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第6話 聖女の継子

 目が覚めた。

 何時だろう? と思って、時計がないことに気づく。時間って時計がないと途端にあやふやになるもんなんだな。ちょっと怖い。

 窓の外がほんの少し明るくなっているから、もうすぐ朝なのかもしれない。

 起き出して窓辺に歩み寄る。外を見ると遠くの空の夜の色が薄くなっている。


 そこに、それはあった。

 あの大ヒットしたアニメのような雄大さはなかったけれど、まるで雲のようにぼんやりとした輪郭だったけれど、長い尾がしっかりと伸びていた。

 彗星だ。

 それは白み始めた空の中を地平線の向こうにある太陽に向かって飛んでいるように見えた。


『ドラゴンを呼ぶ星』


 そうわかった。

 何の疑いもなく、すとんと理解した。



 ※  ※  ※



「レン様、朝ですよ」


 誰かが呼ぶ声で目が覚めた。

 寝ぼけまなこに丸っこい愛嬌のある笑顔が映る。


「おはようございます。レン様」

「ふあぁ、おはよう。ペネロペ」

「レン様は朝食はお取りになりますか?」

「え? うん、もちろん」

「では、急いで着替えてください。もう皆さん食堂にいらっしゃる頃ですよ」


 まだ早いかなと思ってもう一度ベッドに入ったら、結構寝てしまったようだ。




 食堂兼談話室にはもう白馬と黒姫が座っていた。二人とも水色ローブを纏っている。黒姫は髪型がポニーテールに戻っていた。もちろん、水色ローブは俺にも支給されている。

 このローブってやつは、思ってたとおり魔法士が着るもので、クレメントさんたち正規の魔法士が青、水色は見習いと決まっているらしい。

 どうも、魔法士見習いのレン・タカツマです。魔法使えないけど。


「高妻くん、おはよう」

「おはよう。遅いわよ。寝坊?」

「いや、逆に早く起きすぎて二度寝したらこんな時間になってたんだよ。おはよう」


 朝の挨拶を交わして席につく。クレメントさんたちは朝は食べないんだそうで、部屋には俺たち三人だけだ。あとメイドのみなさん。

 濃いめの金髪を編み込んでいるソフィ-って子が白馬専属のメイドで、これがすごく可愛い。それからオレンジの髪を後ろで緩く一つにまとめている子がフローレンス。黒姫の専属メイドだ。髪の色に似合わず地味な顔つき。たぶん真面目でおとなしい子だと思う。


 朝食はシンプルだった。パンとチーズと果物。あと、果実水。

いただきますと手を合わせて食べ始める。今日の果実水は蜂蜜入りのレモン水。んぐんぐと飲んでいると、白馬が話題を振ってきた。


「ねぇ、高妻くん。夜のお世話ってしてもらった?」


 盛大に吹いた。


「ちょっと。きったないわね」

「大丈夫?」

「す、すまん。え、なんだって?」

「うん。昨夜ソフィーさんから『夜のお世話しましょうか』って言われたんだけど、疲れてたし眠かったから適当に断っちゃって。高妻くんはしてもらった? ていうか、夜のお世話って何? 何だった?」


 それをここで聞く?

 ほら、ソフィーもペネロペも下向いちゃってるよ。


「えっと、俺も眠くて断っちゃったからわかんないなー。いやー、何だったんだろうなー。ははは」

「何、夜のお世話って? ……あ」


 黒姫も察したみたいだ。


「……サイテー」


 黒姫さん。してもらってないって言ってるのに汚物を見るような目で俺を見るのはやめてもらっていいですか? 何かに目覚めそうです。


 話題を変えよう。


「そういえば、夜明け前の空に彗星が見えたよ。あれが『ドラゴンを呼ぶ星』なんじゃないかな」

「彗星ってあのすっごく話題になったアニメの映画に出てたやつ?」

「落ちてはこないけどな」

「父さんが若い頃見たって言ってたよ。百武彗星だったかな?」


 あれ、百武彗星だったのか。百式だと思ってた。って、金ピカの彗星かよ。


「彗星が『ドラゴンを呼ぶ星』かぁ。面白い着想ね」


 俺の脳内ボケツッコミをスルーして黒姫がそう言うと、白馬が「どうして?」と聞いた。


「昨日、アンブロシスさんが『たくさんの星が落ちてくる』って言ってたの覚えてる? それって流星雨のことじゃないかしら。流星の素ってほとんどが彗星から出た塵でしょ。彗星の軌道と地球、じゃなかったこの星の軌道が交差してれば流星雨になるんじゃない?」

