラゴンを見下ろした。首元を固定されたドラゴンは眼だけでこちらを威嚇しているけど、角に魔力が集まる気配は無い。
「自然の雷を発生させているのかと思ってたけど、自分で放電してるのか。でも、連発はできないみたいだな」
「じゃあ、電撃が来ないうちに」
ユーゴは木箱に手を伸ばした。
「秘密兵器の出番だ」
そして木箱の蓋を開けて、中身を中庭めがけてぶちまけた。
黒い粉のよういなものが広がって落ちていく。
「風よ、我が意のままに」
ユーゴの魔力が黒い粉を包んで中庭一面を覆うように広がっていった。この魔素は知ってる。石炭だ!
「石炭があるなら当然これだよね?」
ユーゴは右手で石炭の粉をコントロールしたまま、左手に赤い魔法石を握り込んだ。そして小さな火を作り出す。
「炎よ、我が意のままに。エクスプロージョンっっ!」
ユーゴの左手から火の矢が飛んで、一拍おいて轟音と地響きと舞い上がる炎、そして爆風。
いや、その技名はいいのか? 頭のおかしい紅い眼のロリっ娘に絡まれないか?
「ウィンドシールド!」
俺の心配をよそに、ユーゴは風の障壁を作り出して爆風と熱を防いだ。
黒煙と爆風が収まった後、中庭を覗いてみると、枠ごとガラスが吹き飛んで窓がぽっかりと開いている本館と金色の鱗を黒い煤まみれにして沈黙しているドラゴンがいた。
「やったか? あ」
思わず口から出てしまった。
まぁ、そんなフラグを立てなくてもドラゴンがまだ生きてるのはわかってた。
「とどめだ」
ユーゴが両手を前に突き出す。
「デスプレス!」
ユーゴから放たれた魔力が本館の建物を覆うやいなや、ガラガラと崩れ始めた。そのがれきがドラゴンを埋めていく。あ、これシンな怪獣映画でやってたヤツだ。
が、唐突に本館の崩壊が止んだ。
「ユーゴ?」
横を見ると、ユーゴが片膝をついてしゃがみ込んでいた。その体から感じる魔力が弱い。
「魔力切れ?」
背中に手を当てていた黒姫もぐったりしている。
「黒姫もかよ」
「ごめん。さっきの浄化魔法で使いすぎちゃったみたい」
確かに。あの分の魔力があれば余裕でドラゴンを埋め尽くせただろう。
どうする? 中途半端なままじゃドラゴンが復活するかもしれない。現にじりっじりっと動き始めている。ユーゴがなけなしの魔力でそれを抑え込んでるのが現状だ。
「ルシールは?」
振り返って聞くと、力なく首を横に振られた。
「ごめんなさい。私もほとんど残っていません」
だよな。転移魔法の連続だったもんな。
「じゃあ、ゾーイさ――」
「私が協力するわけないでしょ」
ふんっと睨み返された。
「お姉さま……」
「そんな子猫みたいな瞳でお願いされても、私だってドラゴンを使役するのでいっぱいいっぱいだったのよ。正直もう立ってるのもつらいくらいなのよ」
と、横を向く。
「あ、アレがあるわ!」
黒姫がグッドアイデアとばかりに指を立てた。
「アレとは?」
「アレはアレよ」
と、ベルトのポーチの中からジャラジャラと薄い黄色にそまった魔法石を取り出した。
「あ、聖水か」
「聖水って言わないで」
まだ拘ってるのか。
「でも、それじゃ雀の涙だね」
ユーゴが眉を下げた。
「じゃあ、あと魔力があるのって俺だけか……」
でも、俺は魔法を使えないし、誰かに分けることもできない。
「……すまん。こんな時に何の役にも立てなくて」
あと一押しなのに。
結局俺って巻き込まれて来ただけの役立たずかよ。
「そんなことないわ!」
黒姫がきっぱりと言い切った。それは慰めでもその場凌ぎの言葉でもないと感じさせる力がこもっていた。
「白馬くん、どれくらい待てる?」
「うーん。聖水を使ったとしても20分か30分。でも、保証はできないよ」
「うん、わかった。頑張って」
「黒姫、何か当てがあるのか?」
期待を込めて聞くと、黒姫が俺を正面から見つめる。そして、
「来て!」
と、俺の手を引っ張って出口の扉に向かって歩き出した。
「どこに行くんだ?」
「いいから!」
その迫力に黙ってついていくしかなかった。
二人とも無言で階段を下りていく。
5階、4階、3階まで来た辺りで、ふいに黒姫が足を止めた。
「高妻くんは役立たずなんかじゃないわ」
前を向いたままの黒姫がぽつりと零す。
「ううん、高妻くんじゃなきゃダメなのよ」
「俺?」
俺にできることっていったら魔力感知くらいだ。じゃなかったら身体強化魔法。それでドラゴンをぶん殴れってことか? 無理過ぎるだろ。
「……前にさ、フローレンスが言ってたでしょ? その、男の人のせ、精には魔力が含まれてるって」
……え?
「私、今から高妻くんの精をもらうわ」
ええっ⁉
振り向いた顔は真っ赤に染まっていた。まっすぐに向ける瞳も熱を帯びたように潤んでる。
「え、ちょっ、いくら緊急時だからって……」
「見くびらないで」
黒姫はちょっと口を尖らせる。
「別に使命感で言ってるわけじゃないんだからね。こんなこと高妻くんが好きじゃなかったら言えないわよ」
好き? 今、俺のこと好きって言った? いや、
「逆だよね? 俺のことなんか好きじゃないけどみんなのためにしかたなく、だよね?」
「だから、好きって言ってるじゃない。ああ、もう、何、このサイテーな告白」
言うなり黒姫はばっと両の手で顔を覆った。そ、そうか……。
「あ、いや、その、黒姫が俺のことをそんなふうに思ってくれてるなんて、なんか夢みたいで。えっと、その、凄く嬉しくて、嬉しいんだけど、その、現実感が無いっていうか……」
がしがしと頭を掻きながら口から出るままに喋ってると、ふいに黒姫が顔を寄せてきた。
「んっ!?」
唇に熱くやわらかいのが触れる。
かぁっと顔が熱くなって頭がぼーっとする。
「……これが現実よ」
一歩離れた黒姫がはにかむように告げた。
そして、言葉の出ない俺の手に自分の両手を重ねる。
「ねぇ、約束して」
「な、なに?」
「絶対一緒に日本に帰るって」
「もちろん。約束する」
「あと、他の人とこんなことしないで」
「約束する」
「あと……」
まだ何かあるの?
「私も初めてだから……」
そうして、俺と黒姫は一緒に大人の階段を上った。




