第52話 流星雨
食堂の窓の外には綺麗な朝の空が見えていた。今日は暑くなりそうだ。
簡単な朝食を取りながら、今日の予定を考える。
昨日、ルシールのお父さんは王様に掛け合ってくれるって言ってたけど、たぶんそんなに簡単にはいかないだろうな。でも、いつオーケーがでてもいいように、ここを離れないほうがいいだろう。今日はここでドラゴンに関して集めた資料でも読み返してみるか。
と、果実水を飲み干して立ち上がったところでドアがノックされた。クララがドアを開けると、下働きの女性が慌てたように「レン様にお客様です」と告げるのが聞こえた。
急いで入り口に向かうと、いつもルシールの実家から迎えに来る壮年の男性が落ち着いた様子で待っていた。
「……?」
はてなと思いながら、挨拶を口にする。
「おはようございます。旦那様が至急おいでくださるようにとのことですので、お早くご支度をお願いします」
とても至急とは思えない穏やかな口調だったけど、とにかく「すぐに準備します」と踵を返して超速で身支度を整えた。まぁ、俺はいつものローブを着るだけなんだけど、クララはお仕着せを着替えなきゃいけないから、少し時間がかかった。
「お待たせしました」
息を切らせたクララを待って、すぐに王弟の館に案内してもらった。
王弟の館の応接間に入ると、中にはソファーに座ったいつもの桜色のローブのルシールと、昨日よりもずっとラフな感じの貴族服の王弟がいた。その後ろには落ち着いた色の貴族服を着た壮年の男性が控えるように立っていた。王弟の付き人だろう。給仕はスザンヌさんがしたのか、侍女さんたちの姿は無い。
お父さんは立ち上がって俺を迎えながらすぐに用件を言った。
「朝早くに呼び出してすまない。星の雨が降ったと天文職から報告があってね」
えっ……?
「雨が降っていて気づかなかったが、どうやら一昨日から星の雨が降っていたらしい。王国のあちらこちらから報告があったそうだ」
「一昨日……」
一昨日だって?
「想定外だ。早すぎませんか?」
「ドラゴンを呼ぶ星が見えてからそろそろ四半年だ。早くはあるがおかしくはない」
「ド、ドラゴンは?」
「その報告はまだ入っていない」
焦る俺に、王弟の声は冷静だ。それが余計に俺を焦らせる。
「王様の許可は頂けましたか?」
「申し訳ないが、それどころではなかった」
「そうですか……」
「私が今日中に陛下に会って話しをする。悪いが、それまで待っていてくれたまえ」
「無理です。どっちみち、今からじゃ勇者も聖女も間に合わない可能性のほうが高いです。俺の予想が間違ってるのを祈るしかないです」
「無理なことは無い。万が一陛下の許可が下りなくても、私が特別に許可を出す」
「それでもダメでしょう」
「何がダメなものか。私とて王族だぞ?」
ん? なんか話しがかみ合ってないような……?