「あ、なるほど」

「初代の勇者が180年前で私たちが4代目だから、もし同じ彗星なら60年周期くらいかしら」

「うん。でも同じ彗星って同定するにはちょっと資料が足りないかなぁ」

「そうねぇ」

「それに、彗星や流星雨とドラゴンの出現の因果関係がわからないよ」

「うーん。そこは単に偶然とかじゃダメ? 実は二つの事象に因果関係なんかなくて、偶々彗星が来る年とドラゴンが現れる年が一致したの」

「可能性としては考えられるけど、どうかなぁ」


 黒姫と白馬の議論が続く。おかげで冤罪から逃れられそうだ。



 ※  ※  ※



 朝食を食べ終えるのを見計らったように、クレメントさんとイザベルさんがやってきた。

 挨拶の後、


「ユーゴ殿とマイ殿は明日、国王陛下に謁見していただくことになりました」


 と切り出した。


「昼食後に謁見の場のダンボワーズ城に向かいますので、それまでにご準備ください」

「そのダンボワーズ城ってどこにあるんですか?」

「ここから北に向かって馬車で半日ほどの所にあります。ダンボワーズは王都だった所ですから結構賑やかですよ。今夜は城に泊まって明日の昼前に謁見の予定です」

「王都だった? 今は違うってことですか?」

「ええ。王都はさらに馬車で北に4日行ったところにあるパルリです」

「じゃあ、王様は王都に住んでないんですか?」

「普段は王都の王宮に住まわれていますよ。ダンボワーズ城へは勇者様と聖女様に引見なさるためにお越しになります」


 質問する白馬の敬語が微妙で不敬とか言われないかなとちょっと不安になったけど、クレメントさんは咎めることなくにこやかに答えてくれた。

 ふーん。白馬たちに会うためにわざわざ王様の方から近くに来るのか。勇者って凄いんだな。


 そこへ、今度はアンブロシスさんがやってきた。ジルベールと、昨日召喚された時に見た黒髪の少女と金髪のお姉さんも一緒だ。服装は昨日と同じ。いや、昨日白だと思ってた少女のローブは、よく見ると淡いピンク色だった。


 アンブロシスさんに三人とも協力することを伝えると、既に聞いていたみたいで深い感謝の言葉をもらった。

 アンブロシスさんは謁見に向けていろいろ準備をしなければならないらしい。


「皆さんのお相手はこのルシールがいたします」

「ルシール・サクラ・ルミエと申します。よろしくお願い申し上げます」


 肩よりも少し長いストレートの黒髪の少女はローブの裾を持って軽く身を沈める。何とかと言う貴族の挨拶だな。

 俺たちも名前を言って普通に頭を下げた。


「あの、失礼ですが」


 と黒姫が口を開く。


「お名前の中に『さくら』って聞こえたんですけど」

「はい。私の曾祖母が先の聖女様で、『サクラ』はその聖女様のお名前なのです」

「ルシール様は聖女様の正式な継子(エリタージュ)であられます故、『サクラ』の名を継いでおられるのです」


 ゆるくウェーブのかかった金髪を結い上げたお姉さんがぐいっと前に出てきた。


「エリタージュ?」

「先の聖女様の血と力を受け継ぐ選ばれし方のことです。この聖なるサクラ色のローブも継子だけが着ることを許されるのです」

「あの、スザンヌ。いつも言っているけれど大袈裟です。恥ずかしいのでやめてください」

「失礼いたしました」


 スザンヌお姉さんは悪びれた様子もなくすっと後ろに下がる。

 なるほど。どうりで日本人っぽい髪と顔立ちだと思った。切り揃えられた前髪の下に見える瞳の色は澄んだ青紫だけど、それが返ってミステリアスな雰囲気を醸し出している。まぁ控えめに言ってもすごい綺麗な子だ。

