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第47話 燃石と魔素

 応接室に入って、今度はソファーに座る。クララもと声をかけたけど、首を振って壁際に退いた。

 じゃあ、さっきの続きを。


「燃石、でしたっけ? どんな魔石なんですか?」

「魔石? 魔石なのか、これは。初めて見るが……」


 さっそく質問すると、横からシュテフィさんが見入ってきた。


「魔石だぁ? いや、ただの石だぞ」


 グリンさんはきっぱりと否定した。


「ただし、火をつけると燃える」

「燃える? 石が燃えるのか?」


 シュテフィさんはグリンさんから手渡された燃石をかざすように持ち上げた。


「まるで炭のようだな」


 あ、そうか! 石炭か!

 この世界には木炭はあるけど石炭は使ってないみたいだったから、たぶん知らないんだ。

 正直、俺も実物は見たことも触ったことも無いんだけど、たぶんそうだ。


「俺はこれを旧領都の近くの山で拾ったんですけど、グリンさんはどこで見つけたんですか?」

「儂もその辺りの山だの。60年くらい前か。仲間とあの辺りを片っ端から掘ってみたんだが、その石ばかり採れてのぅ。燃えるのはいいが、においは酷いし黒い煙がわんさか出るしで、これは使えないってなっての。それで掘るのを止めた」


 ああ、そうだ。あったよ、炭田が。確か、ドイツの……ザール炭田だったかな?

 ドイツ南西部、フランスとの国境付近にあるドイツ有数の炭田だ。ザールとサルル。地名もそこはかとなく似てるし間違いない。


 そこへ、妙齢の方のメイドさんがビールの入ったコブレットを3つ運んできた。


「あ、俺は飲めないんで」


 俺の分のコブレットをグリンさんに進呈する。


「なんだ、まだ子供だったのか。ま、遠慮なくもらうけどの」

「レン様にはお茶をお入れしますね」


 と、クララが一旦退室する。

 グリンさんがグイっとコブレットをあおる横でシュテフィさんも口をつけた。そして、ふーっと息を吐いて俺に向き直る。


「それで、レン。君はこれを魔石と言ったが、魔力を感じたのかね?」

「はい。それで気になって拾ってきたんです」

「は? 魔力を感じる? なんだそれは?」


 グリンさんが早くも酔ったような目付きを俺に向けて胡乱気に聞いてきた。


「レンは勇者や聖女と同じ異世界から召喚された人間なんです。勇者や聖女が特別な力を持っているように、彼にも誰も持っていない特別な力があるんですよ。それが魔力を感じる力。我々が魔法を使う時や持っている魔力の量がわかるのです。無論、人だけではなく物も然り」


 シュテフィさんが身を乗り出すようにして熱弁を振るう。


「ほう。特別な力か。それでそのようにおもしろい髪の色をしているのか」


 うん、これは黒姫のせいなんだけど、説明が面倒なのでまぁいいや。


「で、話を戻すが、つまりそれは魔石ということになるのだな。燃えるということは火属性か」

「それが、そういう属性が全然無いんです。ただの魔素って感じです。魔素の塊。強いて挙げるなら土属性かなとは思うんですけど」

「魔素の塊……」


 シュテフィさんはふむと考え込む。


 石炭は炭素の塊だ。けど、これは魔素の塊でもある。

 この世界に存在するもの全てに魔素が含まれているそうなんだけど、普通の石や土の魔素は俺には感じ取れない。それだけ微量だということだろう。

 でも、この石炭からはしっかり感じ取れる。うーん……。


 石炭ってアレだよな。すっごい大昔に生えていた植物が枯れて腐りきる前に泥みたいになって堆積したものが地下深くでなんやかんやあって石みたいになったヤツだ。ということは、元は植物か。確か、この世界では木は切られて木材になってもその魔素が残ってるんだったよな。もしかしたら、そういう理屈で植物の魔素が長い年月を経て属性の無い魔素として残ったと考えられないか? あるいは炭素そのものの魔素が特別だとか? だから、炭素化合物、ひいては有機物、生物の持つ魔素が無機物の魔素と違う理由……?


 まぁ、言うだけ言ってみよう。

 戻ってきたクララが淹れてくれたお茶を一口飲んで、


「えっと、俺のいた世界にもこの燃石と同じように燃える石があるんですけど、それって元は大昔に生えていた植物で、それが枯れて積もって潰されて石みたく硬くなったものなんです。もし燃石が同じようにできたとしたら、これが魔素の塊に感じられる理由になりませんか?」


 シュテフィさんに説明すると、2杯目のビールを飲んでいたグリンさんが、


「草が石になるのか?」


 と、からかうように横槍を入れる。


「だって、土を魔法で固めて石みたいにできるじゃないですか。だったら、草だって石になっても不思議じゃないでしょう? 大地がそういう魔法をかけたんですよ。これは大地の魔法の産物なんです」


