第51話 王弟登場
K.s様から初のレビューをいただきました。ありがとうございます。
誤字脱字報告もありがとうございます。
「私が見てまいります」
スザンヌさんが部屋の出入り口へ向かい、ドア越しに一言二言やり取りをして戻ってきた。
「ルシール様。ルイ様がお客様にご挨拶をと申しておられます」
「お父さまが?」
ルシールのお父さん? なんか緊張するな。
ルシールが不承不承「わかりました」と答えると、スザンヌさんは戻ってドアを開けた。
そこから肩や胸に飾りの多い青紫色の貴族服に白いズボン、こげ茶のブーツといったいでたちのイケメンが入ってきた。
見た目は30代で国王よりずっと若い。身長は俺と同じくらい。国王と同じ少し茶色っぽい黒の癖毛に紫の瞳。彫りの深い顔立ちに笑みを浮かべ、ゆったりと歩み寄ってくる。
立ち上がるべきだろうと思い、椅子から腰を上げて姿勢を正す。名乗りはどっちからだっけ?
「初めまして。私はルイ・ロワイエ・ルミネ。ルシールの父だ」
迷ってる間に低音のイケボで向こうから名乗ってきた。
「レン・タカツマです。お会いできて光栄です」
右手を胸に添えて軽くお辞儀をする。たぶんこれでよかったはず。
「お父さま。私たちは大事な話をしている途中なのですが」
同じく立ち上がっていたルシールが抗議した。けど、とげとげした口調じゃないから、親子関係は良好みたいだ。言われたお父さんも「いや、すまないね」とにこやかに返す。
「娘の元に足繫く通ってくる男がどんな人物か見ておくのも父親の務めだからね」
と、笑顔のわりに鋭い眼で値踏みするようにチラリと俺を見た。
「あの、お言葉ですが、足繁くは通ってません。今日で2回目ですから」
変な誤解をされないように一応訂正しておく。けど、お父さんはノンノンと首を振って口角を上げた。
「もう2回も会っているじゃないか。しかも、2回とも君からの申し込みを娘は承諾している」
「はい。まぁ」
「父親の私が言うのもなんだが、娘に会わせて欲しいという書状は山のように来ているのだよ。その中からこれならばという者だけ娘に打診してみたのだが、全て断られてしまってね」
え、もしかして、ルシールに直接申し込むのってマズかったのか。
「あの、申し訳ありませんでした。殿下を通して面会を申し込むべきでした」
「それは気にしなくていい。君はこの世界の人間ではないのだから多少のことは仕方がないだろう。それに、例え私を通したとしても娘が嫌なら応じたりはしないはずだ。いや、むしろ歓迎しているのではないかな」
お父さんの視線がテーブルの上の紅茶を捉えている。ルシールがばつの悪そうな表情をしているところを見ると、どうも無断拝借だったようだ。
お父さんはそれには触れずに笑顔のまま言葉を続けた。
「その証拠に、今日のルシールは私でも見たことがないほどおめかしをしているじゃないか」
「お、お父さま!」
「君もそう思うだろう?」
真っ赤になって怒るルシールには構わずに俺に同意を求めてくる。よし、ここはこの流れに乗るしかない。
「はい。ドレスも髪型もルシール自身もいつもにもまして可愛いです!」
「レンまで! もう!」
真っ赤になったルシールがキッと睨んでくる。カワイイ。
「違います! 私たちはそのような浮ついたことのために会っているのではありません!」
「では、何のために?」
「前回も今日も、レンはお姉さまのことを伝えに来てくれているのです!」
からかうような表情だったお父さんの顔が固まった。
「……ゾーイのことだと?」
剣呑な視線が俺を捉える。恐ぇえ。
「は、はい。直接会ったわけではないんですが、ゾーイと名乗る女性と会話をしました」
俺は、夜会の憑依魔法で使われた魔獣の魔石で感じたことからサルルルーイの砦でのこと、彼女の目的が先の聖女の遺志を叶えることであること、彼女の忠告から予想したことなどを全て話した。
「つまり、君は娘のゾーイがドラゴンを使役してロッシュにある召喚の魔法陣を壊して二度と勇者と聖女を召喚できないようにしようとしていると言うのだね」
「そのとおりです」
「そして、それを防ぐために勇者と聖女をサルルルーイから王都に呼び戻したいと」
「できれば、ロッシュで待ち受けたいです」
そう答えると、お父さんの眼光は更に鋭くなった。
「しかし、その根拠となる説は君の推測に過ぎない」
「はい」
「ならば、それが間違っていた場合はどうなる?」
間違ってたら? ……ドラゴンはロッシュを襲ってこない。勇者を避けて豊穣の雨を降らす? いや、それも俺の推測だ。そもそもゾーイさんがドラゴンを使役できないかもしれないし、使役する気もないかもしれない。その場合は、これまでと同じようにどこかが被害に遭う。ユーゴたちがロッシュに戻らなければ防げたかもしれない被害に……。
それでも、日本に帰れなくなる可能性があるのを見過ごすわけにはいかない。もしそんなことになったら、俺はまぁ諦めもつくけど、ユーゴもたぶんどうにかするだろうけど、黒姫は無理だ。あいつは絶対に帰りたいはずだ。その希望があるからここまで耐えてきてるんだ。それが無くなってしまったら、あいつは……・
「……もし自分の予想が間違っていて、そのせいで出さなくてもいい被害を出すとしても」
お父さんの厳しい眼差しをしっかりと見返す。
「それでも、それが間違いだとわかるまでは、勇者と聖女でロッシュを守ります」
数秒沈黙が続く。
「そうか」
ふっとお父さんが笑みを零した。