 でも、なぜかこっちを見てくれないんだよなぁ。

 ……やはり確かめておくべきだろうか。昨日のことを。


「ルシールさんは昨日召喚の時にいましたよね?」

「はい。召喚の儀は私が執り行いましたから」

「そうですか。それで、その……、見ましたよね? 俺の」

「あなたの?……あっ」


 ぱぁっと耳の先まで真っ赤に染まる。


「み、見てません! あ、あなたの、その……」

「ルシール様」


 スザンヌさんがルシールさんに寄り添う。


「あのような粗末なモノ、いえ些細なことはさっさとお忘れになったほうがよろしいかと」

「は、はい。そうします」


 粗末って……。そ、そうなのか。フツーだと思ってたんだけど……。だからか……。


「そんなことよりっ!」


 黒姫がバンっとテーブルを叩いた。その顔が赤い。ああ、黒姫にも見られたんだっけ。どうもお粗末なものをすみません。


「私たちを召喚したのがルシールさんなら、送還もあなたがするんですか?」


「はい。私が継子である間は、私が責任を持って執り行います」

「それっていつになりますか?」


 あれ? それ、昨日聞いたはず。あ、本当かどうか確かめてるのか。


「確実にいつとは申し上げられませんが、すべての魔法石に魔力が溜まるまでです」

「魔法石がいるの?」

「実際に見ていただいたほうがいいかもしれませんね。ちょうど行く用事もありますから」


 黒姫の疑わしそうな顔を見て、ルシールさんがそう提案した。

 まぁ、拒否する理由もないのでみんなで行くことになった。




 2階から1階に降りて廊下を進む。

 後ろから見るルシールさんは黒姫と同じような背格好だ。160㎝のユーゴよりちょっと低いくらい。ピンと背筋が伸びていて、歩く姿も優雅で上品だ。

 スザンヌさんはユーゴよりもちょっと大きいかな。アラサーくらいに見えるけど、白人の年齢ってよくわからんからもっと若いのかも。


 廊下の端にある扉の両脇には、昨日と同じように騎士が立っていた。いや、衛士って呼ぶらしい。

 ルシールさんに「ご苦労様」と労われ、頬が緩んでる。


 ついてきてくれたクレメントさんとイザベルさんは廊下で待ってもらい、扉を開けて中に入る。窓も灯りも無い部屋は真っ暗だった。スザンヌさんがすっと魔法を飛ばして壁のランプに灯りを点ける。それを頼りに召喚された部屋へと入った。

 ランプが灯る。

 改めて魔法陣の描かれたステージを見る。

 それは直径5m、厚さが50㎝くらいの一枚の大きな石のように見えた。そこに描かれている複雑な魔法陣の中に、昨日アンブロシスさんが言っていた勇者の円陣と聖女の円陣らしき二つの円が確かにあった。

 あの大きさの魔法陣が黒姫と白馬の席で展開されて、その重なった所に丁度俺がいたわけね……。どんだけピンポイントだよ。


 その大きな魔法陣の円周に拳よりも大きな石が8個等間隔に嵌められていた。みんな透明だ。


「この魔法石たちが召喚や送還に必要な魔力を与えてくれるのです。この魔法石たちには魔法陣の力で自然に魔力が溜まります。今は魔力を使い切って透明になっていますが、魔力が溜まると青味を帯びてきて、全てが紫色になると送還の儀が行えるようになります」

