閑話8 石の使い道
【クレメント視点】 石の使い道
レン殿が領主の屋敷から慌てた様子で戻ってきて、すぐにユーゴ殿とマイ殿とともに食堂に籠ってしまった。『ウチアゲ』のやり直しだと言ってはいたが、何かしら彼らだけで密談がしたいのだと容易に想像がつく。
それについて少々考えを廻らせたかったのだが、
「クレメント。ここにいたのか!」
宿舎の食堂にずかずかと入り込んできたシュテフィール・ベルクマンが夕食を並べたテーブルの上にドンと白い布の包みを置いた。
あいかわらず自分本位なヤツだな。学院にいた時からちっとも変っていない。
彼女は俺の剣呑な視線に気づく様子もなく、やたらに興奮した声で「見ろ、この石を!」と、包みを開いた。
そこには手で握り込めるくらいの大きさのゴツゴツとした黒っぽい石があった。
「これは、レン殿が魔獣討伐の帰りに拾った石ではなかったか?」
仕方なく話に乗ると、彼女はにっこりと笑って青い瞳をきらめかせた。
「その通り。実はこれは魔素の塊なんだ!」
「魔素の塊?」
「レンがそう言っていたのさ。無属性の魔素の塊だと。魔力を感じ取れる彼でなければわからなかっただろう」
「レン殿がそう言ったのならばそうなのだろうな」
レン殿はたまに変わったことを言ったりはするが、虚言を吐く人物ではない。
「つまり、これが魔獣の原因だったんだよ!」
「シュテフィ。誰もがわかるように順序だてて説明しろと学院にいた時にも言っていただろう?」
興奮すると説明を端折るところも昔のまんまだ。
「ふむ、そうか」
改めてした彼女の説明によると、この黒い石は60年前にグリン翁たちによってサルルブール近郊の山で採掘されたもので、使い道が無いと放置されていた大量のこの石が56年前に勇者とドラゴンが戦った時の旋風によって当時牧草地だった一帯に散り広がった可能性があり、それは言い換えれば大量の魔素が供給されたわけで、その魔素によって森が広がり獣が通常よりも大きく成長して魔獣と呼ばれるようになったのだとか。
「つまり、この黒い石の魔素には木々や獣を成長させる力がある、ということか」
「まだ仮説だがな。だが、これを証明できれば魔獣が生まれる原因が魔素の穢れではないことになる。つまり、サルルの森も土地も穢れていない。サルルは穢れた地などではないんだ!」
彼女はいつになく高揚しているようだ。
まぁ、彼女が周りから奇異な目で見られながらも魔獣や魔素の研究を続けてきた動機が故郷を貶めている『穢れ』の解明だったのだから無理もないが。
それに、この話は個人的にも喜ばしいことだ。むしろ、諸手を広げて歓迎したいほどだ。なぜなら……。
「それはつまり、ち、父がお前を認めようとしなかった理由が無くなる、ということか?」
学院を卒業する時、同期のシュテフィと結婚したいと父に願い出たのだが、一言のもとに却下された。父に逆らうことのできなかった俺は、それを飲み込むことしかできなかった。
彼女のことをまともに見られずに、顔をそらしたまま問えば、
「……君の父上に言われたのは、私の家が爵位も無い田舎貴族で侯爵家とは釣り合わないから、だったと記憶しているが?」
自嘲を含んだ口調が返ってきた。
「そんなものは建前だ。もしそれが問題ならお前をどこかの上級貴族の養女にしてもらえば済む話だった」
父が彼女を撥ねつけた本当の理由。それは、彼女がサルル領の生まれだったからだ。
穢れた地の者を一族に加えるわけにはいかない。それが本音だった。もっとも、それを口に出すことは決して無かったが。
「だとしても、今の話で君の父上が首を縦に振るとは私には思えないな」
だろうな。
本音の部分の障害が無くなったとは言え、父が一旦許可しなかったことをそう簡単に翻したりするはずがない。頭の固い融通の利かない男だからな。
ならば、どうする?