「ロッシュ城の召喚魔法陣は唯一無二のかけがえのないものだ。あれを破壊されては王国としても非常に困る。それを守るためなら多少の被害もしかたなかろう。まぁ、被害に遭うほうはたまったものではないだろうがな。それを何とかするのが上に立つ者の責務だ」
お父さんは俺の肩をガシッと掴んだ。
「陛下や宰相たちには私から話そう。許可が下り次第、勇者と聖女を呼び戻すがよい」
「え、それはゾーイさんのことも話すということですか?」
「無論だ」
「でも、そうするとゾーイさんが犯罪者になって……」
その罪がお父さんに及ぶかもしれないし、最悪一族全員が処罰されるなんてことになったら……。
けど、そんなことがわからないお父さんじゃない。
「父親が娘の不始末の責任を取るのは当然だ」
「お父さま……」
「何、まだ罪を犯したわけではない。いや、少しは犯しているか。まぁ、いずれにせよ死罪と言うことは無いだろう。させるつもりも無いがね」
お父さんは不安そうに見上げるルシールに向けて、安心させるように笑って見せた。そして、
「おっと。あまり邪魔をしてはルシールに怒られてしまうな」
と、快活に笑いながら去っていった。その後ろ姿に「お願いします」と頭を提げる。
「ごめん、ルシール。お父さんに迷惑かけちゃうことになって」
「いいえ。私も父に頼ろうと思っていましたから」
ルシールにも頭を下げると、ふるふると首を振られた。
「ルシール様、お茶を淹れ直しましょうか?」
「そうですね。レンも座ってください」
「あ、いや、話も済んだ――」
「コホン」
スザンヌさんの咳払いで言葉を止めた。そしてその眼がせっかくお茶を淹れ直すのだから飲むのが礼儀だと言っている。
「――けども、もうちょっとお邪魔しようかな」
「はい。遠慮なさらずに」
ルシールがニッコリと笑う。こういうのを花が綻んだような笑顔と言うのだろうか。ドキリと胸が鳴った。
「よろしければ、その、サルル領でのことをお話ししてくれませんか?」
ルシールから話題を振られたので、サルルであったことを事細かに話してあげた。
クララがサルル領主の孫娘だったことに驚いたと言うとルシールも驚いてくれたし、そこで食べたフリカデラが美味しかったと言うと私も食べてみたいと眼を輝かせるし、魔獣との戦いのシーンではハラハラしながら聞いてくれたし、ユーゴの大魔法に信じられないと眼を見開き、魔力切れで倒れたユーゴを心配し、それに対応した黒姫に感心してくれた。そして、その魔獣をゾーイさんが使役していたことを打ち明けると、悲しそうに眼を伏せた。
「その魔獣たちは姉のせいで命を落としてしまったのですね。なんと可哀そうなことをしてしまったのでしょう」
ああ。今まで、使役魔法で死んだ魔獣のことを可哀そうなんて言った人、俺を含めて誰もいなかったな。なんか異世界っていうこともあってか、俺も生き物の生死に鈍感になってた気がする。
あ、黒姫はそうでもないか。
そう思い出して、黒姫が魔獣の討伐で精神的にダウンしてしまい、帰りは俺がおんぶするはめになったことを話した。一応、彼女の名誉と俺のローブの衛生面のために涎の件は伏せておいた。……のだが、
「……あの、レン」
ルシールが戸惑いながら問いかけてきた。
「それは、本当ですか?」
「ああ。まぁ、日本だと学生が獣と戦ったりすることはまず無いからなぁ。気持ちが滅入ってもしょうがないよ」
「いえ、レンがマイを、その、背負った、ということのほうです」
「あ、そっちか。なんか俺がいつも役に立ってないからこれぐらいしなさいよみたいな感じで指名されて。まぁ、黒姫なりに気を遣ってくれたんだろうなって思ってる」
「そ、そうですか」
ルシールの返事がぎこちない。
代わって、スザンヌさんが口を開いた。
「殿方が女性に、殊に未婚の女性に触れることはあまり良いことと言えません。その上で、女性がその殿方に触れるのを許すということは、二人が親密な間柄だと周囲に知らしめすことになるのですよ」
……あ、なるほど。黒姫と俺がそういうふうに見られちゃったって心配してるわけか、ルシールは。
「まぁ、俺たちがいた世界じゃ男女でおんぶしたりするのはフツーだし?」
個人的には女子をおんぶした経験なんて無かったけどねっ。
「だから、黒姫も深く考えないで俺におぶってもらったんじゃないかな、きっと。だから、こっちの人が思ってるようなことは全然無いよ」
「そうですか」
ちょっと口調に抑揚が無いように聞こないでもなかったけど、納得はしてくれたようだ。
あ、そういえば、俺クララにもけっこう触っちゃってるなぁ。肩とか背中とか脚とか。そんなふうに見られたらクララに悪いな。後で謝っておこう。
そんな話をしているうちに夕方になり、形式的な晩餐のお誘いを無難に辞退して、俺とクララはロクメイ館へと戻った。
その帰り道に、クララに例のことを謝りつつ、黒姫をおんぶしたことでみんなが二人の仲を誤解していないかそれとなく聞くと、
「皆さんのことはわかりませんが、私は誤解はしていません。大丈夫です。わかっています」
と、言い切ってから、逆に探るような顔で「差し出がましいようですが」と聞いてきた。
「レン様のほうこそわかっておられますか?」
「え? ああ、わかってるよ。これからは無暗に触らないように気をつけるよ」
「……」
あれ? なんか凄く残念なものを見るような眼で見られてるんだけど。
んー。なんか鈍感系の主人公になった気分だな。って、ありえねー。自意識過剰かよ。