 ちょっとポエミーな理屈だけど、


「大地の魔法……。とても素敵な魔法ですね。レン様」


 クララには受けたようだ。

 シュテフィさんもふふっと笑ってから、


「これが魔素の塊だとすると、いろいろ考えついたことがある」


 と、表情を真剣なものに戻した。そして、グリンさんに問いかける。


「グリン爺さん、この石を片っ端から掘ったと言っていましたが、今それはどうなっていますか?」


 グリンさんは少し赤くなった顔を天井に向けて「んー」と記憶を手繰るようにして言葉を続けた。


「……最初はおもしろい石だって調子に乗ってどんどん採掘していたが、使い道が無いとわかってその辺に積んでほったらかしだったの」


 使い道が無いって、蒸気機関とか製鉄とかの需要があるはずなんだけど……。あ、製鉄は金魔法でするのか。蒸気機関も魔法があれば必要なくて発明されてないのかも。なるほど、使い道は無さそうだ。


「まぁ、今は跡形も無くなっておるがの。たぶんアレだな。勇者とドラゴンが戦った時の風の渦でどっかに飛んでいったんだろうよ」

「つまり、あの辺り一面にまき散った可能性があるわけですね?」

「あ、俺もあの森のあるあたり一帯の地面にこれと同じような魔力が広がっているように感じました」


 俺からも補足すると、シュテフィさんは「ふむ」と深く頷いた。


「レンはここの料理の食材に含まれている魔素が多いという話を覚えているかい?」

「あ、はい」

「それはつまり、ここで採れる農産物は魔素が多いということだ」

「ですね」

「じつは、領主様にも確認したのだが、ここサルルではデュロワール王国の他の領と違って農産物の収穫量は減っていないんだ」


 あ、前にそんな話してたな。だからペネロペの実家のパン屋の経営が苦しくなったんだっけ。


「私はね、サルルの農産物の収穫量が他の領地のように減っていない理由を魔素が多いからではないかと考えたんだ」

「魔素に植物の成長を促進させる効果があるっていうことですか?」

「そのとおり。やはり、レンは理解が早いな」


 まぁ、魔素を養分だと考えればそうなる。


「では、なぜこの土地の農産物に魔素が多いのか? 作物を育てるためには土と水が必要だ。ならば、そのどちらか、あるいは両方に多量の魔素が含まれているために、それで育った作物も多くの魔素を持つようになったと考えられないだろうか?」

「ここの土地にこの石がまき散ったってことですか? でも、この辺の地面からは感じませんけど。この魔素」

「少し離れているからね。それほど多くはなかったのだろう。それに水だ」

「水? あ、上流のあの森からか」

「そう。たぶん、勇者たちの強風でまき散った時に粉々になったのだろう。それほど硬い石ではないようだしね」


 シュテフィさんは石を触って黒くなった手を見せる。


「細かい粒になってあの森、もとは森ではなかったが、あのあたり一帯に散り広がったとするならば、いずれ水に交じって流れてくると考えてもそれほどおかしくはないだろう」

「だがのぉ、そもそも魔素が作物を育てるというのは本当かの? 儂にはどうも信じられんがの」


 グリンさんが疑り深く問う。

 この世界の人たちにはもっともな疑問なのだろう。シュテフィさんの方もちゃんと答えを用意していたようだ。


「あの魔獣の住む森、グリン爺さんがこの石を掘っていた60年前はどうなっていましたか?」

「ところどころに森があるどこにでもある牧草地だの」

「あのような森になったのは?」

「確か、50年くらい前だろう。その後、サルルーイに領都が移ったはずだの」

「その間に勇者とドラゴンの戦いがありましたよね」

「偶々だろう」

「では、さっき私を見て、『近頃の奴らはそろいもそろってデカくなる』と言ってましたね?」

「ああ、そうだとも。オットーぐらいはいいが、それより若い奴らはみんな妙に大きい。いったい何を食ったらそんなに大きくなれるんだ?」

「それですよ」


 シュテフィさんがピンと指を立てた。


「魔素が多い食べ物を食べたからだとすれば説明がつきませんか?」

「ふむ」

「あの森を上流に持つ川の水で育てられたサルルの作物はよく育つ。それを食べた家畜もよく育っている。そして私たちだ」


 シュテフィさんは立ち上がって両手を大きく広げて胸を張って見せた。


「良く育っているでしょう?」


 ええ。クララともども目のやり場に困るほどに。


「領主様のようにサルルでおよそ50年前よりも前に生まれた人たちの体格は他の領の人たちと明確な差は見られません。しかし、それよりも後、オスカー様やビアンカ様以降は皆体格が良いし育ちも早いことはよく知られています。魔獣の子と呼ばれるくらいに」


 なるほど。でも、


「それって別の理由があるかもしれませんし、魔素で成長が良くなるという証拠にはならないんじゃないでしょうか? それに、オットーさんだってここの農産物を食べてるし、逆にシュテフィさんは王都で暮らしてた時間の方が長くないですか?」


 と、一応指摘しておいた。

 たぶん遺伝子的な何かだと思うんだけど、生物は苦手だし下手なことは言えない。


「そうだな。魔素と作物の成長の関係、そしてそれを食べることによっておきる影響やその仕組み。それを確かめるためにはいろいろ実験をしてみなければならないだろう。それにはあの石が大量にいる」