お父さんもそう感じたらしく、訝しそうに俺を見た。
「もしやとは思うが、君は転移魔法陣のことを知らないのかね?」
「いえ、転移魔法は知っています。ダンボワーズから王宮まで来ましたから」
「そうではなくて、サルルーイの砦との転移魔法陣のことだ」
「はい?」
ポカンとする俺を見て、お父さんはそうかと納得顔だ。
「王宮にはいくつもの転移魔法陣があって、それぞれが違う場所と繋がっている。君がいたサルルルーイの砦もそのうちの一つだ」
え、マジか。
「じゃあ、ここからロッシュ城に行ける魔法陣もあるんですか?」
それなら断然早く行ける。
「いや、その転移魔法陣は無い。一番近くでダンボワーズ城だ。そこから馬を飛ばせばすぐだろう」
「そうですか。それでも十分です。自分はサルルルーイからここまで10日近くかかったから」
そんな便利なもんがあるなら使わせてくれればよかったのに。
「ハハハ。それは仕方がなかろう。王宮と直接繋がっている転移魔法陣は王家の血筋の者しか使えないようになっているからな」
「ですよねぇ」
俺もちょっと余裕が出て笑顔が作れた。
「ありがとうございます、殿下。わざわざ連絡をくださって」
日本式にしっかりと頭を下げる。
「礼なら娘に言ってくれ。早く君に知らせろと急かされてしまってね」
「お、お父さま!」
「ルシールも、本当にありがとう」
彼女にも礼を言って頭を下げた。そして戻した顔をもう一度王弟に向ける。
「あの、我儘を言って申し訳ありませんが、すぐにでも転移魔法陣を使わせていただけませんか?」
そう願い出ると、お父さんは怪訝な表情に変わった。
「許可が出るまで待てないと?」
「こうしている間にも、ゾーイさんに使役されたドラゴンがロッシュに向かって飛んでいるかもしれないと思うとじっとしていられません」
「そんなに早くドラゴンが来るのか?」
「わかりません。でも、待ちぼうけになったとしても手遅れになるよりましですから」
お父さんは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
「それに、サルルルーイにいるユーゴと黒姫も転移魔法陣があることを知らないはずです。だから、きっとさっきの俺のように焦ってると思うんです。せめて転移魔法が使えることだけでも知らせてやれないでしょうか?」
畳み掛けるように言い足すと、お父さんの決断は早かった。
「わかった。転移魔法陣を使いたまえ。サルルルーイへの緊急連絡ということで良いだろう。すぐに転移の間へ案内するが準備はよいか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
俺はもう一度勢いよく頭を下げた。
※ ※ ※
お父さんの付き人の男性を先頭に、また迷路のような王宮を歩き回る。
ふと、前を行くルシールの頭にふっさふっさと動くものがあった。
「ルシール、今日もサイドポニーなんだ」
気が焦ってたせいか気づかなかったけど、ルシールは昨日と同じように髪を横で一つに纏めていた。
「え、ええ。今日も侍女たちが勝手にこの髪型にしてしまったのです。なぜか彼女たちがとても気に入ってしまったみたいで。それに、マイもよく一つに纏めていたから真似をしてみたいなと前から思っていたのです」
「黒姫は普通のポニーテールだけど、ルシールはサイドポニーが似合うな」
「『さいどぽにー』と言うのですか?」
「うん。『サイド』は『横』。ポニーテールが横にあるからサイドポニー。あ、でもどちらか片一方だけね。両側でするのはツインテール」
「レンは……レンは『さいどぽにー』と『ぽにーてーる』のどちらが好きですか?」
「うーん。どっちも好きかなぁ」
「……そうですか」
「あと、サラサラのストレートロングとかふんわりボブとか三つ編みお下げも好きかな。あ、縦ロールも捨てがたい」
「そうですか」
「ていうか、似合ってるならどんな髪型でもいいと思うけど」
「そうですね」
「レン。もう着きますからお喋りはそれくらいにしてください」
スザンヌさんの冷ややかな声に視線を上げると、廊下の先の両脇にガタイのいい衛士が立っていた。彼らは王弟の姿を見ると、ピシッと最敬礼をする。
「転移陣を使う。サルルーイの砦にいる勇者と聖女に緊急の連絡だ」
王弟がそう告げると、特にチェックも受けずに通れた。さすがは王弟。