「それはどのくらいかかるんですか?」


 黒姫が念を押すように聞くと、ルシールさんは少し困ったふうに微笑んだ。


「申し訳ありません。正確にはわかりません。ですが、魔力が溜まりましたらすぐにお伝えすると約束致します」


 まぁ、前回の召喚が60年前でその時は送還は無かったそうだし、その前になると120年前だ。はっきり断言できなくてもしかたないか


 黒姫が「どう?」と眼で聞いてきたので、軽く顎をひく。

 彼女の態度には誠意が感じられるし、言っていることに嘘はないと思う。それが真実とは限らないとしても、彼女を信用しない理由にはならないだろう。

 黒姫は決心したようにルシールさんに話しかけた。


「ありがとうございます。ルシールさん」

「いえ、こちらこそ勇者様、聖女様にご心配とご足労をおかして申し訳ありません」

「それで、その、お願いがあるのですが」

「何でしょうか?」

「私たちに魔法を教えてもらえませんか? ちゃんと魔法を使えるようになりたいんです」

「は、はい。それはもちろん。喜んでご指導させていただきます」

「それからもう一つ」

「はい」

「敬語はやめて、私のことはマイって呼んで」

「それは……」

「ルシールさんは何歳?」

「16になったばかりです」

「やった! 私も16歳なの」


 黒姫はぱちんと両手を合わせる。


「ね、せっかく同い年なんだし、私たち友だちにならない?」

「で、でも、聖女様と友だちなんて畏れ多いことですから……」

「そういう聖女とかは関係なしで」

「そ、それに私、そんなこと言われたことない……ので……」

「言われたことないって……友だちは?」


 黒姫の遠慮のない問いに、ルシールさんは力なく首を横に振った。ぼっちだったのか……。


「ルシール様は聖女様の血を引く貴きお方です。侍女や家来ならまだしも、友だちなどとんでもない」


 スザンヌさんが「常識です」と付け加える。


「私はそう思ってはいないのですが、みんな私のことを特別扱いするのです。聖女の血を引くからって。私は他の人と同じように接して欲しいのに」

「うーん。でも、それってさっきルシールさんが私に言ったことと同じじゃない? 聖女と友だちになるなんて畏れ多いって」

「あっ……」

「よしっ! 前言撤回! 私、聖女としてルシールさんと友だちになりたい」

「え?」

「聖女の私と聖女の血を引くルシールさん。二人とも似たようなもんでしょ? だったら仲良くなれると思うんだけどなぁ……。ダメ?」


 黒姫に謎理論で迫られてルシールさんはぶんぶんっと首を振った。


「だ、だめじゃないです。私も仲良くなりたいです。……だから、その、私のこともルシールと呼んでください。マ、マイ」

「うん! ルシール」


 やるな、黒姫。ルシールさんを懐柔しやがった。

 これで、この友好関係を維持できれば、送還への道のりも楽になるってわけか。なんて計算高い奴なんだ。

 その腹黒姫が俺を睨む。


「……高妻くん。何か失礼なこと思ってない?」

「ほ、褒めてただけだよ」


 こそっと目をそらした先にいた白馬が爽やかに笑う。


「じゃあ、せっかくだから僕たちも名前で呼ばない? レン」


 意外にも白馬から言ってきた。無論、否はない。


「いいぜ、ユーゴ」


 そして黒姫に呼びかける。


「なぁ、マイ」

「彼氏でもないのに名前呼びとかやめてよね」


 ものすごく醒めた声で言われた。ついでにルシールさんにはクスクスと笑われ、スザンヌさんからは嘲り眼を向けられる羽目になった。


 その後、俺たちと部屋を出たルシールさんは扉に右手を当てて眼を瞑った。するとぽわっと扉いっぱいに魔法陣が浮かび上がってすぐに消えてしまった。

 なんだろう? なんか鍵をかけてるみたいだけど。

 廊下に出る扉にも同じように魔法陣が浮かび上がる。


「これで大丈夫です。張り番、ご苦労様でした」


 黒姫と友だちになれてご機嫌なルシールさんはニコニコ顔で衛士に言った。

 衛士たちは右拳を左胸に当てて軽く頭を下げると、だらしなく緩んだ顔で立ち去っていく。人気あるんだろうな、ルシールさん。いい子だし、美人だし。


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