 シュテフィさんはそう言ってグリンさんに向けて姿勢を正した。


「グリン爺さん、私をその燃石が採れる場所に連れて行ってください」

「それくらいはお安い御用だ」

「ありがとうございます」


 シュテフィさんはグリンさんに礼を言うと、俺とクララに顔を向けた。


「もし、この仮説が正しいとすると、魔獣が生まれる原因にも応用できる」

「魔獣も魔素を多く含んだ草や葉を食べて大きくなったわけですか?」

「その魔獣をエサにしている魔獣もな。要するに、魔素の多いものを食べて大きくなった獣、それが魔獣だ。つまり、私たちと同じなんだよ」

「じゃあ、お主たちはさしずめ魔人かの」


 と、アルコールのまわったグリンさんが茶化す。


「そう、魔素を大量に取り込めば人間も魔人になる可能性はあります。幸い、今のところ作物や我々が取り込んだ魔素は森に住む魔獣ほど多くはなかったのでしょう。逆に魔獣は大量に魔素を取り込んでいるのです。その体に魔石ができるほどに」 


 なるほど。体内の魔素過剰が原因で魔石ができるわけか。って、それ結石じゃね?


「あるいは、魔獣が凶暴になるのも取り込んだ魔素の多さと関係があるのかもしれない」

「では、私たちも凶暴になるのでしょうか?」


 クララが不安そうに訊ねた。


「魔素を大量に摂取すれば可能性はあるけれど、要は加減の問題だ。取り過ぎなければ大丈夫だろう。それよりも、今私が言いたいことはそこではない。魔獣が生まれる原因が魔素の過剰摂取にあるということだ」


 不安な表情のままのクララに、シュテフィさんは優しい笑みを向ける。


「つまり、魔獣が生まれる原因は魔素の多さであって穢れなどという曖昧なものではないと言うことだよ。いや、元より穢れなんて無いのかもしれない」


 その言葉の持つ意味がわかったのか、クララが大きく眼を見開いた。


「では、あの森もこの土地も穢れていないのですね?」

「ああ、そうだ」

「私たちも穢れてなんていないのですね?」

「もちろんだ」


 そしてシュテフィさんは心から嬉しそうに俺を見た。


「レン。君のおかげだ。君があの石を見つけてくれたおかげだよ」

「いや、石を見つけたのは偶々ですし」

「それでも、君に魔素を感じる力が無かったらただの石ころとして見過ごされていただろう。君は本当に本当に面白いよ。君が召喚されてくれてよかった」

「はい。私もそう思います」


 クララも緑の瞳を潤ませて俺を見つめる。なんかいい雰囲気だな。

 シュテフィさんが「だがしかし」と空気を引き締めるように口調を改めた。


「それが正しいと実験で証明しないことには始まらない。グリン爺さん、頼みましたよ」


 言われたグリンさんもなんだか感慨深げだ。


「フハハハハハ。あの役立たずだと思っておった石っころが必要とされるなんてのぉ……。燃石に幸あれ!」


 と、コブレットを掲げて一気にあおった。そして、


「さて、儂はビールのおかわりをもらいに行ってくるの」


 と、立ち上がる。


「あ、それでしたら私が」


 クララが申し出ると、


「オットーの孫娘をこき使うとうるさいからの」


 やれやれという感じで扉を開けて部屋を出ていった。

 ちょうどいい。

 クララに果実水を頼んだ。シュテフィさんにもう一つ、他の人には聞かれたくない話をしたかったから。

 クララが部屋を出るのを待って、


「シュテフィさん。俺、ゾーイっていう人に会いました」


 と言うと、シュテフィさんは一瞬目を見開いた後、ふっと小さく微笑んだ。


「……元気にしていたかね?」

「憑依魔法越しだったけど、元気な感じでしたよ」


 『憑依魔法』という言葉にピクリと彼女の眉が動いた。


「王宮であった憑依魔法も彼女が?」

「そう言ってました」

「そうか……」

「ゾーイさんはお母さんから継子を継いだ後、しばらくロッシュにいたそうですね? その時のことを教えてください」


 シュテフィさんの視線が手元のコブレットに落ちる。


「レンが考えているとおりだよ。彼女はよく私の研究室に来ては魔獣や魔獣の魔石のことを熱心に聞いてきた」

「闇魔法……。憑依魔法や使役魔法のこともですか?」

「具体的な方法までは話題にしなかったと思う。私も魔法自体は詳しくないしね。ただ、それがゴールで使われている魔法だと口にしたことはある」

「だから、彼女はロッシュを出てゴールに行ったんですね?」

「どこに行ったかはわからなかったが、たぶんそうだという確信はあったよ」

「彼女は闇魔法、いえ、使役魔法で何をするつもりなんですか?」

「私にはわからない。だが、使役魔法と聞いて思い出したことがある。ずいぶん突拍子もない質問だったけれど……」


 シュテフィさんはそれを懐かしむように、あるいは悔やむように眼を伏せた。


「それは?」

「ドラゴンは使役できるか、と」


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