暗闇に続く階段をお父さんの付き人の男性が魔力でランプを次々と点けながら先導する。その長い階段を下りた先には両側に扉が並んでいる廊下があった。ダンボワーズからここに来た時は階段に近かったかし、奥の方にはランプが点いてなかったから気づかなかったのだろう。
廊下に並ぶどの扉にも特に表示は無い。それでもお父さんは迷わずその一つに手のひらを押し当てた。当てた手を中心に魔法陣が現われ、すぐに消える。
中はここに来た時に見た部屋と同じ石を積み上げた壁で、床に直径2mほどの魔法陣が黒く描かれている。その中に、俺とクララ、ルシールが入る。
「あれ? スザンヌさんは?」
彼女はお父さんたちと扉の所で立ち止まっていた。
「この転移陣は5人までだそうです。私が向こうへ行ったら、帰りはレンを置いてこなければなりませんので」
ああ、そうか。戻ってくる時はユーゴと黒姫もいるんだよな。って、俺がいらない子かよ。
「レン。ルシール様のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」
スザンヌさんがいつもより深くお辞儀をした。
そんなスザンヌさんの態度に、俺も姿勢を正して「はい」と頷く。
「いってらっしゃいませ」
扉が閉まり、静寂が訪れる。
「じゃあ、行こうか」
「「はい」」
ルシールの詠唱とともに魔法陣が光り始めた。
※ ※ ※
転移魔法の淡い光が消えると同時に視界が闇に覆われる。
その暗闇の中、すぐにルシールの魔力が壁に向かって流れ、パッと白い灯りが灯る。転移前と同じような石壁の狭い部屋だ。
「えっと、無事転移できたんだよね?」
「はい」
確かめるように聞くと、あっさりとした返事がルシールから返ってきた。
彼女は部屋の隅にある扉に歩み寄ると、手を当てて魔法陣を浮かび上がらせる。そして、当てた手を押して扉を開けた。
扉の向こうは真っ暗で、ルシールが灯りを点けると狭い石段が上の方に続いていた。
それを上った所の扉を開くと物置のような部屋に出た。鎧戸の隙間から日の光が差し込んでいる。もうランプはいらなさそうだ。
適当に置かれた荷物の間を縫ってまた扉を開けると、そこは壁一面に書棚が並んだ教室ほどの広さの部屋で、向かい合わせに並べられた机に数人の貴族っぽい服を着た人たちが座っていた。仕事中だったのか、俺たちの登場に手にペンを持ったまま怪訝な顔でこちらを見ている。
中の一人が立ち上がって、
「なんだ、お前たちは?」
と、恐い顔で近づいてきた。
「えっと、王宮から来ました」
「王宮から?」
俺が答えると、ますます不審げに眉間に皺を寄せる。
と、その後ろから慌てて飛び出してきた人が「馬鹿者っ!」とその人の頭に拳骨を落とした。そしてそのまま俺たちの前で直立不動の姿勢を取る。
「王族の方に対して部下が大変失礼いたしました! 私はこの砦の責任者で、トマ・ショワジーと申します!」
ショワジーさんの言葉に他の人たちがざわめきだす。そして、前に出たルシールが、
「ルミエ家の娘、ルシールです」
と名乗ると、ばね仕掛けの人形のようにみな一斉に立ち上がって右手を胸に当てた。
「王弟殿下のご令嬢だ」
「初めて見た。なんと美しい」
「聖女様にも会えたし、俺この砦に来てよかった」
こそこそとそんな声が聞こえ、ショワジーさんは苦い顔に汗を浮かべて会話を続ける。
「ご、御一行は転移陣をご使用とお見受けしましたが?」
「はい。至急の連絡があって参りました」
「はっ、承ります!」
張りきって声を上げる彼には悪いんだけど、
「あ、連絡は直接勇者と聖女にしますんで。彼らは今どこに?」
横から俺が言うとじろりと睨まれた。
「勇者様と聖女様は魔法の訓練に行かれるとのことで、広場で出立の準備をしておられる」
「マジか」
もっと慌ててると思ったのに。
「ていうか、皆さんずいぶんのんびりしてるようだけど、大丈夫?」
不審に思って聞くと、
「のんびりとはなんだ! 通常どおりに仕事をこなしているのが見えないのか!」
と、怒られてしまった。
「え? 通常通りって、この緊急事態に?」
「緊急事態だと?」
「だから、流星雨、星の雨ですよ。星の雨が降ったんです」
「は? 星の雨が降ったのか? そんな連絡は来てないぞ」
「それを連絡にって、え、見てないんですか?」
「このニ三日、雲が多かったからな」
こっちもか。
なら、当然ユーゴたちも知らないわけだ。
「早く知らせないと!」
俺は急いでその部屋を出て、広場に向かう出口に向かって駆け出した。