「……シュテフィ。ちょっと考えたのだが、この魔素はサルルの農作物にも影響しているのではないか? ほら、晩餐の席で君が言っていただろう? サルルの収穫量が他領のように減っていない理由を云々と」
「その通りだよ、クレメント。この魔素がサルル領のかなりの範囲に拡散した可能性は十分に考えられる。その量が森や魔獣が生まれるほどではなかったとしても、その土で作られる作物に影響を与えただろう。あるいは水という可能性もある。この石が細かい粒になって川の水に交じって流れ出していると考えるならば、その川の水を使って育てられたサルルの農作物はよく育ち収穫量も減らない」
ふむ。
確かに、このサルル川が流れ込んでいるレーヌ川の下流域にあるルールラント領もペイズバス領も収穫量は減っていないから、その可能性は十分にあるな。それなら、
「今、この国のほとんどの土地では収穫量が減り続けている。その原因の解明も含めて内務省ではずっと対策を講じてきたが、一向に改善できていなかった。土にしろ水にしろ、お前の言うように作物の生育にこの魔素が影響するのなら、逆に作物が良く育たないのは魔素が少ないからだとは考えられないか?」
「原因のひとつとしては有りだろう」
「ならば、この魔素を与えたらどうなる? 収穫量が増えるのではないか?」
「理屈としてはそうだな」
俺の考えに賛同したわりに彼女の顔つきは険しい。
「だが、そもそも魔素が少なくなった原因は何だ? それが不明なままでは、単純に魔素を与えれば育ちが良くなるとはいえないだろう」
確かにな。
先の聖女が導入したのーふぉーく農法は土を休ませて作物を育てる力を回復させるものだった。それは確かに効果があったが十分ではなかった。王国の農産物の収穫量は今もって減り続けている。根本的に何かが足りないのだ。
「だが、試してみる価値はあるだろう?」
とにかく、行動しないことには始まらない。これは彼女との仲を取り戻すチャンスなのだ。
「私も実験しようとは思っているよ」
よし。彼女もその気があるようだな。
「もし俺の考えのとおりなら、この石は王国の収穫量を回復させられる魔法の石になる。そして、この石を産出するサルル領は王国の食糧事情を左右するとても重要な土地になるのだよ」
「まぁ、そうなるか」
反応が薄いな。
学院にいた時からシュテフィは国のことには興味が無い研究者肌だったが、今はもっと考えて欲しいところだ。
「そうするとだな、王国、特に国内の諸事情を司る内務省にとってサルルとのつながりは重要になる」
「そうだな」
「更に、この魔素のことを良く知っているシュテフィとの関係も密にしておきたいと思うはずだ」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
少々強引だが、ここは勢いでいくしかない。
「そういう場合に普遍的に採られる方法が婚姻だ」
「そ、そういうものか?」
「そういうものだ。むしろ、次期内務大臣と目されている父ならば率先して自分の身内との婚姻を考えるはずだ」
そう言い切ると、彼女は眼を見開いた。
が、それも一瞬、すぐに上気した顔を伏せた。
「だ、だが、百歩譲って君の父上が認めてくれるとしても、この仮説を証明しなければ始まらない話だ」
「当然だな」
「それにはいくつもの実験が必要だし、何年もかかるだろう。その時、私はお婆さんになっているかもしれないぞ?」
「かまわん。俺も爺さんだ」
「まぁ、私もかまわないが……」
彼女の瞳が照れたように揺れる。
「シュテフィ……」
「クレイ……」
自然にお互いの顔が近づいた。
「こほんこほん」
突然、誰かのわざとらしい咳が聞こえた。
そういえば、今は夕食の途中だったな。
「あー、そういうことはお二人だけの時にしていただけますか?」
イザベルのしらけた声音に、お互い苦笑いを交わす。
仕方がない。
彼女の言うとおり、続きは俺の部屋に戻ってからな。




